第4話 嬉しい訪問者
ミステリーツアーからしばらくして。
ズガガガガーン!
久しぶりに懐かしい登場の仕方で、ヤオヨロズが『はるぶすと』にやってきた。
「いよう、元気か」
「ヤオさん! この間はありがとうございました。楽しかったっすよぉ」
「お礼にも伺わず、申し訳ありません」
律儀に頭を下げるシュウを見て、夏樹も慌てて最敬礼する。
「いやいや、礼を聞きに来たんじゃないんだ」
「だったらお帰りくださっても結構、だよ?」
「冬里ィィ、またてめえはー」
ギリギリするヤオヨロズを、夏樹が焦りつつたしなめて、冬里の方はシュウがたしなめる。
「ヤオさん! 今お茶を入れますね」
「冬里もいい加減にしなさい」
「はあーい」
ニッコリ笑うと、冬里は厨房で湯を沸かしはじめる。どうやら口調とは裏腹に、彼がお茶を入れてくれるようだ。
時間はちょうどランチタイムが終わり、ディナーまでの静かなひとときだ。
出された紅茶を口にしながら、ヤオヨロズはなぜか落ち着かない様子だ。
「どうしたんすか? ヤオさんそわそわして」
「え? 夏樹にまでばれちまってるか。いや、どうやらもうすぐ、なんだ」
「俺にまでってなんすかー」
夏樹がすねたように言うのと同時に、シュウが店の入り口に目をやった。
すると、そおー、と言う感じで扉が開く。
「あれ? CLOSEかけてなかったかな。すみません、ランチタイムは終わってるんです」
夏樹が気づいて確認しに行くと。
「あのう」
なんとそこにいたのは、陽ノ下家料理長の和だった。
「和さん! うわっなんすか、本当に来てくれたんすね!」
「おう、夏樹。良かった、ここで間違いなかったんだ」
嬉しそうな夏樹に、少し照れつつも口の端をあげる和。
彼はそのあと、物珍しそうに店をぐるりと見回している。特にカウンターになった厨房に少し驚いた様子だ。
「ここで、客の前で料理するのか?」
「そんなに座れないな、13席か」
「食後はあっちでデザート? 凝ったシチュエーションだな」
そのあとは次々と質問をして、なぜか嬉しそうな夏樹がいちいち答えていく。
そして、ソファ席の説明を受けて、ここへ来てから初めてそちらに目を向けた和は、そこに座っている人物を見て目を見張り、声をかけようとして。
「で? 今日はどうしたんすか?」
夏樹の質問に阻止される。
「どうしたって、暇になったらお前の店に行くって言ってあっただろうが」
「えー? じゃあ連絡くれれば良かったのに。今日はもうランチ終わっちまったし、ディナーも予約でいっぱいっすよお」
「あ、ああ、」
と、歯切れ悪く言う和が、もう一度ソファ席へ目をやると、座っていたヤオヨロズが声をかけた。
「よう、早かったな」
「へ?」
「八王さん、ご無沙汰しています」
「ヤオウ?」
訳がわからない夏樹に、シュウがふと思い出したように言う。
「本日のディナー予約に、確か八王さんと言う名前がありましたが、もしかして」
「ああ、俺が予約したんだ」
「ええー?!」
またいつものごとく、夏樹の叫びが店に響き渡っていた。
「まったく、ヤオさんもひとこと言っておいてくれれば良かったのに」
「八王さんだろ?」
「え、まあいいじゃないっすか。俺はヤオさんで通してるんで」
「なんだそれは」
ここは店の2階リビング。
あのあと、ヤオヨロズは用意をしに帰ると言い置いて、店を後にしていた。
どんな店か知りたくて早く着きすぎた和も、いったん宿泊先に行くつもりだったらしいが、引き留められてここにいる。
「和さんが来るのがわかったから、腕によりをかけて」
腕まくりしそうな勢いで夏樹が言うと、ぽつりと和が言った。
「それがいやだったんだ、けどやっぱり店は早く見たかったから」
「え?」
「俺は、日常と変わらないお前たちのディナーが食べたかったんだよ」
やる気満々だった夏樹は、その言葉にしばしぽかんとして。
「僕たちは試されてるんだよ」
そこへすかさず冬里の厳しい? お言葉だ。けれどそんなことでへこむ夏樹ではない。
「了解っす。日常と変わらないディナーだって、手を抜いてる訳じゃないんで。おーっし、頑張るぞお!」
