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第5話 再びミステリーツアー


 さて、前回のミステリーツアー成功に気をよくした由利香。

 またまた新しい風を運んで来ようとしているようだ。


「ただいま!」

「お帰りなさーい、って、ここ由利香さんの家じゃないっすよ!」

「あら、実家じゃない」

「そうっすけど」

 あれ、『はるぶすと』は由利香の実家だったんだ、と、それはおいといて。


「ねえ、これ見てよ」

「ハイハイ、ウワ、スゴイナ」

「ちゃんと見なはれ!」

 などと、また2人で漫才している由利香と夏樹を、ソファで面白そうに観覧していた冬里からお声がかかった。

「どれ?」

「さすが冬里、これよこれ」

 由利香が嬉しそうに渡したのは、性懲りもなく「ミステリーツアー」と銘打ったパンフレットだった。

「まったく、懲りないね、由利香も」

 内容を確かめようともせずにポイと返す冬里に、「ちょっと待ってよ」とそれを広げてみせる。

 そこには冬里にはおなじみの場所が乗っていた。

「京都ミステリー巡り? なにこれ」

「そうよ! ミステリーだけなら不参加のあんたも、京都なら参加するでしょ?」

「なんでいまさら京都行かなきゃなんないの」

 などと、今度はこの2人で行く行かないの攻防が繰り広げられた結果。


 今回は仕方なく? ミステリーツアーは秋渡夫妻のみが参加することになった。

 と思っていたら。

 由利香にとっては運のいいことに、国外に住む娘さんのもとで暮らしていた九条が、一時帰国することになったと連絡が入る。それもちょうどツアーを企画した日程あたりに。

「九条さん、グッジョブ!」

「ほんと、相変わらずいい仕事するよね、九条じい」

 そんな経過があって『はるぶすと』の面々は、またミステリーツアーに出かけることと相成ったのである。



「伊織さま」

「伊織の名前は総一郎がついだの。もう冬里でいいよ」

「はい、かしこまりました。ですが私にとっては、伊織さまはいつまでも貴方おひとりでございます」

「勘弁してよ」

 料亭紫水で落ち合うと、九条は抱きつかんばかりに喜んで、料亭の当主だった頃の呼び名で呼ぶ。冬里は苦笑しながらも、まあいいかという感じである。

「お久しぶりです、九条さん」

「おお、あきさまもお元気そうで」

「今は私も、秋渡あきわたりになりました」

「そうでしたな」

 と言って、ギロッと鋭い目つきで隣に立つ椿を睨む。思わず身構える椿。

 九条にとって由利香は、冬里の生涯の伴侶になるはずだった。それをこの若造がさらっていってしまったのだ。彼の早合点とはいえ、椿は冬里のかたき?

