第六十九話 「ドラ息子」
――狐のようなつり目と細長い面立ちを持つ中年女性が、夜の森を歩いていた。
辺りは暗く、足元すら目を凝らさなければ見えない。
その暗闇の中を、歩き慣れた道を通るように中年女性は迷うことなく進んでいく。
狐を思わせる中年女性――ダメイアが足を止めると、正面の闇から粗暴さを隠そうともしない男達が姿を現した。
「女将! どうしたんすか、直接来るなんて珍しいっすね」
「あぁ、面倒なことになってね。グラッジはいるかい?」
「います、けど……」
男達は困り顔で顔を見合わせ、唇を歪める。
ダメイアはすぐに思い至り、小さく溜息を吐いた。
「昼の襲撃が上手くいかなかったからって、拗ねてるんじゃないよ全く」
「女将、それボスの前で言っちゃダメっすよ。だいぶ機嫌悪いんすから」
「昼に邪魔した奴の情報もってきたってのに、随分な言い草だね」
再び男達は顔を見合わせ、勢い込んでダメイアに近づく。
「ま、まままマジっすか!? 頼んます、教えて下さい!! ボスに八つ当たりされんのは勘弁っすよ!」
「落ち着きなって。ちゃんと話してあげるから」
苦笑して男達を落ち着かせ、ダメイアは心の中の躊躇を飲み込む。
頭の中をふとポニーテールの女性の姿が過ぎる。昼間に会って宿に招待した薬師。強い意志を宿らせた瞳と優しく素直な心を持った、今時珍しい子。
自分の人生では、かつて一度もそんな時はなかったように思う。
今から話すことは、彼女も危険に晒す事に繋がりかねない。
天秤にかけて、重い方に傾いた。
「名前はリデル・ユースティティア。王都からきた騎士様さ。今、うちの宿に泊まってる。いつも通りだよ、事が面倒になる前に身を隠しな」
ダメイアの言葉に、男達が再度顔を見合わせる。
そこに浮かんでいたのは、悪事が親に見つかった子供そのものの表情だった。
「騎士かよ……マジか……」
「やべぇよ、これボス荒れちまうよ……」
深刻そうに話し合う男達を無視し、彼らの背後の暗がりにダメイアは視線を投げる。
その向こうに、いるはずなのだ。
天秤に乗せて、傾いた方が。
――何してんだいグラッジ。いいから早く逃げるんだよ。
願いをこめて、胸の内で語りかける。
おそらく、その望みは叶うことはないだろうだけれど。
騎士と聞いて、アレが黙っているはずがないのだ。まして、今回は一人。
どうか最悪の事態にならないよう祈りながら、ダメイアは男達の意見がまとまるのを待った。
その祈りも、おそらく通じることはないと知りながら――
※ ※ ※
ダメイアの宿は、リデルやクーアの想像よりは快適だった。
ベッドはきちんとメイキングされていたし、安物とはいえマットのある寝床は久しぶりだったのもあって寝心地は悪くなかった。
特にクーアはぐっすりと寝てしまい、起きた時にはリデルが既に食事を終えているところだった。
「おはようございます」
「……おはよう」
素知らぬ顔で挨拶してくるリデルに返し、クーアは二つ分席を空けて座る。
カウンターの奥の厨房から食後の紅茶を持ってきたダメイアが、クーアを見て小さく笑った。
「おはようさん、ぐっすり眠れたみたいだね?」
「……えぇ、お蔭様で。サラダ下さい」
「あいよ」
「御代はそこの騎士様持ちで」
眉を上げて視線を送るリデルに、クーアはそちらを見ようともしない。
ダメイアが口の端だけを上げて器用に笑い、
「あいよー、毎度あり!」
聞こえよがしにそう言うと、厨房へ引っ込んだ。
椅子二つ分の距離。なんともいえない間を挟んで、リデルとクーアは互いを意識しあう。
先に折れたのは、リデルの方だった。
「財布、ちゃんと持ってますか?」
「持ってる。いいでしょ別に、旅の間の面倒は見てくれるんじゃないの?」
横目で見やるリデルに、雑だと自覚しながらクーアが返す。
町の問題を何とかしてみようと張り切った手前、熟睡してしまったことがなんとなく恥ずかしい。
