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第2話 ミステリーな行き先?


「なんだか、出雲大社に行った時みたいね」

 8人は乗れるかという大きめのバンに、楽しそうに乗り込む由利香。


 あのあと神様のいいつけ? で、旅行先を知らされずに出発する『はるぶすと』ご一行様。そんなに長く店を開けるわけにも行かないので、日程はシンプルに一泊二日だ。

 行く先は、人が使う自動車とやらでも、2時間半ほどで到着する場所だそうだ。

「どうせなら、また出雲に来てほしかったんだけどな」

「またいつか、必ず行きますよお」

 ふいにお見送りに現れたオオクニに、由利香は笑顔で約束する。

「うん、きっとだよ」

 福々しい笑顔で答えたオオクニは、そんな言葉を残すとまたふいっとどこかへ消えていった。


 前回の失態から、由利香は決して運転するなどとは言わず、とっとと最後部に腰を据える。隣にはもちろん椿。

 ただ、今回はシュウに運転を任せてあるので、夏樹が彼女たちの前の席に座っている。

「なあなあ、椿、どんなところだと思う?」

「そうだな、楽しみだ」

「でさ、でさ」

 思った通り、彼はしょっちゅう後ろを振り向いて(と言うより、ほぼ後ろ向き)で椿に話しかけてくるので、うるさくて居眠りも出来やしない。なので最初のトイレ休憩の時、由利香は椿が前の席に座ることを許可した。

 誰かさんは大喜び。

 椿は苦笑しながらも、由利香の眠りを妨げる方が気になって、夏樹の隣に座ることにしたのだ。

「どうせ起きてても、どっちへ向かってるかわからないから、寝る!」

 これでようやく安らかに眠れると、由利香は休憩のあと、ほぼ爆睡状態だ。

「よく寝てる」

「ほんと、寝る子は育つって本当だね」

 冬里の言葉に、ちょっぴり苦笑気味の椿。

「ところで、いったいどこへ向かってるんすかね?」

「あれ? 夏樹はわかってなかったんだ」

「あーいや、話に夢中になりすぎて・・・」

 頭をかく夏樹に、冬里は運転するシュウに聞いてみた。

「だって。シュウ、どっちへ向かってるかわかる?」

「日本の地理に一番詳しいのは、冬里だと思っていたけどね」

「うーん、あっちこっち行き過ぎて、かえって、わ・か・ら・な・い」

「・・まったく」

 ため息一つ落として、シュウはナビを手で示す。一応、音声なしで起動はしているのだ。

 ただ、これは百年人用? で、シュウたち千年人には、神様から直接ナビが入る仕組みだ。説明してもわからないと思うので、由利香たちには言わないが。

「あっそうだ、ナビがついてるんすよね。えーと、・・・ヒノモト?」

 と、夏樹が今更のように椿に言う。

「だね、このナビすごいね。きちんとした住所はあるんだけど、このあたりの人はほとんどこの一帯をヒノモトと呼んでる、と説明書きまで出てるよ」

「へえ」

 ヒノモトとはどういう字を書くのだろう。日本は昔、日の本の国と呼ばれていたが、それだろうか。

 なだらかな山々と、森と田畑。澄んだ水の川も流れていて、本当にのんびりしたところだ。

「そろそろ到着すると思うけど」

 シュウがそうつぶやいたあと、目の前によく手入れされた畑が広がり、その向こうに大きなお屋敷が見える。

「え? あれっすか?」

 夏樹が驚いたように言うと、シュウは少し微笑んでそこから離れるようにハンドルを切った。


「ここ?」

「はい」

「それにしても、青々とした、若い笹垣ささがきだね」

笹藪ささやぶって言うんじゃないの? へえー、神様もこんな邸宅を紹介してくれるなんて、粋なことするわね」

 ぐるりをほとんど笹垣で囲まれた一軒家。

 その様子から想像するに、日本家屋が建っているかと思いきや、玄関にたどり着くと、そこにあるのは洋風の建物。

 ただ、ややこしいことに、中へ入ってみると、続きの和室に縁側がついているような純和風の造りなのだ。

 そしてそして、その奥にある、これまた洋風な大階段を上って2階へ行くと、いくつかの部屋と大きな風呂がある。もちろん1階にも大きな風呂がある。

「なんか、田舎の家に遊びに来たー! って感じ。わあ、この家の向こうって農家みたいよ。後で散策に行ってみましょうよ・・・あれ?」

「どうしたの?」

 1階と2階を行ったり来たりして、家の検分をしていた由利香が、ようやく気が済んだらしく、落ち着いたところで縁側から外を見て声を上げた。

「ねえ見て、蔵まである! すごいお金持ちの別荘かなんかじゃないの、ここ」

 と言うと、縁側の敷石にご丁寧に置かれた下駄で、庭へ降りていった。

「え? 行くかな。待ってよ由利香」

 椿も慌てて後を追う。下駄も人数分用意されているのだ。

 見上げるほどの蔵は、さすがに頑丈な鍵がかけられていた。

「あーやっぱり鍵がかかってるか。でもすごいわよ、この鍵もなんて言うの? かんぬき? すごーい、時代劇みたい」


 2人があーだこーだと言っている間、いつもは由利香とうるささを張り合っている夏樹は何をしているかって?

