第1話 失われた騎士《Lost Knight》
その日、俺は剣を手に絶望した。
空に立ち込めるのは、雷雲と嵐。
眼前に立つのは、肉体を機械と生身の継ぎ接ぎで構成された一頭の巨竜。
そんな脅威に対し、全身を鮮血で彩る男女は、巨竜から俺を守るように立ち塞がる。
その男女――父さんと母さんは絶望の中にありながら、穏やかな笑みを浮かべて言った。
愛している――と。
直後、異形巨竜から聞こえて来た“声”と共に全てが閃光に包まれる。
それは決して消えることのない、惨劇の記憶。
「……くそっ」
最悪な朝の目覚めだ。
だが夢で見たのは過去の記憶であり、実際に起こった出来事。
両親と最期に過ごした瞬間の記憶だった。
それが良い思い出だったのか、悪い思い出だったのか。そんなことは、論ずるまでもないだろう。
だが今の俺には、思い悩んでいる時間はない。
たとえ望まなくとも、今日も新たな一日が始まってしまうのだから――。
“魔導”。
それは自身が持つ“魔力”と呼ばれる力を行使することを指す言葉。
多くは、“魔法”とも呼ばれている。
“魔導騎士”
それは“魔導兵装”と呼ばれる武器を操り、人類の脅威である“異次元獣”から人々を守る戦士を指す言葉。
そして俺の通う“ミツルギ学園”は、極東の島国――“クオン皇国”における魔導騎士・養成機関の中でも最大規模を誇っている。
当然、生徒である俺は、学園への道のりを歩んでいるわけだが――。
「なんで私たちのクラスだけ、校外学習に行けないの?」
「出来損ないに時間をかけるだけ無駄だってことだ」
「聞くまでもなく分かってたけど、そんなにはっきり言わないでよぉ!」
隣を歩いているのは、クラスメイト――月谷朔乃。
今日だけで同じ質問を三度され、その度に同じ答えを返している。
とはいえ、彼女が理不尽に感じるのも、分からない話ではない。
まずミツルギ学園は、各学年六クラス。A~Fクラスといった風に成績順で分けられている。
それだけならまだしも――と思うかもしれないが、俺たちが所属しているFクラスだけは少し状況が異なっていた。
なぜなら、Fクラスの“F”は、単純に六番目という意味ではないからだ。
本当の意味は、“出来損ない”の頭文字から取った“F”。
つまりただの成績下位者の集まりではなく、異常な落ちこぼれと超問題児の寄せ集めクラスだということ。
そして各学年のFクラスは、こう呼ばれている。
学園の廃棄処理場。
こうした一連の流れを経て、歴代のFクラスは行事の参加権も与えられず、半ば冷遇されるようになったらしい。
恐らく学園側からも、最低限単位を取れば卒業資格は与えてやるから、何もしないでくれ――という意思表示なのだろう。
これを気楽と取るか、差別と取るかは当人次第だ。
とはいえ、膨れっ面をしていても、何も変わらないことは事実。
昼までに機嫌が直ってくれるのなら気が楽なんだが――なんて思っていたら、いきなり制服の袖を引かれた。
「……ねぇ、あれって?」
そんな朔乃が目を向けた先に広がっているのは、行き交う学生で作られた大きな人波。
中心には、学生離れした美貌を振りまく女子生徒が一人。
まるで別世界にいるのではないか――と感じさせられる超然とした様子で歩みを進めている。
当然、行き交う生徒は、その女子生徒に熱い視線を注いでいた。
「生徒会副会長の神宮寺さん、やっぱり大人っぽくて綺麗だよね。とても同い年とは思えないや」
雪のような白磁の肌。
ポニーテールに束ねられた青みがかった黒髪。
そして端正な顔立ちから覗く切れ長の目からは、どこか凛々しさすら感じられる。
だがそんな凛々しさと反比例するかのように、少女の肢体は艶めかしく、女性的過ぎる曲線を描いていた。
