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第60話 慟哭【side:神宮寺雪那】

 ◆ ◇ ◆



 熱い水流を、その身で受け止める雪那が脳裏に蘇らせたのは、過去の記憶。

 自分の人生を振り返って一番幸せだった頃の大切な記憶。


 だがそんな幸せな日々が記憶となり、終わりを告げたのはあまりにも突然だった。


 初等部を問題なく卒業し、中等部に入学して半年――。


 天月夫妻の訃報が届いた。


 烈火と同様、“神宮寺”の娘である雪那を特別扱いせず接してくれた数少ない人たち。

 雪那が知る中で最も強く、気高く、彼女自身も慕っていた。

 故に彼らの死は、当時の彼女に大きなショックを与えることになった。


 そんな中で烈火までもが負傷したと聞いたのだから、雪那は気が気ではないとすぐさま彼の下に走った。


 そして烈火の居場所に辿り着いた時、彼は薬品の香る白い部屋にいた。

 身体の各所に、血が滲んだ包帯を巻いた姿で――。


『一体、何があったのだ!?』

『多分、雪那が聞いた通りだよ。ただ……それだけだ』


 深淵の底を覗いたような冷たい瞳。

 激情と後悔を覆い隠すために形作られているであろう、能面のような顔付き。

 それでいて、抜身の刃の如く研ぎ澄まされた威圧感。


 目を覚ました烈火は、自分が知るこれまでの彼とは別人のようだった。

 そして彼はそれ以上、自分には何も言ってくれなかった。


 彼が深く傷付いているのが分かっているのに、何か危険なことをしようとしているのが分かっているのに、力になれない自分が歯痒(はがゆ)かった。

 それから程なく、やはり烈火は大きく変わってしまった。


 成績は見る見るうちに下降し、かつての神童が出来損ない――とまで言われてしまう程に落ちぶれてしまったのだ。

 当然、変化に戸惑う雪那であったが、同時期に彼女にも大きな転機が訪れた。


 中等部での生活が落ち着いた頃合いを見て、自身に許嫁がいるという事実を父親に明かされたのだ。

 しかもその相手が本邸に来ているから今すぐ会え――ということで、突如として自身の許嫁だという男と相対することになった。


 結果、突然過ぎる展開に理解が追い付かないまま、会話を重ねていくわけではあるが――。


 自慢話のセールストークの中で一柳神弥が目指すのは、政界にも大きな発言力を持っている神宮寺家・当主の座なのだろうということは、すぐに理解した。


 加えて、もう一つ分かったことがある。

 それは彼にとって雪那自身は、目的達成のための付属品であり、ご褒美程度でしかないということだった。


 こんな男のモノになるために、これまで人生の全てを犠牲にして厳しい日々を耐えて来たのか。

 こんな男に人生の全てを捧げるために、生きて来たのか――と、叫びそうになった記憶は、今も鮮明に焼き付いている。


滑稽(こっけい)だな。私は……」


 雪那は虚ろな瞳で鏡に反射する自分の姿を見ながら、自嘲するように言い放つ。

 彼女自身、神宮寺家に生まれた以上、自身がどうなるのか――ということに対して、覚悟をしていたはずだった。

 故に苦しい日々の中においても、泣き言一つ漏らさなかった。


 ただ一つの、抑えられない感情を除いて――。


「最初からどうにもならないと、分かっていたというのに……」


 初めて“神宮寺雪那”を認識してくれた彼。


 異質だった自分と、同じ景色を見てくれる彼。


 幼い心を擦り減らしていた神宮寺雪那が、天月烈火に惹かれたのは、最早必然の一致だった。


 しかし雪那の想いが叶う未来は、永劫に来ない。

 神弥との縁談は、神宮寺家……ひいては、クオン皇国にとっても必須事項であるからだ。


 何故なら、ここでクオン皇国に深く根付いている神宮寺家が一柳神弥を取り込むことにより、“一柳グループ”の拠点が海外に移る可能性が消え失せるからだ。


 よって、これはもう“恋”だとか、“愛”だとか、そういう次元の話ではない。

 雪那の肩には神宮寺家の威信だけではなく、クオン皇国の未来までもが圧し掛かっている。

 故に破談など、何があっても許されない。


「叶わぬ想いなど、捨ててしまえば、これほど……ッ!!」


 幼い頃から、抱き続けて来た淡い恋幕(れんぼ)

 決して伝えることを許されない禁断の想い。


 彼と出会わなければ、神弥との婚姻に対しての抵抗感を抱かなかったのかもしれない。

 こんな風に思い苦しむこともなかったのかもしれない。


 奇しくも、かつて雪那を救った全身を()き尽くす程の激しい感情が、今度は彼女の精神(ココロ)に、氷の刃を突き立てていた。


「――私は……」


 降り注ぐ水流に紛れて、彼女の頬を水滴が伝う。

 もう選択肢はない。

 受け入れるしか、ない。

 誰にも、どうすることも出来ないのだから。


 少女は誰にも聞かれぬようにと、声を押し殺して慟哭(どうこく)した。

最後まで読んでいただきありがとうございます。


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