鋼鉄のhospital 彼女は誰よりも怖くて誰よりも優しい
ヤンデレってぇ、どんなのか模索中です。これはヤンデレ?
俺の人生は、いつも見知らぬ誰かに比べられた。
平凡な生き方と言われた。
つまらないと言われた。
まるで違うなと言われた。
隣に素晴らしい友人がいるせいで。俺はいつも彼女と比べられた。性格でも、容姿でも、運動でも、勉強でも、なんでも。幼稚園でも、小学校でも、中学校でも、高校生でも、大学生でも上手く行かなかった。
『お前はあいつと比べると愛想悪いな』
幼稚園では一番愛想の悪い子に言われた。
『君はあの子と比べるとそんなにかっこよくないね』
小学校では男子からは相手にされないような女の子に言われた。
『何? お前こんなのもできないの? 運動神経悪いなぁ〜』
中学校では俺より体育の成績が悪い男子に言われた。
『お前あいつにいっつも負けてるなぁ? 才能ないんじゃない?』
高校では何をやっても万年二位とクラス全員にバカにされた。全員俺より成績が低いのに。
『え? うーん何でお前はA判定なんだって? そりゃあれだよ。あれ。一つのクラスにS判定二人はちょっと。うんでも、そこまで言うんだったら特別に便宜をって……』
大学では、オールAしか貰えなかった。オールSを彼女が取ったせいで……
いつも、いつも、いつも、いつも、いつも、いつも、いつも、いつも、いつも、いつも、比べられる。蔑まれる。
子供の頃は必死で抗った。性格を変えようとした。容姿を必死で磨こうとした。運動神経が上がるように部活に入りレギュラーにもなった。勉強でトップになるために進学塾にも毎日通った。グループワークでは、積極的に発言したり、みんなの意見を上手くまとめたりした。課題も全部完璧にやり、テストではいつも、上位五番目には入っていた。論文も読みあさったし、画期的な着眼点で卒業論文を書いた。
それなのにいつも二番だった。いつも二番が誰よりもバカにされた。
誰も俺を認めてくれない。俺の努力を彼女とと比べて小さくする。世界は俺に残酷だ。世界は全て彼女に味方する。
大人になったらもう諦めがついた。一度は彼女に勧められて山暮らしをしてみたが駄目だった。俺の意思が足りないせいでそこから逃げてしまった。その思慮の足りない行動の結果がこのザマである。不甲斐ない。
「何が悪かったのか……もう俺には分からん。あいつと仲良くしたのが悪いのか、張り合った俺が悪いのか、もう疲れた。しんどい。俺はもうあいつの隣にいるのが嫌だ。怖い」
別にあいつが悪いわけじゃない。あいつは褒められても、讃えられてもいつも迷惑そうにしていた。
あいつは……あいつだけは俺を自分と比べなかった。俺を対等な友人として接してくれた。だからだろうか。世界は呪えても彼女自体は呪えなかった。彼女がどれだけ異常な行動を取っていたとしても……
「おっと……もうこんな時間か。早く空港に行かなきゃな。一時間前に着いとかないと」
俺はキャリーケースを引いて二階の部屋から、一階に降りて行く。これから行くのは新たな新天地だ。心が踊らないと言えばそれは嘘になる。一体どんな出会いが待っているのだろうか。心が浮ついた気持ちになっていると、玄関の呼び鈴がなる。
「おっ……ベストタイミング。待ってましたよ〜って」
このドアを開けた先には夢が待っている。後は後輩の車に乗せて行ってもらえれば空港に一直線。もう何も恐れることはないのだった。彼はドキドキしながら玄関を開いて、外へ飛び出る。するとドアの前に立っているのは女性だった。虚な目をした女性がバットを持って立っていた。
「はっ? なんでこの場所――が⁉︎」
「見つけたよ。ゆうちゃん。ずっと、ずぅっと会いたかったです」
待っていたのは、突然ぶたれたような鈍痛と激しい目眩だった。彼は何も叫べないまま、その場に倒れる。
「会いたかったです。がんばって探しました。二人の優しい世界を、完璧な病院をやっと作れました。一緒に行きましょう。ゆうちゃん」
透き通った声が聞こえる。それは久しぶりに聞いた緑川鶯の声であり、イカレタ幼なじみの声だった。
「あっ、ダメダメダメダメ! 逃げないで、私から逃げないでください。私があなたを守るから!! 次はきっと上手くするから!!」
そう言って彼女はバットをもう一度振り下ろす。それはギロチンのように俺の頭にぶつかると脳震盪を起こすのだった。俺は揺れる景色の中、苦笑をしながら鶯に文句を言う。