凛とした雰囲気を放つ少女の名は、神宮寺雪那。
品行方正、才色兼備。
一年生にして生徒会副会長を務める学園トップクラスの才女であり、Fクラスとは対極に位置する存在だった。
「ち、ちょっと!? 神宮寺さんこっち見てるんだけど!? って……烈火?」
そんな超絶女子高生の蒼い瞳が自分側に向いていることに気が付いた朔乃は、その場で飛び上がってしまう。
だが今は反応を返している場合じゃない。
幼馴染から視線を向けられたのだから、逸らすわけにもいかないだろう。
とはいえ、この人波をかき分けて向こう側まで辿り着くのは、至難の業だが――。
一方、朔乃はそんな俺たちの様子に困惑しているようで、また制服の袖を引いて来る。
すると、気を取られた直後、アイツの姿は人の波に遮られて見えなくなってしまった。
「……何でもない。さっさと行くぞ」
「あ、ちょっと待ってよ!?」
これ以上、ここに留まっていても時間の無駄。元通りの道を歩き出す。
しかし学園に向けて大きな人の波を一つ乗り越えたところで、朔乃は思わぬ悲劇に襲われることになってしまった。
「きゃっ!? す、すみませ……」
「いや、こっちも前を見ていなかった。不注意はお互い様のようだ」
朔乃は男子生徒と肩をぶつけ合い、弾かれて後ろに転んでしまう。一般的な男女の体格と体重差を考えれば、自然な現象だろう。
といっても、互いに悪意あっての事故じゃない。現に突然の衝撃を受けて涙目になった朔乃に対し、ぶつかった男子生徒が手を差し出しているのだから。
よって、普通なら、少々ドジな朝の一幕となるはずだったのだが――。
「土守さん、コイツらゴミのFクラスですよ!?」
「しかも同い年とか……。ゴミが土守さんに触るんじゃねぇよ!!」
さっきの神宮寺雪那が良い意味で有名なのだとすれば、Fクラスは悪い意味で顔が知られている。
加えて、この土守陸夜を先頭とする男子グループも一年では名の知れたエリートたち。
そういう背景もあってか、取り巻きの男子生徒は態度を一変。言葉を荒げたかと思えば、いきなり朔乃に向けて蹴りを放って来た。
「……ッ!?」
倒れ込んだ直後に手を差し出されていたとあって、朔乃はそちらに気を取られてしまっている。
当然、横からの蹴りを避けられるはずもなく――という状況ではあったが、俺が朔乃を引っ張ったことで見事な空振り。
「う……ぎィ、っ!?」
取り巻きの男子生徒は、石の台座で足を強打して半泣き。悲鳴を上げながら、辺りを跳ね回っている。
何とも間抜けなことだ。
「っ、ぁああっ……ッ!?!? テメェ、何しやがるッ!?」
「それはお互い様……というか、お前のはただの自損事故だ」
「はぁぁっ!? Fクラスが嘗めた口を利くんじゃねぇよ!」
不意の衝突ということで、誰が悪いわけでもない。
そんな状況で、無関係の人間が女子相手にいきなりの全力蹴り――というのは、異質極まりない状況であるはずだ。
だが周りの生徒は、俺たちだけに冷ややかな視線を向けている。むしろ、この状況を楽しんですらいるのだろう。
これがFクラス。
学園のゴミに対する扱いなのだから。
「……な、何をするの!?」
そんな中、もう一人の取り巻きは、地面に転がっている朔乃のスクールバッグを突然踏みつける。
当然、俺や朔乃も止めようとするが、土守は虚空から細剣を掴み取り、その剣先をこちらに向けた。
模造品などではなく、本物の真剣を――。
「少々野蛮だが……君たち学園のゴミが自分の身分を知るには、良い機会だろう。Aクラスの僕からすれば、Fクラスが学園に存在するだけで気に食わないのだからね」
「な、にを……言って……!?」