挙句、リデルよりも遅く起きたというのが何か負けた気がして、朝から正体不明の座りの悪さを感じていた。
毎日野宿だったのは同じなのに、どうしてこうもリデルと自分は違うのか。
何だか自分が不真面目に思えて、どうにも気分が悪い。朝食を奢らせるくらいは慰謝料の内だ。
それに、実際に旅費と諸経費はリデルが持つことになっている。何も問題はあるまい。
小さく鼻を鳴らすと、リデルが更に返してきた。
「いえ、今日から別行動をしますから。何かあった時の為に、ある程度のお金を渡しておこうと思いまして」
思わぬ提案に喉が詰まる。
流石天下の騎士様、朝飯代くらいはなんともないですか、なんて嫌味も一緒に喉につっかかった。
別行動するのだからお金はあったほうがいい。それはそうだが、まさかそんなところまで気にされるとは思っていなかった。
律儀というか、なんと言うか。人によっては馬鹿にされていると思うんじゃないだろうか。
嫌味ごと詰まったものを飲み込んで、クーアは息を吐いた。
「大丈夫、お金くらい持ってる。気になるなら後で使った分請求するから」
「……分かりました。くれぐれも気をつけてください」
その言葉がお金の意味だけでないことは、クーアにも分かった。
気をつけろと言われても。
町中で一体何が起こるというのか。
大体、野盗の協力者がいるという話にしたって、リデルの予想に過ぎないはずだ。
気をつけねばならないことが、本当にあるのかどうか。
「……はいはい、気をつけます」
気のない返事を返すクーアに、リデルは少し逡巡して口を閉じた。
お小言の追撃でもしようと思ったのだろうか。残念ながら、聞く気はないが。
沈黙が流れる。気まずいというほどでもないが、居心地は良くはない。
黙っている、というのがクーアはどうにも苦手だ。正確には、無言の空気、というべきか。
クーアの父は物静かな人だった。ナイトの父も普段は寡黙で、二人はいつも二、三言話すだけで後はちびちびと酒を飲むか火鉢をかき回すかの二択だった。
クーアはどうにも、その空気が苦手だった。お互い分かり合っている、とでもいうような大人らしさみたいなものにどうしても馴染めない。
口にしなければ分からない事はある。
黙っていては、伝わらないことだってある。
父がたまに見せる寂しそうな表情の理由を、ついに聞けなかったように。
想像はできる。でもそれは、所詮想像だ。真実じゃない。
喋ってほしいことだって、確かにあるのだ。
そのせいか、なんとも口数の多い女になってしまった。
際限なく喋るのは好きではないが、沈黙が場を支配しない程度には喋りたい。
周囲はほぼ全員喋る方ではないから、自然と場の空気を作るのはクーアの役目になっていた。
だから、こういった沈黙は好みではない。
かといって、前みたいにリデルを弄るのも気が引ける。
さりとて、仲良く談笑をするような間柄でもない。
にっちもさっちもいかず頬杖をついていると、厨房からダメイアが姿を見せた。
「おまちどう。特製ドレッシングたっぷりのサラダだよ」
ハーブのものだろう匂いが漂うサラダが置かれ、クーアの目が輝きを取り戻す。
水を一杯頼めば、立派な朝食である。
フォークを突き刺すクーアを一瞥して、リデルは紅茶を飲み干した。
「女将、代金は置いておきます」
「こんな朝からお出かけかい?」
「えぇ。時間はいくらあっても足りませんから」
腰袋から取り出した金貨をカウンターに置き、リデルは宿から出て行く。
その後ろ姿に横目で視線を送り、クーアは口内の野菜を噛み潰した。
「いってらっしゃい……ってまぁ、行動の早いこと。騎士様はいつもこうかい?」
「えぇ。だから言ったでしょ、似てないって。感傷に浸る暇もないんじゃないですか?」
「ま、分かってたことだよ。それに、感傷ってのは相手がいない間に浸るもんさ」
貨幣の数を数えて懐に仕舞い、ダメイアは手際よくカウンターの上を片付ける。
カップが立てる、かちゃかちゃという音を聞きながら、クーアは兎のように口に野菜を詰め込んだ。
