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聖女転生物語  作者: 神崎右京
第三章
41/105

38、『聖人祭』の夜

 魔物の襲撃が一段落したのを確認してから、キン、と小さく音を立てて剣を収め、イリッツァは周囲をゆっくりと歩いた。広場には魔物の死体が至る所に積み上がり、騎士の魔法のせいか焦げ臭いにおいも充満していて、血の臭いと混ざって鼻が曲がりそうだったが、イリッツァはその美しい顔をしかめることすらしない。――こんなのは、前世で最前線で戦っていたころ、何度も当たり前のように体験していた。

 ときどき倒れている兵士を見つけては、魔法で治癒をして回る。だいたい涙を流して平伏されて感謝をされので、はは、と苦笑を漏らして治療が終わったらそそくさと次へと向かった。どうやら、光魔法の能力向上が利いたのか、すべてを凌駕するような士気の高さが影響したのか、至る所に負傷者はいるようだが、死亡者は圧倒的に少ないようだ。

 カルヴァンは、何やらリアムと一緒に話し込んでいる。被害状況を確認しつつ、次の一手を考えているようだった。何やら小難しい話のようなので、イリッツァは周囲の警戒のために散って行った騎士団員たちに合流しようと剣を手に広場を出ようとして――

「ツィー。どこへ行く」

「へっ――――――へっっっっ!!!!!?」

 声を上げたのは、リアムだった。ババババッとカルヴァンとイリッツァを高速で交互に何度も見やる。

(あー…いや、まぁ、そりゃそうか…)

 ついさっきまで、憎き聖職者、という姿勢を崩さず、胡散臭い奴、という目で相対していたはずが、ちょっと目を離したら、急に女の子を馴れ馴れしく愛称で呼んでいるのだ。そもそも、カルヴァンが女を愛称で呼ぶこと自体がありえない。十五年前でさえ、リツィードが同じ情景を目にしたら、天変地異の前触れを疑っただろう。

(…名前、イリッツァで本当によかった)

 ギリギリ、似たような音が入っているおかげで、それが愛称として機能すること自体に奇異の目を向けられはしないだろう。…それ以外の問題は依然として山積みだが。

「ちょっと…えーと…負傷者の治療も終わったので、他の騎士たちと一緒に、ぐるっと周囲を見てこようかな、と」

「いや、それよりもお前の情報とこっちの情報を合わせて、次の戦略を練りたい。こっちへ来い」

「……はぁ…」

 一応、この場の指揮官はカルヴァンだ。イリッツァは言われたとおりに二人の下に歩いていくと、未だにリアムはチラチラと二人を交互に見ている。

(『空耳だったのかな』とか思ってるんだろうな…)

 鼈甲の瞳を白黒させて、あまりに愉快な顔をしているので、やや気の毒になってくる。それくらい、現実逃避したくなるような出来事であろうことは予想がついた。

「まず、領民の安全確保についてだが――」

「避難誘導隊の報告によると、領民はすべて避難所に誘導完了。負傷者はいくらかいるようですが、司祭を中心に手当てが進んでいるようで、深刻な事態にはなっていないようです。念のため、誘導していた騎士とナイード兵団の兵士で襲撃に備えていますが――」

 ちらり、とリアムがもの言いたげにイリッツァを見たので、イリッツァはその言葉の後を引き継ぐ。

「はい。避難所周辺には、結界を張ってからこちらに来ました。外から魔物が襲撃することは出来ません」

「なら安心だな。――しかし」

 言って、カルヴァンが呆れた顔でイリッツァを見る。

「お前、その気味悪い話し方で行くのか」

「――――――――――――仕事中なので」

 にこり、とこめかみにやや青筋を立てて笑顔で返す。『空気を読め』という無言の圧力を飛ばした。リアムが、急に吹き荒れたブリザードにおろおろし始めるのを視界の隅でとらえる。

 正体が知れた以上、カルヴァンにはイリッツァがリツィードとして映っているのだろう。リツィードが聖職者らしい話し方をしていたのは、カルヴァンと出逢ったばかりの本当に最初のころだけだった。そのころから、彼はこの話し方を『気味が悪い』と言っていたのを思い出す。

「…まぁ、いい。その話はあとにする」

(後でするのかよ!)

