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優しい騎士と小さな魔法使い  作者: 満月すずめ
第一部・逃げる二人
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第四話 「リエスの森・上」

 深い森の中を、ナイトとマギサは当て所なく歩き続けていた。

 微かな木漏れ日を頼りに、足元を確認しながら進む。方向感覚はとっくの昔に失われ、同じ所を回り続けている気さえした。

 騎士隊から逃げて森に入って数日、食料はなんとか現地調達できている。

 木の実や茸の類はマギサがいるお陰で、どれが食べられるか分かる。弓がないせいで時間はとられるが、狩りもできないわけじゃない。

 寝床としてなるべく柔らかい地面を見つけるのも、火を(おこ)すのにもすっかり慣れてしまった。今は剣を(もり)代わりに、魚だって獲れる。

 狩人として手解(てほど)きを受けていて本当に良かったと、ナイトは心から思った。


「いい加減、どこかに着かないかなぁ」


 小さくぼやくも、それで状況が改善されるわけではない。

 奥へ入れば入るほど泥沼に嵌まっていくようだが、今更戻るわけにもいかない。

 相変わらず無口なマギサが足を滑らせないよう注意しながら、神様が微笑んでくれることをナイトは祈った。



 悲しいかな、運のない人ほど神頼みをするのである。



 茂みが音を立てた。

 ナイトはマギサを手で止め、周囲に視線を走らせる。明らかに何かがいる、しかも複数。

 狼かと思って、腰の剣に手をかけて身構える。逃げ切るよりも追い返した方が容易(たやす)い。

 その判断を、ナイトはすぐに後悔した。



 (やぶ)を飛び越えて襲い掛かってきたのは、人間だった。



 反応が遅れ、斬りつけられた短剣を紙一重でかわす。体勢が崩れた所に反対側からもう一人が襲い掛かり、ナイトは強引に踏み止まって剣を抜き放つ。

 無理な姿勢から力任せに短剣を払い、完全にバランスを失って地面に転がる。

 ナイトの頭の上を、矢が(かす)めていった。


「マギサ、隠れろ!」


 跳ねるように起き上がって、ナイトは固まるマギサを抱えて木の陰に隠れる。

 風を切る音がして、隠れた木に矢が突き刺さった。もう少し遅れていれば、体に穴が開いていただろう。

 再び茂みが音を立て、短剣をもった男が飛び掛ってくる。迂闊(うかつ)に表に出られない上にマギサを抱えた状態でマトモな応戦ができるはずもない。

 振り下ろされる短剣を受け止め、腹を蹴り飛ばす。後ろからも斬りかかられ、刃が体を掠める。振り向きざまに剣を叩きつけ体勢を崩させるも、すぐに後ろに下がられた。


 断続的な矢の突き刺さる音が、神経をゆっくりとすり減らしていく。

 大して動いていないはずなのに、息が荒くなってくる。手応えがないことへの焦りが汗となって流れていく。

 抱えたマギサの体が少しだけ強張った気がして、奥歯を噛み締めた。

 次の瞬間、ナイト達を挟んで二人同時に飛び出してきた。

 剣を振り回そうとして、木に突っかかって動きが止まる。矢の音がナイトの体を縛り、致命的なまでの対応の遅れを呼び込む。

 もう片方は絶対に間に合わない。せめてマギサだけでも守ろうと体を盾にし、正面の男に向かって剣を振るった。


 鋭い風切り音と、背後で人が(うめ)く声が聞こえた。

 正面の男は舌打ちをして後ろに跳び、茂みの中に消えていく。背後にいた男も恨み言を呟きながら退いていった。

 後に残されたのは(わず)かな血痕と、事態を飲み込めないナイトとマギサ。

 二人して顔を見合わせていると、隠す気のない足音が聞こえてきた。


「大丈夫か? 災難だったな」