出来ればもっと味わって食べたいところだが、このままゆっくりしてしまうとサボっているようで嫌だ。
リデルへの妙な対抗意識は自覚しているが、どうすることもできない。ナイトの真似事をしようと思い至ったせいか、それとも別の理由か。
なんにしても、大人しくしている理由はない。
心の壁をどうにかすることはできなくても、事情が分かればできることはあるはずだ。
リデルが派手に動いて、『旧市街』の人達が警戒する前に話を聞かなくては。
都合のいい理由を見つけて、クーアは口の中の野菜を飲み込んだ。
「そんな焦って食わなくても、サラダは逃げやしないよ」
「時間は逃げます!」
それもそうか、と笑いながら厨房に引っ込むダメイアを見送って、クーアはサラダにフォークをぶっ刺す。
一体、自分は何をしているのか。
リデルはダメイア達を容疑者として、きっと容赦なく罪を暴くだろう。野盗に協力している者がいるにせよいないにせよ、その過程で明らかにされてしまうことだってある。
無遠慮に、冷酷に。
それは、ある意味仕方がないと思う。見も知らぬ町に心を砕くほど善人じゃない。
けど、そのまま何も知らないことにして見過ごすのは嫌だった。
少しでも何か出来れば、町だっていい方向に変わるかもしれない。
ダメイアが悪いのだ。
いや、正確にはその息子か。
少しだけ、ナイトの家と事情が似ているから。
何もせずに過ぎ去るのを待っていたら、きっとまた後悔する。
だから、リデルが何か決定的なものを見つけてしまう前に動く必要があった。
ダメイアが食器を洗ってカウンターに顔を出す前に、サラダは全部胃に収める。
食後の紅茶は、遠慮した。
※ ※ ※
ノーヴィにもらった地図を頼りに、リデルは『旧市街』を歩いていた。
昨日からずっと、まるで監視されているような視線を浴びている。
特定の一人、というわけではない。『旧市街』の住民ほぼ全てが、こちらをじっと見つめてきていた。
クーアの話で予想していたとはいえ、余りの事態にリデルは内心で溜息を噛み殺す。
――これは、最悪の事態の可能性さえ出てきた。
胸中で呟いて、地図と周囲の景色を見比べる。道は間違えていないようだ。
『旧市街』の誰かが野盗と繋がっている、という予想はここにきて確信へと変わった。浴びせられる視線が、それを物語っている。
『川向こう』でたまに感じたものと、同じ視線の種類。警戒するような、こちらを窺うような、少し怯えの混じった視線。
それが、『旧市街』中から浴びせられている。
この視線の持ち主が野盗の協力者、なんて単純な話ではないのは分かる。だが、この視線の持ち主はほぼ間違いなく関係者だ。
それが、『旧市街』のほぼ全員から向けられるとあっては、話は変わってくる。
『旧市街』が丸ごと、今回の件の関係者である可能性が出てきた。
いや、それどころか。
『旧市街』自体が野盗と組んでいる可能性さえある。
もしもそうなら最悪だ。捕まえるにしたって、一人でどうにかなる数じゃない。
どうしたものかと考えている間に、目的地に着いた。
周囲に比べて少し大きくて広い、木造の家。
『旧市街』の代表者――すなわち、この町の長の家だ。
最初に話を聞くならここだろう。最初からそのつもりで地図も用意した。
しかし、この調子では調査はここで終わるかもしれない。
本当に町ぐるみなら、町長が何の関係もないなんてことはないはずだ。
最悪の予想が当たっていれば、別のアプローチを考えなくてはならない。
そうではないように願いながら、玄関をノックした。
反応はない。ただ、家の中に人の気配はある。
もう一度ノックをすれば、ようやく近づいてくる足音が聞こえた。
扉から一歩距離をとる。玄関が開いて、苦労の皺の刻まれた老婆が姿を見せた。
リデルの姿を見て眉を上げ、やや警戒の色を滲ませる。
「どちら様ですか?」
「騎士団所属、リデル・ユースティティアと申します。ビエホさんはご在宅でしょうか?」