 心の中でツッコミを入れてからカルヴァンを見ると、彼はその聡明な頭脳を何やら静かに回転させているようだった。じっと灰褐色の瞳が少し伏せられた状態で一点を見つめている。

「今回は、同士討ちが出なかったのが幸いだが――リアム、どう思う?」

「うーん、こればっかりはなんとも…」

「闇の魔法にかからなかったんでしょう。皆、士気高く心を強く持っていたので」

「え…?」

 サラリ、と告げたイリッツァの言葉に、リアムがきょとん、と見返す。イリッツァは当たり前のことを話すように言葉をつづけた。

「そもそも――黙っていて大変申し訳ないんですが、恐らく今回の黒幕は、十中八九闇の魔法使いだと思います。最初に商人のおじいさんが襲われた時――帰って来た馬についていた聖印飾りに残っていた魔力の残滓から、闇の気配を感じました」

「や、闇の気配…そんなのがあるんですか」

「はい。――あぁ、ええと、昔、ちょっと、闇の魔法使いとひと悶着あったことがあって。その時に感じたのと似ているな、と」

 言葉を濁しながら答えると、カルヴァンの瞳が険しくなったのが分かった。鋭い殺気が漏れる。彼にとって、闇の魔法使いは、親友を殺した黒幕以外の何物でもなく、この十五年、ただ一心に憎み続ける存在だ。

「あー、その、話をつづけますね。それを踏まえると、同士討ちという前回の戦いもうなずけますし…何より、魔物が一気に押し寄せてくるこの事件も、たぶん、裏で闇の魔法使いが糸を引いているかと」

「…というと?」

「闇の魔法使いは、契約した魔物と、その眷属を意のままに操れると言います。おそらく、このあたりの高位の魔物と契約したんじゃないでしょうか。それで、それより低位の雑魚魔物を自由に差し向けていた、と――」

「なるほど」

 カルヴァンはうなずいた後、一瞬視線をめぐらし――

「あぁ、つながった。ブリア領に上がっていた魔物の頻出報告は、契約したてで己の魔法になれるための手慣らしでもしていたんだろう。そもそもブリアはともかくナイードは小さいから、そんなにたくさんの人間が行き来するほどでもない。時々行き来する少量の人間に対してちょっかいをかけては自分の力を試して、徐々に自信をつけていったに違いない」

「そうなると、騎士団の到着は彼にとっては最高の力試しだったでしょうね。今まで一生懸命磨いてきた腕前を披露するための」

 リアムの言葉にうなずく。イリッツァは、静かに考えを述べた。

「まさに、だと思います。――騎士団ほど、闇の魔法にかかりやすい連中はいないでしょうし」

「え――?な、なんでですか?騎士は、神の戦士ですよ?闇の魔法使いとは対極の存在で――」

「いや…そういう言い方をすればそうですけど…闇の魔法っていうのは、信仰心がどうとか関係なく、単純に、心の弱い人間を徐々に蝕んで操る魔法です。いくら神様を信仰していても――それが、度を過ぎて神に『依存』するレベルになっていると、あっさりと魔法にかかってしまいます。そういう観点では、信仰心が篤すぎると、闇魔法の格好の餌食ですね。――かつての王都の大規模な事件も、結局は信仰心が人並み以上に篤い人たちばかりが集まる王都で、聖女様がお隠れになってすぐの国民の不安が最高潮だったときだからこそ起きたことでしょうし」

「じゃ――じゃあ、もしかして、騎士団の中じゃあカルヴァン団長は最強…?」

「――…まぁ。この人ほど、己を信じて己の力の身で生きていこうとしてる人はいないでしょうし。心は死ぬほど強いでしょうね」

 苦笑いで告げると、カルヴァンはにやり、と笑う。片頬をくっと上げた、人を食ったような笑み。

「そいつは何よりだ。――おかげで、自信をもって闇の魔法使いとやらを討伐に行ける」

「――――――――――だ…団長が――笑った――――――!?」

 宿敵のこれ以上ないほどの情報に喜ぶカルヴァンを見て、驚愕の声を漏らすリアム。

「…はぁ…?そりゃ、笑うくらいするだろ」

 あまりの驚きように、思わず素に戻ってイリッツァが怪訝な声を上げるが、リアムはぶんぶんと頭を振った。

「いやいやいやいやいや、だって、団長ですよ!?あの、眉間以外の表情筋が死滅しているとしか思えない、あの団長ですよ!?」

「――――…何、お前、そんな強面キャラで通してたのか?似合わねー」

「別に、意識してたわけじゃない。ほんの十五年くらい、笑えるようなことがあまりなかっただけだ」

 しれっと答えられ、思わず嘆息する。なかなかどうして、自分の死は、思った以上にこの親友に影響を与えていたらしい。そう思うのは、うぬぼれだろうか。

 そんなことを考えながらその整った横顔を見上げていると、ふとその視線に気づいたカルヴァンがその灰褐色の瞳で見下ろす。そして、ニ、と再び笑った。

「今日は、お前のおかげで十五年ぶりに機嫌がいい」

「はぁ…それは、見てれば、なんとなくわかる」

 呆れてふっと笑いを漏らすと、リアムはまたも驚愕した。

(え…何ですかこれ…神の奇跡…?)