 それは決まっている。

「うわっ、すごいっすね! ここのキッチン! えーと台所って言った方がいいんすかね?」

 玄関を入ってすぐに広がる、土間になっている台所。

 夏樹は一目見たとたん、目をキラキラさせて行ったり来たりしている。

 設備は最新式で、コンロもガスとIH、冷蔵庫は大型、冷凍庫も大型、おまけに食料の貯蔵庫まであって至れり尽くせりだ。

 ただ、残念ながら中は空っぽ。食材は自分たちで調達せねばならないらしい。ここまで通ってきた道に、商店のたぐいは見当たらなかったので、どこかで聞くしかないだろう。

「じゃあ、俺はこのあたりのことを、聞いてきます!」

 夏樹が嬉しそうに出かけようとしたとき、ちょうど庭から由利香と椿が入ってきた。

「え? なに、夏樹探検に行くの? だったら私も行く!」

「だったら当然俺も、だよな」

「おー、行こうぜ」

 と、3人が出て行くと、あたりがしんと静まって、まるで人気ひとけがなくなったようになる。すると、冬里がクスクス笑いながら言う。

「あー、やっと二人きりになれたね」

 それを聞いたシュウは最初ぽかんとしていたが、珍しく思わず吹き出して答えた。

「それは、どちらかというと、椿くんと由利香さんのセリフだね」

「だね」

 うなずきつつキッチンの土間を通って庭へ出た冬里が、うーんと伸びをして、ちょっと物思いにふけっている。

「ふうん」

 気持ちよさそうにゆれる畑の緑と、その向こうに見える大きなお屋敷を眺めて、冬里はしばし心ここにあらずだったが、ふい、と元に戻ると、もう一度「ふうん」と面白そうに言うのだった。



 さすがはフレンドリーの夏樹。

 帰ってきた時、その手には大量の野菜と魚を抱えていた。

 同じように由利香の手には豆腐や卵など。

 椿は醤油や味噌などの調味料を重そうに抱えてきたのだった。

「へえ、夏樹ってこんなにすごい技を繰り出せたんだね」

「そうっしょ! なーんてね。へへ、けど違うんすよお。なんて言うか、ここいらあたりの人って、俺よりフレンドリーなんすよ」

「そうそう。もう、あれ持ってけこれ持ってけって、すごいんだから」

 競うように言い出す二人にちょっと苦笑しつつ、椿が説明を加える。

「それが、ここの建物は貸別荘みたいになってて、人が来たときは、うんとおもてなしをするようにと、陽ノひのもとからお達しが来るそうです」

「ヒノモト?」

 冬里が不思議そうに聞き返すと、椿は持っていた調味料各種をキッチンの作業台に置いて、そこに水で字を書いて説明する。

「ふうん、陽ノ下、ね」

「この畑の向こうにあるお屋敷、さっき来るときに見えていた大邸宅が、その陽ノ下家らしいですよ」

「では、あとでお礼に伺わねばなりませんね」

 まじめなシュウが言った言葉に、「あ、それが」と、また説明しようとした椿の言葉にかぶせるようにして、

 ピンポーン・・・

 インターホンが鳴り響いた。


 5人が揃って玄関に出てみると、そこに、かなりのお歳を召しているものの、オーラが半端なく威厳のあるご婦人と、きちんと三つ揃いを着こなした老齢の男が、彼女の後ろに控えるように立っていた。

 彼は5人を確認すると、おもむろに前に進み出て自己紹介を始める。

「ようこそいらっしゃいました。こちらは、この別荘のオーナーでいらっしゃいます、陽ノ下家、大奥様でございます。私は、秘書の東大寺と申します。このたびは当家の別荘をお使いくださり、誠にありがとうございます。オーナーが御挨拶をかねて、訪問させていただいた次第でございます」

 深々と頭を下げる東大寺と、陽ノ下家の大奥様。

 これに対抗? 出来る人物は、ここではこの人しかいないだろう。

「ご丁寧な御挨拶、恐縮至極に存じます。私どもは、今夜一晩の宿をお借りします、★市にてささやかなレストランを開いております、こちらがオーナー兼メインシェフの鞍馬、同じくシェフの朝倉。そして友人の秋渡夫妻、不肖私は、紫水と申します」