老婆は唇を引き結び、リデルの姿をじっくりと見回す。
なるべく警戒を解いてもらうよう、リデルは笑顔を心がける。それが功を奏したかは分からないが、老婆は掌で家の中を指し示した。
「どうぞ。夫は中におります」
「ありがとうございます」
一礼し、老婆の招きに従って中に入る。
外観通りの木造建築で、太い梁が何本も通っていた。しっかりした作りで、何かしら権威のある人物の家だとすぐに分かる。
老婆に先導されて向かった先は応接間で、背の低い机と背もたれの大きな椅子が配置されている。
「こちらで少々お待ち下さい」
礼をして去っていく老婆を見送ると、リデルは椅子に深く腰掛けた。
最悪の想像は当たっていたかもしれない。騎士だと告げた時の老婆の顔が、一瞬だが酷く歪んだ。
しかし、腑に落ちないこともある。もしも予想通りなら、もう少し過剰な反応をしてもいいはずだ。深い皺は長い年月を生き抜いた証だが、腹芸が得意そうには見えない。
何にせよ、答えを出すのはビエホ――ジェローアの町長に会ってからだ。
夫人は関与していない可能性はあるが、町長はそうは行かない。最悪の予想があたっていれば。
待つこと暫し、リデルが考えをまとめて一息つく余裕がある程度の時間が過ぎた頃に、当のビエホが現れた。
痩せた体に、鋭くぎらついた瞳。他者を信用するまいという気配が満ち満ちていて、まさに偏屈な老人といった風情を漂わせていた。
その雰囲気のせいだろうか、ある種の若々しさを保っていた。ノーヴィと並べば、人によっては同年代くらいと思うかもしれない。
リデルが聞いた限りだと、実年齢には倍近い差があるはずだが。
「お待たせしました、騎士様」
「いえ、こちらこそ急な訪問、申し訳ありません」
少しも申し訳ないと思っていない口調のビエホに、リデルは立ち上がって頭を下げる。
ビエホは何も言わず、リデルの正面の椅子に腰を下ろした。
「それで、私にどのようなご用件ですかな」
「お話を、伺いたく」
少し迷ったが、顔を上げて返答する。
相手の許可なく頭を上げるのは失礼かとも思ったが、下げたままでは話も出来ない。
おかげで分かった。
このビエホという老人は、騎士が嫌いだ。というより、貴族が、だろうか。
嫌悪を隠そうともしない態度は、ある種の清々しささえあった。
「話、ですか。騎士様が聞いて面白いような話は知りませんが」
「私は今、この町の近辺に出没する野盗団について調査しております」
回りくどい嫌味を無視して、一気に切り込む。
ビエホがびくりと肩を震わせたのを確認して、リデルは更に言葉を続ける。
「奴らを捕まえる為、是非ともお話を――」
「――それは、『川向こう』の連中に頼まれたのですかな?」
リデルの話を遮って、ビエホが重く低い声音で尋ねる。
一瞬どう返答すべきか躊躇し、隠し事をする利点はないと若き天才騎士は判断した。
「その『川向こう』というのが、町の中央を流れる川を挟んで反対側のことを言うのなら、そうです」
「なら、そのことはお忘れなさい。奴らの話など聞かなくて結構」
ぴしゃりと言い切られ、流石のリデルも閉口する。
とんでもない言い分だ。溝があるとはノーヴィから聞いていたが、これほどとは。
当然、それで引き下がるわけにはいかない。秩序を守る騎士が、はいそうですかと野盗を放置していい理由はないのだ。
「彼らの依頼があろうとなかろうと、野盗退治は騎士の務め。治安維持の為に協力をお願いします」
「やかましい!!」
突然大声を張り上げ、ビエホが鬼の形相でリデルを睨み付ける。
反射的に身構える若年騎士に、真っ赤な顔をした老人は怒りを叩きつけた。
「この町のことはこの町で処理する! お前ら貴族共の出る幕なんぞない!! 都合のいい時だけきやがって、消え失せろボンボン!!」
唐突に怒鳴り、足を踏み鳴らすビエホ。
一瞬呆気に取られたが、ようやくリデルも理解が追いついた。
