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優しい騎士と小さな魔法使い  作者: 満月すずめ
第一部・逃げる二人
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第五話 「リエスの森・下」

――今となっては、一般的に野盗(など)は魔物と同じくらい珍しい存在となっていた。

 騎士団の活躍による所が大きいのは勿論だが、治世にも気を配った結果である。

 歴代の王達が苦心した結果が、現在の情勢であると言える。

 強大な力をもっていたのも今は昔、反社会組織は地下に潜り、こそこそと生き延びるのが精々であった。


 しかし、状況は刻々と変化する。


 余りに長く続き過ぎた平穏は、その底に汚泥を積み重ねる結果となった。


 騎士団が目を光らせている以上表には出てこられないが、影で(うごめ)く者達は年々活発になっていった。

 数を増やし、勢力を拡大し、少しずつ少しずつ世界を侵食し始めた。

 不穏な噂がゆっくりと蔓延(はびこ)り始め、不安と猜疑(さいぎ)の種が()かれていく。

 人の心は移ろい易く、負の要素に敏感だ。気がつけば、無視できない程王国に対する不信感は広がっていた。

 人は、満たされれば満たされるほど欲する。それが叶わなければ、不満も不平も出る。闇はそれを喰らって大きくなるのだ。


 今はまだ、そこまでの脅威ではない。騎士団に対する信頼感が薄れたわけでもなく、治世が大きく荒れたわけでもない。

 適切な対処を行えば、徐々に消えていく程度のものだろう。

 だが、近年の魔物の増加現象が対処を遅らせ、種を僅かに育てた。

 騎士団は討伐に出向き、巡回を強化するために人員を割かねばならなくなった。魔物が出たと聞くだけで人々の不安は煽られた。


 ではここに、更に『魔法使い』が現れたらどうだろうか。


 間違いなく、王国は混迷を極めるであろう。そして、反社会組織はここぞとばかりに『魔法使い』を取り込もうとするだろう。

 その力は、騎士団に対する切り札と成り得るからだ。

 今もなお反社会組織が表立った行動に出られないのは、騎士団の圧倒的な実力があってこそである。

 国王が『魔法使いの里』の壊滅を命じたのは、これらの背景があればこそでもあった。


 現在、野盗などの反社会存在は、珍しいものである。

 だが、いつまでも珍しい存在であり続けるかは分からない。

 何かの切っ掛けで変わることが有り得る状態だ。

 そして、



 マギサの存在は、十分にその『切っ掛け』足り得るものなのである――



  ※           ※            ※



 鬱蒼(うっそう)と茂る森の中に、剣戟(けんげき)の音が響き渡った。

 ナイトが男の短剣を弾き、腹に蹴りを入れる。間髪入れず後ろから別の男が斬りかかり、体を捻ってかわして横薙ぎに剣を振るった。

 革鎧を裂いた感覚が手に伝わり、一歩踏み込んで追い討ちをかけようとしたところで風切り音がする。

 追撃を諦めて屈み込めば、頭の上を矢が掠めて行った。

 その隙に男は茂みの向こうへと姿を隠し、再び振り出しに戻らされる。


