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聖女転生物語  作者: 神崎右京
第三章

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25、予期せぬ『強襲』①

 最後尾から急いで馬を駆り、目当ての赤いマントに後ろから近づくと、カルヴァンは視線すら寄越さず不機嫌な声を出した。

「遅い」

「うっ…す、すみません…」

「今のお前に、女に鼻の下伸ばしてる暇があるのか」

「な、ないですぅ…すみませんんん…」

 情けない声を上げて謝る。イリッツァが離してくれなかった、というのは事実だが、あの小柄な少女が胸に飛び込んできたときは、確かにリアムの鼻の下は伸びていた。これ以上ないほどに伸びていた。人生で一番伸びていた。

「女の子って、なんであんなにいい匂いがするんですかね…小さくてやわらかくて…男社会でしか生きてこなかったので、もう本当に別世界の生き物ですよ。いっそ尊い…」

 ぽーっと宙を見て思いにふける補佐官を見て、カルヴァンはため息を吐いた。呆れてものも言えない。

 兵団も騎士団も、兵舎が割り当てられ、戦士は全員兵舎に完全住み込みになる。兵団に入団してからというもの、寝ても覚めても周りを見れば男しかいない、そんな世界で生きてきたリアムにとって、絶世の美少女が胸に飛び込んできたというのは、奇跡のように信じられない出来事なのだろう。

「女なんて、何がいいんだ」

「うわ、なんですかそれ。三十路男の余裕ですか。モテる男の嫌味ですか。子供のころから兵団入団した奴は基本的に、女の子に幻想を抱くものですし、ちょっと話が出来ただけで天にも舞い上るほど浮かれるもんでしょう!?」

「知るか。――女なんて、若いころ散々抱き飽きた。しばらく女はいい。面倒くさい」

「うっ…うわー!俺、今、団長のことちょっと嫌いになりました!」

 完全なる僻み発言をして、リアムがドン引きする。

 そういえば、王女からの求婚すら鼻で嗤って断るような男だったと思い出す。

「ほんと、そんなことばっかり言って…王都に帰ったら、きっと大変なことになりますよ。王族から睨まれても、もう俺は知りませんからねっ!自分でやり取りしてください!」

「……あぁ。そういえば今日だったか」

 カルヴァンはその言葉でやっとそれを思い出した、というようにつぶやいた。

「忘れてたんですか?」

「興味がないからな。そもそも覚えているつもりがない」

 しれっと無表情のまま答える。

 今日は、王都にいれば王女の生誕パーティーに出席しているはずだった。遠征をこの日程で組んだのは、明らかにパーティー出席を避けたいカルヴァンの策略でしかない。

「っていうか、団長、基本的に女の子に冷たすぎません?さっきのイリッツァさんにだって――英雄だの鬼神だの、王国最強と言われる天下の騎士団長様の身を、あんなに心配してくれる女の子、なかなかいませんよ?」

「――――…知らん。あの女とは、なるべく関わり合いたくない」

「えっ、なんでですか!?あんなに可愛くていい子なのに!」

 信じられない…!と驚愕に目を見開いたリアムに、カルヴァンはちらりと視線をやってから小さく息を吐いた。

「言っただろう。知り合い似ていて、調子が狂う」

「でも――」

「第一、聖職者なんて、近寄りたくもない」

 反論を許さず切って捨てるいつも通りのぶれないカルヴァンに苦笑し――あ、とリアムが声を上げた。

「そういえば――イリッツァさんに、伝言頼まれてたんでした」

「伝言…?」

 怪訝な顔で眉を寄せるカルヴァンに、リアムは聞いたままを伝える。

「はい。――『もしもの時は、カルアに頼め』――だ、そうです」

「カルア――…?」

 カルヴァンは、口の中でつぶやき――

「――――――誰だ、それは」

 渋面を作って呻く。弾かれたようにリアムが目を見開いた。

「えっ、団長のお知り合いではないんですか?」

「知らん。…騎士団に、そんな名前の奴いたか?」

「いえ…少なくとも、今日いるメンバーの中にはそんな名前の人間は一人も――…」

 イリッツァの様子から、てっきり伝えさえすれば意図を理解してもらえる類の伝言なのだと思っていたので、リアムは思い切り戸惑う。

「っていうか団長…イリッツァさんと、お知り合いなのでは?」

「そんなわけないだろう」

「いや、だって、さっき、咄嗟に団長のこと呼び捨てにしてたし、教会で話してた時もなんだか訳知り顔だったし、挙句意味深な伝言託されてるし――」

「知らん。昔見た、リツィードの母親と驚くくらい顔の造詣が似ているとは思うが――それくらいだ。年齢も違うし、そもそも俺はナイード領なんぞに縁も所縁もない。伝言に関しては、本当に意味不明だ」

「えー…そんなぁ…」

 何やらつぶやいているリアムを無視して空を見上げる。灰色の雲がかかりつつあるが、かすかに覗く太陽と影の角度から、時間と距離を計算する。

「そろそろ、あの馬の主が襲われたと思われるあたりに差し掛かるな。無駄話はそのあたりにして、あたりの警戒を怠るなよ」

「はぁい…」

 リアムの返事を聞きながら、視線を前に向ける。

(カルア――カルア…?)

 普段なら、他愛ない、と切って捨てるはずの話題だったはずなのに、妙に気になる。カルヴァンは、目を伏せて考え込んだ。

(すぐには思い至らないが…どこか、聞き覚えはあるように感じる…)

 きっと、過去のどこかで、聞いたはずだ。

(誰の――――――何の――――?)

 ダカッダカッ

 思考の海に漂っていると、後方から馬の駆ける足音が響いてきた。後ろにいた団員が、何かを見つけて報告に来たのかもしれない。

「なんだ?何かあっ――」

 思考を中断して顔を上げて発した言葉は。

 ――不自然に途絶えた。

「だっ――団長!!!?」

 慌てたリアムの声が、遠く響く。

(な――――――に、が――…)

 横腹に灼熱が奔り、目の前の光景をうまく処理できない。いつもは高速で回転する頭脳は、やけにゆったりと世界を切り取っていた。

 視界に映るのは、見知った顔――半年前に入団したばかりの、若い騎士。赤い装束がまだ馴染まないが、出陣の度に緊張すると言って握りしめながら祈っているせいで、首元の聖印飾りだけが、ずいぶん使い込まれた印象だったのを覚えている。いつだって、カルヴァンと話をする時は畏怖と尊敬を瞳に隠しもせず委縮しきって、戦場では少しでも役に立とうと少し泣きそうな顔で必死に剣を振るって――

 あぁ――そう。

 決して、こんな――虚ろな瞳で剣を振るうやつではなかった。

「がっ…」

「貴様ぁっ――!」

 ぐらり、と世界が傾くのと、普段はめったに聞かないリアムの真剣な怒声が響くのはほぼ同時だった。

 ガキィンッ

 剣と剣がぶつかり合う耳障りな音がして――

 カルヴァンは、部下の剣で刺し貫かれた右の腹を庇いながら、堪え切れずに落馬していった。

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