第5話 氷獄女王《アブソリュートクイーン》
学園襲撃から二日間の休校を挟んでの登校日――。
特に休む必要もないのでいつも通り登校する俺と朔乃だったが、学園全体に広がっている浮ついた雰囲気を肌で感じていた。
理由は間違いなく、校外学習当日に起こった学園襲撃事件。
更に出来損ないの生徒が、強力な異次元獣を撃退した――という噂が広がったことが原因らしい。
「うわぁ、なんか視線が凄いんだけど……」
「放っておけばそのうち収まる。気にしても疲れるだけだ」
他の生徒からすれば、校外学習から戻って来たら、いきなりの休校。
それも魔導騎士を目指す者にとって、切っても切れない相手が学園に乗り込んで来るという異常事態。
こればかりは困惑するなというのも無理な話だろう。
その結果、いつにも増して慌ただしい朝となっていた。
だがそんな生徒たちの混乱は、全く別のベクトルで増大していくことになる。
「……烈火ッ!!」
「え、えっと、どちら様……って、ぇっ!?」
凛とした声音が響き、有無を言わせぬ威圧感に周囲の誰もが黙りこくる。
それは驚きながら背後を振り向く朔乃も例外ではなかったが、程なく周りの静寂を破る叫び声を上げてしまっていた。
その原因は聞き覚えのある声の主であり――。
「雪那……?」
注目を集めながら近づいてきた雪那は、振り向いた俺の肩を掴み、目と目で見つめ合うかのような体勢で視線を合わせて来る。
何事かと思えば、当の雪那の表情は鬼気迫るものだった。
「その、烈火は大丈夫なのか?」
「ああ、怪我人は出たが、犠牲者はゼロだそうだ」
「だそうだ……? なぜそんなに他人事なのだ!?」
「こうして五体満足だからな」
対する俺は落ち着かせるようにいつもの様子で返事をしたが、雪那の表情が晴れることはない。
もしかしたら生徒会ということもあって、幼馴染が学園で大暴れをした事実を知っているのかもしれない。
それなら彼女らしくない動揺にも説明が付く。
一般生徒に知らされなない情報を口に出さぬよう、どこか歯切れが悪いことも含めて――。
「私が聞いているのは、そういうことではない。烈火が……」
「俺は大丈夫だ。何も問題ない」
雪那にこんな顔をさせないために戦ったつもりだったのだが、なんとも皮肉な話だ。
でも俺はこうして、此処にいる。
そう伝えると、雪那にも普段の落ち着きが戻り始める。
ただ周りの連中は、そうではなかったようで――。
「え、えっと……あの……お取込み中のところ申し訳ないんだけどさ……」
隣の朔乃から声をかけられるが、こちらも妙に歯切れが悪い。
更に周りの連中からも、対象を突き刺すどころか貫通しそうな視線の嵐を向けられていることに気づく。
「単刀直入に、二人ってどういう関係なのかなって……」
言われてみれば、朔乃が疑問を持つのは当然のことだ。
それは周囲も同じだったようで、うんうん――と、誰もが首を縦に振っている。普段Fクラスを見下している割には、随分と呼吸が合っていることで。
とはいえ、Fクラス生徒と学園トップクラスの実力者とで、釣り合いが取れていないのは事実だ。
今までは立場が違い過ぎることもあって、みんなの前で話す機会もなかったしな。
「……か、関係」
雪那の頬が僅かに赤らんだ。
まあこれだけ注目されて気恥ずかしいのは、俺も同じだが――。
「その……なんだ。初等部の頃から顔見知りなんだ」
「腐れ縁とか、幼馴染ってやつ?」
「そうだな。今の我々の関係性を表すとしたら、それが適切だろう」
俺が答え、雪那が肯定する。
結果的に俺たちの関係性は、白日の下に晒されることになった。
「そ、そうなんだ。初知りなんだけど……」
「ほぇー」
朔乃は驚きながらも納得したという様子であり、他の連中も大口を開けたまま頷いている。
エサを待つ鳥の雛であれば可愛らしい光景だが、この連中ではただの間抜け面でしかない。
なぜそんな評価になってしまうのかと言えば、生徒連中が俺に向ける視線が侮蔑を宿したものに変わったから。
あまりの二面性ではあるが、理由は一つだけ。
彼女本人が意図したものではないにしろ、雪那がスクールカーストの最頂点に位置する存在であるというもの。
名門・神宮司家の一人娘にして、入学当初から最上級生を圧倒する魔導技能。
性別を問わず、他者を引き付ける美貌。
年不相応に落ち着き払って、大人びた雰囲気。
そしてこれらの要素と使用魔導が合わさり、雪那には異名が付けられている。
――“氷獄女王”。
未だ一年でありながら、既に多くの生徒に憧れを寄せられる存在となっている。
一方の俺は、学園ではゴミ扱い。
だからFクラスの俺に対して、雪那が普段見せない親しさを向けていることが気に食わないわけだ。
人気者も大変だな。
「……てか、Fクラスのくせに幼馴染ってだけで声をかけてもらえるとかズルくない?」
「だよねー、きっと無理やり付きまとってるんだよ。ストーカー的な?」
一方、周囲からは嘲笑の言葉が聞こえ始め、険悪な空気が充満していく。
自分勝手な憤りも大概にしろ――と言いたい状況の中、突然響いた陽気な声を受けて、またも周囲の空気が一変する。
「おやおや、楽しそうじゃないか。僕も話に混ぜてくれよ」
生徒の波が左右に分かれ、中央に道が出来る。
その中心を我が物顔で歩くのは、取り巻きを引き連れた男子生徒。
見事に会話の流れがぶった切られてしまい、俺と雪那も声のする方向に視線を向けざるを得ない。
だが当の男子生徒は、周りの空気になど我関せずであり――。
「ごきげんよう、雪那さん。今日もいい朝だね」
癖毛気味の茶髪を指に絡めながら、雪那に向けて爽やかな笑みを浮かべる。
「また君か……」
一方の雪那は上機嫌な男子生徒とは対照的に、どこか疲れたような表情を浮かべていた。
「うげっ……」
「またお前か……」
まあそれは俺や朔乃も同じであるわけだが――。
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