 さっきからずっとこの調子だ。一人一人ならナイトでも十分相手取れるが、弓矢と連携して攻められると成す術がない。

 リエスと比べれば射手としての腕は落ちるとはいえ、気を払わなければ避けることさえままならない。

 そんな状態で代わる代わる襲ってくる二人に対処できるほど、ナイトは器用ではなかった。

 ただ、戦って分かったこともある。射線の限られた森の中だからこそ、大体どこから撃ってきているのか見当がついた。

 撃ち込まれる角度から、射手は二人。計四人を倒せばいいということになる。

 頼むから四人で全部であってほしいとナイトは願った。



 残念ながら、その淡い願いは天に届かなかった。



 隠すつもりのない大きな足音を立てて、禿頭の巨漢が突っ込んでくる。

 身構えるのが遅れたナイトに、担ぐように構えた斧を振り下ろす。

 身を投げ出して転がるように避けたナイトを見下ろして、禿の巨漢は楽しそうに口元を歪めた。


「中々やるじゃねぇか!」


 すぐさま立ち上がり、ナイトは巨漢を睨み返す。

 言われるまでもなく分かった。この巨漢が、野盗団の(かしら)だ。

 背後から飛び掛ってきた男の短剣を受け止め、押し返す。迫りくる巨漢の斧を体を捻ってかわせば、横合いからもう一人の男が突っ込んできた。

 掠るの覚悟で、一歩踏み込んで回転し蹴りつける。地面に転がる男に追い討ちをかける暇もなく、襲い掛かる短剣と斧を剣の腹で受け止めて弾き飛ばされた。

 体勢を整えようとしたところで鋭い風鳴り。無様に地面を転がってなんとか矢を避け、反動をつけて起き上がる。

 狙い澄ましたかのように振り抜かれる斧を、剣を地面に突き刺すようにして止めた。

 筋肉が悲鳴を上げたが、歯を食いしばって無視する。


「しぶてぇなぁ。楽しませてくれるぜ」


 優位を確信した顔で見下ろす巨漢を睨みつけ、ナイトは斧を弾き返す。

 巨漢の脇をすり抜けてくる男に剣を振り下ろし、体勢を崩させて肩から体当たりを仕掛ける。倒れた男に目もくれず、予想通り横から斬りかかってきたもう一人の男の短剣を弾いて剣の腹で叩きつけた。


 反撃もそこまでだった。


 巨漢が倒れた男の首根っこを掴んで距離をとっていることに気づくのが遅れた。風切り音がして、腕を矢が掠めていく。一瞬動きが止まったのを見逃さず、男に鳩尾を蹴り上げられた。

 よろめいた隙に突っ込んできた巨漢の体当たりで吹っ飛ばされる。息をしようと咳き込むナイトに、容赦なく斧が振り下ろされる。

 なんとか転がって避け、起き上がろうとしたところで顔面を蹴りが襲う。両腕で防いで膝立ちで牽制代わりに剣を振り、必死に距離を取った。

 乱れきった呼吸を抑えることもできず、ナイトは野盗達を見据える。

 やっぱり、一人では勝てない。歯噛みして柄を握り締めた。

 弓矢をどうにかしないことには勝ち目がない。かといって、目の前の三人相手に背中を向けることは出来ない。


 分かっていたことだ。

 だから、ナイトはこうして戦っていたのだ。

 マギサが『魔法』を使う時間を稼ぐ為に。

 突如、ナイトの体の周りに淡い光が舞った。


「な、なんだぁ?」


 困惑する野盗達を余所に、ナイトは剣を構え直し、笑みを浮かべる。

 通常有り得ない不可思議な現象。マギサの『魔法』だと、確信していた。


 ――さぁ、反撃開始だ!


