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優しい騎士と小さな魔法使い  作者: 満月すずめ
第二部・追う二人
80/85

第七十七話 「恨みを重ねて」

――力だ。

 私は、力を手に入れた。


 杖を一振りするだけで魔物が現れ、私の命令に服従する。

 歓喜の笑いが止まらなかった。これでようやく、全てに復讐できる。あの騎士達を皆殺しにして、幸せそうな奴等の顔を歪ませられる。


 まずは、喚び出した魔物を引き連れて村を襲った。

 住処を確保する必要があったのもそうだが、私の力を知られても困る。この杖の力を使いこなす必要もあった。だから、村の連中が塔に近寄らないように、そして必要な物資はいつでも手に入れられるようにした。


 ある程度見せしめれば、反抗してこないだろう。後は、村から出て助けを呼ばれないようにするだけ。

 魔物に命令して山林に潜伏させ、村から出る人間を食い殺すよう指示した。

 おとなしく言うことを聞いていれば殺さない。少なからず助けられた事は事実だから、私なりの情でもあった。

 まさか、それを踏み躙られるとは思ってもいなかったが。


 一組の夫婦が、人の警告を無視して助けを求めに出たらしい。村長が服の切れ端を握り締めて私の所に来た時は驚いた。

 大人しくしていれば良かったものを。村長に言い含めると、不満そうに頷かれた。

 これだから人間は信用ならない。騎士達と同じだ。自分達は正義でございという顔をして、勝手な都合で他人を切り捨てる。

 せめてもの情けを無にされたのはこちらの方だ。二度とこんなことを起こすなというと、村長は条件を突きつけてきた。


 一つ、言いなりになっている限り危害を加えないこと。

 一つ、旅人や行商人はその都度知らせるから、村から出ても襲わないこと。


 馬鹿馬鹿しい。条件を言える立場かと突っぱねてやりたかったが、まだ準備が整わない内に騎士団に目をつけられても困る。

 だが、村の連中に塔の周りをうろつかれるのも面倒だ。私が時々村を訪れるから、その時に言えと条件を変えさせた。


 そういえば、旅人や行商人は既に何人か魔物の餌になったかもしれない。そういうと、村長は青い顔をして、今後は必ず知らせるからやめてほしい、と言ってきた。

 渋々了承して村長を帰し、事実確認の為に潜伏させた魔物を呼び寄せた。

 別に、魔物の体内を覗けたりするわけではない。ないが、何かしらの跡が残っているかもしれないと思ったのだ。



 呼び寄せた蟻の魔物の外皮に、変色した肉片らしきものと黒ずんだ血が付着していた。



 一瞬それが何かわからず、触ってみて初めて理解した。

 私の命令で、大人が二人も死んだ。

 しゃっくりみたいな笑いが出た。

 凄い。強い。ヤバイ。怖い。気持ちいい。泣きたい。

 今までずっと踏み躙られてきた私が、踏み躙る側に回ったのを自覚した。


 力を手に入れた。簡単に人を踏みつける力を。容易く命を奪う力を。

 笑いが止まらなくて、何故だか涙まで出てきて、空を見上げた。



 哄笑が、高く高く吸い込まれていった。