「ごほん! 貴方が秋さまを奪われた、椿さまですな。私は以前、伊織さまのお世話をしておりました九条と申します。以後、お見知りおきを」

 ぐぐっと顔を近づけて自己紹介する九条に、最初は少したじたじしていたが、そこは気づかいの椿、そして一筋縄ではいかない柔軟さを持つ椿だ。

「はい、冬里・・さん、そして九条さんの期待を裏切るつもりはありません。由利香を生涯幸せにする覚悟でおります。どうかご安心下さい」

 きっぱりと言い切って深々と頭を下げた椿に、九条は少し目を見開いた。

「そうですか。そこまでのお覚悟がおありでしたら、致し方ありません。伊織、いえ、冬里さま、冬里さまの今後はこの九条がきっとお約束いたします」

「ええー? だからもういいってば~」

 あきれたように拒否する冬里に「いえいえ」などとにこやかに言う九条を見て、夏樹が椿に耳打ちする。

「九条さん、ほんっと冬里が大好きなんすよねー甘やかされてます」

「うん、今のでよーくわかったよ」

「なに? そこのお二人さん」

 絶対に聞こえないように言ったはずなのに。

「「なんでもありません!」」

 夏樹と椿はシャキッと直立しながら全力で答えたのだった。


 料亭紫水で九条と落ち合った一行は、

「ようお越し下さいました」

 13代目に落ち着いた、伊織こと総一郎と、

「ご無沙汰しております」

 と、こちらももう女将の貫禄十分の、旧姓、中大路なかおおじ、今は紫水院しすいいん りんに出迎えを受ける。

「綸ちゃーん」

 だが、由利香にかかっては女将もただの女子に返ってしまうようだ。

「由利香さん、久しぶり~」

 思わずハグしてキャッキャとはしゃぎ合う。

「はいはいお二人とももうその辺で、お料理運んでもらって」

「はい、ただいま」

 返事を待っていたように、次々と料理が運び込まれてくる。

 当主を退いたとはいえ、やはりここは冬里にとっても、そして九条にとっても気が抜けない場所である。

 目の前に並ぶ料理を、真剣な目つきでひとつひとつ検分するように眺める。そのあと一口食べては、箸を置いてうんうんとうなずいたり首をかしげたり。ときおり冬里は九条と何かささやき合ったりもしている。

「純粋に料理を楽しむと言うわけには、いかないようだね」

 シュウが珍しく彼らの行動に口を挟むと、冬里は当然のように言う。

「やっぱり気になるよ、シュウが夏樹のことをとっても気にするみたいにね」

 その言い分には、苦笑を返すしかないシュウだ。

 食事がすむと、冬里は「ちょっとだけ時間ちょうだい」と、総一郎を呼んで、いくつか気になったところを注意しはじめた。

 神妙に聞いていた総一郎は、あるところで、慌てたように額に手をあてた。

「うわっ、やっぱり12代目は、よう見てはるわ。僕もそれはほんのちょっとだけ、チクッと引っかかったんですけど、うやむうやにしてしまった事です。反省します」

「うん、放っておくと、ここからどんどんほころびちゃうよ?」

「はい、肝に銘じます」

 そんなやりとりのあと、料亭を後にした彼らは、ミステリーツアーとは名ばかりの京都観光に出かけて行った。

 というのは、またいつ来られるかわからない九条に行き先を決めてもらおうと、みんなの意見が一致したからだった。感激した九条が「それでしたら」、と向かった先は。


 大きな鳥居を抜けて門にたどり着く。中には観光客に混じって、若者が大勢目についた。

「ここって受験の神様よね」

 天神さんとも呼ばれて親しまれている、北野天満宮だ。梅の名所でもある。

「受験と言うのではなく、学業成就や武芸上達ですな」

「あら、だったら鞍馬くんや椿にぴったり。剣術習ってるもの」

「なんと、それはそれは」

 とりあえず、皆でまた仲良く並んでお参りをさせていただく。

「じいはここの宝物殿が好きだから、公開されてるときに来たかったんだよね」

 冬里が言うと、本当に嬉しそうに九条が答えている。

「はい、それでこの時期に帰国したほどです」

「へえ、宝物殿って、宝物がいっぱいなの? 宝石とか?」

 由利香が面白がって聞くと、九条は「いえいえ、そう言うのではなくですな」と説明してくれる。

「ここは、絵巻物や古文書のほか、刀剣を多数所有しております」

「刀剣!」

 ここで由利香の瞳が、キランと輝いた。

「はい、有名なところでは、鬼切丸おにきりまるという美しい刀剣が見られます」

「行く!」

 坂本龍馬ファンである由利香は、陸奥守吉行むつのかみよしゆきという龍馬の佩刀ファンでもある。

 なので由利香は刀剣ファンである、と言う三段論法が確立するのだ(それは本当かどうか、はなはだ怪しいものだが)

