第106話 もう一つの戦い
「今もこうして残っている辺り、大体想像は付いてましたけど……本当にクビになったんですか?」
「そ、それが……あの後、ヘロヘロになってホテルに帰ってみたら、もう誰も居なくて……そうしたらウチの校長から直々に電話が来て、私は解雇だって……!?」
当のシュトローム教諭は、半泣き状態のまま項垂れてしまう。
ガックリ――と、聞こえてきそうな勢いで肩を落としている様は、何とも悲壮感を覚えさせられるものだった。
でも――。
「結局、ローグ教諭とも連絡取れなくなっちゃったし……」
フィオナ・ローグ。
その名を聞いた瞬間、自分でも目尻が吊り上がったのがはっきりと分かった。
「そうですか。やはり……」
「やはりってことは、AE校……というか、シュトローム教諭の現状を知っているような口ぶりですね」
「さぁ、どうでしょう? まあ貴方たちに来てもらったのは、その辺りについてお話をするため……というのが本命だったりもしています。正直、天月君を落とすような試験なんて物理的に無理……というか、そんなことをしたら、学園の生徒がいなくなってしまいますからね」
サバサバしている――というわけじゃないが、歯に衣着せぬ態度とは正しくこのこと。
変わらず、底が見えないババアだ。
「まあ何にせよ、お二人が関係者以外立ち入り禁止の区画で、大立ち回りを演じたことは私も聞き及んでいます。そこで色々見てしまったことも……」
「……っ!」
「と言っても、ローグ教諭と故二階堂先生が何をしていたのかまでは知りませんよ。強いて言うなら、密会をしていたのを後から知った程度です」
明らかに何かを知っていることを匂わせながらも、本質に触れない絶妙な所を付いて来る話術。
しかもその特大の釣り針に関しては、当事者である俺たちが言及せざるを得ないものであり――。
「故人って、どういうことですか!? も、もしかして、私が強く叩きすぎちゃったから!?」
シュトローム教諭が顔を青ざめる。
何せ二階堂を瞬殺したのは、この人だ。
どんな形であれ、奴の顛末が気になるのは当然のこと。ましてや当人が死んだと聞かされたのだから、尚更だろう。
まあそれは似たような立場にある俺も同じこと。
「いえ、直接的な死因は首への裂傷ですので、貴方に非はありません。それどころか、生徒の矢面に立って戦ってくれたことに感謝したいくらいですよ」
「そ、そうですか……」
にこやかな笑みと感謝を受け、ほっと胸を撫で下ろすシュトローム教諭だったが――。
「ただ遺体の首から上が持ち去られていたらしいですけど……」
「え……!?」
今度は別ベクトルからの衝撃で、その表情が凍り付く。
でも当のシュトローム教諭以上に驚愕しているのは俺の方だ。
なぜなら――。
「最近、世間を騒がした事件と似通っている気がしますね。天月君?」
ある意味、俺が当事者となった別の一件と気味が悪いほど似通っているから。
無論、このババアは一体どこまで知っているのか――と、心中の警戒心が爆裂なまでに膨れ上がったことは言うまでもない。
そして、懸念事項はもう一つ――。
「……さあ、アリーナに向かおうとした俺たちを襲った相手の仕業では?」
脳裏に数日前の記憶が過る。
先の“竜騎兵”出現に際し、俺とシュトローム教諭が出遅れて途中参戦したことは説明の必要もないだろう。
でも実際のところ、雪那たちがあんなにボロボロになるまで出遅れてしまった理由は、教師二人を問い詰めていたから――というだけじゃない。
「監視映像に映っていた、黒い外套を纏った仮面の人物ですね? 戦闘の余波で映像は途切れてしまっていましたが、よもやそんなことになっていたとは……」
そう、実はあの時、アリーナ内へ向かおうとした俺とシュトローム教諭は思わぬ足止めを食らっていた。
俺からすれば因縁深い、あの“首狩り悪魔”に酷似した“異形”の襲撃者によって――。
そうして奴との戦闘が勃発した結果、ローグ教諭への追撃を諦めざるを得なかったどころか、アリーナに駆け付けるのも遅れてしまっていたわけだ。
「武器をへし折って追い詰めたとはいえ、アリーナのドンパチの影響で逃げられましたけどね」
