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イミテーションセクステット  作者: 海月らいと
第一章「求められる者」
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第一章1「まなざしの先」


 聳え立つ巨大な門。その麓で瓜二つの顔をした門番が立っている。


「あの……!」


 意を決して声を掛けたのは、あまりにも平凡な一人の少年であった。黒い髪に黒い瞳。やや幼さの残る顔立ちの中に成長の余白が見て取れる、至って普通のそれであった。


「「何か御用ですか?」」


 おそらく双子であろう門番は声を揃えて少年を見つめた。呼吸一つとっても全てが揃っているその動作は、背後に控えるその門の荘厳さと比べると、妙にコミカルなものであった。


「俺……【フエ村】から来ました」


 少年の緊張した面持ちには、一筋の汗が垂れ流れていた。それ以上に、彼の掌にはジトリとした感触が広がっていた。そんな少年をキョトンとした顔で見つめた双子は、一つの瞬きの後に顔を見合わせ、揃った動作で首を縦に振った。

  そして、全く同じ笑顔でこう言い放った。


「「【王都ヴァロメリ】へようこそ、【旅人】さん!!」」


 そこからの双子は怒涛の勢いであった。


「街に入ったら、まず【ギルド集会所】に行ってください」


 左に立っていた門番が言う。


「そこで必ずギルド登録をしてくださいね」


 右に立っていた門番が言う。


「「その後のことはギルドの職員から聞いてください」」


「門を抜けたその先は【東噴水大通り】で」


「【王城:アーレトン城】まで続く都一大きい道です」


「城へと続く道の途中に噴水広場があり」


「そのすぐ側にギルド集会所があります」


「必ず」


「忘れずに」


「「ギルド登録をお願いします!」」


 左右の門番から順番に一つずつ説明をされた少年の頭には、多くの情報は入って来なかった。二人の人間から1つの事柄を説明される事の大変さを、こんな所で知ることとなった少年であったが、それは彼の始まりのほんの序章にもみたない瑣末な出来事であることを、この時の彼は知る由もなかった。

 ひたすらに連続的な機械音の様な音を交互に受け止め続けるしかない少年の顔は、既に疲れ切っていたことを知るのは、彼の目の前に聳える巨大な門のみである。



 嵐のような説明を受け、やっと門の中へと入ることを許された少年。

 彼の名はハルト。田舎の小さな村からようやく外に出ることを許された、人間(・・)である。既に満身創痍な気持ちでいっぱいであったハルトであったが、次の瞬間にはその全てが吹き飛んだ。


「こ、ここが王都ヴァロメリ……!!」


 遠くからでもわかるほどの巨大な城。そこに続くかのように敷かれている大きな道。その脇には様々な店が軒並みを揃え、活気に満ちた声が飛び交う。数々の人種が行き交い、人々の顔には笑顔が浮かんでいる。田舎の村から出てきたハルトにとって、王都は目新しいものに溢れていた。


「ついに……ついにやってきたんだ!」


 漸く実感が湧いてきたハルトは、胸の前まで持ち上げた自分の腕で拳を握り見つめる。


(この日が来るのをずっと楽しみにしてたんだ……絶対に()()()として成功するぞ!)


 今までの事を思い返しながら暫し感慨に耽っていたが、はっと先ほど双子門番に言われた事を思い出した。


「あ、まずはギルドに行かないと……!」


 先程受けた説明を唸りながら確認し、まずは城へと続く道の途中にある噴水広場へと足を進めていった。



 五つの大国といくつかの小国、そして中央政府が管理する霧に覆われた孤島から成り立つ大陸【ヴィーデス】。

 人間の他にもエルフや獣人など複数の人種が暮らすこの世界は()()である。様々な職業が存在し、商いをする者、冒険に出る者、城に勤める者。犯罪に手を染める者もちろん、自身の技量さえ相応しいのであれば、全てが自由である。


 少しばかり違いを述べるとすれば、それは【魔術】の存在である。誰もが宿している【マナ】と呼ばれる生命エネルギーと特殊な術式を用いて発動することができる魔術は、正しい術式を知らなければ使うことはできない。この、ある意味で不可思議だと思える存在により、発展するはずの技術の進歩は目覚ましいものではないが、 しかし、それだけである。


   ()()()()()()()との違いとはその程度である。


 キョロキョロと辺りを見回しながら大きすぎるほどの都を歩くのは、田舎の村から出てきたばかりの平凡な少年ハルト。彼が村を出て遥々やってきた此処、塔の国の王都【ヴァロメリ】は、大陸の中で最も自由であると言われている都市である。他国の主要都市より大きく、世界4大ギルドの集会所全てが集結している。この国の統治者の内のとある人がギルドの総括をしているため、ギルド関係者の多くがこの都市に集まるのである。

 それだけが理由では無いにしろ、田舎では見掛けることのない人種はもちろん、大勢の人間が大通りを行き交うため、ハルトのような初めての人間は首を痛めるほどそれを必死に動かしてしまうのである。


(わぁ……もしかしてあの人達は冒険者かな?)


 ハルトの視線の先には、動きやすそうな鎧を纏い大剣を背負った男や長いローブに身を包み銀色の杖の様な物を握る細長く尖った耳の女性、小柄な体で大きな槌を担いでいる少女にスナイパー銃を肩掛けにしながらも腰には2丁の銃を携えた豊満な身体の女性という四人組の男女が談笑しながら歩いていた。


(俺もあんな風になりたいなぁ……)


 平凡な少年の目には、眩いばかりにその集団が映っていた。思わず立ち止まって彼らが通り過ぎるのを憧れを込めた目でまじまじと見ていると、最後尾に居た銃を持った女性がチラリとハルトの方を振り向いた。目が合ったことで思わず慌てていたハルトに対して、女性は何やら口元を動かしてから艶やかなウインクを飛ばした後、前を向き何食わぬ顔で仲間との会話に加わっていった。


(え……)


 見知らぬ彼女が何と伝えたかったのか、ハルトは全てを理解することはできなかった。しかし、彼女が自分を励ます言葉を口にしていたのが分かった彼は、頭から身体の全てに何かが行き渡るような感覚を覚えた。底からむずむずと湧き上がる期待感。

  ハルトは嬉しさで高揚した面持ちのまま、今度は急足で噴水広場へと向かうのであった。



『——、がんばってね』


  彼女の言葉が正しく伝わらなかったことが、彼の未来に大きな変化をもたらすということを知る者は、此処には居ないただ一人だけである。



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