 それから、村の連中が大人しくしているか監視しに数日置きに塔から出るようになった。

 ついでに食料を運ばせる。勿論、塔にこもる数日分まとめて。

 杖の力を御しきれば、騎士団だって倒せる。魔物が何匹いれば倒せるか考えるのが日課になって、少しずつ増える魔物を見るたびに胸が満たされた。


 だが、そこで問題が起きた。

 魔物の数が一定以上――正確には十匹を超えると、必ず次に呼び出した一体が暴れるようになった。

 魔物同士を戦わせて身を守っているが、必ず二、三匹殺されてしまう。

 しかも、その後に何故か急速に全身がだるくなり、意識が薄れて眠ってしまう。


 原因は不明だが、これではいけない。たかだか十匹に満たない魔物で騎士団を潰せるはずがないのだ。

 何かしら自分の知らない杖の作用かと色々試すが、結局魔物を喚び出して従わせる以外の事が何もできなかった。

 九匹までは制御できるのに。毎日毎日何とかできないかと試すが、どんなにやっても十匹を超えられない。まるで泥沼にはまるような感覚。


 その内に、寝ている間に魔物が制御を離れて襲ってくることがあった。

 塔の一室で寝起きしているが、朝起きると扉に体当たりをする音が聞こえたのだ。慌てて近くの魔物を呼び寄せると、案の定この世のものとは思えぬ叫びと食い合う音が響いた。

 これでは、騎士団に復讐するどころではない。塔を住処にしていなければ、自分で喚び出した魔物に食われていた。

 念の為に塔内部に制御できる魔物を護衛として置くようにしたが、これもいつまで制御が続くか分からない。


 その日から、寝るのが少し怖くなった。

 周囲全てから狙われている気がする。村の連中も、私を殺す機会を伺っているような気がして、村に行く時はいつでも魔物を喚び出せるよう杖を握り締めるようになった。


 力を手に入れたはずなのに。


 力を手に入れる前より、怯えることが増えた気がする。


 それでも、この力を手放すよりはマシだった。ようやく手に入れたのだ。何もかもを覆す、復讐を成す為の力を。

 この杖があればこそ、今私は食べるものにも住む場所にも困らない。人を従えることだってできる。

 誰かの足元で這い蹲る存在から、誰かを足元に這い蹲らせる側へと転じられたのは力があればこそだ。

 この力があれば、仲間も両親も殺されなかった。だから、せめての弔いで連中を殺すのだ。

 そう決意して打開策を模索していた時、騎士団が村に来た。


 私の存在がバレたのか、と思った。

 心臓が飛び跳ねんばかりに高鳴って、同時に今こそ復讐の時だと鼓動ががなりたて、村にいる連中をずっと監視した。

 いつ動くか。いつ殺すか。そればかりを考えて連中を睨み付けている内に、騎士団は村から出て行った。


 動けなかった。復讐するには絶好の機会だったはずなのに。

 頭の中で何度も言葉が木霊する。今はまだ早い、戦力が整ってから、たったあれっぽっちを殺してもどうにもならない。


 ふざけるな。今殺さなくてどうする。魔物を四匹も並べればやれる。

 でも、そうしたら次は必ずもっと大規模な騎士団が来る。

 だったらそいつら全員返り討ちにするだけだ。



 ――たった十匹にも満たない魔物で?



