第54話 幼馴染と婚約者
下校途中に突如現れた自称・婚約者との一悶着を終え、俺は雪那と共に自宅に帰って来ていた。
今神宮司家に帰っても、奴と顔を合わせるだけ。急な来訪ではあるが、俺としても特に異存はない。
とはいえ、首を突っ込んでしまった以上は、さっきの件に関して何も聞かないわけにもいかず――。
「本名、一柳神弥。クオン皇国トップ企業……“一柳グループ”の御曹司。外資と“魔導兵装”関係を中心に、IT、製薬、金融系の会社でも重役を兼任。経営コンサルタントとしても超一流。それでいて、留学先のエーデルシュタイン・アカデミーを首席で卒業。取得した資格や特許は数知れず……逆の意味で頭が痛くなる経歴だな」
雪那からの説明を聞き終わり、俺は奴の尊大な自信の意味を理解した。
特に注目すべき点は、“一柳グループ”が持つ影響力。
今現在、“異次元獣”の侵攻によって、世界は滅亡寸前にある。子供でも知っていることだ。
当然、景気的に多くの企業も苦しい経営状態にあるわけだが、いくつか例外も存在している。
それらの企業に共通しているのは、“魔導兵装”の研究開発・製造に関わる企業であるということ。
理由は、ただ一つ。
“魔導兵装”の需要が大きく高まった――という一点に尽きる。
実際、戦闘が激化すれば、配備数も増える。
同時に“魔導兵装”自体の性能を向上も必須であり、各国による新型開発競争も加速しているのが現状だった。
そして“魔導兵装”開発企業の中でも、利益率の上昇が凄まじい例外中の例外こそが、奴の“一柳グループ”とのことだった。
「一柳……か。そういえばこの間、第二研究所で零華さんと誰かが揉めていた気がするが、そんな名前だったかもな」
「顔が広いのは、当然だろう。ある意味、あの人が皇国の生殺与奪を握っているようなものだ。警察などが手を出せるはずもない」
雪那は苦虫を噛み潰したような顔で呟く。
これまで“魔導兵装”生産に関わって来なかった“一柳グループ”ではあるが、五年ほど前に突如業界に参戦を表明した。
その結果、高品質ながら他企業の追随を許さない低価格を売りに、“陽炎”を始めとした“魔導兵装”部品の生産契約を掻っ攫った。
今は国内トップシェアを誇っているらしい。
つまり奴が“魔導兵装”事業から撤退すると言い出せば、量産機の運用・配備に多大な影響が出てしまう。
敵の襲撃を考えれば、国防において致命的なダメージとなること請け合いなしだろう。
しかも“一柳グループ”は生産部品の輸出まで行っており、国内外に大きな影響力を持つほどに成長している。
結論から言えば、クオン皇国の国防は“一柳グループ”ありきのものであり、現状連中に居て貰っている――ような形になっているわけだ。
そんな超上級VIPだからこそ、公務員も腰が引けるし、法律すら捻じ曲げてしまう権力を持っていたわけだ。
何ともまあ、厄介な奴が出て来たもんだ。
「それにしても、アイツは何時までいるんだ?」
「分刻みで動いているような人間だ。もう一時間もすれば帰るだろうと、メイドから連絡があった」
「そのメイドって……」
「ああ、烈火も知っているはずだ。初等部ではクラスも一緒だったしな」
「あのドジっ娘か……」
脳裏に一人の少女が過る。
何せ奴は平地で転ぶ才能の持ち主だ。
メイドでありながら、完全にお世話される側だった少女の記憶はあまりにも強烈過ぎる。
実際、奴が転んだ拍子に、給食の牛乳ビンが顔面に飛んできたことがあったな。ギリギリでキャッチしたけど――。
「それで性格以外は呆れるくらいの完璧超人なわけだが……実際に何かされたりしたのか?」
雪那が落ち着いてきたころを見計らって、更に話題を変える。
少々デリカシーに欠ける質問だと自覚してはいるが、雪那が奴をどう思っているのか。
それが分からないと、これから先どうしようもない。
こればかりは本人に尋ねる以外の選択肢がないのが心苦しいところだった。
「あの性格に不快さを覚えることは多々あるが、私が直接危害を加えられたことはない。それに今の私は学生だ。当然、そういった雰囲気になることはあり得ない。実際は許嫁……という言葉が独り歩きしているだけでしかない」
「お、おう。まあ二人の年齢を考えたら、普通に犯罪だからな。そりゃ当然だ」
珍しく捲し立てるような早口。
拒否反応全開だな。
「とはいえ、いくら何でも普通じゃなかったぞ。奴も、雪那も……」
だが少なくとも俺は、雪那の本質を知っている。
他人が称するようなほど冷静でないことも、強くないことも――。
そして、きっと誰よりも優しいことも――。
いくら結婚というデリケートな問題だとはいえ、雪那があそこまで反意を表に出すことは異常極まりない。
こういっちゃアレだが、自分の気持ちを押し殺してでも名家の責任に準じるのが、神宮司雪那という人間なのだから。
俺なんかより、よほど自己犠牲精神に溢れている。
いや雪那の場合は、|立場ある者の矜持と責任ってやつかもな。
「あの人はきっと、私のことを見ていない。気に入ったアクセサリーか、ペット程度にしか思っていないのだろう。そう、感じるんだ」
神宮寺というネームバリュー。
学園始まって以来とも称される、魔導の才能。
雪那は奴が求めているものが、“神宮寺雪那”を構成する外側の部分だと言いたいのだろう。
だから自分の理想や役割を押し付け、思う通りにならなければ怒り狂う。
何故なら、自分こそが頂点であり、至高の存在。
人前で堂々と他人に点数を付けて悦に浸る行為こそ、その表れであるはず。
ある種、魔導至上主義の極みとでも称するべきなのだろう。
この話が初等部の頃から決まっていたのか、俺たちがすれ違っていた中等部の頃に持ち上がったのかは分からない。
とにかく将来を誓い合った関係――とやらは、年頃の少女が背負うには残酷で重すぎる十字架であることだけは確かなようだ。
「それに、私は……」
今この状況で奴をぶちのめしても何の解決にもならない。俺の自己満足どころか、雪那の立場が悪くなる可能性すらあるだけ。
悲しそうに俯く幼馴染に対して、俺の出来ることは――。
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