 形勢は、野盗達が気づかぬ間に逆転した。



  ※           ※            ※



 二人の足跡を追って、リエスは森の奥へと進んだ。

 分かり易く残してあるせいで、追うのに苦労はいらなかった。マギサはともかく、心得のあるナイトがいるのにおかしいと思ったが、すぐに察しはついた。

 野盗共のアジトを、二人が知っているはずもない。わざと足跡を残すことで、見つけられようとしているのだ。

 頭を掻き(むし)って、リエスはまるで舗装(ほそう)された街道を走るように森の中を駆ける。

 この分だと、先に野盗団に見つけられているかもしれない。

 一戦交えている所に飛び込む覚悟をして、射撃ポイントを見定めながら走る。


 遠くから、剣戟の音が聞こえた。


 最悪の状況に低く唸って、音の聞こえたほうに向きを修正する。

 ある程度近づいたところで飛び上がって木に登り、上から見渡した。

 明らかに争いあう人の姿を見つけ、目を凝らす。

 やられている方がナイトだ。間違いない。だから言わんこっちゃない、と心の中で毒づいて矢を(つが)える。

 マギサの姿が見えない。どこか別の場所にいるのかと、周囲に視線を走らせた。


 居た。


 少し離れた所で、木の陰に隠れている。杖を握って何かをしているようだ。

 何はともあれ無事ならいいと、ナイトに視線を戻したときだった。

 ナイトが、急に淡い光を帯びだした。目の前の出来事が理解できない内に光が少しだけ強くなり、ナイトを中心に風が起こった。

 何が起こったのかわからない。もしやと思いマギサを見れば、同じように光に包まれていた。


 いや、違う。


 光を起こしているのは、マギサの杖だ。

 マギサが握り締めた杖の先から光が溢れ、その身を包んでいる。

 ふと、昔、まだ父や母が生きていたころに聞いたお伽噺を思い出した。



 ――かつて世界には、あらゆる奇跡を起こす『魔法』を操る『魔法使い』がいた――



 根拠も何もない、ただの直感に過ぎない。

 しかし、リエスはマギサが使っている力が、『魔法』なのだと思った。



 弓を構えることも忘れ、リエスは光を放つマギサに見入っていた。



  ※           ※            ※



 マギサの『魔法』によって作られた光と風の膜は、弓矢を完全に無効化した。

 ナイトを狙った矢は膜に弾かれ、力を失って足元に落ちる。目の前の現象が理解できずうろたえる野盗達に接近し、隙だらけの男に剣を鈍器のようにして打ち込んだ。

 一人を気絶させ、もう一人の男に斬りかかる。防ごうとして出した短剣を叩き落して、続けざまに柄の底を上にして顎を狙って振り上げた。

 男は仰け反って、意識を失って倒れこむ。これで二人。


 分かってはいても、微かに戦慄(せんりつ)するのをナイトは止められなかった。

 野盗団を倒す為に、ナイトがマギサに頼んだことは一つ。弓を気にせず戦えるようになること。

 連中の強さは連携にある。それを崩せば、十分に勝ち目はあった。

 弓を気にしなくていいということは、打ち合った後の体勢を気にしなくていいということ。目の前の敵だけに集中できれば、ナイトの実力が存分に発揮できる。

 隙を(さら)した野盗を倒すことは、それほど難しいことではなかった。

 二箇所から矢が撃ち込まれる。体に届かないものを気にする必要はない、ナイトは完全に無視して巨漢に剣を振るった。

 慌てた様に斧で防いで、野盗の頭は舌打ちをして飛び退く。

 焦って苛立つ巨漢を横目に、ナイトは深い茂みの中へと潜った。


 こんなはずじゃなかった。野盗の頭は胸中で毒づきながら、周囲に視線を走らせる。木の葉が擦れる音にも敏感になる。果たして風か、あの男か。

 獲物だったはずの男に追い詰められていることに、怒りと怖れが湧き上がる。

 ふざけるな、狩るのは俺達の方だ。吐き捨てるように強がっても、現実は変わらない。

 斧を握る手にじっとりと汗が染みる。柄を握る手に力をこめて、いつでも応戦できるように構えた。


 蛙が潰れたような悲鳴が聞こえた。


 位置から考えて、射手の一人だろう。何でかは分からないが弓が無意味になったのに、同じ場所で隠れ続けているからだ。馬鹿の面倒は見切れない。

 今の内に逃げてしまおうか、と思う。流石にもう一人の射手は逃げるはずだ。そいつを追っている隙にこの場を離れてしまえば、おそらく逃げ切れる。

 息を吐いて、後ずさりをする。気付かれた気配はない。成功を確信して、禿頭の巨漢は射手がいるはずの方向に背を向けて駆け出し、



 突然現れたマギサに驚いてつんのめるように立ち止まった。



 杖を握り締めて立ち塞がるマギサを、野盗の頭は体勢を立て直して見下ろす。

 もう一人の獲物であることに気付いて、斧を握る手に力が()もった。小娘にまで虚仮(こけ)にされては黙っていられない。あの男の分の鬱憤(うっぷん)を晴らすにも丁度いい。

