第105話 自浄され行く学園
突然の学園追放宣言を受け、理事長室の空気が凍り付く。
流石に予想外過ぎて困惑する一方、ビシッと決めたシュトローム教諭は、俺の代わりに疑問を呈していた。
「えっと、御剣理事長……それはどういうことなのでしょうか?」
「言葉の通りです。今回の一件で我が校の負った損害は、内外問わず非常に大きなものでした。先ほど三黒教頭が言っていた通りですね。というわけで、今の規模での学園運営が物理的に不可能となってしまっているのが現状です。そこで学年末に実技試験を行うことに致しました。期末試験の代わりに“年度末試験”と称して……」
「わざわざ試験にリソースを割く必要があるんですか? 手が足りない……という言葉と矛盾している気がしますけど?」
「いいえ、手が足りないからこそ、今強行するのですよ」
理事長は険しい表情の俺たちを前に、和やかな笑みを崩さない。
この手の腹芸は、流石に手馴れているようだ。
「元来の期末試験は、三黒元教頭を含めて、色んな教員が自分のお気に入りの生徒の成績に色を付けるだけの物でした。でも私が言っているのは、生徒の本当の力量を測るための試験です」
「この学園は規模が大きく歴史が長い分、しがらみも多い。今更そんなものを把握してどうするんですか?」
「さっきも言ったでしょう? 今の規模での教育は不可能です。ですので、生徒の頭数も減らさなければなりません。つまり今回の実技試験で規定以上の成績が残せない……もしくは将来性がないと判断した生徒には、学園を去って貰うことにしました。それだけの話ですよ」
「な……っ!? 教育中の生徒を成績の良し悪しで学園から追い出すつもりですか!?」
その言葉を聞いて真っ先の反応したのは、シュトローム教諭。学園は違えど、思うところがあるのだろう。
まあ入試ならともかく、在学中の生徒に対する扱いじゃないというのは、俺も同意見ではあるが――。
「私も鬼ではありません。一応、生徒の成績に応じた学園への編入試験を受けられる手続きは致しますよ。そこでも結果が残せなければ、それまでですがね。どちらにせよ、腐敗の象徴である力のない生徒も教師も、我が校で面倒を見る気がないというだけです」
「――っ!」
シュトローム教諭は、初老の女性から吐き出される毒に顔を強張らせる。
それに少々過激な言い回しではあるが、話の筋が通っている上にアフターケアも完璧。外部の人間には、反論のしようもない。
それに何より、学園対抗戦で晒してしまった恥――というのは、お人好しが服を着て歩いているシュトローム教諭ですら、閉口せざるを得ないほどに酷かった。
結果、周囲に多大な影響を与えてしまっていたのだから――。
「私としても心苦しいですが、この情勢は今まで通りを許してくれません。それに伴い、学園の運営体系も大きく変化させねばならない。時が来たということですね」
「なるほど……話を通したってのは、そういうことですか。この襲撃を上手く使いましたね」
「あら……何のことでしょう?」
「いくら恥を晒したとはいえ、いきなりこの学園が機能不全になることは誰もが避けたいはず。何せ魔導騎士の卵を一番多く抱えているのは、この学園なんだからな。それなら周りが復興に協力せざるを得ない今の状況は、長年の腐敗体質を変えるまたとない機会となる。生徒に対しても、教師に対しても……」
これだけ学園が被害を受けているのだから、どうしても手が回らないことは事実。
結果、面倒を見切れない生徒が出てきて――と、普段とは違うこの状況を利用して、合法的に無能な生徒を排除することが出来るわけだ。
同時にこの状況下であれば、就労の法律を多少歪めてでも人員の見直しを行うことも可能。
つまり――。
「さっき貴方は、本当に力がある者以外は不要だと言った。早い話が、この年度末試験とやらの本質は、成績詐称して実力を偽っている生徒、それを先導した教員を一掃して学園の自浄作用を促すこと。要は不良債権を追い出したいわけだ。またいずれ、今以上の規模になることを見据えて……」
理事長が講じたのは、逆境を逆手に取る妙手とでも称するべき選択。
俺の言葉が真実である――とばかりに、理事長は笑みを深めた。
「それに何より、今回露呈した学園の負の遺産……元教頭を筆頭に、学園から排除される連中を身代わりにすれば、学園本体への非難も最小限に抑えられる。見事な手腕ですね」
「ふふっ、そんな大層なことは考えていません。私は悪い経営状態を立て直そうとしているだけのおばあちゃんですよ」
いや年度末試験という尤もらしい大義名分は、学園を守るための最善手に近いはず。
実際、試験という形式を取る以上、結果が出てしまえば誰も反論が出来ないのだから。
つまりこのババアは、“竜騎兵”の襲撃というイレギュラーすら利用して、合法的に大局を動かしている。
ニコニコと人良さげに笑っているが、とても気を許せる相手じゃないな。
「さてここからが本題ですが……今の成績では、貴方も他校への編入対象となってしまうことになります。だから試験を頑張って……と伝えたかったから、わざわざ来てもらったのですよ。本校としては、力のある生徒を手放したくはありませんのでね」
「お生憎様ですが、今の俺はFクラスですよ」
「ふふっ、今の……でしょう? それに長年に渡って魔導騎士の卵を育てて来ましたが、貴方ほど本来の力量と通知表の成績が一致していない人間に会ったことがありません。それにどちらが真の数値なのかを見誤る程、私は耄碌していませんよ」
仮にも“竜騎兵”とやり合った俺を前にしても、表情一つ変えることはない。
それ故に奴の考えも分からない。
流石に皇国最高峰の学園トップ――というところか。
「……まあ、というわけで……私としても生徒を見捨てるつもりはないということです。納得していただけましたか? シュトローム元教諭」
「はうっ!?」
喧嘩ともまた違う剣呑な雰囲気の中、終始オロオロしていたシュトローム教諭ではあったが、あらぬ方向から傷口を抉り返された結果、見事涙目になってしまった。
「元……ね」
「う、うぅ、っ……」
そんな風に半泣きのシュトローム教諭を隣にしていると、どうしても居た堪れない想いを抱いてしまう。
それに分かりやすい本人の反応こそ、理事長の言葉が真実である何よりの証明となってしまっていた。
ヴィクトリア・シュトローム――現在、無職。
異国の地で一人、こうして取り残されているのだから――。
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