第62話 DiamondDust Tears
俺たちはアトラクションコーナーから離れ、小休止がてら園内にある水族館を回っている。
「これは、大したものだな」
「ああ水族館がメインって、言われても驚かないぞ」
入場した俺たちを迎えたのは、一面の青景色。
視認出来る範囲には全て水槽が広がっており、大小から成る多くの魚たちが優雅に泳いでいる。
「壮観……だな」
「雪那?」
「いや、素晴らしい光景だが、どこか悲しくもある……と思ってな」
そのまま館内を歩いていた俺たちは、とりわけ賑やかな大水槽の前で足を止めた。
雪那は眼前に広がる幻想的な光景に目を奪われているらしい。
だが美しさへの感嘆だけではなく、やはり別の感情を抱いているようにも思える
「彼らは、この閉ざされた空間の中でしか生きられない。閉じ込められた世界の中で、決まった餌を与えられ、水の暖かさを調節され、他人を満足させる見世物となるために管理されている。本当は大海原を自由に泳げるはずなのに……」
その瞳は青い水面のように揺れていた。
「れ、烈火!?」
「もうすぐ屋外でパフォーマンスショーが始まるらしい。それにまだ観てないところだって沢山ある。少なくとも此処にいる間は、雪那だって自由なはずだ」
憂いに染まる雪那の横顔を見た瞬間、俺は反射的に彼女の手を取って歩き出していた。
俺自身、理由も分からぬまま――。
飼育員の笛の音とハンドアクションによって、モノクロツートンカラーの巨体が水面から飛び出し、アーチを描くように飛沫を飛ばす。
流れるように順々に飛び出す巨体がリングを潜ったかと思えば、大迫力の宙返り。
一朝一夕では成し得ない、素晴らしいパフォーマンスだ。
「これは……」
三頭のシャチから成るショーを前にして、雪那は感嘆の声を漏らしていた。
正直、見入っていたのは俺も同じだが、周囲の観客が鞄や足元からある物を取り出したことを受けて表情を強張らせる。
「なあ、雪那」
「む……どうしたのだ?」
「今、重要な事実に気づいてしまったんだが……」
周囲の観客はビニール傘を開いて構える。
眼前には水面から飛び出た黒い尾びれが揺らめく。
「このままじゃ、ずぶ濡れになるんじゃ……」
俺の心配を余所に黒い尾びれが水面を叩き始め、これまでとは比較にならない激しさで飛沫が飛ぶ。
テールアタックで観客に直接水をかける――というのはお馴染みの一幕らしいが、この手のイベントに疎い俺たちが知る由もない。
よって耐水装備無しの俺たちに対し、軽い嵐のような寒水が打ち寄せることになってしまい――。
「間一髪、だったな」
ショーも終わり、三頭が大変可愛らしくヒレを振って引っ込んでいくのを尻目に大きくため息をつく。
結論から言えば、俺たちが水を被ることはなかった。
――“魔力障壁”。
俺が展開した障壁が防波堤と化し、打ち寄せる水を遮っていたからだ。
「せっかくだし、少し濡れてみたくもあったのだが……」
「お前の服、一体いくらすると思ってんだよ」
どことなく残念そうな顔をしている雪那には、苦笑するしかない。
だが雄大な動物たちのパフォーマンスは、雪那の心を揺り動かしたようで――
「烈火! 次は、あれに乗ろう!」
もう落ち着いただろうとアトラクションエリアに戻って来たわけだが、雪那に腕を取られて引っ張り回されている。
またもジェットコースターに加え、フリーフォールにウォータースライダー、バイキング――。
園内のアトラクションに片っ端から乗車していく。
本当にらしくない。
学園の連中が見れば、泡を吹いて倒れるであろうはしゃぎっぷりだ。
でも悪くはない気分だ。
多分、お互いにそう感じていたはず。
そうでなければ、雪那がこんなに楽しそうにはしゃぐわけがないのだから――。