 九条について入り口で料金を払い、中に入ると、かの鬼切丸は真正面に堂々と展示されていた。嬉しいことに、携帯電話のカメラでなら写真撮影OKだそうだ。

 そのほかにも、美しい刀が美しい鞘とともに飾られていたり、短刀もあり、槍や長刀なぎなたの刀身もある。

「わあ、どれも見とれるほど美しいわ。鞘だって、工芸品のようよ」

 由利香は写真が撮れるのでご満悦だ。

 受付で「ゆっくりご覧下さいね」と言ってくれたお姉さんの言いつけ? をきちんと守り、一行は十分に展示品を堪能したのだった。



「ああ! 大満足!」

 意気揚々と宝物殿を出てきた由利香が靴を履いていると、前の道から幼い子供の声が聞こえてきた。


「これは京都きょうとって読むんや」

「違うもん、京都みやこだもん」

 何事かとよく見てみると、二人組の子が持っているパンフレットを指さして、別の一人と言い合っているようだ。

「ほんなら、どっちが合ってるか、誰かに聞いてみよ」

「そうやそうや」

 と、そばにいた由利香に二人組のひとりがパンフレットを示す。そこには大きく「京都」の文字があった。

「これ、きょうとって読みますよね」

「え? うん、そうね。きょうとね」

 するともう片方が、どや顔で言う。

「ほれ、みてみい。大人が言うてるねんで」

「でも、僕の名前は京都みやこだもん!」

「なまえ?」

 叫んでいる彼は、絶対に間違ってない、と言い張っている。

 それを聞いていた冬里が、何気ないようにつぶやいた。

京都きょうとと書いて、京都みやこと読ませる名字は、日本に存在するよ」

「え? そうなの?」

「ほら!」

 嬉しそうに言い出す彼に、二人組は、

「けど、やっぱりおかしいわ」

「ほんまほんま、おかしいわ」

 とはやし立てるように走り去っていった。


「おかしくない! 僕の名前は、京都みやこだもん!」

 目に涙をいっぱいためているが、その瞳の奥に強い光がかいま見える。

 ふいにシュウが彼の前に行くと、膝をついて目の高さを合わせて言う。

「まだあなたは習っていないと思うけど、日本の漢字は、その文字にいくつも読み方があるんですよ」

「?」

 怪訝な顔をする彼に、シュウが続きを話し出す。

「私の名前の漢字は、季節のあきはるなつあきふゆの秋だね。けれど読み方は、シュウ、と言います」

「しゅう?」

「そう、だからあなたの名前は京都みやこで間違ってもいないし、おかしくもない。素敵な名前ですね」

 そう言って微笑むシュウに、彼はまだ涙目で、ぎこちなく微笑みを返す。

京都みやこは名字よね?」

 横から訪ねる由利香に「うん」とうなずく。

「下のお名前は? 京都みやこ、なんて言うの?」

万象ばんしょう!」

 はっきりした大きな声で、今度は彼は嬉しそうに答えた。

京都みやこ 万象ばんしょうくんね。かっこいい名前。君はきっとその名前通り、かっこよくて強い人になるわよ」

「ありがとう!」

 またニッコリ笑った彼は、ふと由利香の肩越しにその後ろを見て、誰かを見つけたようだ。

「あ、お母さん。僕、もう行きます」

 由利香が振り向くと、優しそうな女性が少し離れたところでこちらを見て微笑んでいる。

 きちんとお辞儀をして、彼は母親の元へ駆けていき何か話をしている。そして促されるようにもう一度こちらを見ると、バイバイ! と可愛く手を振るのだった。

「「バイバーイ」」

 由利香、椿、夏樹の3人は同じように可愛く? 手を振っている。

 冬里ももちろん可愛く。

 シュウも、控えめに手を上げて応えていた。

「ちっちゃいのに、礼儀正しい子ね」

 感心したように由利香が言うと、冬里がわざとらしくあごに手を当てて言う。

「サイズ的には、3~4歳ってとこだね」

「サイズって・・・。しかも何その格好、名探偵きどり?」

「うん。仮にもミステリーツアーなんだから謎解きは必須だよね」

 躊躇なく言う冬里に、「ミステリー違いよそれ」と由利香は苦笑い。

「けどさ、なんだかまた会えるような気がするな」

「何? 今の子に? まあ京都は観光地だから、あちこち巡ってたら会えるでしょ」

「あれ? 由利香なんであの子が観光客だってわかったの?」

「だって、言葉が京都じゃなかったもの」

「ふうん、まあ、誰でもそう考えるか。けどちょっと違うなあ」

「なにがよ、どこが? どういう風に?」

「ふふん」

 今度は唇に指を当てて、ないしょ、と、また由利香を煙に巻くのだった。