 示し合わせたように声のする方を向けば、野性味のある少女が笑っていた。

 背中に弓と矢筒、腰に短剣を()き、大きく肌を露出させた服を着ている。


「旅人か? 迷うくらいなら森に入るんじゃねぇよ」


 乱暴な口ぶりに、ナイトは面食らって立ち竦んだ。

 警戒する素振りもなく、少女は二人に近づく。


「ま、アタシに見つかって運が良かったな。あのままじゃやられてたぜ」

「や、え、うん、ありがとうございます」

「ありがとうございます」


 ナイトとマギサが頭を下げると、少女はからりとした笑みを浮かべた。


「いいってことよ! ……っと、怪我してんじゃねぇか」

「え? あぁ、このくらい平気です」


 少女に指摘され、ナイトは背中から脇にかけて薄く斬られていることに気づく。

 少女は(しか)め面をして、腰に手を当てた。


「その様子じゃ、ロクに傷薬もねぇんだろ? ウチに来い、手当てくらいしてやる」

「いや、でも、」

「でももへったくれもねぇ! どのみちこのままじゃまた襲われるぞ!」

「え、あ、はい」


 ナイトは反射的に肯いて、慌ててマギサを見やる。

 マギサが肯くのを見て、ナイトはホッと胸を撫で下ろした。


「あの、じゃあ、お願いします」

「おぅよ! そうだ、お前達、名前は?」

「ナイト、と言います。この子はマギサ」


 マギサがぺこりとお辞儀をして、少女は歯を見せて笑った。


「アタシはリエス! それじゃ、ナイトにマギサ、ついてきな!」


 少女の強引な優しさに、ナイトもマギサも一人の女性を思い出していた。

 今頃どうしてるかな、なんてナイトは思う。きっと、マギサも同じ思いだろう。

 村を離れてたった数日なのに、遠い過去のことのように感じられる。

 背を見せて歩き出すリエスの後ろを、二人は顔を見合わせて小走りについていった。



  ※           ※           ※



 森に住まう少女――リエスの家は、年輪を重ねた丈夫なログハウスだった。

 リエスの一族は代々森の中で暮らしており、家は先祖伝来のものらしい。今や一族はリエス一人しか残っておらず、少し広すぎるくらいだと笑った。

 手当てをされながら、二人はリエスから先程の男達についての話を聞く。

 なんでも、半年程前から森に出没するようになった野盗団らしく、迷い込んだ旅人や狩りにきた村人を襲って金品を強奪(ごうだつ)しているという。


「森の中でしか襲わないから、噂が一人歩きしてアタシのせいってことになってるし。ほんといい迷惑だよ」

「誤解は解かないんですか?」

「村の連中、皆怯えてて話になりゃしなかったね。まぁ、元々あんまり関わりないし、仕方ないさ……はい、おしまい!」


 リエスが傷の上から叩くと、流石にナイトも顔を顰めた。


「痛っ! ……ありがとうございました……」

「気にすんなって!」


 一切悪びれず笑うリエスに、ナイトは苦笑を返す。

 リエスに出会えたのは、本当に不幸中の幸いだった。近くの村までの道も知っているらしく、これで迷子から解放されるとナイトは内心で歓喜した。

 当て所がないのは変わらないが、気の持ちようは変わる。できれば暫く森からは離れたかった。魔物に野盗団にと、普通は出会わない不運に見舞われすぎている。


 それまで黙っていたマギサが、唐突に口を開いた。


「野盗団に襲われた事はありますか?」

「ん? アタシ? ないよ、強いからね!」


 表情一つ変えないマギサに、リエスは力こぶを作ってみせる。

 確かに、木々を()って短剣を持った男の腕だけを射抜くのは簡単な技ではない。成る程と頷くナイトと違い、マギサはじっと黙り込んだ。

 返事もせずに見つめてくるマギサに、リエスは乱雑に後頭部を掻いた。


「森の中で会うこともあるけどな。向こうが勝手に逃げていくんだよ」

