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第1話 ミステリーツアー相談


 『はるぶすと』には、いつも新しい風が吹き込んでくる。


「ねえ! 聞いて! あ、お邪魔しまーす」

 カラン、と、珍しくランチ営業中の店へ飛び込んできたのは、おなじみの由利香。

「いらっしゃいませ。あいにく満席ですので、あちらのソファでお待ちいただけますか?」

「あ、ありがとう・・・って、そうじゃなくって!」

「?」

 たとえそれが由利香とはいえ、律儀に案内をするシュウに、毒気を抜かれた彼女は首を振りつつ肩を落とす。

「はいはい、わかりました、あちらのソファでお待ちしますわ。まったく、鞍馬くんてば相変わらずくそまじめー」

 ふん! と偉そうにドッサリと順番待ちのソファへ腰を落とす由利香に、夏樹が遠慮がちに本日のランチメニューを差し出した。

「えっと、こちらが本日の洋風・和風・ランチメニューです」

「ありがとう、って、どうしたの? 今日は夏樹までくそまじめ」

 メニューを受け取りながら不思議そうに聞く由利香に、カウンターから声がかかる。

「ふふ、本日の和風ランチに、夏樹の新作レシピがお目見えしてるから、だよね。くそまじめじゃなくて、超緊張、っていうとこかな」

 語るに及ばず、それは当然、冬里だ。

 う、という感じで固まる夏樹に、カウンターの常連マダムから声がかかる。

「あら、そうなの? どちらが新作?」

「あ、はい! 今説明します!」

 文字通り飛ぶようにマダムの席にいくと、今までとは打って変わって目をキラキラさせながらレシピの説明を始める。

 それを見守る温かいまなざしのシュウと、いたずらっぽい笑みの冬里。

 由利香は、ひととき自分が勇んでやってきた理由も忘れ、『はるぶすと』の日常にほっこりしてしまうのだった。


「で? 今日はどうしたの? まさか会社から、遠路はるばるこんなところまでランチしにきたって訳じゃ、ないよね?」

 ようやくカウンターに案内された由利香に、冬里が水の入ったグラスを置いていう。

「あたりまえでしょ、それにもうとっくに昼休みなんて終わってるわよ。あのね、今日はすごい企画を耳にしたので、半休取って伝えに来たのよ」

「へえ、わざわざ?」

「そうよ。で、まずは夏樹の新作レシピが食べたいから、和風ランチね」

「かしこまりました」

 由利香の言ったすごい企画とやらには突っ込みも入れず、冬里はニッコリ笑うと、「和風ランチひとつね」と後のことは夏樹に振った。

 そして自分はソファ席のマダムたちに紅茶のおかわりを勧めに行った。

 だが、マダムたちはこのあと予定があるようで、時計を確認すると慌てて帰り支度を始め出す。

「ありがとうございました」

 わいわいと楽しそうに店を出るマダム一行をにこやかにお見送りした冬里は、「さて」と、笑みを深めて入り口にCLOSEの札をかける。

「あれ? 冬里、まだちょっと時間早いっすよ?」

 不思議そうに言う夏樹に、彼はよりいっそう深めた笑みを返して言う。

「そうかな? けど、お姉様のすごい企画、早く知りたいよね?」

 急に背中がぞわっとしたような・・・。

 もしかして、冬里、マダムたちに何かしでかして、早く帰らせた?

 夏樹は自分の恐ろしい想像を打ち払うように頭をブンブン振ると、明るく由利香に向き直るのだった。

「由利香さーん、その企画ってどんなのですかー?」



「ミステリーツアー、っすか?」

「そうよ。会社でね、なんだか行き先のわからないツアーに参加した人がいて、それがすっごく楽しかったんですって。だからだから」

「僕たちも参加しましょうよ、ってことかな」

「そう! さっすが冬里! 飲み込みはやーい」

 うれしそうに言う由利香に、夏樹はなぜかがっくりして聞き返した。

「そんなことを言いに、わざわざ休み取って早く帰って来たんすか? 由利香さん暇っすねー、もう仕事も危ういんじゃないっすか・・・、おっと」

 余計なことを言って、また由利香にはたかれそうになった夏樹だが、そこは長年のつきあいだ。余裕でかわして、ニシシと笑う。

「夏樹ー! でも、実は今日の半休は前から取ってたのよ。そんなときに都合よくツアーの話を聞いたもんだから。で、どうせなら久しぶりに『はるぶすと』のランチ食べたいなーって思って来たの。あ、そういえば夏樹、あんたの新作、美味しかったわよ~」

