第61話 Last Phantasm
機関車は低い振動音を立てながら、地に敷かれた鉄の道の上を直走る。
“首狩り悪魔”による連続殺人。
謎の爆発事故。
立て続けに事件が起こった影響で車内の乗客は疎らだった。
程なく、汽笛の音を鳴かせた車体が停止し、少ない乗客たちはホームに降り立つ。
その中には、俺と雪那の姿もあった。
「全く、いきなり用事なんて言われたから何かと思えば……」
だが眼前に広がる施設の数々を目の前にすると、思わず面食らってしまう。
というのも、最寄り駅から出た俺たちを迎えたのは、中央に女神のモニュメントが配置された大きな噴水に加え、何列にもなる受付ゲート。
更にその背後には、西洋風の大きな建物が立ち並んでいる。
それは現在も稼働している数少ない娯楽施設――“ラグランジュ・シー”。
水族館と併設された海上遊園地だった。
「雪那って、こういうの好きだったか?」
「好きか……は、分からないが、こういった場に興味はあった。一度、来てみたいとは思っていたんだ」
対する雪那は、どこか憂い気に答える。
まあ大衆向けの遊園地なんて文字通り未知の世界だろうし、連れて来られて驚いた俺以上に面食らっているのだろう。
「急に誘ってしまって迷惑だったか?」
「迷惑だと思ったら、最初から来てない。とはいえ、俺もガキの頃に一回来たことがあるだけで案内役としては戦力外だけどな」
「……いや、ありがとう」
妙にしおらしい雪那の様子に調子が狂ってしまう。
理由はよく分からないが、雪那から急な遊びの誘いなんてよっぽどのことであるはず。驚きこそしたが断る理由もない。
そして日曜の休日を楽しむべく、俺たちは受付ゲートを通過した。
開演と共に入場した俺たちが向かったのは、アトラクションコーナーの目玉である“サイクロンオルカ”。
最大・爆速・超回転の三拍子が揃った屋外ジェットコースターらしい。
シャチを思わせるモノクロツートンカラーの車両が、レールの駆動音を響かせながら天頂高く昇りつめていくと共に、乗客たちの口から甲高い声が漏れ始めた。
更に車両は僅かな間の平行移動に移り――。
そして急転直下の最大加速。
若い男女の悲鳴と共にレールが悲鳴を上げ、白黒の車両が爆走する。
流線型の形をした車両は風を切り、下降の速度を維持したまま、サイクロンの名に恥じない連続大回転を見せているのだから、乗客の反応はごく自然なものだろう。
「しかしこの安全バーというのは、些か不自由だな」
「そりゃ俺たちは自分で飛んだ方が速いからな」
「だがこれも、ここでしかできない経験なのだろう。悪くはない……かな」
とはいえ、魔導騎士にとっては、高所を素早く移動することは日常茶飯事。
それどころかこんな風に固定されていては、急な回避行動が――と、雪那は見事なお嬢様っぷりを発揮しているようだ。
まあそれでも楽しそうだし、良しとしよう。
「流石、評判のジェットコースター! 何回乗ってもいいってことね!」
「……オル子柄のコースターは、最高です!」
「うぇっぷ……きぼちわりぃ……」
「……ったく、飽きもせずに何周乗ってんだよ」
喉が渇いた――と、屋台に向かった雪那を待つ傍ら、どこか既知感のある声音を受けて周囲を見渡す。
だが人波に飲まれて肝心な相手を視認できない。
「気のせい……だよな」
記憶を辿るなら、その相手の声は日常生活の真逆に位置するはず。
まさかファンシー溢れる夢と希望の空間にいるはずは――。
「……烈火、烈火」
「ん? どうした、雪――ッ!?」
そうして思考の海を漂っていた俺だったわけだが、幼馴染に呼ばれて振り返った瞬間、思わず言葉を失った。
戻って来た雪那はトレンチコートの前を開け放ち、高級そうなシルクのセーターを覗かせて立っている。
まあここまでは、さして驚くようなことでもない。
なんだかんだと言いつつも、初めてのジェットコースターで少しばかり熱くなってしまった。それだけだ。
しかし――。
「これが流行りというのも、なかなか酔狂なのだな」
セーター越しに激しく自己主張している二つの大きな塊の中央にタピオカミルクティーのカップが鎮座していたのだ。
ノーハンドの状態で――。
「こうやって飲むのが普通だと、教えられたのだが……。やはり行儀が悪いのではないか?」
雪那は怪訝そうな表情を浮かべながら、自身の乳房に乗せたカップに刺さっているストローに口を付けている。
手で耳元の髪をかき上げ、艶やかな赤い唇でストローを挟む。
そのままカップ内の液体を吸い込んでいく。
時折、太めのストローから入って来る黒い塊を咀嚼しながら、喉を鳴らしている様は、ただの吸引行為を全く別の次元に昇華させてしまっていた。
当然、どこのバカが――と、辺りを見るわけだが、屋台の女性店員がこっちに向かってサムズアップしている。
“やってやったぜ”と言わんばかりの顔つきから、彼女が犯人で間違いなさそうだ。
本気で屋台ごと叩き斬ってやろうかと思いかけた一方、今度は別の方面から追い打ちをかけられることになる。
「む……っ!」
内容量が減ってきた関係で、自然な状態だとカップの奥が吸いにくいと感じたのだろう。
腕を組んで腋を締めると、そのまま胸ごとカップを持ち上げてしまう。
もうどこからツッコんでいいのか――。
「んっ……っ」
一方の雪那は、我関せずでカップの中身を飲み切ったようだ。
本人的には普通の女子高生を体験しているつもりなのだろうが、多分色々と間違っている。
だが当人は満足そうに腕を解き、寄せて上げられていた胸を揺らしてしまっていた。
いくら付き合いの長い俺でも、これには顔に熱が集まるのを感じてしまう。
「――ん? なあ、烈火」
「何だ?」
まあ当の雪那は周りの惨状に対し、可愛らしく小首を傾げているわけだが――。
「みんな、どうしたのだ?」
「ゆ、遊園地が楽しいんだろう。それよりも、さっさと行くぞ!」
俺は雪那に手を握ってこの区画から離れていく。
今この場に留まるより恥ずかしいことなどない。
お互いに顔が赤くなるなんて小さな問題だった。
ちなみに周りで何が起きているのかについてだが――。
男性陣が雪那に見惚れてしまった所為で、いくつかのカップルが破局の危機を迎えかけていた。
原因など考えるまでもないが、今は精一杯取り繕うしかないだろう。
まあ、ここは夢と希望の街だ。
外でやらない様と言い利かせれば、本人へのダメージも少ないだろうしな。
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