「そういえば、さっきもそうでしたね」

「金目のもんなんてもってないし、割に合わないと思ってんだろ」


 投げやりだが説得力のある言葉に、ナイトはそんなものかと納得する。

 マギサも小さく肯くと、考え込むように視線を逸らした。

 釣られるように視線を外せば、リエスの性格通りに雑然とした部屋が目に入る。

 整理整頓とは縁遠く、家の主でもなければどこに何があるかわからないだろう。

 その中で、弓矢や剣だけはきちんと壁に立て掛けてあるのが印象的だった。

 リエスはそんな二人を見下ろしながら、力強く胸を叩く。


「ま、だからアタシが村まで送っていけば安全ってわけだ。今から行けば、夜には着けるぜ。どうする?」

「そんな、これ以上は悪いですよ」

「うるせぇ、奴等に見つかったらどうすんだ。アタシの寝覚めが悪くなるだろ!」


 二の句が告げなくなって、ナイトは口を閉じた。

 言われた事は(もっと)もだが、世話になりっぱなしではこちらもバツが悪い。何かしら返せるものがないかとは思うが、金も物もない身の上ではどうしようもない。

 困り果てて頭を捻るナイトを見て、マギサが顔を上げた。


「何か、お手伝いできませんか?」

「手伝い? 何が出来んだ?」

「薬草類の採取と、片付けくらいなら。彼は農作業と狩りができます」

「そりゃいいが、送るのは明日になるぞ?」

「構いません。疲れていますし、一泊させて下さい」


 ふむ、と腕を組んで、リエスが二人を交互に見やる。

 ナイトは驚いてマギサを見るが、気を取り直してリエスに向かって頷く。

 少しだけ考え込む素振りをしてから、リエスは快活な笑みを浮かべた。


「分かった、んじゃ一泊分、働いてもらおうか!」

「はい!」


 ナイトははっきりと、マギサは小さく肯いて、腰を上げる。

 リエスから振られた役割は、ナイトは狩りの手伝い、マギサは近場の薬草と食べられるものの採取。

 結局送ってもらう分のお礼はできていないのでは、とナイトは思うが、とりあえず考えないことにした。

 数日森で過ごしたから自信はある。リエスについていくだけなら問題はないだろう。

 (かご)を持ったマギサと別れて、ナイトはリエスと共に木の根を避けて走った。



 年季の違いというものを、ナイトは嫌と言うほど思い知らされた。



  ※            ※            ※



 日が落ちて、マギサが採取を切り上げ、家の片づけをしていた頃に二人は帰ってきた。

 獲物は上々、疲労困憊(こんぱい)となっているナイトを、リエスが笑って肩を叩く。

 出て行く時の威勢の良さはどこへやら、ナイトはへこたれて座り込んだ。


 マギサの視線に苦笑を返して、ぼんやりとリエスを見やる。自分よりも動き回っていたはずなのに、元気に獲物を解体していた。

 これでも一応手解きは受けたはずなのに、狩人としての格どころか、森の中での歩き方からしてまず違う。

 身軽さを利用して木の枝を掴んで渡ったり、天辺まで登って大体の位置を把握したり。特に家に帰る時など、帰巣本能でもあるのかと疑いたくなった。

 弓の腕も一級品で、ナイトを助けた時の技はまぐれなどではないことを見せ付けた。


 これなら、野盗団が襲わないのも頷ける。損ばかりで得がない。

 騎士団の目から逃れてこの森に逃げ込んだのだろうし、危ない橋は渡りたくないというのは野盗でも変わりはあるまい。

 珍しいこともあるもので、マギサが何事かリエスに話しかけていた。何がそんなに面白いのか、リエスが呵呵大笑(かかたいしょう)する。

 笑いの収まらないリエスに頼まれてマギサが火を熾し、肉や茸を焼き始めた。

 良い匂いが漂ってきたところで、剥いた木の実を適当に盛り合わせた皿が用意される。