「ありがとうございます! どのあたりがどんな風に美味しかったっすか、今後の参考にしたいんでぜひ!」

 大喜びで質問する夏樹を抑えるように冬里が言う。

「それは後でじっくり聞きなよ。でさ、今回、僕は残念ながら不参加だから」

「え?」

「へ?」

 面白いこと好きの冬里なら当然参加すると思っていた二人は、意外な答えに思わず声を上げる。

「なんでなんでー?」

「そうっすよ、思いっきり遊び好きの冬里が~」

 ギャアギャア言い出す二人に、可愛く首をかしげて冬里は言う。

「だってそれって、行き先を知らせてもらってないだけで、普通の旅と変わらないじゃない?」

 ニッコリ笑う冬里に、二人は思わず顔を見合わせるのだが。

「行き先がわからなくてワクワクするのが楽しいんじゃない」

「そんなの、列車に乗った時点でどの方面に向かってるか、バレバレ」

「いや、電車とは限らないっすよ」

「バスだって、周りの景色見ればだいたいわかるよ」

 難なく答える冬里に、夏樹がふと思いついて提案する。

「あ! だったら逆に冬里に行き先決めてもらってですね、俺たちがそれに乗っかってミステリーってのは、どうっすか?」

 すると、ちょっと考え出した冬里が答えるより先に、由利香が大慌てで反対する。

「ダメよ! 冬里の思いつく行き先なんて、ろくなもんじゃないわよ!」

「あれ? 信用ないなあ」

「前にも言ったけど、あるわけないでしょ! ねえ夏樹、行き先が宇宙の果てとか、次元の先とかになったらどうするのよ?!」

「ええ?! いくらなんでも・・・いや冬里ならありうる、か」

 恐る恐る冬里を見やる夏樹に、人差し指をくるくる回し始めた冬里が面白そうに言う。

「ああ~それもいいかもね~。でもさ、それでも僕だけが行き先を知ってるなんて、ちっとも楽しくないじゃない?」

「「うそでしょ(だ)!」」

 二人に突っ込まれてもどこ吹く風の冬里は、いいこと思いついたとつぶやいて、標的をほかに定めた。

「だったらさ、口の堅いシュウに行き先を決めてもらうって言うのはどーお? 人類が到達したことのない景色を見に行くとか、ありきたりじゃないところへ」

「却下」

 間髪を入れずに答えるシュウに、

「さすが鞍馬くん」

「冬里の対応、ナンバーワンっすね」

 由利香と夏樹はつくづく感心する。

 だがそこは、ただでは済まさない冬里のこと。

「なーんだ、面白くないの。・・・あ、」

「今度はなんなんっすか?」

「だったらさ、彼に決めてもらおうよ」



 と言うわけで、一転して、ここは以前お手伝いの時にお邪魔した、スサナルのお宅。

 今回もまた、くそまじめな誰かの提案で店が休みの日曜日に、椿も一緒に訪問することになったのだ。

「なんだ、みんな揃ってどうしたんだ?」

「あれがこうなって、これがああなったんだよ」

「なるほど、面白そうじゃないか、乗った!」

「え? 今のでわかったんすか? スサナルさん!」

「あったりまえだろ」

「ふええ」

「さすが神様」

 冬里が説明してあったのかなかったのか、彼らのミステリーツアーの行き先は、スサナルにゆだねられることになったらしい。

 いや、彼だけではなく。

「なんだか賑やかだね。クラマたちの料理が食べられるって言うから来たんだけど」

「そうよね、この間はおやつだけでしたものね」

 こちらはオオクニとミホツ。

「今日は間に合いましたわ」

「本当ですよ、姉上」

 アマテラスとツクヨミも。

 そして当然。

「おう、よく来たな」

「ってここ、俺ん家だってば」

「ふふふ、お久しぶりね、由利香さん」

 ヤオヨロズとニチリンもいる。

 ニチリンとハグを交わした由利香は、アマテラスとミホツのくつろぐソファへ案内される。そのうち、各所の采配が落ち着いたのか、クシナもやってきた。

「さあさ、しつらいなどは男どもに任せて、わたくしたちはゆるりと過ごしましょう」

「は、はい」

 かかあ天下? の由利香も、こうまで見事に女神が太陽であるのを見せられると(古来、女性は太陽であったと言ったのは、誰だったか)さすがにいつもの調子がなかなか出てこない。