「だから、いつもと同じでいいって」
「ところで、今日は4名だと伺っていますが、あとの2名はどなたがいらっしゃるのでしょうか?」
シュウがいちおうメンバー確認のために聞いている。
「あ、あとは大奥様と東大寺さんだ」
「へえ。若奥様は?」
生け花で仲良くなったよしみで、冬里が聞いた。
「若奥様は、ここへ来るより、あんたにあっちへ来てもらいたいみたいだったぜ」
「僕?」
「ああ、フラワーアレンジメントをお願いしたいって」
可笑しそうに言う和に、冬里がまじめくさって答える。
「うーーーん、いいけど。20年くらい先になるかな~」
「お前なあ。わかったよ、あきらめずに待っていて下さいって伝えておくよ」
「よろしくね」
冬里の破天荒な答えに、さすがの和も本当に笑ってしまうのだった。
陽ノ下地区から、東大寺と交代で運転してきたという和は、×市のホテル、以前ハルが会議で泊まった国際会議場に隣接した例のホテルだが、へのチェックインを二人に任せ、途中で降ろしてもらって先にここへ来たのだという。
ディナーの用意をするために店へ降りる彼らに、和が言う。
「えっと、俺も降りていっていいか?」
それを聞いた夏樹が嬉しそうに答えた。
「あたりまえっす! 至らないことがあったら、ビシビシ指導して下さい!」
「い、いや、それはあんまりだろ」
と言いつつ、
「夏樹! そこは違うだろ!」
「夏樹! これはだな」
やはり黙ってはいられない和だ。
やがてディナーの時間が来て。
「いらっしゃいませ」
「お邪魔しますわね。まあ、すてきなお店ですこと」
「お邪魔いたします」
大奥様と東大寺の二人が到着し、後ろからヤオヨロズも入ってきた。
「おう、今日はよろしくな」
「いらっしゃいませ! 今日のディナーは和さんと『はるぶすと』のコラボっすよ!」
「夏樹、やめてくれよ」
照れまくる和を、頼もしそうに見やる大奥様。
「それは楽しみだこと」
「では、こちらへどうぞ」
と、冬里が奥の個室へと皆を案内した。
ディナーは毎日3組だけだ。
最初はひと組ごとにおのおのが担当していたが、それでは個性的すぎるという声も上がってからは、すべて同じ組み立てになっている。
「こちらが前菜でございます」
「わたくしたちの担当は、朝倉さんなのね」
「はい! えーと・・・、今日は不肖わたくし朝倉が、誠心誠意お仕えさせていただきます!」
明るく言い放つ夏樹に、一同はしばし言葉を失って。
「まあ、東大寺より頼もしいわね」
「ブッ、ガハハ! なんだその芝居がかった言い回しは」
「・・・(無言の東大寺)」
「・・・(笑って言葉が出ない和)」
「え? あれ、なんかフレーズ間違ってたかな?」
大まじめだった夏樹は、首をひねりつつも丁寧に前菜を配り終えると「どうぞごゆっくり」と部屋を出て行った。
「紫水さん、でしょうか」
「冬里だな」
「でも、あの素直さが夏樹のいいところですよね」
「まったくだ」
などと言いつつ、和やかにディナーは進んでいく。
「で、どうだ? 天下の陽ノ下地区は、うまくいってるか?」
シュウたちに見せるのとは違う、ほんのりと優しそうな表情で、ヤオヨロズが聞く。
「天下の、は余分ですが、どうにか形にはなってまいりました。それにありがたいことに、桜子はわたくしよりも他を幸せにすることに長けていて、行動力もございますし。・・・あら、これとても美味しいですわね」
「どれどれ、お、本当だ美味いな」
ヤオヨロズは身分を隠して(まあ、神様だからあたりまえか)地球のあちこちに陽ノ下地区のようなところを置きに行っている。これはすべての神様たちの願い。
決して強制するわけではない、いや、出来ないのがまどろっこしいのだが、そこは人の自己責任だから仕方がない。ただコツコツコツコツと小さな働きかけを、気が遠くなるような小さな積み重ねだけを続けていく。
なぜって? そうでなければ、もう地球は持たないもの。
地球のメンテナンスを任されているヤオヨロズとしては、これが人に対して出来うる最上の後押しなのだ。
「俺が行く代わりに、今回、あいつらを放り込んでやったんだ。どうだ、いい奴らだろう?」