「腹が減ったろ、いっぱい食えよ!」


 気前良く言って、リエスは嬉しそうに肉にかぶりつく。

 それがあまりに美味しそうに見えて、ナイトもたまらず食い付いた。


 久方ぶりの騒がしい食事は夜更けまで続き、ナイトは余計に疲れて簡素なベッドに寝転んだ。

 元々大人数で住んでいた家だからか、寝床には困らない。

 気持ち良く眠りに落ちようとしたところで、隣で寝るマギサに声をかけられた。


「ナイトさん、起きていますか?」

「んぁ……うん、まだ起きてるよ」


 何だか今日はいつもと違うな、とナイトがうとうとしていると、マギサが逡巡(しゅんじゅん)するような間を置いて、


「明日、私達で野盗団を倒しませんか?」

「……えぇ!?」


 眠気が一気に吹き飛んだ。

 マギサの口から出たとは思えない言葉に、ナイトが目を丸くする。

 いつもの無表情に微かに別の色をつけて、マギサはナイトを見つめ返した。


「このままだと遠からず、騎士団が来ます」

「……うん」


 それはナイトにも分かっている。

 野盗団が森に出始めてから半年、とっくに通報はされているだろう。騎士団の人員にも限りがあるとはいえ、もういつ来てもおかしくない。

 だからこそ、ナイトは騎士団に任せたほうがいいと思っていた。


「その時、間違いなく彼女が狙われます」

「な、なんで!?」


 想定外のマギサの答えに、ナイトが目を見開く。

 唾を飛ばすナイトに動じず、マギサは端的に告げた。


「犯人だと誤解されている上、否定する手段がないからです」

「あ……で、でも、野盗団が見つかればすぐに分かるんじゃ、」

「逃げたら、分かりません。そして、彼女は逃げるつもりはないそうです」

「……ん? 聞いたの?」

「はい。大丈夫だと笑っていました」


 夕飯前の光景を思い出し、目を伏せてナイトは黙り込む。

 マギサの言う事は、多分間違いない。数日前の騎士団とのやり取りを思い出しても、多分そうなるだろうと簡単に予測できた。

 連中だって今時野盗なんてやっているのだ、騎士団が来たらすぐに逃げるだろう。リエスがいくら無実と訴えても、犯人と噂されていればどうしようもない。


 何とかできるかもしれない方法は、たった一つ。


「だから、僕等で野盗団を倒して、騎士団に引き渡す?」


 頷くマギサに、ナイトは僅かに逡巡する。

 森の中の戦いは、明らかに相手の方が上手だ。リエスに助けてもらわなければ、本当にどうなっていたか分からない。

 自分一人では勝てない。じゃあ、リエスと一緒に戦えばどうか。多分、それでも勝てないだろう。

 一人一人はそう強くない。しかし、弓との手馴れた連携(れんけい)が実に厄介だ。リエスとの付け焼刃の連携でどの程度太刀打ちできるか、余り試したくはない。


 ならば、どうやって勝つか。


 方法は一つしかない、『魔法』だ。あの力なら、数の不利も簡単に覆せる。マギサだってそのくらい分かってる。

 『魔法』を使うなら、リエスには話せない。なるべく事情は話したくないし、自分達の事に巻き込みたくもない。きっと、マギサがまた傷ついてしまう。

 だから、『魔法』なんか使わないほうがいいのだ。あんな力、使わずに済むならそれが一番だと思う。

 けれど、奴等を捕まえるには、マギサの力を借りるしかない。

 覚悟を決めて、一度深呼吸をする。


「分かった。一緒に戦おう」

「はい」


 ナイトだって、リエスを助けたい気持ちは同じなのだ。

 何も悪いことをしていないのに捕まるのは、納得がいかない。

 出来る事があるのなら、なんとかしたい。

 ナイトは気づいているのだろうか。それは、数日前のマギサと変わらぬ状況であるということに。

 こんなにマギサが普段と違う行動をとるのは、リエスに自分の姿を重ねているかもしれないことに。

