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第3話 ミステリーツアーで大宴会


 30人程度と言っていた夕食が、思ったより暇人(失礼しました)が多く、100人ほどにふくれあがってしまったらしい。


 東大寺が苦笑しつつ連絡をしてきて、会場を陽ノ下家のあの大邸宅にしたいと申し出があった。しかも、どうせならと、陽ノ下家にいる料理人たちと共同で夕食作りをすることになったとも。

「え? そうなの? でもそれだと食材のお礼にならないんじゃない」

「そうですね」

 こちらも苦笑しつつ言うシュウだったが、夏樹が俄然張り切り出すのはいつものこと。

「ほんとっすか! 腕が鳴るっすね、知らない料理人との饗宴! 昔、シュウさんに出会った頃みたいっすね」

「ああ・・・懐かしいね」

「なんなの? あ、そうか」

 由利香が言うと、椿が不思議そうに「なに?」と聞いてくる。

 その昔、料理に目覚めた頃の夏樹はちょっぴり天狗になっていたそうで、ヨーロッパを腕試ししながら渡り歩いていたらしい。

「その頃の俺って、ホント恥ずかしいことに、誰にも負ける気がしなかったんだよな。でもさ、シュウさんと出会って、頭ガッツーンとされたみたいになって。それからシュウさんの弟子としての歩みが始まったってわけ」

「夏樹は私の弟子ではないよ」

 苦笑するシュウに「いや、俺がそん時決めたんです!」と力強く言う夏樹。

 そんな2人を面白がるかと思いきや、なぜか椿は少ししんみりした様子だ。

「どうしたんだ? 椿」

 夏樹が聞くと、椿は心底うらやましそうに言う。

「いや、いいなーって思って。それって百年以上まえ? だよな。俺も、なんていうか、変な意味じゃなくて、夏樹ともっと長くいられればいいのになって思ってさ」

「つ、つばきぃ」

 すると、しばし目を見開いていた夏樹が、感極まったように言って椿にガバッと抱きついた。

「うわ! なんだ気持ち悪い!」

「気持ち悪いってなんだよぉ、今すっごく感激したんだ、それを、それを」

 心なしか涙目になっている夏樹に、パチンと由利香がデコピンをくらわす。

「いて!」

「はいはい、その辺で離れなさい。まあ、椿の気持ちもわからないでもないし、夏樹の感激もわからないでもないけど」

 しぶしぶ離れた夏樹に、由利香が言った。

「いつか、そうね・・・何十年かたって、しかも再会したときに、由利香さんばあさんになったなーとか、老けたなーとか言わないって約束してくれるなら、連絡してあげてもいいわよ」