事前に話を聞いておいて良かった。そうでなくば、何故こうも怒りを撒き散らされるのか理解できなかっただろう。
主街道から外れるというのは、宿場町にとっては死と同じ意味を持つ。町が死ぬ。
街道沿いの休憩所として栄えたのが宿場町というものだ。大動脈である街道が絶たれれば、生きてはいけない。
彼らにしてみれば、貴族達がいきなり勝手にそう決めた、と感じても無理はないだろう。
如何にその必要性や有用性を説いたところで、自分達に関係のない話だ。だから何だ、という反応がせいぜいだろう。
更に、その後の保養地計画。彼らにしてみれば、貴族は勝手な都合で好き勝手に振舞う、横暴極まりない存在に映っているのだと思う。
そして、その跡地に住んでいる人達も、彼らにしてみれば余所者なのだ。
余所者が貴族を引き込んで、また貴族が好き勝手に振舞っている。ビエホにしてみれば、今のリデルはそう見えているのかもしれない。
しかし、それとは少し違う違和感もリデルは覚えていた。
怒鳴り声に混ざる、僅かな焦り。強烈に睨み付ける視線の向こうにある怯え。
『旧市街』で嫌というほど浴びた視線と同じ種類の何か。
間違いなく、この町長は『何か』を知っている。
じっと見つめ返したまま動かないリデルに焦れたのか、ビエホは詰め寄って肩を掴んで引っ張りあげた。
「出て行け!! 貴様に話すことなど何もない!!」
「……分かりました。また、お伺いするかもしれません」
「二度とくるな!」
ビエホの力程度ではリデルはびくともしないが、逆らわずに立ち上がって玄関まで押しやられる。
音を立てて乱暴に閉められる扉を見届けて、若き騎士は踵を返した。
ひとまず必要な情報は手に入れた。これ以上無理をすることもないだろう。
ほぼ間違いなく、町ぐるみで野盗団に何かしらの関係がある。
ただし、協力者かどうかは不明だ。だとしても、おそらく全員協力者が誰かくらいは知っているだろう。
情報を与えまいとしている。つまり、協力者を守ろうとしている、ということだ。
少なくとも、ビエホは明らかに知っていた。
門前払いをせず家の中に入れたのは、こちらの情報を知りたかったからか。少なくとも、顔は覚えられた。
出来れば穏便に済ませたかったのかもしれない。が、こちらが「野盗に手を出すな」という彼の要求を突っぱねたから強攻策に出た。
大体は、そんなところだろうか。
町長もまた、腹芸が得意そうな人ではなかった。だからおそらく、彼が協力者である可能性は低い。
もしそうなら、もっと露骨な反応をしている。家の中にも入れなかったに違いない。
調査に進展はあった。が、これ以上は難しいだろう。
おそらく、この件はすぐに知れ渡る。どこもかしこも、今度こそ門前払いをされる可能性が高い。
もしもそうなら、町ぐるみというのが事実として確定してしまうわけだが。
情報は、取ろうと思えばどこからでも取れるものだ。
考えを整理しながら歩いていると、広場のような場所に出た。
町の中央を流れる川から引いたであろう水を汲み上げた池を中心に、ぽっかりと大きく開けている。
子供達の遊び場なのか、幾つかのグループに分かれて楽しそうに走り回っていた。
情報収集の鉄則、子供からの聞き取り。
子供は時に、大人が言わないようなことを言う。行き詰ったときに思わぬヒントになることもあるのだ。
何より、多分大人には警戒されてこれからろくに話を聞けない。
リデルに選択肢はなかった。
「ごめん、君達。ちょっといいかな?」
なるべく優しくなるよう努めて声をかけると、子供達が一斉にこちらに視線を向ける。
無遠慮に見回すと、一番年長の子が小さく声を上げた。
「お前ら、帰るぞ」
弟だろうか、顔立ちが少し似ている年下の子の手を引いて、年長の少年は他の子供達を解散させた。
「兄ちゃん、どうしたの?」
「いいから、帰るぞ」
「なんでー? だってあのおじさんが……」
「うるせぇ! 黙ってついてこい!」
