第53話 完全論破
「僕たちは、大切な家族の話をしているんだ。部外者は引っ込んでいてくれないか?」
立ちふさがる俺に対して、一柳は不機嫌そうに吐き捨てる。
まるでさっきまでとは別人だ。
とはいえ、引き下がるつもりもないわけだが。
「部外者かどうかは知りませんけど、友達がいきなり現れた男の車に乗せられかけているわけで……普通に考えれば、見過ごせるわけがないでしょう?」
「だから、僕と雪那は将来を誓い合った仲だと言っているだろうが! その証拠に雪那だって僕のことを知っていた。それを言うのなら君こそ、汚い手で僕の雪那に触れるな! 実に不愉快だ!」
こちら視点――というか客観的に見れば、奴は下校中の学生に声をかける不審者でしかない。
理由はいきなり横付けして来た上に、二人の関係性とやり取りが一般社会では起こり得ないものであるからだ。
よって、完全に何も知らないのだと装えば、俺には自称・婚約者に連れ去られかけている友達を庇う――という免罪符が必然的に生じることになる。
つまり奴の感情論に対して、常に正論で応戦出来る。既に論破したようなものだった。
「君こそ、学生の分際で大人を怒らせない方がいい。これから先、長い人生を棒に振りたくはないだろう? 雪那も分かっているね」
一方、あくまで奴から向けられるのは、激情と侮蔑の視線。
直後、雪那の様子が変わったのを背中越しに感じた。
だが恐らく、奴に対する嫌悪感というより、自分のせいで俺が巻き込まれたことが耐え切れないのだろう。
いつか他でもない雪那から周りを頼れと言われたこともあるが、やっぱりお互い様というところか。
「よくもまあ、そんなに口が回りますね。でも立派な脅迫罪だ。出るとこ出たら大事になりますよ」
「ふっ、あまり僕を嘗めない方がいい。君一人が騒ぎ立てたところで、そんなものはいくらでも握り潰せるんだよ」
堂々と言い放つには最低過ぎる発言。
だが奴の様子からして、虚勢というわけではなさそうだ。
でも――。
「そうかもしれませんね。証人が俺一人、なら……」
「はっ! 雪那なら、僕の味方に決まって……」
「そこの車! そのまま止まっていなさい!」
子供一人で何が出来るのか――と勝ち誇った表情を浮かべていた奴だったが、サイレンを鳴らした白黒の車両が近づいて来るのを見て顔を顰めた。
「はいはい。随分高そうな車だけど、こんな道路の真ん中で止まってちゃダメだよ。免許証の確認を……」
現れたのは、二人の警官。
一人は、車両から出てきて事情を尋ねに来たフレッシュな若者。俺と雪那の壁となるように一柳と相対する。
もう一人の小太りのベテランは、その様子を遠巻きに見ている。恐らくは新人に経験を積ませているのだろう。
「言わんこっちゃないな」
「烈火?」
「俺が通報したわけじゃないけど、道の真ん中で交通妨害してればこうなるさ」
歩道を歩いている俺と雪那の隣に横付けしているのだから、当然高級車が止まっているのは車道の中。
申し訳程度にハザードランプを点灯させているとはいえ、大絶賛交通の妨げになっていることには変わりないわけだ。
しかもスーツ姿の男が、一見すれば学生カップルに見えなくもない俺たちに因縁を付けている。
まあ常識的に考えれば、誰かが通報することも、警察のお世話になるのも当然の事態だ。
一方の奴は、イラつきながらも余裕を保っており――。
「……やれやれ、警察風情が僕を取り締まるのかい?」
「はぁ? 何を言ってるのか分からないですけど、違反ですから……」
「おい、ちょっと待て!」
違反切符を切った若い警官は、思わぬ方向からの怒号に目を丸くする。
至極真っ当に公務を執行している以上、その反応は当然だろう。
だがベテラン警官は全力疾走で車体近くの二人に駆け寄り、青い顔しながら見事な敬礼姿を披露していた。
「お勤めご苦労様です!」
「え、ええっ!?」
上司が交通違反者を相手に、声を裏返しながら敬礼。
若手警官の驚きは尋常ではないはずだろうし、現に目を白黒させながらパニック状態だ。
何と言うか、本格的にキナ臭くなってきたようだ。
「新人の教育がなっていないようだな!」
「も、申し訳ありません!!」
「今、僕は機嫌が悪いんだ。我が身が可愛いのなら、さっさと失せろ!!」
「はっ! 了解致しました!!」
「え、えっと、違反は……?」
ベテラン隊員は動揺する新人を他所に、九〇度に腰を曲げて頭を下げる。
「で、では、失礼します!」
更に自身の左隣で、ぼーっと突っ立っている新人を無理やり引きずり、鬼気迫る様子で去ってしまう。
