第65話 真相へと至る切り札
「い、一体何なんだ……これは!? 貴様ァ!?」
一柳が大声で喚き散らす。
それはこの会場にいる全ての人間の心理を代弁したものだろう。
信じられないものを見たかのように大きく目を見開いている、雪那を含めて――。
そう、砕け散った大扉の前に立つのは、学生服姿の俺。
本来なら、この場にいるはずのない――。
「何……って言われても、誰かさんから正式な招待状は貰っている。他の連中はともかく、アンタは身に覚えがあるはずだが?」
「う、ぐ……ぅ、っ!?」
だが、あの雪の日――。
雪那と分かれた直後、偶然にも一柳からメールが入っていた。
内容は雪那と奴の結婚発表パーティーについてとその招待状。
嫌味たっぷりな内容ではあったが、わざわざ詳細な情報を書いてくれていたおかげでこっちも予定を合わせられた。
まあ思ったよりも準備に時間がかかりすぎて、見事に遅れてしまったわけだが。
ちなみに俺と奴がメール友達である――という事実は一切ない。
思いっきり個人情報ではあるが、金と権力に物を言わせて俺のアドレスを調べたというところだろう。
「警備隊! 何をやっている!?」
一方、動乱に包まれる会場に怒号が響く。
アレは確か雪那の親父さんだったな。当主だけあって、流石に威厳たっぷりだ。
現に指示を受けたスーツ姿の男たちは、切迫した様子で“陽炎”を起動している。
更にもう一人――。
「あ、あの痴れ者を排除しろ! 由緒ある我が一柳と神宮寺家に盾突いた大罪人だ!!」
「はッ!! “拠点防衛・第四陣形”! 続け!」
「了解!」
見事にキレ散らかして叫んでいるのは、恐らく一柳家当主なのだろう。
つまり奴の父親。
そして小物感溢れる方の当主がヒステリックな声を上げた直後、一柳家のお付きと思われる魔導騎士が得物を構えて飛び出して来た。
「でぇぇっッ!!!!」
四人が縦一列での直進。
突き出されるのは、拠点防衛用オプション装備の短槍――“蛟”。
だが――。
「なッ!? 消えた!?」
蒼光が瞬き、一歩で踏み切る。
全員の攻撃を振り切り、目指す先は――。
「……ひ……っ!?」
瞬速烈風。
壁に突き刺さった“白亜の剣”を引き抜けば、一柳は腰を抜かすように盛大に尻餅をつく。
立ったり座ったり、忙しい奴だ。
「どうしてこんな所に……?」
「さっきも言った通り、俺は呼ばれたから来ただけだ。そこで転がっている、新郎自らな」
そして雪那は彼女らしからぬ弱々しい声音で呟く。
まあこの状況であれば、こうなってしまうのも当然だろう。
大の大人が揃いも揃って、隠しきれない欲望をぶつけ合っているのだから――。
「それにしても、凄いドレスだな。雪那の趣味か?」
「ば……っ! そんなわけないだろう!」
各所にダイヤモンドが散りばめられた煌びやかなドレス。
背中側もばっくりと空いているし、胸の辺りもX字にクロスした細い布地以外は肌色成分がマシマシ。
まあ一六歳の少女に着せて良いものじゃないし、本当は着こなせてもいけない気がする代物だ。
「……だろうな。まあ、似合ってるから安心しろよ」
「そ、そんなことはどうでもいい! 一体何がどうなっているのだ!?」
移り変わる状況について行けずに呆然としていた雪那だったが、顔を薄く赤らめながら半眼で睨み付けて来る。
少しは調子が戻って来たようだ。
「世迷言を言うんじゃない! ちっ、さっさと神弥と雪那嬢を守れ!!」
一足先に我に返った一柳家当主は、さっきの四人衆に指示を出す。
焼き直しのように短槍を携えて飛び掛かって来るが――。
「わざわざ送り付けられた実物まで持ってきたわけだが、随分な歓迎だな」
「な……ッ!? ぐぁっ!?」
俺はポケットから出した招待状を投げ捨て、左手の白剣を袈裟に振り抜く。
白刃一閃。
警備隊の面々を吹き飛ばせば、大広間の壁に背を打ち付けて悶絶。四名とも床に倒れ込んでしまう。
傍らには、砕けた短槍の破片が転がっていた。
「くそっ、こんな……!?」
「わ、我が家の精鋭が……!?」
一柳はようやく立ち上がれるようになったのか、座り込んだまま俺たちから距離を取っている。
加えて、奴の父親は憮然と立ち尽くして似たような状況。
まあ親子という感じだ。