半ば引きずるように去っていく少年達の背中を見ながら、リデルは小さく息をつく。
どうやら、町の人達の方が一手早かったようだ。
子供にも話をしないよう伝えているのだろう。
気がつけば、広場は一気にがらんとした空間になっていた。
子供達は全員散ってしまい、時間の関係で大人達の姿もない。町中でほぼずっと感じていた視線も、ここでは感じなかった。
情報収集ができないのは問題だが、これはこれで悪くない。
少し視線を巡らせて細い路地を見つけると、誰かに見咎められる前にその隙間に体を滑り込ませた。
情報収集が行き詰るなんてことは、最初から想定済みだった。
流石にここまで対策されているとは思わなかったが。以前三回きたという騎士団とのやり取りで慣れたのだろうか。
潜り込んだ路地裏で、誰の視線もないことを確認して腰を下ろす。
話してダメなら、こちらも体を使うしかない。
その為に、今の内に休んでおきたいのだ。
動くのは夜中。狙いはダメイア。この状況を鑑みれば、やはり彼女がクーアと自分を宿に誘ったのには何かしらの理由があるのは間違いない。
ダメイアが動かなければ、別の誰か。今ならビエホか。
今、まさに騎士である自分がいるのだ。昼間に動くなんて目立つ真似はせず、何か後ろ暗い連中は暗闇にまぎれられる夜に動くはず。
最初から、昼間の調査には余り期待していなかった。今日は思わぬ成果を得たくらいだ。
目を閉じて、頭と体を休ませる。
人目につかなければ、休んでいることにも気づかれない。夜に動くであろう『誰か』も、きっと油断しやすくなるだろう。
得た情報を反芻しながら、人のいない路地裏でリデルは眠りについた。
※ ※ ※
本日の成果は、なしのつぶてだった。
朝食を摂り終えてすぐ、クーアは『旧市街』を歩き回って話を聞いて回った。
しかし、結果は実に惨憺たる有様であった。
足が棒になるくらい歩き回っても、どの店に入っても、道行く人に聞いても、全員が全員同じような反応をした。
途中からやけくそになって押しまくってみたが、それで聞いてくれるわけもなし。
何か出来ることがないか探してみようにも、最初の最初から躓いてしまっていた。
諦めずに日が落ちるまで試してみたものの、まさに何の成果も得られないまま宿に戻るしかなかった。
徒労感が肩にのしかかり、なんとも重い足取りになってしまう。
ナイトの真似事は、自分には無理かもしれない。多分、ナイトならこんな状況でも諦めずに明日もまた頑張るのだろう。それは若干きつい。
だが、かといって他にすることもないし、リデルの言うように大人しくしているのも腹に据えかねるものがある。
今日は話を聞いて回るのに夢中になって忘れていたが、明日は一度『川向こう』の診療所にいって患者の容態を聞いてから後のことは考えよう。
何なら診療所の手伝いをしてもいい。早くも諦めそうになっている自分に呆れるが、今日一日で割りと心が折れそうだ。
溜息を吐いて、ダメイアの宿に向かった。
どんなに足取りが重かろうと、歩いていればそのうち目的地には着く。
ダメイアの宿は本人が言った通り、夜になると殆ど酒場として機能する。
外まで軽く漏れ聞こえてくる声に苦笑し、クーアは戸を開けて宿に入る。
そこには、酒を酌み交わし談笑しあう幾つかのグループがいた。
昼に会った人もいる。その時とはまるで違う表情に、なんともいえない気分になった。
田舎にはありがちなことだが、余所者への警戒心が強い。
だから仕方ないこととはいえ、なんともやるせない気持ちにはなるものだ。
目聡くクーアを見つけたダメイアが小さく笑ってみせ、カウンターの奥から手振りで招き寄せる。
逆らわずに近づけば、皮肉の聞いた声色で弄ってきた。
「お疲れ様。随分遅くまで張り切ったみたいだねぇ?」
「えーえー、張り切りましたよ! そりゃもうね!」
「そうかいそうかい。それじゃ、よっぽどいい結果になっただろうね」
「お腹すきましたご飯下さい代金は騎士様で!」
