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インド人とウニと田中のばあちゃん

作者: アヤ

挿絵(By みてみん)

家に帰ると広いだけで芝生でもなんでもない庭に、黒くて大きな車が停まっていた。

他にも、見覚えのある車が沢山停まっている。

小学生でも、何が起きたのか分かるよ。




田中のばあちゃんが、死んだんだ。




田中のばあちゃんは、私の曽祖父の再婚相手……血の繋がっていない曾祖母。

70歳まで世界中を旅していた有名な写真家で、10年前にふらっと伊豆に行ったら老人会の旅行で伊豆に行っていたひいじいちゃんに一目惚れ。

ひいじいちゃんも田中のばあちゃんに惚れ、旅行の帰りにそのまま連れてきて村中大騒ぎ。

……まあ、その時私は1歳だったから、この目でその騒動を見た訳じゃないけれど。

田中のばあちゃんが去年死んだひいじいちゃんの葬式で暴露して、新婚旅行の夜の話をし始めたところでお母さんに怒られていた。

何を話しかけたのかは、未だに分からない。


「海、お帰り。」


古くて開きにくい玄関の扉を開けると、少し疲れた顔のばあちゃんが立っていた。

黒い服に黒いズボン、黒いエプロンをしていて、国民的アニメの悪役チームにいそう。


「ただいま、ばあちゃん。」


「田中のばあちゃん、海が遊びに行っている間に亡くなったの。」


少し目を伏せたばあちゃんが、口からこぼれ落ちる様に言う。

そんなばあちゃんを見ても、私の心は不思議と乱されない。


「……うん、知ってる。もう黒い服着てるの?」


「用意……してたからねぇ。」


田中のばあちゃんは、末期癌でもう長くないと言われていたらしい。

毎日元気そうだったけど、日に日に若々しかった体が本来の90歳に近づいていき、じいちゃんがなまこを食べても「よくそんなもん食えんなぁ。」とツッコむ回数が減った。


家に入って手を洗うと、座敷に寝ている田中のばあちゃんの元へ連れて行かれ。


「この綿に水を付けて、唇に当ててあげて。」


「うん。」


死んだ人の事を『眠っているみたい』って、例えたりとかするらしいよね。

でも、私にはそうは思えない。

脱け殻だけ残って、ここにはもういないみたいに感じる。

90歳になった体は美しいとはいえないけれど、所々に見える古傷が田中のばあちゃんの人生を語っていて、葬式の日の夜……田中のばあちゃんが語ってくれた冒険譚で盛り上がった。


パワフルな曾祖母の死。

ひいばあちゃんと呼ばれるのは、ひいじいちゃんの一人目の奥さん……地の繋がった私の曾祖母に申し訳ないからと、本名《(旧姓)田中 チエ》から付いたあだ名《田中のばあちゃん》と呼べと強制してきた人の死。

そう珍しくはない最期。




そう……一年前までは思っていた。




田中のばあちゃんの一周忌が近づき始めた日。

友達の家から帰ると、玄関前でカレーの強い香りがする。

まだ扉すら開けていないのに、カレーの香り……しかも、いつもとは違う感じだ。

家の中からは、異様な音楽が鳴っているみたい。


……え、なんか怖いんだけど。


私は意を決して、年々開けにくさが増す扉を開けた。

……最初、目に入ったのは……玄関の床に置かれた、異国の靴・靴・靴。

それと、白い発泡スチロールの箱3つ。それには【エゾバフンウニ】と書かれていて。

ああ……そういえば、田中のばあちゃんはウニが好物なんだった。

でもさ、なんで3つも?


「あら、海じゃないの。お帰り。」


腰が曲がる気配を感じないばあちゃんが、いつもの様に出迎えてくれる。


「ただいま。ねえ、この靴は?」


「ああ、それはねぇ………。」




……は?



 

「ナマステー!」


「は、はい。」


「ナマステ!!」


「お、おう。」


「ナマステェー!」


「いや、ちょっと待て。」


インド人の男性3人から立て続けに挨拶されたら、いくら小学6年生らしくない冷静さが有名な私でも混乱するから。

座敷にインド人がいるとか、本当に混乱ものだから。


「ねえ、ばあちゃん。もう一回、もう一回だけ説明してくれる?」


「左から、アニクさん・ラーヒズヤさん・クリシュナさんよ。」


いやいや、そうじゃなくて。

まずね、インドに田中のばあちゃんの元恋人が3人いて、田中のばあちゃんが世界中に持っていた人脈を伝って3人に亡くなった事が伝わって、自分は体力的にいけないけれど伝言を息子・孫に頼んだ……という話をさ、玄関先で小6にするというのはどういう事?


