渾名は
その日僕は、天使を見たと思った。
ブランコが止まると、彼女のブレザーの裾を小さく引っ張る。
すると驚いた様にこちらを見て、何の用ですか、と小さく尋ねてイヤホンを片耳外す。
先程まで笑顔だったのに俺が話しかけるとす、と無表情になってしまう。しかしそれに幻滅する事はなく、むしろギャップに打ちひしがれていた。
「一目惚れしました」
「……えと、」
もう片方のイヤホンも外してスマートフォンに巻きつける彼女。俺はごくりと固唾を飲む。
彼女は目を泳がせた後に小さくごめんなさい、と述べた。彼女の声は女性にしては少し低く感じられ、凛とした美しさがあった。
「ごめんなさいですけど……まだわからないので、明日も、来て。」
などと。あれ?これってチャンスある?
そう思わせる彼女は罪な女だと、思ってしまう。どこか思わせ振りな態度なのだ。先程から俺の目を見てそらすことはないし、頬はほんのりと赤く染まっている。
「明日、何時?」
問いかける。
「……12時、」
そっぽを向いて君が言った。
「昼のだよね?」
一応の確認で、問う。
「あっ……当たり前でしょ!?馬鹿!?」
彼女は勢いよくこちらを向いて、大声をあげた。
「いや、君って夜が似合いそうだからさぁ、」
俺が理由にならない理由を告げると
「何それ……意味ワカンナイ、」
彼女はまたそっぽを向く。
「格好いいし…あっ、名前は!?」
彼女はきっと凛とした、綺麗な名前なのだろうと
「……教えない。」
……その予想すら確かめることは出来ない。
「なんで!?」
不満に思って問い詰めると
「知らない人に教えちゃダメでしょ、」
至極全うなことを言う。
「話してもダメじゃない!?」
自分から声をかけといて、馬鹿だなぁ。
「特別よ、渾名つけていいわ。」
彼女は目を細めて告げる。
風に長い髪が揺れて、彼女の顔を一部、隠した。チラリズムと言うのだろうか。それが妙に色っぽく、美しく感じて俺の頬は色味を帯びた。
じゃあ、と切り出すと彼女の表情は柔らかくなって、こちらを期待が帯びた目で見つめた。きっと彼女は酷く子供っぽくて、でもそれを表に出すのを許さないプライドがあるんだ。
「マスクちゃん。」
俺が渾名を言うと、彼女はあからさまに嫌そうな顔をした。「ださ、」と述べてふいと顔を背ける。俺がじゃあ名前教えて、といえば絶対いや!なんて。
お互い意地になっているのだろう。彼女は渋々ながらマスクちゃんと言う渾名を受け入れた。そして立ち上がると「帰る」と。
俺が慌てて手を振ると軽く振り返してくれた。時間を確認すると、一時きっかりだった__。