 怒りに任せて斧を振り上げ、


「どけぇぇぇぇぇぇぇっ!!」


 光と風が弾け、視界が真っ白になったと思ったら浮いていた。

 体が重力から解き放たれたような感覚。普段より高い視点と、やけに遅い体感時間。自分の意思とは関係なく、体は放物線を描く。

 背中が何かにぶつかったと思った瞬間、意識が飛んだ。

 次に禿頭の巨漢が目を覚ました時には、木によりかかるように倒れていて、ナイトに剣を突きつけられていた。


「大人しく捕まってくれ」


 真っ直ぐに目を見てくるナイトを無視して、野盗の頭は視線を泳がせる。

 ナイトの後ろからこちらを見てくるマギサを見つけると、口の端を吊り上げた。


「なぁ、あんた! すげぇ力だな!」


 マギサの肩が少しだけ震えた。

 眉をしかめるナイトを横目に、巨漢はマギサに話しかける。


「あんた、俺と組まねぇか? その力がありゃ、なんだってできる! 騎士団なんかにゃ負けねぇ、世界を変えることだって夢じゃねぇぜ!」


 マギサは黙ったまま、巨漢を見つめる。

 ナイトのことなんぞ頭から消し去って、野盗の頭はマギサを口説いた。


「こんな森を旅するくらいだ、ロクな目にあってねぇんだろ? それに、騎士団に見つかったらただじゃすまねぇぞ。そんな力、連中が放っておくはずねぇ。捕まえるなり何なり、とにかく自由な暮らしなんてできやしねぇぜ!」