「あら……それは残念。でもアリーナでの戦闘では、お二人とも活躍してくれましたので、結果的には良かったのではないですかね? 護りたいモノも護れたのでしょう?」
先の戦闘――。
断続的に地鳴りと振動が響く不安定な閉鎖空間において、“首狩り悪魔”譲りの戦闘スタイルは凶悪極まりないものだった。
実際、アリーナ全体が揺れて室内が掻き回された最中、“異形”の襲撃者に逃げられてしまっていたわけだしな。
ただ襲撃者を逃がした直後、鳳城先生と合流。
二人の美人教師は、急場でフルチューンした量産機を纏って戦闘用意を整えた。
そして俺が砲撃を放ち、モニタールームごとアリーナの地面をぶち抜きながら戦場に乱入した――というのが、一連の流れ。
裏で巻き起こっていた、もう一つの戦闘。
「まあ色々あったにせよ、お二人とも無事だったわけですし、学園もこうして存続しています。なので、地下モニタールームで起きたことは、綺麗さっぱり忘れて下さい」
「――っ!」
そんな中、当の理事長は、ようやくこの招集の本質を明らかにした。
ニコニコと和やかな笑みとは裏腹に、凄みを感じさせる声音を発しながら――。
「真実を知りえるのは、貴方たちと私……そして、こちらからは手出しが出来ないローグ教諭のみです。お二人が胸に秘めて下されば、全ては闇に葬られることでしょう。まあ誰に相談しても意味はないですけどね」
「それが貴方の本音ですか? 人の良い老人を装っている割に随分と真っ黒だ」
端から見れば、生徒と教師。
もしかすれば孫と祖母の様に見えるかもしれないが、温かみなど欠片もないやり取り。
俺と理事長の間の空気が張り詰める。
「ですが、それが最善です。我が校にとっても、AE校にとっても、貴方たちにとっても……皆に不都合が無い選択なのですよ。私も未来ある若者二人を不慮の事故で失いたくはありませんから」
これは釘刺し。脅迫にも近い宣告。
敢えて口にしていないが、ネットに上げたり、警察に相談したりといった普通の対処では意味がないと言いたいのだろう。
それもわざわざ俺が察せられる形で伝えて来た以上、第二研究所や神宮寺家の情報網すら届かないアンダーグラウンドの更に奥底に関連する事象であるのだと――。
「――分かりました。情報を口外しないと誓いましょう」
対する俺の回答は単純明快。
というより、シュトローム教諭がいる手前、今はこう答えるしかないというべきか。
でも周りに言わないと宣言しただけで、自分で調べないとは言ってない。ああ、嘘は言っていない。
「シュトローム教諭もいいですよね?」
「え、えっと……」
「い・い・で・す・よ・ね? 元教諭?」
「あ、あう、ぅぅ……」
この話はここまで。
困惑しているシュトローム教諭にも強要する――という、自分らしくない強引なやり口を披露してでも、さっさと終わらせてしまうに限る。
「うぅー!」
分からないものは、分からない。
だったら飲み込んでしまえと思わないでもないが、シュトローム教諭は酷く天然なだけで比較的常人に近い感性を持っているのだろう。
だからこんな悪の組織とやり取りをするかのような状況で、素直に首を縦に振れないでいるわけだ。
それに自分だけ話に取り残されているばかりか、年下である俺に言い包められそうな状況にも焦っているのかもしれない。
だがせめてもの抵抗が、真っ赤になった顔で可愛らしく唸るだけというのは、最早ただの清涼剤にしか成り得ない。
特に目の前にいるのが棺桶に片足を突っ込んでいるような腹黒ババアなのだから、このままシュトローム教諭で目の保養をしていたいもんだな。
まあそんなことは、状況が許してくれないわけだが――。
「あら、即断即決ですか?」
だが当の理事長もまた、そんな俺に対して意外そうな目を向けて来ている。
今この場において、初めてポーカーフェイスが崩れた瞬間だった。
「口外するリスクを考えれば当然でしょう? でも相応の報酬は要求させてもらいますけどね」
ならば今が好機。
終始、主導権を明け渡して好き放題されるのも癪だし、慎ましくささやかな反撃を始めるとしよう。
いい加減、家に帰りたいしな。
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