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イミテーションセクステット  作者: 海月らいと
第二章「偽りだらけの狂詩曲」
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第二章10「光の桜3」

※少しグロ表現があるので、苦手な方はお気を付けくださいませ。

  人工的な灯りのない世界だと思っていたハルトは、初めてのダンジョンの中で思わずぽかりと口を開けながらお驚いていた。


「何ていうか、思っていたよりも……」


「綺麗?」


 くすりと笑みを向けたのは、前を行くミハネであった。ハルト達が進む道は、所々に瓦礫が横たわっては居るものの、人が作り出したかのような石畳が敷き詰められていた。脇を彩る灯りは、街頭のように誰が点けたとも知れぬ不思議な光を放っている。

まるで、何かを称える神殿かのような造りは、ハルトが想像していたダンジョンの様子とはやや異なる姿であった。


「C級にしては造りが立派って言うか、マナの量がおかしいっていうか」


 ハルトの隣を歩くリーシェも、彼と似たり寄ったりな考えを抱いていたようだ。普通とは違うこのダンジョンの異様な静けさに、どう警戒すれば分からないと顔にありありと浮かんでいる。


「此処は()()()のダンジョンよ」


 鼻歌でも歌い出しそうな声音が、四人分の足音の合間をくぐり、静かなダンジョンに広がる。


「当たり、ですか?」


 首を傾げるハルトに振り返り、そうよ、と笑みを浮かべながら軽い返事を口にするミハネ。彼女に代わって、先頭を歩くヒナタが、チラリと白いローブを翻してハルトに問い掛けた。


「ハルトさん、ダンジョンの基本って覚えていますか?」


「えっと、確か巨大なマナの吹き溜まりがある場所に形成される魔物の巣窟、ですよね?」


「はい。 このダンジョンは、特に木属性を取り込んでいて、出現する魔物の多くが木属性の魔物です。 階層についてもご存知ですか?」


「確か、入り口のある一層目から始まって、階層が進むほど強い魔物が出現する法則があるって」


「その通りです。 多くのダンジョンの入り口は、一層目に存在しています。 ですが、先程の入り口は一層目ではありません……ダンジョン制覇をした者のみが知る秘密の入り口です」


「秘密の入り口……? え、でも、ダンジョン制覇ってつまりダンジョンマスターを倒すことですよね? 主が居なくなったダンジョンは消滅するんじゃ……」


 訳が分からないと顔に困惑が浮かぶハルトに、再び同じ言葉を投げたのはミハネであった。


「だから、このダンジョンは()()()なのよ」


 その顔には余裕の他に、期待が滲んでいる。

 フードの奥の表情こそ見えぬものの、丁寧なヒナタの声音も、聞く者に弾んだ印象を与えるものであった。


「この【翠月の丘】というダンジョンは、通常のダンジョンマスターとは別に【世界樹】の恩恵を受けた特殊なダンジョンなんです」


「世界樹って、確か【三幻神】が植えたと言われている世界を支える大樹、だったっけ」


 ハルトは、知ったばかりの知識を思い出していたが、


「あら、ラッキー坊やはイダスタの冒険者なのに『塔』ではなく『神殿』の信者なの?」


 思わぬミハネの指摘に、妙に焦りを覚えた。


「え、神殿の信者!?  いや、俺はただ公国の図書館で見た歴史書にそう書いてあったなって!」


 昨日、リーシェに無理矢理連れて行かれた図書館で、ハルトは大陸や国の歴史についての本を読めと散々言われ、半日近く彼女を先生とした講義を受けたばかりであった。公国の王立図書館というだけあって膨大な書籍が取り揃えられていたが、やはり公国や神殿関連の内容が多かったのである。