 巨漢の言うことは、事実と大きく外れてはいなかった。

 焼かれた里、倒れる家族、追われる生活。ロクな目にあっていない。

 マギサは何も言わない。禿頭の口調はますます高まってくる。


「それほどの力があるのに、逃げ隠れするなんて馬鹿馬鹿しいぜ! 強い奴にはいい暮らしをする権利がある! 俺と一緒に来い、力の使い方を教えてやるよ!」

「嫌です」


 躊躇なく言い切ったマギサに、野盗の頭は理解できないといった顔をする。

 愚にもつかない二の句を告がれる前に、マギサは巨漢を見下ろしてはっきりと口にした。



「お婆ちゃんから教えてもらった使い方だけで、十分です」



 ナイトの拳が、禿頭の横っ面にめり込んだ。

 力一杯握り締めて、全体重を乗っけて、歯を食いしばって、容赦なく殴り抜ける。

 頭から地面に叩きつけられ、野盗の頭は再び意識を失った。

 震える息をつくナイトに、マギサがそっと寄り添う。

 何を言っていいのか、何を言えばいいのか、ナイトには分からなかった。

 悲しいのも、悔しいのも、きっとマギサの方なのに。

 何一つ言葉にならなくて、ただマギサの手を握り締めた。

 強く強く、気持ちと温度が伝わるように、ぎゅっと握り締めた。



  ※           ※            ※



 家に取って返して、リエスはあっちこっちを引っくり返した。

 普段使わないものはどこにあるかすぐに忘れてしまう。頭を掻きながら、乱暴に探す。

 ようやく父親の机の引き出しから、目当ての金貨袋を見つけ出した。

 忘れていたくらいだ、どうせ使いもしない。誰かにやった方がいいだろう。

 口を縛って懐にいれて、家の裏に放置してある大きめの荷車を引いていく。

 荷車が通る道を選んで戻れば、野盗達が倒れている場所にはマギサしかいなかった。

 車輪の音でとっくに気付いていたのだろう、顔色一つ変えずにマギサがこちらを向いていた。

 その裏にある感情をまだ察し切れないことが、リエスには少しだけ悔しい。

 軽く手を振ると、マギサの肩から力が抜けたような気がした。


「マギサ、ナイトの奴はどうした?」

「野盗を拾いに行きました」


 そっか、と頷いて、リエスは荷車に野盗達を積み込んでいく。

 慌てた様子で手伝うマギサに少しだけ笑って、頭である巨漢以外は乗せ切った。


「こいつはナイトがいなきゃ無理だな」


 禿頭から手を離して、リエスがぼやく。

 一度持ち上げようとはしてみたが、完全に脱力した人間というのは非常に重い。

 体の大きさも相俟(あいま)って、とてもマギサと二人で運べるものではなかった。

 砂を払って手を叩けば、マギサが物問いたげな目で見てきた。

 何を言うべきか迷って、後頭部を掻き毟って懐から袋を取り出す。


「これ、使わないしいらねーからさ。持ってってくれ」


 強引にマギサに押し付け、きまりが悪そうに視線を逸らした。

 マギサは手の中の袋をしみじみと見つめ、小さく開いた口から中を確認する。

 上げた顔の表情は変わらないが、リエスにはなんとなく何を言いたいか分かる気がした。

 余りの恥ずかしさに口ごもりながら、腹を決めて息を吸う。



「ありがとな。戦ってくれて」



 マギサとナイトが野盗団と戦う理由など、どこにもなかったはずなのだ。

 襲われた報復をしようなんて二人じゃないし、自分が送れば無事に村まで着ける。他所(よそ)(いさか)いだと気にしなければ良かった。

 それでも二人が戦った理由は、きっと、多分、

 それ以上は考えることさえ恥ずかしかった。

 マギサは首を左右に振って、渡された袋を大事そうに抱き締める。

 直視できなくて、リエスは顔を逸らして横目でこっそりと見やる。

 なんとも言えない空気になって、耐え切れなくなったリエスが何か言おうと口を開いて、


「あれ? リエスさん?」


 間の抜けたナイトの声に遮られた。

 実に不機嫌なリエスの視線に、ナイトは頭に疑問符を浮かべて誤魔化すように苦笑する。

 リエスの盛大な溜息に怯えながら、ナイトは背負った野盗をどこに降ろそうかと視線を泳がせた。


「それ、荷車に積みな」

「え? あ、ありがとうございます」


 雑に指し示すリエスに頭を下げて、野盗の載った荷車に降ろす。

 マギサが近づいて、新しく降ろした野盗の額に杖を当てた。

 途中で意識を取り戻されない為の魔法だ。騎士団が来る前に暴れられても困る。

 リエスに見られないように、ナイトは自分の体で隠せるよう位置取りした。マギサのことは、なるべく誰にも知られないほうがいい。自分達の為にも、相手の為にも。

 まるで処置が終わるのを見計らっていたように、リエスが声を上げた。


「ナイト! こいつ持ち上げるの手伝え!」

「あ、は、はい!」


 リエスと協力して禿頭の巨漢を積み上げ、漏れがないことを確認する。

 全員きちんと気絶しており、目を覚ます様子もない。一先ずは安心だ。


「じゃ、村まで行くぞ。アタシが姿を見せると怪しまれるから、手前までしか送れないけど」

「分かりました。十分です」


 ナイトとマギサが頷くのを見て、リエスが先導して歩き出す。