 悔しい。力を手に入れたのに、何にもできない。そんなの、何の為に杖を手にしたのか分からないじゃないか。

 腹立ち紛れに杖を振り、山林に潜ませた魔物の一匹を奴等にけしかけた。

 その程度でどうなるものでもない。嫌がらせに等しい。何もしないでいるよりはマシ程度の、慰めにすぎないと分かっていた。


 ここのところ、魔物を喚ぶだけで胸が苦しくなる。全身に倦怠感が常にまとわりついて、余り魔物の補充もしたくはなかった。

 泣きたくなる。

 せっかく力を手に入れたのに。

 どうして、こんな目にあわなくてはいけないのだろう。


 睡眠時間が日に日に長くなっている気もする。意識が飛ぶように眠り込んで、気がついたら昼間とかも珍しくなくなってきた。

 寝ている間、昔の夢を良く見るようになった。


 まだ両親が生きていた頃の夢。

 そこまで羽振りが悪くなった頃の隊商の夢。

 そして、何故かまだ村で生活していた頃の夢。


 最後の夢だけは良く分からない。塔を案内してくれた男の子も良く出てきて、何でこんな夢を見るのか不思議に思う。

 幸せそうで憎くて、今となってはどうでもいい存在のはずなのに。


 ふと思い出す。

 そういえば、魔物に食われた夫婦は、私を引き取った人達だったらしい。つまり、あの男の子の両親だ。

 そういうことを考えたとき、胸の奥に小さな針が刺さる。

 魔物を喚んだ時とは少し違う痛み。前まではこんなことなかったのに。やはり、杖の力が原因なのだろうか。


 こんな有様では、復讐など到底できない。

 なのに、突破口も見つからない。

 自ら選んで住処にしたこの塔に囚われているような気分にもなる。


 どうしてこんなことになったのか。

 どう考えても、やっぱりあの遺跡に忍び込んだ時に話が戻って、あの小さな隠し部屋で震えていた記憶が蘇る。

 そして、その度に膨れ上がる憎悪が、力の入らない体を動かすのだ。

 この力で、



 必ず連中に復讐を果たすのだ。



 今の私は、ただその一念のみで生きていた。



 制御できる魔物の数は、日に日に減っていった――



  ※              ※                 ※


 ノックの音と、誰かの声で目が覚めた。


 いつの間に眠っていたのだろうか。確か、昼前に急に眠気が襲ってきたのは覚えている。

 身体を起こそうとするが、酷い脱力感で指一本動かすのも億劫だ。

 魔物を喚び出した時に似ているが、今日は何もしてないはずなのに何故だろうか。


「ごめんくださーい」


 また、誰かの声がノックの音と一緒に聞こえた。

 誰だろうか。村の人間は用のない限りここには近寄らないし、旅人か何かか。村の誰かに聞いて、興味本位で訪れたのだろう。


 床の感触が気持ちいい。硬くも柔らかくもない塔の建材は、こういう時に都合が良かった。

 身体がダルくて面倒だ。声は無視してしまおう。返事がなければ帰るはずだ。


「ごめんくださーい」


 三度目。いい加減しつこい。

 無視しようとして、そういえば護衛の蜘蛛を玄関においていたことを思い出す。最初期に召喚した一体で、まだ制御を外れたことは一度もない。

 このまま帰ればいいが、勝手に入ってきたらまず間違いなく蜘蛛が食うだろう。すると、塔に行ったまま帰ってこないと村の連中が様子を見に来るかもしれない。ただでさえ最近村に下りていないのだ、その可能性は高い。


 面倒臭いが、どの道放って置いても面倒臭い。

 無理やりに力をこめて上半身を起こし、力の篭らない掌を見やる。

 最近はずっとこうだ。ダルくて力が入らない。何が原因かは分からないが、食事を摂るのも億劫になってきてますます悪化している気がする。

 無理してでも食べるようにはしているが、杖の力を使うのにも不都合がでてきていた。


 魔物はもう、最大で六匹しか制御できない。余裕を持てば五匹。全盛期の半分だ。

 そのうち三匹は村の周囲に潜ませているから、実質自由に使えるのは二匹。

 こんなザマでは、騎士団への復讐など果たせそうにない。無理矢理力をこめて掌を握り締め、杖をついて立ち上がる。

 四度目の声がする前に、その持ち主の面を拝んでやろう。


 塔のおよそ三階に位置する部屋の扉を開けると、吹き抜けの廊下がある。中ほどから塔は折れているため、部屋以外は吹きさらしだ。

 大人が二人も並べば隙間もなくなる狭い廊下を歩き、壁沿いにつけられた階段を下りる。ぽっかりと開けた円柱から見える空は茜色に染まり始め、どれだけ眠っていたかを思い知らせてくる。

 三階も二階も構造は同じで、壁にくっついた廊下と幾つかの部屋があるだけ。中身はぼろぼろで、何に使われていたものなのかも分からない。廊下の一部をくりぬくようにして階段が幾つかあり、一応利便性は考えられているようだった。


