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聖女転生物語  作者: 神崎右京
第三章
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40、十五年ぶりの『対話』②

 離れていた十五年を埋めるように、ひとしきりくだらないことで笑い合った後、カルヴァンが思い出したように切り出した。

「それより――お前のことだ」

「は?」

「闇の魔法使いを王都に連行する以上、何かあった時のためにその旅程に付き合ってもらわなきゃならんのは事実だが――騎士団の連中をどうごまかすか、考える必要がある」

「…ご……ごまかす…?って――」

 怪訝な声を上げた少女に、カルヴァンの方がより怪訝な顔をする。

「いや…避難が完了していた領民はともかく、広場にいた騎士は皆、お前が本物の聖女だと知っているだろう。王都につれていったあと、申告しなかったら、さすがに追及される」

「え――…」

「基本的に、信仰心が篤いやつらばかりだしな。聖女は神の化身だと信じているし――十五年前の事件を知っている奴は、なおのこと神格化して崇めるだろう。それを隠匿するなどけしからんと、内部分裂が起きる可能性が――」

「いやいやいや、ちょっと待て、何の話だ?」

 ストップをかけたイリッツァに、カルヴァンが眉を跳ねさせる。

「何――って、だから、お前を――」

「俺、王立教会に名乗り出るって言ったじゃん。別に、隠す必要なんてない」

「――――――――は?」

 それは、まるで、地の底からとどろく声がごとく。

 今まで聞いたことないほど低い声が、親友の口から洩れた。

「い、いや…だから……今日、戦いに行く前…リアムと一緒に来た時……俺、ちゃんと言っただろ?どっちにしろ、複数人にばれたんだから、もう腹くくって聖女だって正面から王都に行くよ。もともと、今日まで隠してたこと自体が、国民への裏切りなんだ。この十五年、十分自由にさせてもらったし――前世では分からなかったことも、たくさん知ることができた。俺、やっと、『人』らしさってのがわかったんだよ、ヴィー」

 ふわり、と心からほほ笑んで、イリッツァは満足げに言う。

 洗脳に近い形で聖人としての生き方を叩き込まれた前世。愛情を示さない両親。神の愛はいくらでも説くことが出来るのに、人の愛を説くことは苦手だった。

 親子の愛も、恋人との愛も、リツィードにとっては遠い世界の未知のものだった。

 前世で唯一知れたのは――友人との間に芽生える友愛。それ以外の愛は、すべて、遠い遠い世界にあった。

 今だから思う。――前世で、あのまま聖人として務めを果たすような未来が待っていたとしても、国民の心を真の意味で救うことは出来なかっただろう。

 様々な"愛"を知り、市井の人々の暮らしを知った今ならば、やっと、真に聖女らしく、国民を本当に救うことが出来る。

「司祭様は――俺を、本当の娘みたいに育ててくれた。危ないことやいけないことをしたら本気で怒ってくれて、良いことをしたら精一杯褒めてくれて、いつだって俺の幸せを一番に考えてくれた。昔は、親の愛ってよくわからなかったけど、今は、ああいうのが愛情なんだってわかる。本当に、司祭様には感謝しても仕切れない。親父のことは、剣の師として尊敬しているし、誰より男らしい漢だったから、そういう意味では憧れてたけど――父親、っていう点では、俺は司祭様を心から敬愛している」

 司祭を継ぐような後任がいないこのナイードで、本人も「修道女になる」と公言しているにもかかわらず、「教会のことは気にしなくていい」「縛られなくていい」「好きに生きなさい」「幸せになりなさい」といつも同じメッセージを伝え続けてくれた人だ。それは、エルム教の聖典にある、親から子に向けられる『無償の愛』に他ならなかった。

「恋愛っていうのは…俺自身が誰かを愛すっていうのはよくわかってないけど、こんな俺を好きだ、惚れた、結婚してくれって言ってくる人は何人かいた。リアムだってそうだ。そういう人の気持ちに触れるたびに、あぁ、恋愛ってこういうものかって、想像することが出来るようになった。昔じゃありえなかった」

 そして、黙ったままの親友を見る。

「俺、本当にこの十五年――幸せだったよ。ナイードが、ここに住む人たちが、本当に大好きだ。だから、彼らを守るために――王都で、国全体を守る役割を負うのは、何も苦じゃない」

 それは、めぐりめぐって、ナイードの領民たちを救うことにもつながるのだから。

「だから、俺がお前に一緒に考えてほしいのは、どうやったら聖女として王都に行かずに済むのかじゃなくて――どうやったら、聖女として王都に行っても、ナイードの人たちに迷惑が掛からないか、だ。領民は、本当に俺が聖女だなんて知らなかったんだ。誰にも、聖女隠匿の罪なんて、絶対に負わせたくない。俺のわがままのせいで、迷惑かけることだけは、絶対に嫌だ。……お前は昔から頭がいいから、一緒に解決策を考えてくれると助かる」

 ふわり、とやさしく微笑んで伝える。しかし、それを聞いて快く納得してくれると思った親友は――イリッツァの予想に反し、憤怒の形相を呈していた。

「え…ヴィ…ヴィー…?」

「お前―――まさかそれを、俺があっさり納得して、『そうだな』とうなずくとでも――?」

「え゛……」

(思ってたけど)