その半端な知識を披露しただけが、とんだレッテルを貼られると彼を焦らせた。


「ふふっ、冗談よ。 それに、その議論をするのはナンセンスだわ」


 ミハネは言葉通りの表情を浮かべて、まず彼の焦りを拭ってくれた。 


「世界樹の始まりの話は国によって解釈が違いますからね。私は公国の生まれなので、小さい頃から世界樹の庭師が三幻神であると聞いて育ちましたし」


「私は帝国出身だから、創生の主は三幻神様であるって言われて育ったわよ」


 続く彼女達の言葉も、言外にミハネの言葉を支持していることが容易に伺える音色であった。


「私はアーヴィッコ国の近くで育ったから、【双塔の女神】の神話を耳にタコができるくらい聞いてきたわ」


ちらりと己を見遣るミハネに気付いたハルトは、ふと思い出した。


「あれ、女神って言ったらそういえば俺も……フエ村で【塔を守る女神】の言い伝えは聞いたことがあるかも」


このとき、彼が少しでも気に留めていたら、違った未来が訪れたのかもしれない。それぞれの伝承の意味を、何故違うのかという意味を。単なる伝承であると、世界に馴染み始めていた彼から思考することを奪った言葉が優しさに覆われていた事を、彼が知る日が来るのかどうか、知る者はその人のみである。


「生まれた国が違えば、考え方が違うのは当たり前ですから」


 ヒナタのその言葉、それ以上を誰も口にすることはなく、必要もなかった。彼女の言う通り、それはあまりにも当たり前の事であり、この場の誰もがこのことについて議論をするつもりはなかったからである。

 それよりも、例えどのような環境で育っていようが、今の彼らは冒険者であり、何よりも自由な存在——目の前に広がる迷宮を攻略する方が重要であった。


「でも……世界樹のダンジョンって言ったらロストアイテムが見つかりやすいダンジョンって言われてるわよね」


 リーシェは先程までと比べ、自分たちの居る場について興味を持ち始めていた。世界樹のダンジョンの事は当然彼女も知っており、期待感が膨らんできている様であったが、


「はい、確かにこのダンジョンには、制覇後にしか手に入らないS級以上のレアアイテムが存在していますが、ロストアイテムではありません」


 と言うヒナタの言葉に、ハルトとリーシェも揃って首を傾げた。彼女の口振りは、まるでその存在を知っているかのようだったからである。レアアイテムについては後ほどお話ししますね、と楽しそうな音で言われてしまえば、二人はそれ以上追求は出来なかった。


「世界樹の恩恵を受けたダンジョンは、例えダンジョンマスターが倒されても、一時的に入り口が消滅するのみ。暫くすると世界樹の力により復元されるのよ」


 自らが横道に逸らした話を引き戻したミハネは、腰元に手を添えた。するりと片割れの銀筒をしなやかに撫でる。


「元通りになるってことですか?」


「退治した魔物と全く同じ個体が蘇ることはありませんが、一度入り口を閉じマナを貯えながら、以前と同じ()()を整える、と言うのが正しいかもしれません」


「ま、そう言う仕組みだから、このダンジョンは定期的に出現するし対策もされてるのよ。 出現モンスターのレベルに対してダンジョンランクが低く設定されてる」


「ちょっと待って、確かここってC級……」


()()()()()C()()()()()()()()()()()()()()、という意味のC級よ」


 ハルトは、親切な金色の人が言っていた言葉を思い出したのである。


(確かD級を中心にって言ってたっけ……)


 状況が状況であったにしろ、彼の助言を素直に聞いておけば良かったと後悔が彼を襲う中、そう言う気配は徐々に彼らに忍び寄る。


「あと、私達が先程通った入り口はダンジョン制覇をした者のみが知る秘密の入り口……世界樹の根が存在する部屋、つまり最下層と同じ階層に存在する特別な入り口で——」


 ——パンッ、


 と銀筒から放たれた音が広がった。次いで、どさりと何かが倒れる音がそれを追い掛ける。

 慌てて振り返ったハルトとリーシェの後ろには、どくりどくりと眉間から血を流す、茶色い獣が横たわっていた。


「つまり、油断しないでねってこと」


 ミハネの弾んだ声を彩るように硝煙が未だ燻る銃口が、まるで自分に向けられているかのように感じたハルトは、ごくりと息を飲んだ。


「皆さん、来ますよっ!」


 先頭を歩いていたヒナタの掛け声で、漸く武器を構えたハルトとリーシェの視線の先には、先程息絶えた茶色い獣と同じ、熊の様な獣が立ちはだかっていた。仲間を殺されたからだろうか、低い唸り声とぎらつく目がハルト達を逃すまいと捉えている。