 烏の鳴き声が聞こえる。昔っからあの声は嫌いだ。人を小馬鹿にしているようで。

 烏の魔物が召喚されなかったのは、無意識に好みを反映してか、それとも運か。

 といっても、昆虫型と植物型以外の魔物を召喚したことはないのだが。杖の問題点は、自由に召喚する魔物を選べないところにもあると思う。


 階段を二つ下りて、玄関に向かう。

 天井に目をやりながら歩けば、ぴったりと張り付く巨大な蜘蛛が目に入った。

 護衛に置いた蜘蛛だ。どうやら、動いていないらしい。

 安心して視線を下に落とせば、玄関を勝手に開けて中に視線をめぐらせている一人の青年がいた。


 顔立ちはやや精悍。元は小奇麗だったのだろうなと思わせる仕立ての良い服を着ているが、長旅でもしたのかくたくたになっている。体つきはしっかりしていて、筋肉質。それに背も高いが、巨躯という感じはしない。

 腰に剣を佩いている事からも、腕に覚えのある旅人といったところか。


 村人が雇った傭兵か何かかと一瞬思ったが、まさか村から出てもいないのにそんな真似はできないだろう。

 通りすがりの旅人を雇ったという線もなくはないが、それならさっさと侵入しているはずだ。

 どちらにせよ、もしそうなら蜘蛛の餌にして、村の連中への見せしめにするだけだ。

 青年はこちらに気づいて、爽やかな笑みを浮かべた。


「あぁ、どうも。返事がないので誰もいないのかと思いました」


 その顔を見たとき、妙な悪寒が背筋を走った。

 言い知れぬ不快感と怖気が駆け巡り、頭のどこかが警鐘を鳴らす。

 見た目としては、人好きのする笑顔だろう。ただ、何故か嫌な予感がしてならない。

 どこかで、似た笑顔を見たことがある気がする。一体いつ、どこだったか。思い出そうとしても、中々出てこない。


 青年はきょとんとした顔でこちらを見やる。

 考えを追いやり、とにかく早く帰らせようと口を開いた。


「……何か、御用ですか?」

「いえ、何か珍しいものがあると思いまして。中を見学させてもらっても?」


 微笑んで首を傾げる青年に、どことなく忌避感を覚える。

 単純に、こういう類の人間が苦手というのもあるけれど。

 断ってあれこれと聞かれるのも面倒だ。一通り見せたら満足するだろう。自室以外は特に使っていないから、見せて困るものもない。

 杖を握り締め、小さく振って頭の中だけで命令する。


 ――私と一緒にいる人間は襲うな。


 どっと力が抜ける。だが、これで命令変更は上手くいった。

 杖の力を使うと疲労するのだが、最近は特に酷くなったように思う。それとも、体力が回復していないだけか。

 少しよろめいたのを杖で支え、命令の範囲内に収まるように青年に近づいた。


「どうぞ。何もありませんが」

「ありがとうございます」


 青年が塔の中に入る。命令どおり、蜘蛛は動かない。

 制御は上手くいっているようだ。ほっと胸を撫で下ろして、彼を先導する。

 勝手に見て回れといいたいところだが、変なことをされても困る。それに、こいつが村に雇われた傭兵か何か出ないという保証もない。


 他人は信用しない。それが、『放浪隊商』で教えられたこの世を生き抜く上での鉄の掟だ。

 信じていいのは、自分と家族と仲間だけ。


 こいつの正体を暴いて、村の連中への脅しを強めるのも悪くないかもしれない。

 魔物の補充もままならない現状、村の連中に外へ行かれるのは面倒この上ない。

 あの夫婦みたいなことになっても、損しかない。


 力の抜けた掌を握り締め、杖をついて歩く。

 後ろの青年を横目で確認すれば、物珍しそうに周囲を見ていた。どうやら、ただの珍しい物好きの旅人というのもあながち嘘ではないかもしれない。

 どちらにせよ、早く正体をさらすか帰るかしてほしい。

 面倒なのは嫌なのだ。


「あ、そうだ。まだ名乗ってもいませんでしたね。リデルと申します」

「……ティス、です」