 口に出したらカルヴァンに絶対に馬鹿にされそうだからぐっと飲み込む。だが、それくらいの衝撃だった。

 あの、カルヴァンが。まさかの、笑顔を。しかも――大っ嫌いだと公言しているはずの、女性の前で。

(っていうか、団長…――ほんとに、格好いい人だったんだなぁ…)

 常々、顔立ちは整っている人だとずっと思っていた。ただし常に眉間にしわが寄っていて不機嫌そうにしているか無表情ばかりだったので、第一印象は誰に聞いても「怖い」「とっつきにくい」「何を考えているかわからない」の三つだけだったのだが――こうして十五年ぶりという笑顔を見せる彼は、その笑みを見せられて落ちない女はいないだろうと思うくらい、人間臭くて、男らしくて、魅力的だ。兄のファムに、昔は手の付けられない女たらしだったと聞いたときは信じられなかったものだが――この表情を見れば、確かにとうなずかざるを得ない。

「まぁ、ようは闇の魔法への対抗方法はすごく簡単で――『自分で何とかするぞ』って強く思うことだけなんですよ。だから、今の戦闘では、闇の魔法が付け入るスキがなかった」

「――――――あ。イリッツァさんの、鼓舞」

 剣を掲げた戦場の女神の姿を思い出し、リアムがやっと彼女がそんなことをした背景に思い至る。

 あれは、今回の黒幕が闇の魔法使いだと見抜いていた彼女なりの、対抗方法だったのだろう。

「もちろん、光魔法使いはともかく、聖女レベルになれば、闇の魔法使いは手出しができませんから、私が加護をつけたお守りを身に着けてくれたりすれば、鼓舞なんてしなくても平気なんですが――今回は、そんな時間も余裕もなかったですし」

「なるほど。信仰心の篤いリアムが前回正気でいられたのは、そのせいか」

「あぁ――そういえば、撤退するときにみんなの洗脳が解けたのも、俺が聖印に助けてって祈った時でした。光がこう、ピカって光って――聖女様の魔法だったから、全員の洗脳が解けたんですね」

「はい。……ただ、結界が切れた途端、ここまでたくさんの魔物を仕掛けてきたからには、闇の魔法使いはずっとナイードを襲うチャンスを狙っていたはずです。そこまで肝入りの進軍だったなら、どこか近くで様子を見ていそうですが――」

 言いながら周囲を見回すと――

「団長!怪しい人間を拘束しました!!!!」

「ほら立て!歩け!」

 ちょうど、広場の向こうから、周囲の警戒に向かった団員が、一人の男を拘束して引き立てているところだった。

「くっ…」

 ドシャッ…とカルヴァンたちの目の前で手を離され、地面に男が頽れる。

「なんで…っ…どう、して――どうして、効かない――!?」

「――――――おいツィー、こいつか?」

「――――――――…」

 カルヴァンが、静かに問いかける。イリッツァはしゃがみ込んでその男の目をじっと見つめ――

「ああ。たぶん、間違いないです」

 こくり、とうなずく。カルヴァンは、小さく「そうか」とだけ答えた。

「とりあえず、私が闇の魔法を無効化してみますから、尋問とかはそのあとで――」

 ひゅ――

 言葉は、耳元で動いた空気によって途切れた。

 ガィンッ

「――――――――!…っ、ぶな…おい、何やってんだ!」

 思わず、咄嗟に素の調子で叫ぶ。空気の動きだけで察し、イリッツァは――急に何の前触れもなく下ろされてきた剣を、条件反射で己の剣で受け止めていた。降ってきたカルヴァンの剣は、一切の躊躇をすることなく、まっすぐに魔法使いの首を狙っていた。

「…だ、団長!?何を――」

「闇の魔法使いは、見つけ次第一人残らず殺すと、十五年前から決めている。止めるな」

「おいおいおい…物騒だな…目から殺気だだ漏れてるぞ」

 ひやり、とその感情を移さない灰褐色の瞳を前にして、冷たい汗が背中を滑る。

 キンっと剣を押し戻して立ち上がり、十五年ぶりに剣を交えて対峙する。

「いや…落ち着けって。ほら。ガチの殺気に周りも怖がってるぞ、騎士団長様」

「止めるな」

「いやいやいや。止めるだろ。今こいつ殺したら、何も情報が取れない。――十五年前も、そうだっただろ」

 そう――十五年前の、あの日。

 リツィードの魔法は闇の魔法使いを刺し貫いたが――あれは、人間を殺すような作用はなかった。ただ――闇の魔法そのものを使えないよう、封じ込めただけのはずだった。

 しかし、洗脳が解けた住民は、すべての元凶である闇の魔法使いをすぐにとらえ、聖人の恨みを晴らすのだと言わんばかりにあっという間に惨殺してしまった。何一つ、情報を取ることのないままに。