「へ?」

「はあ?」

「夏樹はうっかり言っちゃうでしょ!」

 ビシィ、と音がしそうに夏樹を指さす由利香。

 そしていつものことながら。

 しんみりしていた2人が、由利香の言葉で大爆笑に変わったのは言うまでもない。

 その向こうで、「やっぱり由利香は最強だね」と、肩をすくめる冬里と、肩をふるわせながら笑いをこらえるシュウがいた。



「結局、二人っきりになっちゃったわね」

 夕食の準備があるからと、シュウ、夏樹、冬里の3人が大邸宅へと出かけた後、だだっ広い別荘の縁側で、お茶など飲みながらくつろぐ由利香と椿がいた。

「だね」

 陽ノ下家の所有だという、よく手入れされた畑を眺めつつ、椿がうーんと伸びをする。

「どっちにしても俺たちは暇だから、そのあたりを散策にでも行きますか」

「そうね、じゃああの大邸宅のまわりを一周してみましょうよ。結構時間かかるんじゃない? でね、お許しが出たら邸宅内も探検させてもらおう!」

「え? アハハ相変わらず発想が楽しいね、由利香は」

「でしょ? さ、行きましょ」

 椿の腕を取って、由利香はとても楽しそうだった。


 その頃、陽ノ下家の厨房では。

 いや、キッチンではなく、そこはまさしく厨房と言っていいものだった。

「ふええ、本当に個人宅なんすかね、ここ」

 と、夏樹が思わず言ったように、まるで旅館の厨房さながらだ。

 その上。

「おまえさんたち、レストランをしてるのかなんだか知らないが、ちょっとでも足手まといになるようなら、放り出すからな」

 年の頃は夏樹(の、見た目)と同じで、いかにも厳しそうなきつめの目をした男、かずと呼ばれているここの料理長が言い放った。

 彼は若いが手を抜くのは大嫌いな職人気質である。

「全力で、頑張らせてもらいます!」

 ピシッと敬礼のまねごとなどしてニカッと笑う夏樹に、和はちょっとご機嫌斜めだ。

 けれどその後、見習いにさせるような仕事を任せると、夏樹は嫌がりもせず、いや、むしろ嬉しそうにそれを引き受けた。しかも、抜群に手際がいい。

「おまえ、いっぱしのシェフだって聞いたけど」

「はい、そうっすよ」

「なんでこんな地味な作業を、そんな楽しそうに出来るんだよ」

 口笛でも吹きそうに、楽しげにコツコツと作業を進める夏樹が不思議でたまらず、和は声をかけてしまう。

「え? 地味だけど、これって大事な作業っすよ。料理作るのに、すっ飛ばしていい工程なんてほとんどないっすから」

 それを聞いた和は、驚いたあと少し嬉しそうだ。

「それは当たり前だ、まあ頑張ってくれ」

「はいっす!」

 またピシッと敬礼した夏樹を、今度は笑って見やる和だった。


 さて、冬里はと言うと。

「あなたは筋がいいわね、と言うか、センスが抜群にいいわ」

 厨房の規模と料理人の数を見て、料理は2人(正確に言えば夏樹1人)に任せても大丈夫だと踏んだ彼は、いつものごとく自由に邸内を歩き回る。

 そこで遭遇したのが、これから生ける花を大量に抱えた使用人たちだった。

「これ、君たちがいけるの?」

 いつものごとく質問し、

「いえ、若奥様が中心となって、私たちは勉強させてもらってます」

 と答えた彼女の後について、若奥様にお目通りし、

「お手伝いしますよ」

 と、驚く若奥様にニッコリと笑いかけたのだった。

 広い邸内に花を生けるのは若奥様の仕事だが、彼女はせっかくなら、と、生け花に興味のある者をつのり、自分が講師となって、邸内の花を生けてもらっているのだ。

 強制ではなく、興味のある者や教わりたい者だけ。

 その結果、好きこそものの上手なれ、で、邸内はいつも個性的な花々で彩られている。

 そんな若奥様が、冬里の生けた花を見て、賞賛の声を上げる。

「それにしても、あなたの発想力! どこで生け花を習ったの?」

「とくには。それに僕のは生け花とフラワーアレンジメントをアレンジしてあるだけで、その自由闊達さがいいんじゃないですか?」

「あら、まあまあ」

 桜子さくらこさま、と使用人が呼ぶ若奥様は、年の頃は40代なかばだろうか。

 大奥様とはまた違った雰囲気ながら、ただ者ではないと感じる人である。

「なかなか来られないと思うけど、またお花を生けに来てくださいね」

「うーん、考えておきます」

「あら、まあまあ」

 この2人の出会いが、後々あの別荘に関わってくることになるとは、このときはまだ誰も知るよしもない(いや、冬里は薄々気づいているかもしれないが)