「ティスさん。いいお名前ですね」


 一々爽やかに言ってのける青年から視線をそらす。

 本当に苦手な人種だ。きっと、今まで幸せに生きてきたのだろう。自分の好きなように、やりたいように生きてこれたに違いない。

 旅をして苦労をして、人生に充実感でも持ってるのかもしれない。

 一番嫌いな人種だ。


 村から出たら殺そうか。旅人が一人いなくなったところで誰も不思議に思うまい。

 能天気に他人に媚を売るような奴は一番信頼するな、と隊長も言っていた。今まさに、その言葉が真実であると感じている。

 とにかく、適当に見て回らせて帰らせよう。今はそれしかない。

 なるべく青年のほうを見ないようにして、遺跡の奥へと足を進めた。



 周囲を見回す振りをしながらリデルに様子を観察されていることに、とうとうティスは気づかなかった。



  ※             ※                ※


 畑の作物の出来を手にとって確認しながら、村長はちらりと視線を動かした。

 視線の先は二つ。例の青年騎士に追い返されたジャンと、その連れのクーアと名乗った女性。

 二人が帰ってきた時、村長は喧嘩でもしたのかと疑ってしまった。


 ジャンは珍しく黙っているし、クーアは気遣わしげにジャンを見やっていた。何があったのかと聞いてみても、二人とも要領を得ない返事しかしない。

 引き取った以上親代わりとしての責任を感じてはいるが、こういう時にまったく役に立たない自分に失望してしまう。

 溜息を押し殺し、作物を見ながら二人の様子を観察する。もう殆ど作物を見る振りになってしまっていた。


 ジャンはいつもどおり丁寧に確認しては余計な草を取り除いたり、葉を毟ったりしている。口も悪くて血気盛んだが、ジャンは働き者だ。それは、両親がいた頃からも。

 だが、引き取ってからますます働き者になってしまった気がする。引け目を感じるなということはできないが、親代わりとしての至らなさを感じてしまう。

 一方のクーアは、ジャンのほうを気にしながらも畑の手入れをしてくれている。薬師だというが、畑仕事もやっていたというのも嘘ではなさそうだ。


 あのリデルという青年騎士は、魔女の塔に一人で向かったらしい。

 その判断は実に助かるが、一体何をやっているのだろうか。まさか事を荒立ててやしないかと心配になる。そのつもりはない、と本人は言っていたが。

 というよりそもそも、ジャンが二人の村の案内をするだなんて聞いていない。ましてや、塔にまで案内していたとは。


 痛む頭を抑え、村長はジャンを見やる。

 一体、あの子は何を考えているのだろうか。どういうつもりで、彼らを連れてきたのか。

 考えていそうなことに検討はつく。だが、まさか、とも思う。

 茜色の空がゆっくりと藍色に染まろうとしていることに気づき、村長は二人に声をかけた。


「二人とも、そろそろ家に戻りましょう。ジャン、ちょっと来なさい」


 了承の返事を聞きながら、近づいてくるジャンに目を移す。

 もしも想像通りの良からぬ事を考えているようだったら、釘を刺さなくてはいけない。

 引き取った以上、責任がある。村長として、役目を果たすべきだ。

 そういう考えだから、この子は考えを改めないのかもしれないけれど。

 ジャンは若干不満そうにこちらを見上げ、


「なに?」

「夕食は私が作るから、お前は空き部屋を軽く掃除してベッドを整えなさい。お二人が泊まる二部屋分だ」

「分かった」


 素直に頷くジャンに一つ咳払いをして、本題を口にした。


「あー、それでな。お前、何か妙な事を考えてはいないな?」

「……妙なことって、何さ」


 少年の肩が震えたのを、村長が見逃さなかった。

 隠し事を指摘されたときの癖。この子だけでなく、大抵の人間はそうだ。

 少し声を低くして、語気を強めた。


「いいかい、変なことは考えるんじゃないぞ。騎士様が来てくださったんだ、後はお任せするのが一番だ。分かるな?」