ぶつかった時は王子様オーラ全開だった土守ですら、この掌返し。助けに来る者がいるはずもない。
そして更に追い打ちをかけるかの如く、取り巻きの指先から光の球体が出現した。
展開された武装。
敵を射抜く、魔力弾。
連中が使っているのは、共に魔導に連なる力だ。
そして土守が剣を向けて俺たちを脅している傍ら、取り巻きの魔力弾が狙うのは、朔乃のスクールバッグだった。
それはまるで子供のいじめのような光景――。
「ちょっと、止めてよ!?」
「つーか、どうせ魔導もまともに使えねぇゴミなんだから、こんなもん必要ねーだろ? さっさと辞めちまえよ! ゴミ女!」
「な……止めてっ!?」
授業に用いる電子端末や教科書類、生徒手帳などが詰まっているスクールバッグは、朔乃が学園に通っている証。
それをわざと目の前で破壊するため、男子生徒の指先から輝く魔力弾が放たれる。
「――くぅ、ッ!?」
光が弾け、衝撃が拡散し――。
「ぐっ、ぼっげええぇっ!?」
魔力弾が腹部を直撃した取り巻きの一人は、今朝の朝食を口からぶちまけながら地面をのたうち回る。
「な、何が起こった……!? き、貴様、いつの間に……!?」
土守たちが驚愕する中、俺は少し汚れてしまったスクールバッグを拾い上げ、手で砂埃を払う。
ただ取り巻きの魔力弾を蹴り返しただけなのに、随分とやかましい連中だ。
「クズのFクラス同士、傷の舐め合いか!? この無礼、万死に値するぞ!! 学園から追放してやる!」
「これぐらいでキレるなよ。エリートの名が泣くぞ」
「ふざけるなっ! 今すぐ決闘だっ! 貴様らゴミに拒否権はないッ!!」
土守は本当にさっきまでと同一人物なのか――という勢いで激昂。王子様オーラはどこかで行方不明になってしまったようだ。
でも、その理由は単純。
Fクラスである俺に好き勝手やられていることが、よっぽど気に食わないのだろう。
まあ連中のプライドが丸潰れになったのは事実かもしれないが、無抵抗の女子を集団リンチしようとした後に言われても、何も響かない。
エリート王子様を気取っていても、所詮は上っ面だけだ。
「決闘……って、いつの時代だよ。というか、そろそろ始業だ。せっかくの校外学習をサボってまで、Fクラスと遊んでいるつもりか?」
「き、貴様ァァ……ちぃ、ッ!? 行くぞ、お前たち!!」
「は、はひっ!?」
いくらエリートとはいえ、同年代相手に凄まれた程度で怖気づくわけもない。
対する土守は俺を思い切り睨みつけると、大股で学園へ歩いていった。
“覚えていろ”と、言葉を残して。
「ふぇ……?」
事態の渦中にあったはずの朔乃は、いつの間にか蚊帳の外。
状況が理解できず、目をぱちくりさせていた。
「ボケーっとしてるのは勝手だけど、遅刻なら一人でしてくれ」
「あ……ちょっと、待ってよ!?」
「もう平地で転ぶなよ」
「なんか凄い馬鹿にされてる気がする」
「……気がするんじゃなくて、馬鹿にしてるんだよ」
「むっかー!!」
俺は朔乃のスクールバッグを持ったまま、校舎を目指す。
慌てて後をついて来る当の本人が、また転んだのかについては別の話だ。
こうして俺たちは、少々歪ながらも変わらぬ日常へと戻っていく。
そしてこの時までは、こんな日常がいつまでも続いて行くのだと思っていた。
だが両親の死をきっかけに止まっていた時間。
そんな虚構の日々は終焉を迎え、止まっていた運命の円環は再び動き始めていた。
その始まりを示すかのように、遥か天空に異変が起こる。
だが気付く者は誰もいない。
それが異次元へと繋がり、人類に死と災厄を振りまく“死の門”の出現であることに――。
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