「ええ、それに、和にとってもいい刺激でしたわね。今日も良い経験が出来たようですし」
「はい、ありがとうございます」
「そりゃ良かったな」
協力と助け合い地区への、後々のフォローももちろんヤオヨロズは欠かさない。
いつもは神様のネットワークを駆使し、陽ノ下地区を著しく傷つけないような存在を紹介して、あの別荘に滞在してもらっている。
それは新しい風を吹かせる意味も込めて。
ただ、今回は、遊び心満載のオオクニにより、『はるぶすと』メンバーに白羽の矢が立ったのだ。
食事が終わると、『はるぶすと』のスタッフが揃って挨拶にやってくる。
「今日はどうもありがとうございました!」
「いいえ、こちらこそ、とても良い時間を過ごすことが出来ました」
だが、帰り支度をする4人に、夏樹が珍しく遠慮がちに声をかける。
「あの、実はここの2階、部屋がひとつ空いてるんすよ」
「?」
それが? と言うように先を促す大奥様に、と言うより夏樹は和に向かって話し出す。
「和さん、泊まっていきませんか? まだ色々教えてほしいこともあるし」
「え?」
驚く和に、大奥様は「あらあら」と可笑しそう。
「え? でも、俺の荷物はもうホテルに」
すると、姿が見えなかった東大寺が、キャスターバッグを持って店の入り口に現れる。
「それは、こちらでございますかな?」
またまた驚く和に、大奥様が優しく微笑んで言う。
「積もるお話もあることでしょうから、あなたはここで泊まらせていただきなさい。実は、八王さんが、きっとこうなるだろうからって、貴方のお部屋はもうキャンセル済みです。明日の朝、お迎えに来ますよ」
「え? 何なんですかこれ、俺を驚かせる大会でもしてるんですか?」
「そうっすよ! ねえ、荷物もあることですし、泊まっていってくださいよお」
「歓迎します」
「もう向こうに部屋もないことだし」
慇懃に頭を下げるシュウと、ヒラヒラと手など振る冬里。
和はあきれたような顔をしたが、そのあと少し照れたように「じゃあ、お世話になります」と頭を下げたのだった。
いつも通りの朝。
最初に店へ降りてきたのはシュウだ。厨房へは入らず店の慎ましい前庭へと降りていく。
彼が庭の手入れを始めだした頃、誰かが2階から降りてきたようだ。
綺麗に手入れされた厨房をぐるりと見て回ったあと、その人も同じように庭に降りてきた。
「お早いですね」
「ああ、あんたこそ」
それは和だった。
昨日はあれから、珍しく夜更かしする夏樹につきあって、皆で夜更けまで料理談義をしたのだが、今朝の彼はそんなに眠そうでもない。和もまた、シュウと同じく寝不足に強いタイプなのだろう。
「ああ、ここもいい風が吹くな」
くつろいだ様子で、和は伸びをして大きく深呼吸をした。
「よくお休みになられましたか」
「ありがとう、おかげさまで」
話している間も手を休めないシュウにかすかに微笑むと、
「手伝うよ」
と、手入れを手伝い始める。なんと、なかなかに手慣れたものだ。
「驚いたか?」
「いえ、私も庭師にならないかと誘われたことがありますので」
「へえ、でも見てるとわかるよ、あんたは筋がいい」
「恐れ入ります」
聞くところによると、陽ノ下地区に住む人たちはだいたいこんなもんだと言う。
決まった職業はあるのだが、空いた時間に得意分野で困った者を助けに行く。今の職業には全然関係のないことでも、趣味が高じて本職に負けず劣らずの者もいるほどだ。もちろん無償。自分が困ったときには、誰彼となく助けが来るのを知っているから。
それぞれが楽しみながら、出来る範囲で無理をせず。
「あんたたちも、そんな感じだよな」
「そうですね。人が皆そのようであれば、本当に平和になるのでしょうけれど」
「まったくだ」
朝食の後、お迎えに来た大奥様と東大寺とともに、和は陽ノ下へと帰って行った。
「また行きたいっすね」
「うーーーーん、でも、20年後だよ?」
「ええー?! なんで20年後にこだわるんすか~冬里は~」
ふくれたように言い出す夏樹に「さあ?」と、どこ吹く風の冬里だった。