 その別荘から散歩に出た椿と由利香、どうせなら、陽ノ下家がもつ畑を見ながら行こうと仲良く歩いていると、畑の中によく知る人物を発見した。

「あれ? 鞍馬くん?」

 そう、誰あろうそれはシュウだった。

 優しそうなおじさんと語り合いつつ、野菜の収穫をしているようだ。

「鞍馬くん!」

 由利香が呼びかけると、シュウではなくおじさんが「おーお、おしどり夫婦じゃな」などと言って手を振ってきた。

 少し照れつつそばへ行くと、掘り出されたばかりのジャガイモが並んでいる。

「わあ、芋掘り! サツマイモだったけど、芋掘りなんて幼稚園以来だわ」

「いつの話だよ」

「ははあ、でも、幼稚園児などが来るときにはな、いっぺん掘り出して土を軟らかくしてな、それからまたふわっと埋め直すんじゃよ」

 おじさんが可笑しそうに言うと、由利香もちょっと情けなさそうに笑う。

「はい、かなり大人になってから知りました。そうですよねーそんなに簡単に幼稚園児が掘り出せるものじゃないですよね」

「そうなの? 俺は全然知らなかった」

 椿は今更ながら感心している。

「お二人は、どうなさったのですか?」

 シュウが聞いたので、椿が散歩の概要を伝えると、またおじさんが可笑しそうに笑って、そのあと頼み事をする。

「ああ、お屋敷へ行くのか。だったら収穫したのを持って行ってくれや」

「このジャガイモ? 重そうー」

「なんだ、情けないな。けど違うよ。ほれ、あのハウスで育ててる奴らじゃよ」

 と移動したハウスには。

「すごい・・・」

 大きく瑞々しいイチゴが、たわわに実っていたのだった。

「もしかして、鞍馬くんのスイーツが食べられるの?」

「私が作るかどうかはわかりませんが、こちらを使ったデザートが出されるのは、間違いありませんね」

「ええ? だったら持って行った時に、絶対に鞍馬くんに作ってもらうように頼んでおくわ!」

 またとんでもないことを言い出す由利香だが、椿もやはりシュウのスイーツが食べたいので言い返せない。おじさん一人だけが、よく飲み込めずに聞いている。

「へえ、この兄さんの作るデザートは、そんなに美味いのかい?」

「もう、すごいですよ。桃源郷が見られます!」

「へえ」

「ゆめごごちで、ふわふわ浮いてしまいそうなおいしさ!」

「ほう」

「おふたりとも、その辺で」

 困ったように制するシュウの言葉など、由利香には通用しない。

「とにかく、おじさんも是非食べてよね。けっして後悔はさせません」

「ハハハ、可笑しな人たちだな。わかったわかった、後で宴会には顔を出すよ」

 そのあと、おじさんに教えてもらいつつ、食べ頃で美味しいイチゴをかごいっぱい摘むと、二人は足取りも軽く大邸宅へ向かったのだが・・・。


「わ、美味そうなイチゴ。よし、じゃあこれを使って」

「ダメよ! スイーツは鞍馬くんが作るって決まってるんだから」

「ええー? 俺も作りたいっすよ、こんな見事なイチゴがあるんなら」

「ダメ!」

 そのあと、また由利香と夏樹が攻防を繰り出したのは、言うまでもない。



 さすがは大邸宅。

 時間になると、立食とテーブル席がごちゃ混ぜになった宴会場が、あっという間に用意されていた。

 始まりは、だいたいこの時間と知らせてあったので、三々五々集まってくる人たちは、自由に歓談しつつ、運ばれてくる料理や飲み物を配ったり、ある者はステージで余興をしたり。誰が指示しているわけでもないのに、皆が自然に連携して、和やかな雰囲気を醸し出している。

 誰もが、出来ることを出来るときに出来るだけ。

 まるで、この陽ノ下と呼ばれている地区の縮小版だ。

「あなたたちが、別荘のお客様? 楽しみましょうね」

 お客様たちも、なかなかフレンドリー。

「今日はちょっと変わった料理が出てるのね」

「ああ、ここにいる夏樹が作ったんだ。美味いぞ」

「ほんと? 和が褒めるなんて珍しい」

 和が言うのを、少し驚いた様子で聞いていた夏樹だが、そのあと、ものすごく嬉しそうに礼を言う。

「ありがとうございます。作ったかいがあります!」

「俺は本当のことを言ったまでだ」

 照れたように言って、ぷい、とどこかへ行ってしまう和に、あれ?、と言う顔の後、ニシシと思わず笑ってしまう夏樹だった。


 宴もたけなわとなった頃、思いがけない人物が登場する。

 スイーツ前の口直しに、と宴会場に運ばれてきたのは、かき氷の機械。そしてまさかのかき氷の実演を始めたのは。

善七ぜんしちさん!」

 なんと、以前花火大会でかき氷を作っていた、善七郎ぜんしちろう、通称善七だった。

「おう! なんだなんだ? なんでおまえらがいるんだ?」

「こっちこそ聞きたいっすよ、なんで善七さんがいるんすかー」

 久々の再会に、懐かしいやら嬉しいやら。聞くところによると、全国津々浦々を回っている善七は、少し前にたまたまここへ来て、あんまり居心地がいいのでしばらく滞在しているということだった。