「B級魔物の【ケツゲキベア】じゃない! いきなりこんな上級!?」


「B級の中でも下位レベルだけど、まさかいきなりB級とは驚きね」


 額に汗を浮かべるリーシェとは反対に、好戦的な笑みを携えるミハネ。

 そんな二人の間でハルトは汎用型の剣を握りながら、目の前の敵から目を逸らす事が出来ず、緊張した面持ちで対峙していた。


「最下層に進めるのは、ダンジョンが課す試練を超えた選ばれた冒険者のみ……パーティ人数分の魔物が立ちはだかる仕組みになっています」


 三人よりも進んだ位置に居るヒナタは魔物と最も近い距離に居り、それでも焦る気配は欠片も無く、片手に握る杖を今にも相手に降り掛からんと勇ましく構えていたのが、


「はーいヒナタちゃん、貴女はこっちにいらっしゃい」


「ひゃっ!」


 ミハネに片腕で抱き抱えられながら共に最後尾まで連れて行かれてたのであった。


「何でですか!」


 ぷんすかと可愛らしい音が聞こえてきそうな不満の声をあげたヒナタに対して、ミハネは呆れた様な視線を向けながら、それと等しい音で彼女に言葉を掛けた。


()()()は魔術師じゃないの?」


「うっ……そうでした」


 そんなこの場に似つかわしくない穏やかなやり取りは、一時の安らぎをハルトとリーシェに与えたが、相手は待ってなどくれない——。


「来るわよっ!」


 リーシェの一言で互いが完全に臨戦態勢になる。先に仕掛けてきたのは、魔物の方であった。


 ——グオォォォン


 一匹の荒い咆哮に続くように二匹が声を響かせると、一斉に襲いかかってきた。

 動き自体は素早いと言えない身体の熊達の手足に付いた爪は鋭く、一撃でも浴びて仕舞えば、ただでさえ月白の人に紙だと言われた打たれ弱いハルトでは耐え切ることは難しい。また、攻撃型の魔術師であるリーシェも、最前線で戦うようなタイプでは無いため、今の布陣は些か心許ない。

 思案していても仕方がないと、まずはリーシェの詠唱時間を稼ぐためにハルトが意を決して魔物に向かって走り出そうと足元にマナを集めようとした瞬間、


 ——パンッ、


 乾いた音が空間を支配した。それは、先程と同じ銀の咆哮。そして続くのは、獣が地へと崩れ落ちる音。


「これで、私達のノルマは達成ね?」


 銀筒の余韻の向こうから声を掛けたのは、もちろんミハネ。冷たい銀の咆哮に驚いたのか警戒したのか、魔物は足を止め、先程まで共通の目的の元に動いていた同胞を見遣った。その目に宿るものが何であるのか、ハルトには分からなかった。


「ハルトさん! リーシェさん! お二人には強化魔術を施します! 恐れずに魔物に向かって攻撃してみてください!」


 最後尾に連れて行かれたヒナタは、余裕そうなミハネの後ろから声を掛けた後、二人に向かって杖を翳した。

 詠唱なしで発動された魔術は二人を白い光で包み込んでいく。


「あれ、何か身体が軽いというか温かいというか……?」


「光魔術の攻撃上昇魔術、【白き羽ばたき】ね! しかも、この感じ……B級ってところね」


 詠唱無しでこれほどまでに正確な魔術を発動できるとは、とリーシェは驚きと関心を抱いたが、すぐに此処が戦場であることを思い出した。

 動きを止めた魔物との距離は、リーシェにとっては充分であった。彼女は迷うことなく、その言葉を口にした。


「《その焔を以って焼き尽くせ 灼熱火焔(レイキィラ)》!!」


 それは、()()()で見せた威力とは異なっていた。彼女の愛杖から放たれた橙は力強く、一直線に魔物へと向かって駆け抜けていく。橙の一線が一匹の魔物に触れた途端、一瞬の焼け付くような臭いと音の後、茶色い魔物は瞬く間に橙に包まれ、熱さと痛みでのたうち回る前に身体の中から焼き尽くされ、生命の灯火を橙に奪われたのであった。