「ふん、若いながら悪知恵だけは回るようだが、相手が悪かったね。見ての通り警察風情では、僕にとっては何の脅威にもならない。それどころか騎士団さえも、僕に逆らえるはずないんだからねぇ!」
それを見た奴は勝ち誇ったような笑みを浮かべて言い放つ。
芝居掛かった口調で両手を左右に広げ、強者の悦にでも浸っているかのようだ。
「雪那と同じ学園ということは、魔導騎士の卵なのだろう? まあその時点でそれなりに優秀ではあるんだろうが、僕からすれば凡夫よりも少しだけマシになった程度。そんなのじゃぁ、全然! 全く! ダメダメさ!」
チッチッっと舌を鳴らすと、人差し指を揺らしてこちらを煽って来る。
完全にフルスロットルだな。
「そうだなぁ。僕ほどではないが、中々整った顔立ちだし、ミツルギ学園の生徒という点を加味すれば、一〇点中……四点ぐらいかな? でも僕や雪那は一〇〇点や、一五〇点という次元にいるんだ。君とは住んでいる世界が違うんだよ! だから早くその手を離し……」
「貴方がどこの誰で何をしていようが興味ないですけど、周り……見た方がいいんじゃないですか?」
だが気分が最高潮なところに冷や水をぶっかけられた一柳は、不機嫌そうに周囲を見渡す。
そこにあったのは、俺たちに向けられる多くの視線。
ようやく自分がどういう状況に置かれていたのかを認識したようだった。
「お、お前……ッ!!」
「日は沈みかけでも、まだ夕方。こんな住宅街で騒いでいるんだから、何も驚くようなことはないはずですけどね」
そう、俺たちに向けられているのは、周辺の住民、道路を歩く人々、遠巻きに視線を向けて来る野次馬の山。
「俺や警察の口は塞げても、不特定多数の人間に対して同じことが出来るとでも?」
「こ、この……ッ!?」
「話が大きくなる前に、さっさと退散することをお勧めします。これだけ良い車を乗り回しているんだ。下らない喧嘩で経歴に傷が付いてもいいんですか?」
一柳は拳を強く握り、行き場のない怒りを抑え込もうと必死になっている。余程、苛立っているようだ。
でも元来、身分が低い人間は、自分よりも社会的立場が上である相手を妬むもの。有名人のスキャンダルが話題になるのも、転落劇を楽しむため。
人の不幸は蜜の味――というやつなのだろう。
つまり最高グレードの超高級車を乗り回す大人が学生カップルを恫喝しているように見える場合、どちらが悪く映るのか――なんて考えるまでもない。
実際、新人警官は真っ先に俺たちを庇ってくれていたわけだしな。
確かにこの男は、何らかの立場と力を持っているのかもしれない。
たかが学生が正面から喧嘩をしても、社会的立場で上から潰されてしまうのかもしれない。
しかし時に民意という力は、選ばれた者を凌駕することもある。
その上、今は情報化社会。
いくら金を積んでも、デジタルタトゥーを完璧に消すことは不可能だろう。このやり取りがネットで拡散されてしまえば、全てが手遅れだ。
当然、それだけのリスクを背負ってまで、ここでキレ散らかすことが正解であるわけがない。奴の最適解は、黙って逃げ去ること。
俺に反論するのではなく、ちょっとしたトラブルとして沈静化を待つことだけだ。
奴のプライドがどうなるのかについては、別問題ではあるが――。
「さっき貴方も言っていたはずだ」
「な、に……を!?」
「“今僕は機嫌が悪いんだ。我が身が可愛いのなら、さっさと失せろ”って」
「こ、こ……のッッッ!!!!」
はっきりと歯軋りが聞こえて来る。
今にも血管が切れそうな勢いだった。
でもこのお坊ちゃんは、もう詰んでいる。
今となっては、八百屋のおっちゃんも井戸端会議中だった主婦たちも、みんな俺と雪那の味方なのだから――。
人よりも少しだけ魔導の扱いが上手い生徒のままだったのなら、俺は正攻法で挑んで弾き返されていたことだろう。
だがFクラスという形で一度ドロップアウトしたからこそ、こうして奴を追い詰められている。
下の立場で過ごしていた経験で危機的状況を打開できるとは、何とも皮肉な話だ。
「この俺に恥をかかせるなどと……万死に値する畜生だ!! 貴様はッ!! このままで済むと思うなよ……ッッ!!」
その後、激高した一柳が、凄まじいスピードで車を走らせて去ったのは言うまでもない。
夕方の路地には、俺と雪那を冷やかす声だけが響いていた。
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