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聖女転生物語  作者: 神崎右京
第三章
29/105

26、予期せぬ『強襲』②

 ガッ ガキンッ キィンッ

「――ちょ――――団長!!!しっかりしてください!生きてますか!?」

 遠くで響く鋼の音とともに耳に飛び込んできた必死な声音。

「――――――リ…アム…」

「団長!!!」

 口に出して、身を起こす。灼熱の痛みが走る個所を無意識に手で押さえれば、なかなか深刻な量の血液が流れ出ていた。

 目を上げて、騎馬していたはずがずいぶんと目線が低いことに気づく。どうやら、刺しぬかれた衝撃に痛みで咄嗟に体を支えることが出来ず、愛馬から転がり落ちたらしい。受け身は取ったようだが、意識は遠のいたようだった。

「どれくらい…経った」

「一瞬です!」

 短く鋭い返事が返ってくる。ややかすむ瞳で目を上げれば、カルヴァンを庇うようにして立ちはだかり、剣を振るうリアムの姿があった。

「そうか…この、状況は、説明できるか…?」

「できませんっっ!!!」

 ガッ

 やけくそに近い声音で叫びながら、襲い来る敵――にしか見えない、騎士の赤い装束を纏う同僚を迎撃する。

「そ、うか…なかなか…愉快な、事態だ…」

「冗談言ってる暇があるなら解決策考えてください!」

 もはやリアムの声は悲鳴に近い。理解のできない出来事を前にして、回転しない頭で必死に最優先事項だけを切り取って対応したのだろう。

 総大将を守る。

 ――仲間を斬り伏せてでも。

(何の悪夢だ――…)

 だくだくと失われていく血液に、寒気を感じながらカルヴァンは心の中で独り言ちる。

 昨日まで、背中を預けて戦っていた部下たちが、急に斬りかかってきた。瞳は虚ろで、とても正気とは思えない。リアムが何やらいろいろ怒鳴っているが――あの様子だと、何度も説得を試みようとはしたのだろう。だが、効果はないようだった。

 視線をめぐらすと、ここ以外でもあちこちで戦闘が起きているようだった。まともな戦士と、狂った戦士。どうやら、狂った戦士の方が数は多いようだ。まともな戦士は、仲間を傷つけることを一瞬ためらい、剣筋が鈍る。結果、あちこちで流血沙汰が起きていた。周囲に、血の匂いが立ち込め始める。

「まずい、な…この、血の量は…よくない…」

「団長っ何を弱気な!」

「違う――俺の怪我じゃない。忘れたのか、ここは」

 グルルルルルル――

 獣のようなうめき声が耳を突き――

「ほら――お出ましだぞ」

 はっ…と笑ったつもりだったが、上手く笑えたか。顎で指示した方向に向けて、ゆるゆると剣を構える。

「っ――――!」

 リアムが、刺された方を焦って振り向くと――

「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 耳をつんざく絶叫が、周囲に響いた。

「くそっ――こんな時にっ…!!!」

「こんな時だから、だろう。――まったく、三十年も生きてるが…未だに、予想を上回る出来事っていうのは尽きないな」

「のんきなこと言ってる場合ですか!?」

 真っ黒な獣の形を取って呻くそれは、まぎれもなくこの世の悪を凝縮した存在――魔物と呼ばれる生き物だ。

 血に飢え、肉を食らう。これだけの流血沙汰が起きていれば、魔物を呼び寄せないわけがなかった。まして、ここはそもそも、商人の老人が襲われたと思しき辺りだ。魔物がうろついていたとしても何の不思議もない。

「ひぃいいいいいいい!!!た、助け――ぁああああああああああああああああああ」

 耳を覆いたくなるような断末魔が響く。突然現れた魔物は、同士討ちという特殊な状況に置かれて混乱している戦士たちを、難なくかみ殺していく。

「団長!!撤退指示を――」

「あぁ…ブリアに向けて――」

「ナイードにです!イリッツァさんの結界より中に、こいつらは入れません!」

「…なる……ほど…」

 神も奇跡も信じてはいないし、光魔法にあやかるなど死んでもごめんだと思っていたが、この状況では十五年も魔物の侵攻を防いだという『奇跡の領地』とやらに縋る以外に道はないようだった。

 血を失いすぎてふらふらする体を気合で支え、撤退戦を覚悟し剣を構えると――

「なる…ほど……なかなか、愉快な状況だ…」

「な――――――そんな!?」

 グルルルルルルル…

 撤退しようとする彼らを追い落とそうとするように、黒い魔物たちが何頭も何頭も森の奥から姿を現す。幸い、強力な結界があるからか、ナイードの方面の退路は無事だが、そこに向かって背を向けて走れば、無防備な背後から一斉に襲い掛かられるだけだろう。

「だ、団長!団長、俺たち、どうしたら――――――ぐぁあああああああ!!」

「あぁ――――――うるさい…考えがまとまらないだろう…」

 視界の端で一人、喉元に食いつかれて絶命していく仲間を見送り、カルヴァンは目を眇めた。

 あぁ――うるさい。うるさい。

 五歳のころから、この断末魔は、いつだって耳にこびりついて、思考をかき乱す。

 こういう時、真っ青な顔をしながらも、決して余計な口を挟まず、カルヴァンの思考を邪魔しないリアムは、やはり優秀な補佐官だ。帰ったら、さすがに褒めてやらねばならないかもしれない。

 ――無事に帰ることなど出来れば、だが。

「団長っ…」

「俺が、炎で、焼き払う――リアム、お前が風で、広げろ」

「はいっ!」

 ぐっと愛剣を握りしめ、キッと正面を見据える。

 少し集中するだけで、それはすぐに具現化した

 ごぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお

「くっ……!広がれ…!」

 剣による重症を負っているとは思えないほどの炎の威力に面食らいながら、リアムも必死に風を操り、魔物の一団を焼き払った。暴風に近い風が吹き荒れ、カルヴァンが灯した炎を一瞬で広げていく。

 グォオオオオオオ

 焼かれて死んでいく魔物と、炎に進路を阻まれて呻く以外できない魔物と。

 それらを見て、リアムはすぐに身を翻し、カルヴァンの身体を支えた。

「団長、馬に!」

「あぁ――っ!」

 肩を担ごうと身をかがめたリアムの向こうに――討ち漏らした黒い顎が迫っていた。

「リアム!!!!!」

 叫んで――

 咄嗟にカルヴァンは、いつも自分を献身的に支えてくれた補佐官を突き飛ばしていた。

 ドンッ――

 刺されたはずの脇腹に、衝撃が走り――

 痛みはもう、なかった。

「だっ――――――――――団長ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお」

 鼈甲の瞳に涙を浮かべ、喉を割る絶叫が周囲に響く。

(あぁ――――――――うるさいな)

 遠い記憶の向こう側。五歳の無力の少年が、絶望とともに空に吼えたときも、こんな声だったのだろうか。

 カルヴァンは、そんなことを考えながら、そのまま静かに意識を手放した。

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