 ぼとりぼとりと身体の一部が焼け落ちていく音と、轟々と橙が唸る音が空間を支配する。


「す、すごい……」


 いつの間にB級魔術を詠唱破棄出来る様になったんだと問いたかった気持ちよりも、その威力に驚いたハルトであったが、発動した本人すらも大きな目を見開いてぎょっと驚きの表情を浮かべながら、通路の先で燃え盛る橙と思わず両手で握りしめた愛杖を高速で見比べていた。


「あら、お嬢ちゃんやるじゃない」


 素敵よ、と素直に感心しているミハネと、その後ろでは「凄いですね!」ときらきらとした声で称賛の言葉を口にするヒナタ。


「あ、ありがとう」


 自身の能力の筈が把握できていなその力に戸惑いを隠せないリーシェの横で、ハルトはふと自分の握る剣を見遣った。不思議な温かさに包まれた彼は、ランクが上の魔物に対して既に恐怖心を抱くことはなかった。そこにあるのは、強き者に挑戦したいという剣士の性と、未知の領域に対する好奇心。


「よしっ」


 柄を握る手にぐっと力を込めたハルトは、剣と足元にマナを集めた。何が起きたか理解が追いついておらず呆然と橙を眺める孤独な茶熊に、彼は風を利用して勢いよく向かっていった。風を利用した彼の速さを茶熊が捉えることは不可能であり、その鋭い刃を逞しい爪で受け止めることも最早不可能であった。


「うおぉぉぉ!」


 ハルトが茶熊の頭上に向かって大きく振りかざした白銀は、ぶ厚い茶色の絨毯を迷うことなく裂き、肉を断ち、白い頭蓋骨にさえも恐れることなく侵入した。その先に待つ血流に包まれた薄紅の脳をぐにょりと斬る感覚ではなく、するりと溶けていく柔らかさをハルトは己の指先で感じていた。そのまま目の間、鼻先、口を通り、太い喉、逞しい胸、脂肪に包まれた腹、股と順に裂いていく感覚は、普段のぐちょりとした生々しいものとは異なり、まるで豆腐でも斬っているかの様であった。

 熊の正面に着地したハルトはあまりにもすんなりと刃が通ったせいか、普段なら手応えを感じる骨も臓物も無いのではと思ったのも束の間、


——ぶしゃあっ、


 と、茶色の中央から四方に向かって鮮血が噴き出した。勢いのまま生血が壁にべちゃりと飛び散っていく。茶色からぼとりぼとりと生まれるかのように赤々とした臓物が次々と溢れる中で、肉に包まれた白い骨が紛れ込んでいる。最早肉塊と化した茶熊の残骸の中でも一際大きな塊が左右に分かれて崩れ落ちた音がダンジョン内を包み込んだ。

 呆然とその光景を目の前で見ていたのは、この状況を生み出したハルト。至近距離で眺めていた彼は、当然頭から足の先まで生温かいどろりとした血で塗られていた。それでも、彼は自身が引き起こした状況をただただ見つめているだけであった。


「ぇ……?」


 やっと出した声は、無意識であったのだろう。彼の小さな驚きの声は、ぴくりぴくりと僅かな痙攣を繰り返す茶色い肉塊が生み出す騒がしさより静かであった。


「剣士って大変なのね」


「最初は誰でも、まぁ、あの……そうですね」


 魔物の残骸を見てと言うよりは、ハルトの身体に降りかかった惨劇を見て哀れみしかない眼で見つめる最後尾の二人が本音で語り合っていたことなど、今の彼は気付ける筈も無かった。


まだダンジョンが続きます。


海月らいと

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