「分からない。なぜお主はそんなに『朝起こしに来てくれる幼馴染』にこだわるのだ?」(完)
一番奥の部屋。
赤いじゅうたんの敷き詰められた部屋の真ん中に、豪奢な玉座に足を組んで美少女が座っていた。
白い髪に闇色の肌、真っ赤な目。
そしてて頭の横から突き出した大きな双角。
黒を基調とするぴっちりとしたドレスを身に包み、手で王尺を弄んでいる。
彼女はその力で世界を統べるだけの能力を持っている魔王だ。
…が、今は俺と一緒に暮らしている。
『朝起こしに来てくれる幼馴染が欲しい』
俺の話を聞いた美少女魔王が不思議そうに言う。
「分からない。なぜお主はそんなに『朝起こしに来てくれる幼馴染』にこだわるのだ?」
「なぜって…ここには俺の求める、ありとあらゆる女の子たちがいるじゃないか。
だから『朝起こしに来てくれる幼馴染』くらい、いてもいいのかなって」
「そんなモノお主には必要ないだろう」
「必要かは分からないけど、『朝起こしに来てくれる幼馴染』がいた方がいいって思ったんだ」
いら立ちを隠せないといった風で魔王が言う。
「…我はお主が望むならどんなこともしてやるし、どんな女子も連れてきてやる。
そもそも、お主は頑張って朝起きる必要もない。
起きたくないのに幼馴染に起こされる必要もない。
――何が問題なのだ?」
「でも…何もかもが思う通りだなんて…そんなのはおかしいと思う。
俺はやっぱり『朝起こしに来てくれる幼馴染』がいてほしい」
「大体『朝起こしてくれる幼馴染』のどこがいいのか?良いところなぞ何もないではないか」
魔王が言う。
改めて言われると、確かに――そうかもしれない。
「そうだな。おせっかいで、声ばかりでかくて、がさつで、貧乳で、暴力をすぐ振るうし、あんな…」
そこまで言いかけて気付く。
それは誰のことだ?
そんな奴、いたか?
「!!お主…」
みるみる魔王の表情が変わる。
なんだろう、俺はとても重要なことを忘れている気がする。
でもうまく思い出せない。
だけど。だけど…
「『朝起こしに来てくれる幼馴染』は大切…俺の大切なものだと思う。それがないなら…」
俺が言った途端に魔王が遮った。
「それ以上はやめた方がいい。この世界が崩壊する」
「は?『世界』?」
何を言い出すんだこいつは。
「ここはお主の望むとおりになる世界だ。…『朝起こしに来てくれる幼馴染』以外は。
これ以上『朝起こしに来てくれる幼馴染』を望むなら、もはやこの世界はもたない。
よく考えろ。それでいいのか」
「いや、そんなこと言われても、何が何だか」
「お主は何でも思う通りになる世界よりも、『朝起こしに来てくれる幼馴染』がいる不自由な世界で生きたいのか?」
なぜか必死の形相の魔王。
「どうなんだ?お主よ」
俺は突然『世界』がどうとか言われてよくわからなかった。
それでも、この返答がとても重要で…決定的なものだというのはなぜかわかった。
魔王が望んでいる答えも、分かっていた。
それでも、俺の答えは決まっていた。
「俺はやっぱり…『朝起こしてくれる幼馴染』がいてほしいんだ」
「!!」
魔王の顔が驚愕と苦痛にゆがんだが、やがて、その表情はあきらめの笑みに変わった。
「そうか…さらばだ」
魔王が言う。そして、世界が光に包まれて――
俺が目を開けると真っ白な天井が目に入った。
知らない天井に鼻を衝く消毒液の香り。
枕に頭をうずめたまま視線を横に送ればサイドテーブルの花とベッドの柵が目に入る。
ここは…病院だろうか。
そうすると、夢…さっきまでのは夢だったのか。
『夢』?…あれは…どんな『夢』だったか?
なんかとてもいい夢を見ていたような…気がする。
しかし、俺の意識が目覚めていくにしたがって、虚空に消えるように夢の内容が薄れていく。
たしか、あれは…
「今日も来たわよ。入るわね。まだ寝てるの?いいかげんにしなさいよ!」
そんな俺の思考を病院の静寂に似つかわしくない大声がぶった切った。
「今日こそ起きて一緒に学校に行くんだから!ねえ!」
ああ、この声は幼馴染のあいつだ。
ここは病院なのだろう?なんで病院にまで起こしに来るんだろう。
俺は横になったまま叫んだ。
「うるせえな!起きてるよ」
すると。
「起きてる…?ねえ起きてる…の…!?」
ベッドサイドまで来ていたあいつに肩を揺さぶられる。
アイツはいつものように学校の制服を着ていた。
「起きてるよ。なんだよ一体」
上半身をベッドから起こす。
「どうしてもっと早く起きなかったのよ!バカね」
「いや、何かとてもいい夢を見ていた気が…そう。確か、美少女がたくさん出てくる夢で」
そう確か、メイドロボやサキュバスとあんなことやこんなこと…
と、思いだしたら下半身に血液が集中してきた。
「あ…」
やばい、元気になった俺の息子が病院の薄手の布団を高らかに突き上げている。
俺の様子がおかしいことに気付いた彼女は、目を俺の下半身に落とし…そして。
「ば、バカ!な、なにしてんのよ!変態!」
怒号とともに平手打ちが飛んできた。
「痛え!何すんだ…!よ…!???」
俺が文句を言おうと思った刹那、アイツの腕が俺の頭に回される。
ヘッドロックか!と思ったら…締め付けてこない。
そのまま、あいつの薄い胸にベッドの上の俺の頭が押し付けられる。
「バカ…ほんとバカ…」
震える声。俺の頭に水滴が落ちる。
泣いて…いるのか?
平手打ちしたと思ったら泣き出す。
いったいこいつは何を考えているのかわからない。
幼馴染というのはこんなにも面倒なものだ。
時々、『幼馴染が起こしに来てくれるなんて、漫画みたいで最高じゃないか』
などとアホなことをいう奴がいるが断じてそんなことはない。
大体、俺みたいな勉強も運動もダメな男の人生をうらやむという発想が理解できない。
どうせ漫画みたいだって言うなら、獣耳娘やメイドロボがいる日常のほうがいいだろうさ!
ああ、間違いない。
ただ、
なぜかよくわからないが、俺も涙が止まらなかった。
推理小説の人物が作中で「推理小説じゃないんだからそんなことあり得ない」という言葉を言うことって時々ありますよね。
そういう感じで
「実在しない存在に『そんなアニメみたいなもの実在しないよ』って言われたらどうだろう」
「そんなことを言われる主人公ってどんな境遇なんだろう」
そんなことを考えていたら思いついた話です。