第58話 希望と絶望の前奏曲【side:PreludeⅡ】
◆ ◇ ◆
ミツルギ学園初等部――クオン皇国最大規模を誇る、魔導騎士・養成機関に連なる付属校。
未来の騎士団を夢見る少年少女は、今日も学業に励んでいた。
そんなある日の昼休み。
照り付ける日の光から逃れるような木陰のベンチには、一人の少女の姿がある。
歳幼いながらも既に利発さを感じる顔つき、今よりも少し短い腰元まで伸びたポニーテール。
初等部一年の神宮寺雪那。その人だ。
「……」
しかし昼食を楽しむ生徒の声が周囲に響いているのとは対照的に、雪那の表情に色はない。
つまらなそうな無表情を顔に張り付け、高級店の弁当箱を突いている。
既に入学から半年、歳幼い最年少学年なりにも個々のグループが出来上がっているが、雪那はそのいずれにも属していない。
いや生まれながらのカーストが違い過ぎて、属せなかったが正しいのだろう。
とはいえ、入学当初に関しては、上流階級の生徒からの接触自体は何度かあった。
だが一人の女子生徒から横柄な態度で喧嘩を売られて、片手間に屠った結果、学園内における雪那の立ち位置は、良くも悪くも確固たる物となってしまっていた。
窓際の令嬢。
孤高の女王。
生徒は神宮寺のネームバリューと年齢離れした異質な雰囲気に呑まれてしまい、本能的に雪那を避けるようになったのだ。
「……」
当初は思う所もあったが、諦めてしまえば何のことはない。
幼い少女には酷な日常も、既に当たり前になってしまっていた。
ただ空疎な時間が過ぎていくだけ。
そんな雪那の傍ら、彼女が腰かけている木造りのベンチを上から叩くような音が鳴り響く。
「これは……“魔導兵装”……!?」
雪那は上から降ってきたソレを拾い上げるように掌に乗せた。
年齢相応の小さな両手に乗ったのは、鈍色の刀が描かれたカード状の物体。
クオン皇国主力量産型“魔導兵装”――“時雨”。
現代の主力量産型“魔導兵装”――“陽炎”の旧モデル。
一世代前の主力機体であった。
「一体……誰の……?」
英才教育の中で既に魔導を扱っている雪那は、目の前の物が何に使われるものであるのかを理解した。
よって、困惑した様子で掌の機体を見つめる。
「悪い! それ俺のなんだけど……」
そんな時、戸惑う雪那に声をかける者が現れた。
声の主は、雪那と同年代であろう男子生徒。
「この“魔導兵装”は、本当に君の……なのか?」
雪那は戸惑いを強める。
そもそも初等部の魔導カリキュラムなど、最高学年でやっと魔力弾の生成を覚えるというレベルであり、“魔導兵装”を使った授業を行うことはない。
百歩譲って学園所有の機体であり、教員が取りに来たのであれば分からなくもないが、目の前の少年はどう見ても一般生徒。
このまま渡していいものかと、思い悩んでいるわけだ。
「ああ、父さんが昔使ってたやつなんだよ」
しかし戸惑う雪那を他所に、少年は後の彼からは想像もつかない無邪気な笑みを浮かべていた。
「というか、待機状態を見ただけでよく分かったな。それが“魔導兵装”だって」
「えっと、私も訓練の時に使ったことある、から……」
「訓練? じゃあ君の親も騎士団に入ってたりしてるのか?」
「騎士団には入ってないけれど、似たようなものだと……思う」
顔色を窺ってこない相手と自然に会話が繋がる。
たったそれだけで、雪那の心は、むず痒さを覚えていた。
事務的な連絡以外で同年代と話すことなど、あまりに久しいことだったから――。
「へー、じゃあ何をしてるんだ?」
「国の政に従事していると聞いている」
「難しい言い回しだな。議員とか、政治家ってことか?」
「……ああ、そうなるな」
しかし会話を重ねる中で、雪那の心は更なる戸惑いに包まれる。
「ふーん、そうか」
自身の家の事を断片的に伝えたにもかかわらず、目の前の少年に大した変化がないためだ。
大抵の場合は怯えられるか、猫撫で声で擦り寄ってくるかのどちらかなのに――。
「そういや、せっかくの昼休みなのに、こんな所で何やってるんだ?」
「……べ、別になんでもいいだろう」
雪那は咄嗟にしてしまった言動に対し、激しい後悔に襲われた。
不機嫌そうな声、目を合わせないようにそっぽを向いたこと。
これでは、目の前の少年を追い払おうとしていると受け取られても仕方ない。
せっかく話しかけてくれたのに――と、本人も自覚していない自己嫌悪に陥ってしまう。
「そうか、適当に聞いて悪かった」
「い、いや……」
だがその少年の反応は予想だにしないものだった。
逃げるでもなく、責めるでもなく――少しばかり、ばつの悪い症状を浮かべて謝罪して来たのだ。
まるで他の生徒に対してと同じように――。
「そういえば、君の名前は?」
「え……?」
「大事な落とし物を拾って貰った相手に、いつまでも“君”じゃ格好がつかないだろ? だから……」
雪那は矢継ぎ早に変化する話題に目を白黒させ、慌てて答える。
「じ、神宮寺、雪那……一年だ」
「じゃあ、同い年か。俺は天月烈火。よろしく、神宮寺さん」
「そ、その……私の家のこと、驚かないのか?」
「何に驚くんだよ。親が政治家で、神宮寺さんはお嬢様ってだけだろ? どうしてもって言うなら驚く反応はするけど、俺も親のことで色々言われたりした時は、あんまり良い気分じゃなかったからなぁ」
だが誰もが驚嘆する神宮寺の名をはっきりと伝えても、少年に取り繕う様子はない。
雪那は目の前の少年から、目が離せなくなった。
彼の瞳に映る自分は、誉れ高き神宮寺家の一人娘でもなければ、将来有望な魔導騎士でもない。
ただの初等部一年――神宮寺雪那でしかないのだと、感じ取ったからだ。
それは周囲の大人や学友、それこそ両親にでさえ、向けられることのない感情。
おそらく雪那自身が、最も欲していた感情。
「それがどうかしたのか?」
全身が熱を帯び、胸の鼓動が脈を打つ。
今までに感じた事のない感情の奔流が、雪那を襲っていた。
「あのさ……」
一方の少年――天月烈火は、呆けている雪那に向けて手を伸ばす。
「そろそろ“時雨”、返してくれないか?」
「――ッ!?」
烈火にそう指摘され、雪那の顔が真っ赤に染まる。
なぜなら彼の持ち物を、いつの間にか両手で胸に抱き込んでいたからだ。
「こ、これ……!」
短い人生の中であるとはいえ、これほど取り乱すことなど記憶にない事態。
雪那は顔に集まる熱を感じながら、待機状態の“時雨”を烈火に差し出す。
これが少年と少女の邂逅だった。
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