ケラケラと笑いながら、ダメイアが厨房へ引っ込んでいく。
不貞腐れた顔で座って待っていると、扉が音を立てた。
なんとなく音に反応してそちらを見ると、リデルが入ってくるところだった。
宿の一階が少し静かになる。さっきまで談笑していた人達の何人かが、明らかにリデルを気にしていた。
そんな中を若き騎士様は何食わぬ顔で通り過ぎ、クーアから一つ席を開けて座る。
なんともいえない距離に少しだけ腹が立って、頬杖をついて横目で見やった。
「随分遅かったわね」
「えぇ、まぁ」
「調査とやらは進んだわけ?」
「それなりには」
涼しい顔で受け答えするリデルが無性に気に触って、クーアはそっぽを向く。
自分は一日やっても何の成果もなかったのに。
リデルはきっと、言ったとおりそれなりの進展は得たのだろう。
そう考えると、どうにも言い知れぬ敗北感が腹の底に渦巻いて気分が悪い。
自分が悪いのだと分かってはいても、誰かに責任転嫁したくなるのが人間というものだろう。
「こっちはあんたのおかげでみーんな警戒しちゃって全っ然ダメだったわ」
「そうですか」
そうとだけ返し、リデルはカウンターの奥、厨房の方へと視線を向ける。
ダメイアに注文でもしたいのだろうか。何だか少しだけ胸がすっとする。
注文したくてもできないリデルというのはやや間抜けで、口元が緩んでしまう。
それにしても、てっきり「なら諦めて大人しくしておけ」くらい言われると思っていたのに、何も言われないとは拍子抜けだ。
そうすると、今度は微かに罪悪感が湧いてくる。別に本気でリデルの所為だと思っているわけじゃない。ただの八つ当たりだ。
それとなくリデルの横顔を窺えば、いつもと変わりない真顔がそこにあった。
怒ってもいないし悲しんでもいない。別にどうとも思ってないようで、罪悪感を持ったこと自体が何かしらの損のように思えてくる。
ただ、
ただ、何だか少し迷っているようにも見えた。
リデルが何を考えているのか、クーアには分からない。
分からないが、その顔は少し前のナイトにも似ているように見えた。
まだマギサが村に来る前。
あの雨の夜に帰ってきてから、ついこの間までのナイトに。
頭を振って妙な考えを振り払い、厨房の方に視線を送る。
早く晩御飯を食べて寝てしまいたい。今日は本当に疲れた。
明日こそ、リデルよりも早く起きるのだ。
起きてどうする、という疑問は無視することにした。
その後、リデルも早々に食事を摂って部屋に戻った。
先に部屋に入っていたクーアは知らないし、興味もない情報だった。
ベッドに寝転がったクーアの頭の中にあったのは、今日歩き回って話した人達の事。
誰も彼もが何か事情を抱えているようで、それが気になって仕方がなかった。
それは例えば、自分ひとりだけのけ者にされて隠し事をされているような。
うつらうつらと眠りにつきながら、クーアは昼間のことを思い返していた――
※ ※ ※
最後の食器を片付けて、ダメイアが小さく息を吐く。
やっぱり、不味いことになった。
あのリデルとかいう騎士、早速ビエホに話に行ったらしい。その後、広場にいた子供達とも話したという。
勿論、誰も情報は漏らしていない。子供達も言い付けどおり何も話さず家に戻ったというし、そこは問題ない。
ただ、このまま引き下がるとも思えない。
それに、何だか嫌な予感がするのだ。
あの騎士の目。とても話を聞けなくて途方にくれているようには見えなかった。
とにかく、早いところグラッジ達を逃がさなくては。
町の人間全員が自分に協力していると知られる前に。
ダメイアは靴を履き替え、念の為の松明をもって店の裏手からこっそり外に出る。
二人とも今日一日歩き回ってぐっすり眠っているはずだ。慣れない事をして疲れていれば、ちょっとそっとのことでは目覚めない。
それでも出来るだけ足音を忍ばせて、ダメイアは夜の森へと足早に向かった。
背後から尾けてきている存在に、気づかないまま。