 久々の再会に話に花が咲き、あの頭がキーンとしないかき氷を、これまた久々に堪能して。

「いやあ、なんつーかここの人たちはよ、もうそりゃあ気がよくってよ」

「わかります」

「あんたたちもしばらくいるのかい? え? 明日には帰っちまう? そりゃあもったいない」

「店がありますので」

「は? 相変わらず生真面目だねえ、クラマは~、ガハハハハ」

 そして最後に運ばれてきたのが、由利香がごり押しで作ってもらった、シュウのイチゴを使ったスイーツだ。


「!」「!」「!」

 ひとくち口に運んだ人々は、その味の絶妙さに驚きを隠せない。

「すごい」

「うわあ、なんて美味しいの」

「お店に伺おうかしら」

 由利香は、これは本気を出したわね鞍馬くん、と、期待満々で口に運んだのだが。

「・・・あれ?」

「えーと、これは」

 椿も、そして夏樹まで同じ気持ちだったのだろう、キラキラ瞳で一口食べたあと、微妙な表情でいる。

「ねえ、鞍馬くん?」

「はい」

「これって、本気込めてないわよね」

「はい」

 当たり前のように言って微笑むシュウに、叫びたいのをぐっとこらえて(成長したな、由利香)小声で聞く。

「なんでよぉ」

 すると、また当たり前のようにシュウが答える。

「農家の方が本気を込めて作られた、こんなに瑞々しくて美味しいイチゴの味を、損ないたくありませんでしたので」

 はっと気がついたような3人。

 確かに、このスイーツは、このイチゴ本来の味が全面に引き出されたおいしさだ。

「人に喜ばれたいと精魂込めて作られたものは、持ち味を生かすだけで十分美味しいものです。ただし今は世界が忙しすぎて、そういうものにはなかなか出会えませんが」

 パチパチパチ。

 他の人に聞こえない程度に抑えられた拍手が聞こえる。

「さーすが、シュウ」

 冬里だった。

 その横では、うつむいてぐっとこぶしを握りしめる、イケメンがひとり。

 夏樹がシュウの言葉を聞いて、もっと精進しようと心に誓ったのは言うまでもなかった。



 さて、大邸宅での宴会も無事に終わりを告げたのだが・・・。

 驚くことに、急ぎの用事がないものたちが、何人か残って片付けを手伝い始めたのだ。もちろんシュウたちは、後片付けまで終えてから別荘に帰るつもりだったのだが。

「あのー、このお花、いただいて帰ってもいいですか?」

「もらってくれるの? 嬉しいな」

 その前に、帰ろうとした何人かが、冬里たちのいけた花をもらい受けたり。

「いつか暇があったら、おまえの店に行ってやるよ」

 和が言うのに感激した夏樹が、「ほんとっすか! ぜったいですよぉ」と大げさに喜んでまたハグなど繰り出すので、アタフタしていたり。

 なんだかんだと最後まで楽しんだ彼らは、夜道をのんびりと別荘へ帰っていった。


「いやあ、いい風呂だった。あんたらも入ってこい」

「はい、って、なんで善七さんがいるんすか!」

「まあまあ、いいじゃないか。ここで会ったが百年目って言うだろ?」

「それ、使い方間違ってますよ」

 ちゃっかり今夜の宿を別荘にした善七が、「俺はここでいいぜー」と、2階のひと部屋を使うことに決めたので、シュウが1階の和室で夜を明かすことになっている。

 しばらくはなんだかんだと語り合っていたが、いつものごとく、半分寝たようになった夏樹と由利香を、善七と椿が抱えるように2階へ上がって行ったあと。

「じゃあ、おやすみ」

「ああ、おやすみ」

 最後に残った冬里が2階へ行ってしまうと、シュウは農家のおじさんが差し入れてくれた地酒を手に、縁側へ向かう。


 見上げた空の先、ここでも月は、★市と同じように優しく彼を照らし続けていた。



著者の「東西南北荘」をお読みいただいている方なら、もうおわかりですね。そう、旅の行き先は、なんと! のちの東西南北荘その場所でした。

「東西南北荘」は、時間的に言うと『はるぶすと』から20年後を想定していますので、まだ万象ばんしょうは生まれていないかな?微妙? もちろん龍古りょうこ玄武げんぶは存在もありませんね。

桜子さんも、まだ若々しい若奥様でいらっしゃいます。

鞍馬くんとの関わりも想像してみて下さいね。

お話はまだ続きますので、どうぞお楽しみ下さいませ。


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