まあ入園当初は困惑することも多かったが、流石は夢と希望の街。
俺たちなりに、かなり満喫したと断言出来る。
それは穏やかで楽しい時間に他ならない。
だが始まりがあれば、終わりもある。
そんな夢と希望の魔法が解けてしまう時間は、刻一刻と迫っていた。
俺たちは西洋風のテラスから、行進を見下ろす。
更に視線の先の行進に華を添えるかのように、花火が夜空を彩っていく。
美しく、壮観な光景。
綺麗――なんて、口にする必要すらない。
現に雪那は夜空に咲く炎の華を見上げている
まるで目に焼き付けるかのように――。
そんな最中、白い結晶が宙を舞い始めた。
それは夜空を彩る花火とは真逆である――。
「雪、か……」
「ああ、珍しいこともあるものだ」
まさかのホワイトパレード。
もう雪が降って喜ぶような年齢でもないが、今日ばかりは寒さよりも興奮が勝る。
思わぬサプライズってやつだな。
「この勢いだと、明日は積もりそうだ」
「偶には、いいのではないか?」
「……かもな」
掌に乗せた雪の結晶を見て、雪那が呟く。
それと同時に賑やかだったパレードも終わり、閉園に合わせて人々が散り始める。
当然、俺たちもゲートに向かう必要があるわけだが――。
「烈火……」
「ん……?」
「生憎、このまま予定がある。迎えも来ているし、送ってもらう必要はない。でも、今日は楽しかった。こんな風に何も考えずに走り回ったのは、初めてだったから……」
少し前に出た雪那は、振り返って微笑を浮かべながらそう言った。
嬉しそうな言葉とは対照的に、どこか切なげな表情で――。
「だから、私からの礼を受け取って欲しい」
そして向き合った雪那に見据えられ、空から舞い落ちる白い雪に動じることなく視線を交錯させる。
「目を……閉じろ。私がいいと言うまでは、絶対に開けては駄目だぞ」
いつもなら礼は要らない――と即答するところ、俺は困惑しながらも目を閉じていた。
魔法とやらがまだ解けていないのか。
それとも決意を秘めた眼差しを前にした所為なのか。
そして肩に手を置かれたことを認識した瞬間、俺たちの影は一つになった。
「雪、那……?」
「目を開けるなと……言ったのに……」
唇に感じた柔らかな感触に目を見開いた俺の眼前には、瞳を揺らして立っている少女が一人。
「何を……」
雪那は困惑する俺の間合いから出るように距離を取った。
さっきまで、その――していた、唇からは寒さ故の白い吐息が漏れている。
「――烈火と出逢えて、本当に良かった」
だが俺が最大級の驚愕に包まれるのとは裏腹に、雪那は舞い散る雪華の中で月光に照らされながら佇んでいた。
美しく、儚く、艶やかで――どこか壊れてしまいそうな微笑を浮かべて。
これまで見たことない表情を浮かべる雪那を前にして、俺は――。
「大好き……今まで、ありがとう」
最後、白い吐息と共に紡がれた言葉は、今日という一日が終わるから――という別れの言葉ではないのだろう。
それは多分、過去との決別の証。
「――!」
そして雪那は、俺の言葉を待つことなく白の世界を駆けていく。
最後に残されたのは、穢れのない白い雪。
夜天を舞う雪は、今も皆の心を彩っているはず。
だがそれとは裏腹に、積もり積もって彼女の想いを覆い隠してしまう。
そう、夜天を舞う雪は少女の慟哭。
覚悟を決めた、少女の涙なのだろう。
「……」
故に俺が後を追うことはない。
なぜなら、同時に舞い込んで来た良い知らせと悪い知らせ。
そのどちらもが、雪那の置かれている状況を知らせるものだったからだ。
今ここで感情のままに後を追っても意味がない。
むしろ雪那を苦しめるだけ。
だがそれでも、俺はアイツを――。
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