「分かってる。別に何も考えてないよ」


 見返してきたジャンの目は、真っ直ぐに村長の顔を映し出す。

 問い詰めていたはずの村長のほうが若干気後れするくらいに、その瞳は力に満ちていた。


 この子だって頭が悪いわけじゃない。魔女相手にどうすることもできないことくらいは分かっているだろうし、だからこそあのリデルとかいう騎士を呼んできたのだろう。

 心配することは何もない。そう自分に言い聞かせ、村長は小さく首を縦に振った。


「ならいい。じゃあ、部屋の用意は頼んだぞ」

「うん、分かった」


 頷いて小走りに去る少年の背中を見ながら、村長は小さく溜息をつく。

 若さがなくなったのは、いつの頃からだろうか。あの子達のような力を、今の自分は何一つもっていない。

 もしもそれがあったのなら、きっとこの村を魔女の自由になんてさせなかっただろう。

 ジャンが本当に何も考えていないと思うほど、伊達に年を食ったわけではない。だが、今の自分が何を言ったところであの子の考えを変えることはできないだろう。


 願わくば、本当にあの青年騎士が全てを解決してくれはしないか。

 他人任せであることの自覚はあるが、今の自分にはそれしかできない。

 中腰になっていたせいで固まった腰をたたいて、よろぼい家に向かっていると、


「村長、ちょっといいですか?」


 村の中でもそれなりの仲のいい男が話しかけてきた。

 農業と山の幸をとることが主なこの村は、基本的に大人しい人物が多い。この男も例に漏れず、自分と同じく争いを嫌う性質だった。


「なんだい、どうした?」

「あの、村長のところに来てる旅人ですが。塔に行ったって聞きましたが本当ですか?」


 息を呑む。

 まさか、噂になっているとは。

 いやしかし、狭い村なのだから考えて然るべきだった。ただでさえ村内をジャンが案内したというのだから、注目を浴びただろう。


 どうする。いっそ本当の事を言ってしまうか。

 いや、だめだ。彼と約束したのだ。騎士であることは、自分とジャンだけの秘密にしてくれ、と。

 旅人として偽装する以上、真実を知る人間は少ないほうがいい。そのことは理解できる。万が一魔女にバレでもしたら、大変なことになる。


 騎士団が来たときの魔女の不機嫌さといったらなかった。彼にも話したが、おそらく自分が退治されると思って警戒していたのだろう。

 あんなのは二度とごめんだ。ましてや、あの時と違って騎士は彼一人。なんとしてでもバレるわけにはいかなかった。


「あ、あぁ。珍しいもの好きらしくってね。ジャンが案内したとか」

「大丈夫ですか? あそこには、魔女が……」

「大丈夫だろうさ。旅人が一人訪れたくらいで、どうなるもんでもないよ。悪くても、旅人が一人いなくなるだけさ」


 自分の言葉に、自分で嫌気が差す。

 村長として彼を安心させようとして吐いたはずなのに、薄情を通り越して冷血人間の言い分にしか聞こえない。

 もっと上手い誤魔化し方はないものかと思ったが、咄嗟にでてきたのはそんな言葉だった。


 咄嗟に出たということは、これが本心なのかもしれない。

 村の人間以外の命なんて、自分にとってはその程度なのかもしれない。

 考えるほど嫌になって、思考をねじ切って捨てた。

 男は私の言い分に納得したようなしてないような顔で頷いて、


「せっかく魔女が村にこなくて平和だったのに……妙なことはせんでほしいもんですな」

「そ、そうだねぇ。まぁもう遅いし、そろそろ帰ってくるだろう。私からそれとなく釘を刺しておくよ」

「お願いします。それじゃ」


 一つ頭を下げて、男は去っていった。

 肺にたまった空気を吐き出して、顔を叩く。


 とんでもない二枚舌だ。あの騎士に魔女をなんとかしてくれと言った口で、彼を邪魔者のように扱う。

 できれば、こんなことは早く終わらせてもらいたい。