 おかげで、あんな国家を脅かすような重大事件を、どこの誰が計画し、裏ではどんな組織が糸を引いていたのか、十五年たった今でも、全くわかっていない。

「お前こそ、意味が分からん。全ての元凶だ。憎いだろう」

「いやいや、まったく。これっぽっちも。っていうか、こいつとあいつは、別人だ。あいつはもうとっくの昔に死んでる。お前の親友の敵討ちは、国民の手によって、凄惨に行われた」

 周囲の目を気にして、奥歯にものが挟まったような言い方になるが、イリッツァはそれでも一生懸命に説得を試みた。

「俺が殺したわけじゃない」

「それはそうかもしれないけど――」

「生かしておいて、再び似たようなことが起きることは許されない。――すべて、俺が、未然に防ぐ」

 それこそが、カルヴァン・タイターが生きる意味。親友の死を、無意味なものにさせないために。

 自分の手で親友の敵を討つこともできず、誰を憎み、誰を殺せばいいかわからなかった。せめて、親友が最後に願った願いだけはかなえてやろうと――

「聖人様とやらは優等生だから、恨みつらみなんて持たないだろう。だから、俺が、代わりにやる」

「いやいやいや、ほんと、お前、過激すぎる。そんなの全然望んでないよ、お前の親友は。それより、ちゃんと情報取って、後世に生かすほうが――」

「次のたくらみも、俺が防ぐ。全て、防ぐ。それで満足だろう」

「お前っ…本当に、自由過ぎる…っ」

 下手に優秀ゆえに、始末が悪い。リツィードは剣をぐっと握って周囲を視線だけで見渡した。

 急に勃発した上官VS聖女の言い争いに、口をはさむこともできずおろおろしている空気が伝わってくる。拘束されている男は、自分の行く末が気になって固唾をのんでこちらを凝視しているようだ。

(早くカタをつけないと――)

 闇の魔法使いが大人しく騎士たちに拘束されたのは、広場での戦闘直後で騎士たちが気を強く持っていたため、魔法が利かなかったことが要因だろう。なぜ、と歯噛みしていたからには、その理由には思い至っていないだろうが――いつ、気まぐれを起こして、もう一度試してみる、という前向き思考になるかわからない。そうすれば、この上官と聖女の対立に心を乱された戦士の中には、闇の魔法に屈してしまう者も出てしまうだろう。

 そうなる前に、早く、目の前の幼馴染の目を覚ます必要がある。

(いっそ剣を交えるか?――いや、混乱に乗じて魔法使いが逃げたら意味がない)

 英雄と聖女の戦闘など、ここにいる騎士全員の関心をすべて集める。拘束の注意が逸れるその瞬間を、自分が魔法使いだったら絶対に逃さない。

 第一、剣を交えて必ず勝てるとも思えない。十五年前ならいざ知らず、今のイリッツァには最前線を退いてからのブランクがある。鍛錬は欠かさなかったが、なにせ実際の戦闘は今日が十五年ぶりなのだ。勘が戻っているのか怪しい上に、相手は最前線で自分が退いた後も十五年戦い続けた男だ。

(そもそも女になって、リーチも短くなったし、何より筋力はどうしても減ってるしな…力でごり押し出来ないのは苦しい…)

