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第57話 希望と絶望の前奏曲【side:PreludeⅠ】

 ◆ ◇ ◆



 神宮寺家本邸――。


 装飾華美な一室の扉が開け放たれ、少女の青いポニーテールが揺れる。


「――来たか、雪那」

「はい、お父様、お母様。それで大切な用事とは?」


 少女――神宮寺雪那は専属メイドと共に書斎を訪れ、中央の椅子に腰かける自身の父親、その傍らに佇む母親を見据えて、凛とした声音を響かせる。


 授業終了後、すぐに戻ってくるように――と、用事を告げられたのは今日の朝。

 それも厳格な両親直々とあって、流石の雪那にも緊張が見られているようだ。


 だが神宮寺家当主――神宮寺惣一朗(そういちろう)から告げられたのは、想像を遥かに絶する内容であり――。


「……突然で混乱するかもしれないが、一柳君との婚姻(こんいん)の日取りが一〇日後ということで正式に決まった」


 低く響く厳格な声音を受け、雪那の思考が停止する。

 一八、いやせめて二〇歳までは――と、昔から決まっていた予定がいきなり一〇日後になったのだから、当然の驚愕だろう。


「私たちと同じで貴女まで学生結婚なんて、やっぱり母娘で繋がるものがあるのかしらね」


 一方、当主夫人――神宮寺美冬(みふゆ)は口角を上げ、上品な笑みを浮かべる。

 雪那からクールさを差し引いた代わりに大人びさせた容姿とあって、誰もが見惚れる美しい微笑だ。

 (もっと)も、今日ばかりはその美しさが恐ろしさを際立たせてしまっているわけだが。


「美冬、あまり茶化してくれるな。法的に可能な年齢になったから結婚の前倒しは了承したが、雪那はまだ学生だ。あくまで形式上、籍を入れるだけなのだからな。無論、羽目を外すことは許さん」

「それは当然だけど、少しでも早く夫婦になりたいからって、あんなに情熱的に愛を語らせるくらい男性を骨抜きにしちゃうんだから……我が娘ながら罪作りね……って」

「まあ確かに彼の熱量には、少々驚かされた面もある。それにあれほどの才覚を持つ男もそうはいないだろう。神宮寺の跡取りとして申し分ない」


 雪那は、どこはかとなく誇らしそうな両親を前で茫然と立ち尽くす。


「……っ!」


 最早、両親の顔も自身の背後で戸惑っているメイドのことも意識の外。


 今出来るのは、必死に歯を食いしばり、拳を固く握って、込み上げてくる感情をひたすらに押し留めることだけ――。


 例えどれほど望んでいなくとも、倒れてしまいそうなほど拒絶したくとも、雪那にそれは許されない。

 抗うことは出来ない。

 ただ受け入れるしかないのだ。

 神宮寺の家に生まれた彼女にとって、決して逃れられない宿命なのだから――。





 雪那はシャワーノズルから降り注ぐ熱い水滴(すいてき)を、(なま)めかしい曲線を描く肢体で受け止める。

 控えていたメイドを下げ、大浴場で一人きりとなった彼女の表情は陰鬱さを極めていた。


 だが意図せぬ形とはいえ、(さい)は投げられてしまった。

 襲い来る事態を前に、雪那の心境には計り知れないものがあるのだろう。


「いずれこうなることは、分かっていたというのに……いざ目の前にすると、落ち着かないものだ」


 神宮寺家――それは、皇国創設からの歴史を持つ由緒(ゆいしょ)ある家であり、優秀な人材を輩出し続ける武家一族。

 加えて、随分薄れてしまったとはいえ、皇族の血も混じっているほどに高貴な家柄とされている。


 故に家訓もまた、厳格。

 幼い頃から厳しい英才教育を(ほどこ)され、安らぐことなど片時も許されない。

 いついかなる時でも、最高の結果を求められ続ける。

 事実として雪那自身、他の少年少女の様に学校以外で友人と遊んだことなど片手で収まる程度の回数しかなく、娯楽の類に関しても同様だった。


 そんな毎日を過ごしていたからこそ、他の少年少女が羨ましくなかったと言えば嘘になる。

 あんな風に無邪気な顔が浮かべられたのなら、あんな風に自由に飛び回れたのなら――。

 決して口には出さないが、そんな羨望を抱き続けてきたのだ。


「何を、今更……」


 雪那は自嘲するように呟いた。

 しかし、それは羨望止まりでしかない。


 そう、決して叶わぬ夢――。


 趣味など持つ暇もない程の激務。

 通う学校や進むべき進路。

 生涯を共にする伴侶(はんりょ)


 過去、現在、未来――。

 雪那の人生における決定権は彼女自身には無く、その全てを国と神宮寺家によって定められているのだ。


 一方、全てがデメリットであるのか――と言えば、そういうわけではない。

 特権階級である神宮寺の名を出せば、何をするにも特別待遇。大抵のことは、それで解決する。

 だが雪那にとって、それは自由との等価交換ではなかった。


 誰かにとって都合の良い操り人形となって、その誰かが勝手に敷いたレールの上を馬車馬の様に無理やり走らされるだけの人生。

 生き地獄と何ら変わりないのだ。


 雪那の望みは、裕福な暮らしでも他者から敬われることでもないのだから――。


「だから、全て諦めたじゃないか……」


 しかし現実は、雪那の望みを許さない。

 故に初等部に入学した直後、六歳の雪那は悟ってしまった。

 自分は他のみんなの様になれないのだと。


 本来なら、夢と希望に溢れていなければならない年頃。

 そんな時分の少女が到達するには、あまりに現実的で残酷すぎる結論だった。


 だが容姿、勉学、魔導技能。

 その全てにおいて、雪那はあまりにも優秀過ぎた。

 “出来るから”――たった、それだけの理由で詰め込まれた結果、子供の範疇(はんちゅう)を超えた力と意志を持つに至ってしまったのだ。


 加えて、周りからは異常な力や高貴な生まれへの妬みや辛み、子供の内に雪那に取り入ろうとする者たちが溢れかえった。

 幼い少女から見て、それがどれほど醜い光景だったことか――。


 無論、どんなに優秀で強かろうと、その精神(こころ)が幼い少女のものでしかないことも事実。

 そんな風に過ごしていたのだから、幼い雪那の精神(こころ)は擦り切れ、日に日に摩耗(まもう)していった。


 孤独で辛い日々の中で雪那に出来たのは、氷の様な無表情を顔に張り付けて色を失った世界を耐え忍ぶことだけだったのだ。


 しかし全てを諦め、感情の壊れた操り人形の様に過ごす中で、雪那にも心を許せる相手が一人だけ出来た。


『――君の名前は?』


 黒い髪に蒼い瞳。

 今は失われてしまった笑みを浮かべる、あの少年と出会ったのはそんな時だった。

最後まで読んでいただきありがとうございます。


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