 おそらく叶わないであろうことを承知の上で、村長は心から願いをこめた。



 村は、ゆっくりと夜に沈んでいった。



  ※               ※                ※


 魔女――ティスに先導されながら、リデルは塔のあちこちを調べて回った。

 真剣な表情で隅々まで触って回る姿は、かつて必死に調べまわったことをティスに想起させるほどだった。

 半ば呆れながら観察するティスを気にも留めず、リデルは休みなく動き回る。


 そして、リデルはそれ(・・)を見つけた。

 塔の二階、一番奥の部屋。野狐の紋章で隠された、奥まった壁に不自然に開いた鍵穴を。


「鍵穴、ですね」


 リデルの言葉にぴくりと肩を震わせ、ティスがそちらを向く。

 丁寧な手つきで鍵穴をなぞりながら、リデルが独り言のように呟いた。


「こういう場所って、何か秘宝が隠されていたりするんですよね」


 杖を握る手に力が篭る。

 このリデルとかいう旅人は、一体何者なのか。ティスの頭の中に、疑問が浮かび上がる。

 好奇心に釣られて来た、と言った。だが、それは本当なのか。


 こいつは、野狐の紋章の蓋をあっさり外してみせた。まるで調べるのに慣れているように。

 そこに何かが隠されていると知っているかのように。

 胸の内で膨らむ疑念を制御できずにいると、リデルが今度は明確に話しかけてきた。


「知ってます? 魔道具って、こんな風に隠されているらしいですよ」


 鍵穴をノックするように叩きながら、冷たい真顔でこちらを見つめてくる。

 知っている。何せ、この杖はその奥にあったのだから。

 視線をそらして、返事をしなかった。

 聞きたくもないのに、リデルが話を続けた。


「この塔、遺跡ですよね。かつて繁栄を極めた『魔法使い』が残した施設。とんでもない力を秘めた魔道具が隠されていることがあるという」


 こいつは本当にただの旅人なのか。

 塔を調べていた様子といい、何か目的があってここにきたのではないか。最初からそのつもりで、旅人なんてのも全部嘘っぱちなのでは。


 ここで殺してしまおうか。

 蜘蛛に命じてもいいし、新しい魔物を召喚してもいい。

 初対面から気に食わなかったし、今更旅人の一人や二人犠牲が増えたところでどうということはあるまい。村の連中は脅せばいい。

 杖を振る前に確認しようと視線を動かせば、真っ直ぐにこちらを見つめるリデルと目が合った。


「この鍵穴に収まる鍵。ご存知ありませんか?」


 鼓動が耳元で激しく鳴り響く。

 なんでそんなことを聞いてくるのか。こいつ、もしかして知っているんじゃないのか。

 その鍵穴の先にあったのが、この杖だということを。

 何もかも嘘っぱちで、こいつは杖を奪いにきたのではないか。

 奪われるわけにはいかない。これは、復讐を果たす為に絶対必要な力だ。


 殺してしまえ。

 頭の中で声が木霊する。


 もう既に二人も人を殺している。関知していないものも含めれば、きっともっと多い。そこに今更一人追加したって、何も変わらない。

 命じればいい。ただ杖を握って命じれば、魔物が押し寄せてこいつを殺す。


 自分の意思(・・・・・)で、命じるんだ。


 杖を握る手が震える。鼓動と木霊が鼓膜を震わせる。

 揺れる視界にあいつを収め、震える手を押さえ込んで杖を、


「ご存知、ないんですね?」


 青年の真摯な瞳に射すくめられ、ティスは小さく頷いた。

 杖は、振れなかった。

 言い訳ならいくらでもあった。こんなところで力を使うわけにはいかない。ただでさえ最近調子が悪いのに。

 第一、この遺跡に隠されていたものなんてこいつが知り得るはずもない。適当に誤魔化せばすむ話だ。冷静になれ、と胸中で呟く。



 杖を握る手の震えを収める事が、結局できなかった。



 一番の原因は、間違いなくそこだった。