「ど、どうする!? 我々は逃げた方がいいのでは……!?」
「いきなり現れて……何なのあの子!? 誰か何とかして下さるかしら!?」
それに他の来賓者たちも倒れた警備隊を前に血相を変え、そのままの勢いで次々と席を立ち始めていた。
危機的な状況に陥ったからこそ、隠し切れない我が身大事。
見るに堪えない光景だった。
「……静まれぇぃ!!!!」
しかし完全にパニック状態と化した会場に重たい声音が響き渡る。
一瞬にして、辺りが静寂に包まれた。
「なんにせよ、冷静さを欠いていてはどうにもなりますまい。席へ戻れとは言いませんが、少し黙って頂きたい」
あれだけの混乱を一喝で鎮めた様は、流石は当主と言わざるを得ない。
まあわざわざ落ち着かせてくれるなら、俺としても手間が省けるところだが。
「さて少年。君が神弥君に招待されたというのは、どうやら間違いないようだな。しかし他人の家で大暴れとは、些か不作法が過ぎるのではないか? それにうちの娘とも何らかの関わりがあるように見受けられるが?」
俺が雪那と一柳、それぞれと面識があること。
偽造ではない招待状。
ひとまずは信じてくれたようだ。
当然、受け入れてくれたのとは別問題であり、こうして鋭い視線を向けられている。
「何が目的でここに来た? 返答次第では、ただでは済まさん」
やはり雪那の父親とあって、この威圧感は本物だ。周りの腰抜けエリートとは次元が違う。
それでも退く理由はないがな。
「目的は一つ。この下らない縁談をぶち壊しに来た」
そして俺がそう返答した瞬間、今度は神宮寺家の警備隊から数多くの切っ先を向けられる。
想定の範囲内というか、むしろ当然の反応。
大した驚きもない。
「ま、待てッ!?」
だがその瞬間、雪那は弾かれるように俺の前に躍り出た。
両手を広げて我が身を盾としているが、混乱と焦燥がありありと伝わって来る。
自分の家族と幼馴染、婚約者一家と国の名家たちが入り乱れているのだから無理もない。
こんな顔をさせないために、こうして乗り込んできたというのに――。
「ほう、それは興味深い。是非とも両家の威信をかけた婚姻を下らない……と言い放つ根拠を聞かせて貰いたいものだ」
俺と雪那のやり取り。
取り乱す一柳一家。
敵意だけだった神宮司家当主の眼光に、別の感情が宿ったのを確かに感じた。
「簡単な話です。そこの新郎が雪那に相応しくないというだけですよ」
俺は雪那の肩に手を置き、今度は彼女を背に隠しながら前に出る。
今日だけは雪那も戦力外だからな。
それに全ては真実を伝えるために――。
「き、貴様! 確かFクラスのゴミ虫が、この僕に対してどういう口を……」
「“一柳グループ”は、非合法な組織と通じている」
「な……ッ!?」
取り乱していた親子の顔つきが更に強張る。
でも連中の顔が青くなる反応を待つことはない。
反論される前に話を進めていく。
「ある筋から情報が入って来たので、こちらで色々と動いてみた。結果、是非とも、ご当主のお耳に入れて頂きたいことが多々ありましたので、こうして参上した次第ですが?」
そして俺は、会場の端でへたり込んでいる、雪那の専属メイド――音無結愛を一瞥した後、改めて神宮寺家当主へと視線を向けた。
あの雪の日。
一柳から来たのは、悪い知らせ。
だが全く同時刻、もう一つのメッセージが届いていた。
宛先人はかつての学友であった音無。
主の望まない縁談を何とかしたい――という相談だったわけだが、神宮寺家に住み込みで働いている彼女は、意図的に一柳を避けていた雪那以上に多くの情報を持っていた。
無論、噂のレベルだったり、役に立たない情報が多かったことは事実。
それでも話を聞いていく内、突破口となり得るかもしれない情報もいくつか含まれていた。
当のドジっ娘駄メイドでは気付くことが出来ず、確かめる術もない切り札とも呼ぶべき情報が。
開始時刻に間に合わなかったのは、情報を精査して真実へ辿り着くための時間が必要だったから。
でもこうして会場に来た以上、伊達に遅れて来たわけじゃない。
まずは、このお坊ちゃん一家の化けの皮を剥ぎ取るとしよう。
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