 つぶやきは心の中にしまい込む。さすがに、空気を読む能力くらいはある。

 ゴゴゴゴゴゴ…と地鳴りでも聞こえてきそうな様相で、カルヴァンは恐ろしく不機嫌な様子を隠しもしないまま吐き捨てる。

「承諾出来るわけないだろう、馬鹿っ…!」

「いや…でも、俺は本当に――」

「一生、自由がなくなるんだぞ!」

 言葉を遮って叫ぶ。

「国の奴隷になるに等しいんだ。きっと、日の目なんて見せてもらえない。幸か不幸か、もう、聖女の結界なんてなくても、騎士団と兵団だけで国を脅かす脅威にすべて対応できるようになってしまっているんだ。その中での聖女の役割なんて、国民の『懺悔』の対象でしかない。昔、お前に向かって石を投げた連中が、許しを得たくて、救われたくて、ただ縋るためだけに、今度こそ国民の手で神の化身をお守りするのだとかいう自分勝手な正義感のためだけに、城の奥の神殿に幽閉されて、ただ毎日腹の足しにもならない国民からの祈りの声を部屋の中で聴くだけだ!お前が死ぬその日まで、何十年も、ずっと――ずっと!」

「――…ああ。わかってるよ。それでも――それで、皆の心が救われるなら――」

「お前のっ…お前の、幸せはどうなる!!!国民全員が幸せになったって――お前が不幸になってたら、十五年前と、何も変わらないだろう!」

 ダンッと近くの机をたたき、激昂する。びくり、とイリッツァの肩が揺れた。親友が、ここまで本気で怒りを見せたのは初めてだった。

「お、落ち着けって。だから、俺はもう十分――」

「たった十五年だ!お前、あと何年生きるつもりでいる!?」

「…いや…えっと」

「明らかにこれからの人生の方が長いだろう!その期間、ずっと、城の奥で孤独に暮らすことを見過ごして許容しろと――お前が、それを、俺に言うのか――!」

 ギリッ…

 カルヴァンの奥歯が噛みしめられ、苦し気な音が漏れた。ぐっと息を詰まらせた後、カルヴァンはもう一度吐き捨てる。

「絶対に、許さん――!」

「え、えぇぇぇ…いや……そんなこと言われても…」

 親友の本気の怒気に気圧され、後ろ頭を掻く。まさか、信用しきっていたカルヴァンに反対されるとは思わなかった。

(なんでこいつは、俺が承諾すると思ったんだ――本当に、馬鹿なのか!?)

 心の中で、再度怒声を上げる。久しく、ここまでの怒りを覚えた記憶がないほどに怒っている自分を自覚していた。

 この十五年、ずっと悔いてきた。繋いでいたと思っていた手は実はひどく一方通行のままで、あっさりとこの手をすり抜けて消えていったリツィード。こいつは、出逢ってから何十年たっても、相変わらず自分の『不幸』と『孤独』に疎すぎる。

 根底には、聖人としての洗脳教育があるのだろうとは思う。だが、それでも、ここまで自分が不幸になることも、孤独になることも、何の躊躇もないのは、人としてひどい欠陥だとしか思えない。

 だが、イリッツァに言わせれば、『聖職者とはそういうもの』なのだろう。それこそが本人が心から望む姿であり、それを正そうとするのは、確かにカルヴァンのエゴなのかもしれない。

 しかしそれでも――神の奇跡とやらで、十五年前の悔いを改める機会が転がり込んできたのだ。今度こそ、この手を離すつもりなど、毛頭ない。たとえふり払われそうになったとしても、何度だってつかんで引き戻す。

 イリッツァを孤独な世界に置いておくと、ろくな事にならない。どうせまたすぐに、何かあったら、国民のため、と言って容易く命すら擲つのだろう。誰の手も取っていないイリッツァは、いつかのリツィードの言葉通り、簡単に生の執着を手放す。

 そうしてイリッツァが居なくなった世界は、再び闇に閉ざされるのだろう。もう二度と、あんな絶望を味わうのは御免だった。――それがたとえ、エゴにすぎないとしても。

「いいか。俺は絶対に認めない。なんとしてもお前を逃がして、聖女としてではない『イリッツァ・オーム』としての人生を謳歌できる道を模索する」

「えぇぇぇ…いいって、ほんと……騎士団の皆を納得させるのも無理だろうし…」

「それは――何とかする、考える。幸い、出立まで時間がある。それまでに絶対何か打開策を考えてやるからな!」

「えぇーー………お前、昔から、ほんとに自己中すぎるだろ…」

 ビシッと指を突きつけて宣言されて、心のままにげんなりとつぶやくイリッツァをそのままにして、カルヴァンは立ち上がる。そうと決まれば、残った仕事を音速で片づけて、残りをすべて最善策を考える時間に当てたい。

「まぁ…期待しないでおく……」

「絶対にお前のその不幸体質を治してやるから、首を洗って待ってろよ!」

「捨て台詞かよ…」

 明らかに親友に向ける言葉とは思えない台詞を投げつけて、カルヴァンはさっさと部屋を後にしたのだった。

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