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いじめに理由なんてない。
この国でいじめを撲滅しようとしている人は少なくないだろう。
だがいじめは一向に無くならない。
むしろ増えてきているような気さえする。
何故いじめが起きるのか。誰もが疑問に思うと思う。
いじめを働いている加害者達に話を聞いてみると、いじめる側は大体こう言うだろう。
いじめられる側にも責任はある。ムカつく顔をしているから。腹が立っていたから。お腹がすいていたから。俺の目の前にいるから。存在がウザいから。という理不尽でくだらない理由が大半を占めている。
そんな理由のいじめには僕は絶対に屈したくない。参加もしたくないし標的にもなりたくない。当たり前だ。
だが僕はさっき、兎丸を殴った。蹴った。蹴りまくった。
体育館裏だから誰にも見つからないのは分かっていた。見つかって周りの人からの自分の評価が下がるわけでもない。そのことを確認した上で蹴りまくった。
顔面はぼこぼこになり、もはや原型を留めていない。鼻は九十度に曲がり、唇には歯が突き刺さり貫通している。よって口は常に半開き。鼓膜は両方共割れている。人間の体はこんなにも貧弱なのか。大量の血が出ていた。とめどなく。
決して僕は自分の嫌がっている人種になったわけではない。成り下がったわけでもない。僕はそんな理不尽な理由だけで人を傷つけるようなことはしない主義だ。
ならなぜ兎丸を蹴ったか。答えは簡単だ。標的になりたくないから。
熊田はいつも兎丸を傷つけて遊んでいる。
殴る蹴るは当たり前。他にはカッターで切りつけたり木製バットで体中を殴打したり、虫の居所が悪い日には水に沈めて窒息させ、病院送りにまでしていた。
そんな熊田を毎日見ていると僕は嫌気がさしてくる。
熊田は間違いなくくだらない理由で、自己中心的な理由で兎丸を傷つけている様な僕の嫌いなタイプの人種だからだ。
当然、熊田のことなんて好きでは無いし友達とも思っていない。ただのクラスメイト、知り合い、そんなとこだろう。
僕がこんなにも嫌いな熊田と共にいるのには過去の出来事が関連している。
中学の頃、僕はスクールカーストの底辺で暮らしていた。スクールカーストとは、クラスの生徒達の間である階級制度の事だ。
順位の決定には、顔面偏差値や頭脳、キャラの愛され度などの様々な理由がある。イケメンでもなく勉強ができるわけでも無く、周りの人間にオドオドしながら毎日を生きているような僕がカースト上位になんてなれるわけがない。むしろ最下位。カースト上位の者には抗うことは出来ないし、下位のものは上位の者の奴隷と化す恐ろしい日本の文化だ。どこの学校にも階級制度は存在し、誰もがそれに従っているので歯向かうことなど出来るはずがなかった。歯向かったら最後、僕の人生はそこで終わりを迎えることだろう。社会的に。
だから僕はじっとしているしか無かった。それでもいいと思っていた。
だが僕はスクールカーストというものを甘く見ていたのだ。
最初は最底辺なんて友達ができづらいだけだろう、教室の端で静かに過ごしているのが僕の役目だろうという認識だけだった。実際に最初の一年はそのように過ごし、上手く底辺としての振る舞いをしていたはずだった。
そんな僕の暗い人生に突然の変化が起きた。カースト最上位の神威くんに話しかけられたのだ。
神威くんは成績はいつも学年三位以内で先生にも気に入られている。授業中に多少の私語があっても先生はよく見逃していた。そして容姿も抜群に良い。例えるならワイルドとマイルドとクールを黄金比で混ぜ合わせたカフェラテのような完成度の高い整った顔だった。
簡単に言うと学年に一人はいるスーパースターと言えるような人だった。
そんなカフェラテフェイスが僕に話しかけてきたのだ。一年近く人と会話をしていなかったせいで、獅子尾くんと呼ばれても反応するのに少し遅れてしまった。しかも返答はカミカミ。世の中のライオンさんに怒られそうなほどの威厳の無さだったと自分で思う。
「僕と友達にならないか?」
突然の彼の爆弾発言に僕は十五年間で一番大きな衝撃を受けた。
もちろん彼の意図は掴めないし、不審な気もした。だが、そんなこと考えている暇などないのだ。最上位が最下位に話しかけることなんて普通三年間で一度もない。この機を逃したら友達など一生できないと思ったし最下位から抜け出せない自身もあった。
「はい!おねがいします!」
声も裏返り、間抜けな顔をしていただろう。
告白の返事のようなハイテンションで返事をしてしまった。あの、青春時代特有の若々しさ溢れるテンションだった。まあ、告白なんてされたことは無いのだけれど。
それからの学校生活は華々しいものだった。授業の合間には神威くんが僕の席に話をしに来てくれ、神威くんと一緒にほかの人達も僕の席によってきた。それは僕が感じたことのない幸福感と優越感だった。
三、四人に一度に名前を呼ばれるようなことなんて初めての体験で思わずにやけてしまった。普通に引かれたが。
放課後には神威くんと二人で街に出かけ、入ったことのないようなファッションショップに入り、食べたことの無いようなスイーツを食べたり、初めてのカラオケに行ったりもした。周りから見ると、紛れも無く二人は友人で高校生活をエンジョイしているように見えていただろう。実際に僕もそのように思っていたのだからそうに違いない。
だが、そんな楽しい時間はある日突然終わった。
突然神威くんは僕をいじめの標的にし、クラス全員を煽り、僕を傷つけた。
その日から僕はクラス全員の下僕と化した。
神威くんに限らずクラスの人は皆、僕を視界に入れると理由もなく暴力を振るってきた。僕は何もしていないのに。お弁当を捨てられ、靴はなくなり、机には大量の落書き、ノート類はすべて切り裂かれた。
内容は低俗であり、肉体的には耐えれないものではなかった。
だが心はボロボロだった。
せっかく最上位の神威くんと仲良くなれたと思っていたのに、裏切られ、捨てられた。
初の友人、親友だと思っていた僕の心には大きなダメージを負った。
もう人間なんて信用できない。
そんな過去があったせいで僕は強い人に媚を売る生活をするしかなくなっていた。もう人を信じることは出来なくなり、顔色を見て、様子を伺いながら大きなものの影に隠れる。そうして兎丸をいじめている。
僕がいじめられなければなんでもいい。
熊田はさっき、ぼこぼこにした兎丸をどこかに連れていった。僕は体育館裏で少しゆっくりしてから教室に戻ったので熊田が兎丸をどこに連れていったかは知らない。熊田のことだからもっと傷つけたのだろうか。ほどほどにしてあげてほしい。かわいそうだ。
ガララッという音と共に教室のドアが会いた。国語教師の鷹島が入ってきた。授業のチャイムがなる。
さて、真面目に授業を受けよう。