表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ショートショート9月~2回目

作者: たかさば

 朝、五時五十五分。

 六時ちょうどに家を出ることになっているので、玄関に座り込んで、ツイッターをチェックする。


 この五分間が、わりと重要なのだ。

 タイムラインをつるつると確認し、大まかではあるが今日一日の流れを決める、貴重な五分。

 …ふうむ、カフェで限定メニュー、今日から発売か。

 よし、今日の昼はサンドイッチとパイナップルスムージーに決定だな。


 脳内予定表に書き込んだところで、靴を履こうと…うん?


 ショートソックスを履いて、ひざ下丈のスパッツを着込んでいる私の生足部分に…蚊が一匹。

 ムム、老いて貧血気味になってきた私の貴重な血液を吸おうとするとは、何たる無礼な。


 ……しかし、ぶちゅっと潰すのも気が引けるな。


 ふっと息を吹き付け、立ち上がる。

 ……よし、どこか飛んでった。


 ♪ぺロロンぺろろんぺろっペロッ♪


 あ、六時のアラームだ。


「おーい、行く時間だけど!」

「はーい!今行く!!」


 娘と一緒に車に乗り込む。


 就職した娘を毎朝会社まで送り届けるのが日課となって、はや半年。

 来月娘の車が納車されることになっているので、間もなく私はお役御免となる。

 あさイチドライブは結構楽しいし、私の運転技術の向上にも一役買ってくれて…うん?


 信号待ちで止まった私の目に…、蚊が一匹。


 今、ハンドルを握る私の右手の甲にとまらんとしているのは…黒い体に白い点のある、ひげの長い、蚊。


 なんだ、ずいぶん……見覚えのあるフォルムだぞ。

 こいつまさか……玄関から、私にくっついてきていたのか?

 ……そう言えば、右ふくらはぎのあたりがやけにかゆい。


 窓を開け、右手を外に出したところで、信号が変わった。


「なに、いきなり窓開けて!!」

「なんか蚊がくっついてたんだよ。」


 ちょっと冷房効き過ぎてたなって思ってたんだよね。

 窓を開けっぱなしにして、娘を会社へと送り届ける。


「行ってらっしゃい。」

「へいへい。」


 娘を送り届けた後、私はコンビニに寄って、朝食の調達など。

 よーし、今日は贅沢焼き鮭おにぎりにしよ……。


 車に戻って、おにぎりのフィルムを剥がし、一口齧った、その時。


 おにぎりの向こう側に…、蚊が一匹。


 今、ハンドルにとまらんとしているのは…黒い体に白い点のある、ひげの長い、蚊。


 なんだ、ずいぶん……見覚えのあるフォルムだぞ。

 こいつまさか……窓を開けたのに、出て行かなかったのか?

 ……そう言えば、右腕の外側のあたりがやけにかゆい。


 しぶとい蚊だな。


 仏の顔も三度までってね。

 まあ、私に見つかってしまったのが運の尽き。

 ……潰すか。


 手を伸ばし、ハンドルを勢い良くたたく。


 ムム、逃げられた。

 おにぎりをモグモグしながら、蚊を追い回す。

 くそう、たらふく私の生き血を吸ったくせに、やけにすばしっこいな。


 ばん!

 だん!

 プー!


 おうふ。


 うっかりクラクションが鳴ってしまった。

 周りを見回し…うん、辺りに車も歩行者もいないな、良し。


 ……忌々しい蚊だな。


 どうにかして成敗したいところだが……、もう時間がない。

 食べ終わったおにぎりのゴミをコンビニまで捨てに行き、そのまま仕事場へと向かった。


 職場は衛生管理の行き届いている工場なので、蚊の攻撃を受けることはない。


 快適に働いたのち、帰宅しようと車に乗り込もうとすると。


 ドアを開けた瞬間、車の中から蚊が飛び出した。


 潰してやろうと手を伸ばしかけ…、まあいいかと見送った。


 私の生き血を糧にして、せいぜいたくさんの子孫を残すがいい。

 ……さらば、蚊。達者で、暮らせよ!


 略奪の限りを尽くした無礼者を見逃し、エールを送ったその日以来、蚊による襲撃を受けていない。

 蚊もまた、恩義というものを感じているに、違いない……。

 なんだ、虫とはいえ、案外律義な奴だな。

 少々、感心していたのだが。


「ずいぶん涼しくなったねえ!上着出して―!」

「へいへい。」


「エアコン、消していい?」

「いいよ。」


「ねえねえ、あたし今日鍋食べたいな!!」

「りょーかい。」


 ……季節が、移り変わっただけだったらしい。


 ……今年も、蚊取り線香、使いきれなかったなあ。


 私は、あちこちに散らばっている蚊取りグッズを片付けながら、秋の到来を感じたのであった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 蚊! 蚊ですか。蚊が小説になるとは [気になる点] きついですよね、車内の蚊 [一言] 蚊、マッチョになって恩返し
[一言] 最近は、容赦なく、潰すようにしています。 蚊 即 潰! です。 まだ、バリバリ飛んでいらっしゃるんですが……。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