 やはり、剣を交えるのは最後の手段だろう。隙なく剣を構えながら、イリッツァは慎重に口を開いた。

「じゃあ、こいつを殺したとして――でも、闇の魔法使いは世界中にいる。どうするんだ」

「…それなら、一人一人、見つけ出して殺していくだけだ」

「あぁそうかい…お前、本当に変なところで強情だよな…」

 つぅ、と額に冷たい汗が伝い――ふと、キリリと胸が痛んだ。

 懐かしい感覚。

「独りで…行くのか?」

「俺の個人の仇討だ。部下は付き合わせられない。国がある程度安定して、騎士団を任せられる後任が見つかったら、すぐにでも旅立つさ」

「――――――――嘘つき」

 ひやり、と。

 さほど大きくはない声でつぶやかれた声は、周囲の温度を少し下げた。

「何――?」

「お前――誓いを、忘れたのか…?」

 キリリ、と痛む胸。

 これは、幼いころ、常闇の世界の住人となって暗い目をしていたカルヴァンを前にして、寂寥を感じるたびに感じた痛みと一緒だった。

 すぐ目の前にいるのに、この瞳に自分が映っていないかのような錯覚。

 誰にも、何にもとらわれず――誰の手も取らないで、あっさりと旅立つのだろう。ここではないどこかへ。まるで――どこかにあるはずの、死に場所を求めるかの、ように。

「…誓い…」

「そりゃ、今までっ…お前を不安にさせたことは謝るし、そういう極端な考えに走ろうとする気持ちも、まぁわからなくはないけどっ……でも!」

 イリッツァは、ぐっと剣の柄を握りしめて、言葉を紡ぐ。

 十五年ぶりの、真実を。

「お前の親友が、死ぬ瞬間に考えてたことなんて、そんなたいそうなことじゃない――『あー、ヴィーが帰って来て聖人だったってバレたら、今度こそ嫌われそうだな』とか、そんっっなくだらないことしか考えてなかった!!!」

「――――――――――――」

 ひゅぅ――と広場を冷たい風が駆け抜けていく。

 何とも言えない沈黙が下りて――

「――――――はぁ。…呆れ返って気が抜けた。好きにしろ」

「あっ!」

 思い切り呆れた顔をしたあと、カルヴァンは剣を収めて踵を返した。おろおろとする部下に指示を飛ばす。

「すぐにブリアに早馬を飛ばせ。護送用の馬車を用意するように伝えろ。ナイードよりは頑丈でいい馬車があるはずだ。腕の立つ兵士も二、三人要請して、王都までの臨時護衛任務に就かせろ。俺たちの帰還と護送を一緒に行う。――おい、お前がいれば、仮に何かあっても闇の魔法使いは無効化出来るんだな?」

「え、あ、う、うん」

 ふいにイリッツァを振り返って確認されて、驚きながらもしっかりとうなずく。

「わかった。ブリアからの応援と馬車が来るまではナイードで待機。せいぜい一日二日だろうが、その魔法使いはナイード領主に掛け合って一番頑丈な牢屋につないで見張りを立てておけ」

「「「はっ」」」

 明瞭な指示に従い、統率の取れた動きで騎士たちが方々に散って行く。細かな指示はリアムが下しているようだ。イリッツァは、自分も指示をもらおうとリアムに近づく。

「リアムさん」

「は、はい!?」

「えっと…私は、何をしたら良いですか?領主様はともかく、領主の息子には顔が利くので、牢の使用権の交渉に立ち会いましょうか。それとも、魔法使いの見張りを――」

「いや、聖女様のお手をそんなことで煩わせるなんて――」

「お前はこっちだ」

 ぐいっ

「わっ」

 話の途中で肩を後ろからつかまれ、バランスを崩す。見上げると、灰褐色の瞳が面白くなさそうにイリッツァを見下ろしていた。

「約束だ。洗いざらい話すんだろう」

「ぅ――…」

「リアム、あとは任せた」

「は、はい!了解です!」

 優秀な補佐官に丸投げした後、半ば強制的に、引きずるようにしてイリッツァの肩を抱いて歩き出す。

「お前の部屋でいいか。俺の宿屋だとどこで誰に聞かれるかわからん」

「まぁ、いいけど…」

 強引な幼馴染に、眉を少し下げてイリッツァが呻く。すると、頭の上から、静かな声が降ってきた。

「――――――忘れてない」

「へ?」

「ちゃんと、忘れてない。…お前が、ここにいて、俺を繋ぎとめるというなら――独りで勝手にどっかに行ったりしない」

「……あぁ」

 何の話か思い至って、小さく苦笑する。どうやら、剣を交えての問答は、正しく意図を伝えられたようだった。

「約束だからな」

「お前こそ。――ちゃんと、約束守れよ」

「ははっ…残念、俺、もう聖職者になっちゃったからさ」

 笑って言うと、ぐっとカルヴァンが息を詰めた。不機嫌な色を宿した瞳が睨むようにイリッツァを見やる。

 それを肩をすくめて流して――静かに、イリッツァは告げた。

「お前に、話したいことが、たくさんあるんだ」

「俺もだ。たっぷり十五年分、聞いてもらうぞ」

「ははっ…お手柔らかに頼む」

 ふと空を見ると、日が陰り、夕闇が近づいてきていた。

 今日は聖人祭。

 大切な人との未来を語るための時間が近づいてきていた――

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