「バッカお前。こう言う時は普通クロロフィルそっと嗅がせるだろぅ……バットは痛すぎるってぇ。死んじゃうってぇ」
「大丈夫です。人はバットで殴ったくらいじゃ死にません! 前にも殴ったことがあるので分かります! よっと行きましょう。二人の愛の巣へ。すぐにゆうちゃんは私が助けます!!」
嫌な実体験だ。俺は鮮やかな手つきで寝袋に包まれると、車の後ろに荷物のように積まれる。そうして俺は緑川鶯と久しぶりの再会をするのだった。
私の人生はゆうちゃんを傷つけるダシにいつもされた。
輝かしい人生と言われた。
素晴らしいと言われた。
まるで違うなと言われた。
私を知らない人が、私のゆうちゃんを、無造作に傷つけた。いつも傷つけた。それなのにゆうちゃんは、誰にも危害を加えなかった。ゆうちゃんは虫たちにもいつも優しかった。
だからゴミ虫共はいくらでもつけ上がった。性格でも、容姿でも、運動でも、勉強でも、なんでも。
幼稚園でも、小学校でも、中学校でも、高校生でも、大学生でも、いつもゴミ虫はゆうちゃんを噛んだ。毒虫は彼の柔らかい心を毒歯で噛んで、傷つけて、ぐずぐずに膿ませた。
その度に彼は苦しいのを我慢して、痛いのを我慢して、いつも悲しく笑っていた。悲しく悲しく心の中で絶叫を上げていた。
だから私はその度に奇声を上げる害虫共を踏みつぶした。天は指を加えて何もしない。だから私がゆうちゃんの悲しみを精算してあげた。
彼の性格をバカにするものは、人格を破壊した。
彼の容姿をバカにするものは、一生鏡では見れないような顔にした。
彼の運動神経をバカにするものは、一生動けない体にした。
彼の勉強をバカにする奴は、全員脳をぶっ壊して痴呆にした。
彼の成果を認めない奴は、速やかにクビにさせて、社会的に殺した。
虫がいなくなった瞬間、彼は明らかにほっとしていた。水面のように精神が落ち着いていた。喜んでいたのだ。もう傷つけられないと。
それでも彼は私に道徳と慈悲を持って遠慮をした。そんなことはしなくていいのだと、手を汚さなくてもいいのだと、ゴミ虫たちを擁護した。
お前がいてくれるだけでいいと。俺を認めてくれるのはお前だけだと、泣きながら、抱きしめてくれた。泣きながら血に塗れた私のファーストキスを貰ってくれた。
嬉しかった。自分のことが認められた。こんな汚いことをする私を彼は嫌わなかった。彼がいればもう何も入らなかった。
だから、私も虫を殺すことをやめた。虫を殺すのではなく、虫のいないところに彼を保護した。
壊れかけた彼の心を消毒して包帯で巻いて壊死をした部分を切り取って、治療した。彼が虫に噛まれないよう、鉄壁の防御を積んだ。間違っても、外の危険な世界へは一歩も出ないようにした。
それなのにちょっと目を離した隙に外へ出てしまった。きっと何かの拍子に入り込んだゴミ虫が彼を誑かしたのだろう。許せなかった。また、あの世界に放り込むと言うのか。あんな汚らしい世界に、あんな酷い世界に。
必死で探した。どんな手を使ってでも探した。早く見つけなければ、ゆうちゃんが死んでしまう。学生時代でもいっぱいいっぱいだったのだ。あの世界は必ず私とゆうちゃんを同じ土俵に上げる。社会人になってもそれは構わないのだろう。きっと彼は働き出しても、私と比べられたに違いない。
やっと見つけた時には、前よりもやつれていた。前よりも衰弱していた。前よりも世界を憎み切っていた。自分を憎み切っていた。
だから、彼を絶望から守らなくてはならなかった。意識を奪わなければならなかった。そうしなければ、近い未来に自殺をしていただろうから。
彼女は別荘へと連れて行った彼を寝袋から出すと、彼を裸にして傷を確かめる。予想した通り、その体は全てが痛々しかった。
首には何度も試したであろう、ロープの跡があり、手首にはリストカットをした傷口が何回もあった。内臓は、何度も手術の跡があり、下手な傷跡がタトゥーのように刻まれていた。本当に助け出せて良かった。私は嬉しさのあまり、涙が出る。
「こんなになるまで……辛かったね。苦しかったね。痛かったね。もう、あなたを傷つける虫はどこにもいないよ。二人で一緒に暮らそう。ヒロちゃん」
そうすると、彼は眠っているのに険しい顔をスッと和らいで、落ち着いた寝息を立てる。これからが忙しかった。彼の存在を社会からきれいさっぱり消してしまわなければならない。
こうして芹沢祐希は2024年。8月27日に世界からひっそりと誰にも気づかれないまま、消え失せるのだった。
上手く表現できましたかね?