 さて、京都でのお泊まりは、当然いつものホテルだ。

 今回もコネクティングルームを取ったのだが、九条のたってのわがまま? で、なんと冬里と九条が一部屋を使うことになった。

 隣は当然、シュウと夏樹。

 秋渡夫妻は同じ階のツインルームに落ち着いている。


「懐かしいですな、まだ12代目をされていた頃に、出張に行くとこのようにご一緒させていただいておりました」

「うん。最初はすごく嫌がってたよね?」

「は? いやいや一番はじめは、恐縮したのでございますよ。その昔は当主と使用人が同じ部屋など、とうてい考えられませんでしたので」

「人類の大きな失敗、だね」

「相変わらずですな、伊織さまは」

「冬里だよ」

「失礼いたしました」

 ベッドに横になってからもなんと言うこともない話をしていたが、そのうち安らかな寝息が聞こえてきた。

 九条は少し頭を上げて、隣の冬里がきちんと布団を掛けているのを確認すると、自分もゆっくりと夢の中へと旅立つのだった。



 翌日、飛行機の時間があるため、先に立つ九条を京都駅で見送った。

「また帰国するときは、連絡してよね」

「はい、必ず。それから冬里さま」

 と、こまごました日々の注意事項を話し出す九条の腕をぽんぽんとして、冬里は停車中の特急に乗るように促す。

「はいはい、早く乗らないと、電車行っちゃうよ」

「・・・かしこまりました」

 名残惜しそうにそう言うと、九条はそこにいる皆にきちんとお別れをして、空港へと向かったのだった。


 そのあと、せっかくミステリーツアー第二弾と銘打ったのだからと。

「だからって、なんで俺のところへ来るんだ? あ、そうか。そんなに俺に会いたかったのか!」

 一行はなんとヤオヨロズの神社へとやってきた。

「ヤオじゃなくて、ニチリンとシフォに会いにだよ」

「なにぃぃぃ」

 また殺気立つヤオヨロズを「だめですよ」と、今日はシフォが間に入ってなだめる。

「でも、なんでここがミステリーなのかな」

 ここへ来ようと言い出した由利香に聞いた椿に、彼女は楽しそうに笑みを浮かべる。

「だってこんなに自然に、神様と、千年人と、私たち百年人? が集ってるのに、誰も不思議に思わないのよ? これぞ正真正銘、ミステリーでしょ」

「はあ?」

「へ? そんな理由?」

 ぽかんとする椿と夏樹に、由利香は偉そうに言い放ったのだった。

「そうよ、なんか文句ある?」


 お茶をごちそうになったあと、拝殿に向かった一行は、そこできちんと手を合わせて日々のお礼を述べ、以前と同じようにシフォとそっくりな狐のおみくじを引きに行った。

「今日もみんな同じ吉だったりしてね」

 と言う由利香の言葉通り、やはり全員が「吉」だった。

 しかも。

「えーと、? ええ?!」

 中身を読もうとした椿のおみくじの上に、ミニサイズのヤオヨロズとシフォが現れて手を振っている。

 驚く椿の腕に自分の腕を絡めた由利香は、椿を見上げて唇に人差し指をあてる。

「これもミステリー、よ。さて、ヤオさんのお話、よーく心にとめてね」

 いたずらっぽく笑って、そこにいるヤオヨロズに小さく手を振ったのだった。

 どんなアドバイスがあったのか、知るのは本人ばかりなり。

 新幹線の座席に落ち着いて★市に帰る彼らは、心なしか口数が少なめだ。

 ひとりひとりの心に浮かぶ想い、それらは溶け合って混ざり合って、この宇宙にどんな世界を紡ぎ出して行くのだろう。きっと誰にもわからない。

 これこそ本当のミステリー? 

 そして旅も終わろうとしている。


 いろんな事がありますが、『はるぶすと』は、明日も通常通り営業いたします。




ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

ミステリーツアーと言う題名ですが、あまりミステリーではありませんでしたね(^_^;)

ただ、なんで鞍馬くんが2時間半もかけて東西南北荘にボランティアに行っていたのか、その謎を解きたくて書かせていただきました。そして最後に、万象まで登場してしまいましたねー。3歳のときはまだ素直で可愛いです。

とは言え、『はるぶすと』は、これからも現代で営業を続けていきますので、また遊びにいらして下さいね。それでは。

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