 夏樹とキッチン方面へ行く椿を少し心配そうに見やって、けれど彼が楽しそうにしているのを確認すると、ちょっとホッとした笑みを浮かべた。

「相変わらず、仲むつまじい」

「そうじゃなくちゃね」

 褒められて? 照れていると、ふいに目の前にティカップが現れた。

 そしていつの間に入れたのか、シュウが女神たちに紅茶を注いで回っている。

「ありがとう」

「さすがはクラマね」

 女神たちは優雅にそれを受け取っている。

「まあ、驚きはしないけど」

 由利香はひとりごちると、シュウの入れた紅茶をひとくち飲んで、ポワンとその本気に浸っていくのだった。


「ミステリーツアーねえ」

「この子たちが行くなら、行き先は特に配慮せずとも良さそうですわね」

「いや、姉上、椿と由利香もいますので」

「いずれにしても、地球上ならいいんだろ」

「地球上って・・・」

「話でかすぎ・・・」

 由利香と椿は、神様たちの無邪気さにちょっと引き気味だ。

 今は、夏・秋・冬が三者三様に趣向を凝らした料理を楽しんだ後、ゆったりとお茶やお酒を楽しみながらの相談タイムである。

「僕は遠いところ、やーだよ」

 優雅にお茶を飲みながら、またまたわがままを言い出す者がいた。

「冬里! てめえまた勝手なことを言いやがって」

 ヤオヨロズがたしなめるが、冬里はどこ吹く風だ。

「だってそれじゃあ、移動はあっという間でしょ? ま、僕は風景でわかっちゃうけど、出来るなら自分たちでワイワイ言いながら行きたいじゃない?」

 ニーッコリ微笑みながら言う冬里に、椿は妙に納得している。

「そうだよな、どうせ行くなら地図を片手にあれこれ言いながら、なんて楽しそうだよな」

「でしょ?」

 うなずき合う二人に、ヤオヨロズとスサナルは頭をガシガシしている。

「そんな狭苦しい範囲じゃあ、探すの大変だぜえ」

「まったくだ」

 すると、こちらもゆったりと杯を口にしていたオオクニが言う。

「じゃあ、あそこなんてどう?」

「あら、いいわね」

「よき場所を思いついたこと」

「うんうん」

 すると、ガシガシ頭をかきむしっていたお二方も、はっと気づいたように手を止めた。

「おお、それがいい」

「さすがオオクニ!」

「どういたしまして」

 ニコニコと、こちらまで幸せになるような微笑みを見せながら、オオクニはまた美味そうに杯を口に運ぶのだった。


 その横では、由利香と椿がきょとんとしている。

「え? なに? 決まったの?」

「どこなんだ、夏樹はわかるのか?」

 するとまたその横で、ううーと頭をひねりつつ夏樹が言う。

「今、一瞬なんか来たんすけど、・・・あれ? 思い出せない」

「なんだよそれ」

「情けなーい」

「ええー? ひどいっすよ。シュウさーん」

 夏樹はシュウに助けを求めるが、そのシュウも苦笑いで首を横に振るだけ。

「それでいいんだよ、だってミステリーツアー、なんだから」

 どうやら神様方は、シュウらにさえ行き先を教えないつもりのようだ。その上、この企画をけっこう楽しんでいるご様子。

 カチャリ。

 飲み終えたティカップをテーブルに戻した冬里が、綺麗に微笑んで言った。

「これこそ正真正銘、神のみぞ知る、だね」




ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

またまた始まりました、『はるぶすと』シリーズ第14弾です。

今回は、また旅行へ出かけようとする面々の相談から話が始まります。ごゆるりとおつきあいくだされば、幸いです。

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