 そんなティスの様子も知らぬ気に、リデルはまた清涼感のある笑みを浮かべた。


「そうですよね。すみません、変なことを聞いてしまって」


 ティスに向かって頭を下げ、奇妙な旅人は鍵穴を隠していた野狐の紋章を拾い上げる。

 一気に気が抜けて、強張っていた肩から力が溶けていく。良かった。やっぱり、そこまで知っているはずがないのだ。


 早まらなくて良かった。面倒が増えるところだった。

 重たい息を吐くのと同時に、リデルに声をかけられた。


「すみません、変ついでにもう一つ。記念にこれを持って帰ってもいいですか?」


 そう言って、野狐の紋章がついた蓋を見せてきた。

 鍵穴を隠す仕掛けだろう。今となっては無意味なものだ。

 なんとなく流されている感じがしながらも、ティスは適当に頷く。


「どうぞ。好きにしてください」

「ありがとうございます」


 ティスにすれば、無用の長物だ。鍵は持っているし、杖もとっている。勝手にすればいい。

 今となっては役立たずになった蓋を大事そうに懐に収めて、リデルはようやく壁から身を離した。


「それじゃあ、他のところに行きましょうか」


 笑顔で言われ、なんとなく頷いてティスは身を翻す。

 さっきまで身体が緊張していたせいか、足がもつれてバランスを崩してしまう。

 杖をつこうとして間に合いそうもなく、衝撃を覚悟して目を瞑り、


「っと。大丈夫ですか?」


 硬くて太い腕の感触がした。

 目を開ければ、リデルの片腕に抱きかかえられる形で支えられていた。

 慌てて身を起こし、杖をつく。

 心配げに覗き込む青年から目をそらし、


「……大丈夫、です」

「それなら良かった。じゃあ、行きましょう」


 笑いかけられたのを無視して、早足に部屋から出る。

 誰かに助けられたのは、一体どのくらいぶりだろうか。元凶は相手なのだが、どうにも落ち着かない。

 早く帰ってほしい。身内でもない人と触れるのは好きじゃない。

 こちらを気遣わしげに見てくるリデルの視線を鬱陶しく思いながら、ティスは塔を早足で巡った。


 日が落ちて空が藍色に染まり始めると、青年は少し残念そうな口ぶりで、


「あ、もう遅いですね。ここまでにしましょう。ありがとうございました」


 深く頭を下げられ、ティスは小さく頷く。

 ようやく帰ってくれる。安堵の息を飲み込んで、玄関まで付き添った。何せ、そうでもしないと護衛の蜘蛛が彼を襲ってしまう。

 せっかくここまで我慢したのに、最後で台無しになるのは悔しかった。

 玄関を開けてもう一度彼は頭を下げ、とんでもないことを口走ってきた。


「失礼かとは思いますが……明日も来ていいでしょうか?」

「……え?」


 うっかり声が漏れてしまう。今日一日だと思ったから我慢したのに。

 青年は申し訳なさそうに笑って、


「どこかに鍵が落ちてないかと思いまして……駄目ですか?」


 駄目だ、といってしまえば楽になる。

 だが、この手の人種はしつこいのだ。『放浪隊商』でそれなりに人間を見てきたから分かる。断れば、なんとかならないかと毎日塔の前まで来るに決まっている。


 殺したい。

 けれど、それだと今日一日が完全に無駄になる。

 こんなに頑張ったことが、全て水泡に帰してしまう。

 悩んだ末に、答えを出した。


「……どうぞ」

「ありがとうございます。それじゃ、また明日」


 自分の言いたいことだけ言って、笑顔の残像を残して玄関が閉じられた。

 思わずもれた溜息は、全身の力を根こそぎ奪っていくようだった。

 明日も相手をしなきゃいけない。勝手にさせるのは、流石に怖い。早く寝なきゃ。


 自室に戻って寝床に身を横たえると、すぐに意識がもっていかれた。

 余程疲れていたのか、その日は夢を見なかった。



 塔は、夜に飲まれていった。

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