「……ナマス。」


「あ、もう大丈夫です。ナマステ。」


ラーヒズヤさんの声を遮って、こちらからも挨拶。

うーん……なんだろうね、この空間は。

座敷にインド人と向かい合って座ってるよ?


「ヘーイ! ミュージックスタート!!」


ば、ばあちゃん!?


「ウッウッウーニ! バフーンウニッ!」


アニク!?


「カレーヲドーゾ、子猫チャン!」


ラーヒズヤ!?


「煌メク高級ウニカレー!」


クリシュナ!?


「「「「ウッウッウーニ、ウニカレー!」」」」


な、何よこの状況は!

3人のインド人は踊って、ばあちゃんもつられる様に……いや違う!

ばあちゃんが一番ノリノリだ!!


「うまいウニカレー

食べてみたくて

だけど金がねぇ

田舎店もねぇ

過疎化進んで

空き家並んだ

これが俺の町

なのにインド人

丁度ウニ届く

HEY!

スパイス調合OK come on! 」


「「「イエーイ!!」」」


座敷で踊るな、座敷で。

いや、軒下の穴熊と壁の間にいる鼠はいなくなりそうだけど、古くなった畳抜けるから。


「海!」


正座のまま固まっていたら、ノリノリのばあちゃんがマイクを渡してきた。

どこから持ってきたの、これは。

そして、歌えという圧はいらないから。

おい、そこのアニク。急かさないでくれ。


「歌ったら……落ち着いてくれる?」


「Yes!」


ばあちゃん……そうだ、これは夢だ。きっと、授業中に居眠りでもしてるんだよ。


そう思う事にした私は、背負っていた青いランドセルを放り投げ。


「私山生まれ

なのに名前海

なんで海なのよ

魚苦手だし

魚卵食えなくて

無理海鮮丼

貝類も駄目

だけど海には

いつか

行ってみたい!」


……いや、無理だから。

思い付かないし……あ、はい。続けるから、座敷で圧力鍋に入った野菜状態にしないで。


「踊るインド人

元気な老人

なんか踊ってる

私混乱

どんな状況

こんな近況

誰に話すの?

母は教員

父は公務員

まだ帰らない

祖母は乱心!

そしてインド人

あとはウニカレー

なんか不味そう

だけど旨そう!

私も食べたいそう思ったぜ!」


なんか分からないけれど、私の中の限界を突破した気がする……こんな事で。

挿絵(By みてみん)

「格好いいねぇ、海。」


嘘!!

ば、ばあちゃんが元に戻った!!


「海サン、カレーヲドーゾ。」


ありがとうクリシュナさん……ああ、興奮した直後のカレーは胃を刺激しまくるよ。


「海サン、ナンハチーズモアルヨ?」


ありがとうラーヒズヤさん、チーズで宜しくお願いします。


「チャイトラッシー、ドッチガイイ?」


ありがとうアニクさん、汗かいたからラッシーがいいな。






『…み……う……………み。』


耳元で声が聞こえる……あ、この感じは私が寝ているから、途切れ途切れに聞こえるんだな。

ずっとこのままだと物語的に困るし、起きるか。


『う………み……う…み…………う……。』


待て待て待て、私はもう目を開けてるし、ここが自分の家だって気づいたよ?

だから、やめてくれないかな……田中のばあちゃん。


『いいじゃない、せっかく転生出来たんだし。』


いやいや、ウニに転生とか大変だから。

食べようとしたウニが、超能力を使って曾孫の脳に話しかけてくるとかヤバいから。


『海、そんな事ないわよ。』


頭の中読むとか反則だから……普通、人間がウニの頭覗くのでは?


『高校生になったんだから、そろそろ疑問を持つなんてやめなさい、楽になるのよ。』


言い方が怖いよ……それに普通、曾祖母がウニに転生して、食べようとしたら話しかけてきて、そこから何年も水槽で(客観的視点から見ると)育ててるとか一般的な精神だと無理だから。


「海ー、カレーデキタヨ。」


「はーい、今行くー。」


因みに、インド人3人があの後日本国籍を取った。

その直後に、国に残してきた家族を引き連れて、この村でカレーのスパイス工場を開いた……のだが、他県のスーパーにまで商品が置かれるまでに成長したのだ。

次回(嘘)予告

【ウニに転生した曾祖母が、なまこに転生した曾祖父と再開】

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― 新着の感想 ―
[一言] ウニカレー…不味そう(´・ω・`) でも食べてみたい?不思議ですなぁ。
[一言] な、なんだと…!?ウニに転生、だと…!? そんなのありかーーーー!! してやられました。
2019/11/06 18:36 モンスター
[良い点] こんばんは。 シュールなネタが、何回転もする、コントの世界ですね。 冷静に状況説明を入れるのが、かえっておかしくなるという、良い例です。 [一言] お葬式は、しめやかも良いですが、お祭り…
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