 なんと! 予想に反して、冬里が挨拶の口上を述べたのだった。

 けれどその後は、さすがのシュウが引き受けた。

「ここでは何ですから、どうぞ中へお入りください」


 そのあと、シュウの心づくしの紅茶と、持ってけオバケ〈失礼〉から持たされたマドレーヌで、10時のおやつとしゃれ込みながら、彼らは陽ノ下家の説明を受けた。

「ほう」

 紅茶を一口飲んだ東大寺が、まじまじとティカップの中身を眺めている。

 それを見て、慌てて自分も一口飲んだ由利香は、予想に反して本気がこもっていないことを知る。

「?」

「どうかした?」

 ほんの少し首をひねった由利香に気づいた椿が聞くと、由利香は慌てて言い返す。

「え、ううん、相変わらず鞍馬くんの入れる紅茶は美味しいなーって思っただけ」

 すると、それを聞いた東大寺が納得したように言う。

「なるほど。彼の入れる紅茶はいつもこのように美味なのですな」

「あ、はい、それはもう」

「なにせ『はるぶすと』のメインシェフですから」

 冬里がすまして言うので、シュウはいつものごとく苦笑いをしながら控えめに先を促した。

「紅茶をお褒めいただきありがとうございます。ところで、そろそろおもてなしの理由をお伺いしてもよいですか?」

「ああ、それはですな」

「わたくしが説明いたしましょう」

 話し出そうとした東大寺を優雅に制して、大奥様が語ったところによると。


 いつの頃からかこのあたりは陽ノ下の地と呼ばれていた。

 誰が治めたのでもなく、誰かを支配するでもなく。

 そして、陽ノ下の姓を継ぐ者は、誰がなっても、(それが最初どんな至らない奴でも、)自然に世界を、生きとし生けるものを、その平和と幸いを第1に考えるようになっていくのだ、不思議なことに。

 だからといってここが現代社会から隔離されていたりはしない。街としての機能もきちんと備えているし、住所もちゃんとしたのが別にあるし。

 そして、陽ノ下家は莫大な財産に見合った数々の社会貢献を行っているので、本来なら嫉妬深い世間から注目され、いわれのないやっかみなどを受けそうなものだが、なぜかそういう俗なものからは隔離されている、これもまた不思議なことに。

 そんな場所なので、ここは世間から手出しをされず、ひっそりと存在しながら、住民の一人一人が、それぞれ足りないところを補いつつ、助け合うのが常識の世界を形作っているのだ。


「へえ、本当に世界のひな形になりそうなところね」

「たまにはいいこと言うじゃないっすか、由利香さん」

「たまにはってなによ!」

 いつもの攻防を繰り出す由利香と夏樹をほほえましそうに眺めつつ、大奥様は続きを話し始める。

「この別荘も、訪れる人は少のうございますが、紹介者から、人となりを伺っておりますので、安心しておもてなしが出来ると言うもの。どうぞごゆるりとお過ごしくださいませ」

「紹介者?」

 由利香がまた不思議そうに聞くと、大奥様はホホと笑って言う。

「ここをこのように改装して、人に貸し出すといいことあるぜえ、などと言われた方がいらしてね」

「うわ、それって」

 と、夏樹が人相を説明すると、大奥様は楽しそうにうなずいた。

 冬里が肩をすくめつつ面白そうに言う。

「ヤオ、だね」

「はい、間違いなくそうっす!」

「ヤオさんだわ」

 なんとここは、ヤオヨロズが開拓したらしい、と言うより、神様が見つけ出したのか創り出したのか。

「まあ、お墨付きってことだね」

「て言うか、ここにすればいいって言ったのが、たしかオオクニさん」

「あ、そうだった」

などとワイワイ言いつつ、彼ら一行は安心して? 一泊二日のミステリーツアーを楽しむことにしたのだった。


 そのあと、別荘を後にする大奥様と東大寺を、皆でお見送りする。

 最後にシュウがある提案をした。

「おもてなしのお礼に、食材を提供してくださった方を夕食にご招待したいのですが、いかがですか」

「え?」

 しばし驚きの表情で彼を見る、大奥様と東大寺だったが。

 それを聞いて喜んだのは、予想通り、夏樹。

「え? ほんとっすか?! いやったー、ぜひぜひ来てもらってください! こんな大広間? って言うんすか、があるんだから。大人数でも大丈夫っすよ」

「大人数って言っても、1000人、2000人になると入れないよ?」

「うわっ! けど、1000人分でも俺、頑張ります!」

 焦りつつもこぶしを握りしめて言う夏樹に、大奥様は思わず吹き出してしまう。

「まあ、頼もしいこと。でしたらせっかくのご厚意、ありがたくお受けしましょうか。ねえ、東大寺」

「はい、ですが、そんなに多人数にはならないと思います。ほかに用事もありましょうし」

「そ、そうっすか」

 やはり少しホッとした夏樹に、東大寺が微笑んで言った。

「せいぜい30人ほど、ですかな」


 さあ、今夜は大宴会の始まりのようです。



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