 手伝おうとするマギサに大丈夫と笑って、ナイトは気合を入れて荷車を引いた。

 かなり重い。力一杯引かないとマトモに動かないくらいだ。こんなもの、マギサに手伝ってもらったほうが逆に危ない。

 ちゃんと道を選んでくれるリエスについていきながら、ナイトはふとマギサが大事そうに袋を抱えていることに気付いた。


「それ、何?」


 マギサはナイトを見て、もう一度袋に目を落とし、


「中身は、お金です」


 眉一つ動かさず、ナイトから見ればとても嬉しそうにこう言った。



「とても、大切なものです」



 ナイトは不思議そうな顔をしながら、まぁお金は大事だよね、と頷く。

 思い違いに気付かないまま、荷車は森近くの村までゆっくりと進んでいった。



  ※            ※            ※



 王宮、謁見の間にて。

 騎士隊長リデル・ユースティティアは叱責を受けていた。


「取り逃がしたとは、どういうことだ!! 貴様は、事の重大さを理解しているのか!?」


 玉座に座る王の前で、大臣ヴィシオ・ミニストロは口から泡を飛ばして怒鳴る。

 (ひざまず)く騎士団長の後ろに控えながら、リデルは黙って(こうべ)を垂れていた。


「最年少騎士が聞いて呆れる! 隊長に任命したのは早計だったのではないか、オルドヌング団長!」

「彼の実力は、十分に隊長として相応しいものだと認識しています」


 団長に切り返され、ヴィシオの眉がぴくりと動く。

 歯軋(はぎし)りし、拳を固く握って、糾弾するように指差した。


「ならば、此度の件、どのように責任を取るおつもりか!!」


 騎士団長はゆっくりと顔を上げ、ヴィシオを真っ直ぐに見据える。

 息を詰まらせ後ずさるヴィシオから視線を逸らし、団長は国王と目を合わせた。


「『魔法使い』を追う騎士の増員を行います。リデル・ユースティティアにその任を与えます」

「……うむ。そなたに任せる」


 王はやや疲れた顔で団長を見下ろし、鷹揚(おうよう)に頷く。

 ヴィシオが眉をひそめて王を見やり、忌々しげに団長とリデルを睥睨(へいげい)した。


「それで責任を取ったおつもりか、オルドヌング団長?」

「理解できぬなら、ご説明しよう」


 顔を歪ませてヴィシオは団長を睨み付ける。

 騎士団長は何の感情も篭もらない目でヴィシオを見やり、淡々と口を開いた。


「騎士リデルの隊でも捕らえられないとなれば、『魔法』の力は疑う余地はなく、無闇に数を増やしても返り討ちに遭うだけ。実力のある騎士で身軽に動いて制圧する方がまだ勝ち目があるでしょう。現状、動かせる人員で最も適切なのは、騎士リデルと言えます」


 説明は終わった、とばかりに騎士団長がヴィシオを見据える。

 舌打ちせんばかりの勢いで団長とリデルを睨み、ヴィシオは顔を背けた。

 国王はゆっくり目を閉じて、溜息のように言葉を漏らす。


「ご苦労だった。国と民の安寧の為、続けて職務に励め」

「はっ」


 騎士団長とリデルが同時に深く頭を下げ、立ち上がって踵を返す。

 扉を抜け、広すぎる廊下を歩きながら、団長が声をかけた。


「すまんな」

「いえ、自分の責任です」


 顔色一つ変えず、リデルは正面から言ってのける。

 先程の会話の意味を、リデルは良く分かっていた。

 現在の騎士団にとって、『魔法使い』を追うのは瑣末事(さまつじ)に過ぎない。どれだけヴィシオが鼻息荒く叫ぼうが、増加する魔物への対処や、活発化する犯罪組織の取り締まりの方が重要なのだ。

 そこに、新たに人員を割いて追っ手をかけるというのは、左遷と同じ意味を持つ。

 本来リデルは、次期騎士団長候補である。18という若さで騎士団に入り、数々の功績を打ち立て、たった五年で隊長まで上り詰めた。

 剣の腕は最早団長と遜色無いとまで言われており、騎士団長自身もリデルには目をかけていたのだ。

 『魔法使い』の追っ手になるということは、それら全てが泡と消えることを意味した。


「むしろ、感謝しています」


 リデルの言い分に、騎士団長が眉を上げる。

 真っ直ぐに前だけを見て、リデルははっきりと口にした。


「彼らは、自分が捕まえたい。そう思っています」

「そうか」


 リデルの瞳に宿る意志に、騎士団長は静かに頷く。

 他の誰かでは、納得がいかない。自分が逃がした相手は、自分で捕まえたい。

 『魔法』の恐ろしさは、身に染みて理解した。確かに、放っておいて良い力ではない。

 それより何より、あのナイトという青年とは、もう一度相対しなくてはいけない気がしていた。

 このまま別の任務を与えられるよりずっといい。元より、出世にも地位にも興味はない。国と民を守る為に必要なら、(つつし)んで受けるつもりでいただけだ。

 この身は全て、人々の笑顔の為に。

 例え完璧にはできなくとも、目指すことだけは止めてはならない。

 その為に、騎士になったのだから。




 ナイト達にとって、最悪の追っ手が産声を上げた。

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