 いつかマギサが魔法を使わなくてもいいくらい強くなろうと誓って、ナイトは眠りについた。



  ※            ※            ※



 翌朝、ナイトが起きた時には既にリエスは家にいなかった。

 自分より早く起きていたマギサに聞けば、朝の見回りと狩りに出たらしい。そういえば昨日狩りの時に、森で暮らすには異変に敏感であることが必須だと言っていた。


 何はともあれ、好都合だ。

 遅く起きて良かった、とも思う。マギサと違って表情に出やすいので、顔を合わせていたら変に怪しまれたかもしれない。

 剣を()き、杖を取って、ナイトとマギサは頷きあって外に出た。

 特に当てもないので、先日襲われた場所へと足を進める。久しぶりにベッドで休めたお陰か、昨日よりも足取りは軽い。

 体調が回復していることを実感しながら、周囲に視線を走らせる。相手がどこから来るか分からないなら、見つけてもらうのが一番だ。


 敢えて小枝を踏み、不自然にならない程度に音を立てながら歩く。

 マギサが転ばぬよう気をつけながら、ひたすら深くへと進み続ける。

 左後方、少し離れた場所で茂みが音を立てた。視線を向けずに、気配だけ探る。

 小さく遠ざかる足音は、獣のものとは思えなかった。

 マギサと顔を見合わせ、ナイトは首を縦に振る。

 マギサが杖を握り締めるのを見て、歩くペースを落とした。

 気づいていない風を装わなければ、警戒されるかもしれない。深く息を吐いて、ナイトは不得意な腹芸に挑む。

 頼むから早く襲ってきてほしい、と思いながら、腐葉土を踏みしめた。



  ※           ※            ※



 森の奥深く、木漏れ日さえ届かぬ洞穴が野盗団のアジトだった。

 常に()かれている火の周りで、禿頭の巨漢(きょかん)が肉を(むさぼ)る。奪った金品は隅にまとめられており、一目でロクなものがないことが分かる。


 食べカスの骨を火にくべ、巨漢は小さく舌打ちした。

 分かっていたことだが、稼ぎが悪い。森を通っていこうなんて旅人がろくな金を持っているはずもなく、更に噂にもなって獲物の数自体が減ってしまっていた。

 そろそろ潮時かもしれない。騎士団が来る前にとっととおさらばして、新たな稼ぎ場を見つけた方がいいだろう。

 どこかの街には巨大な地下組織があるという話だし、そこを探して身を寄せるのも有りかもしれない。このご時勢、騎士団から逃げ続けるのも楽じゃない。


 巨漢は鼻を鳴らし、盗品に目を向ける。今の貯蓄(ちょちく)で、どのくらいいけるだろうか。一人二人、切り捨てる必要があるかもしれない。

 軽く頭の中で計算していると、手下が一人戻ってきた。


「お頭、獲物が来やした」

「おぅ、何人だ?」

「昨日あの女に邪魔された、間抜け面の男と小娘です」


 手下の報告に、禿頭の巨漢は性根の腐った笑みを浮かべる。

 あの女のせいで狩れなかった二人だ。自分達の代わりに犯人を引き受けてくれているので、今までは手が出せなかった。

 鬱憤(うっぷん)晴らしには、多少手ごたえがある方がいい。間抜けそうな男の方は、それなりに腕が立つ。タイマンでやりあえば、自分とだっていい勝負になるだろう。

 それに、あの小娘を売ればそこそこの金にはなりそうだ。出て行く土産には丁度いい。

 舌なめずりをして、壁に立て掛けた斧を手に取った。


「全員呼び戻せ。ここでの最後の稼ぎをやる」

「へい、分かりやした」


 伝令に走る手下を見やり、巨漢の野盗は外に出る。

 久しぶりに斧を思い切り振り回し、感触を確認する。

 最早遠慮する必要はない。最後の狩りは、派手にいこうと決めた。

 口元にいやらしい笑みを浮かべ、野盗団の頭は今も森を彷徨(さまよ)っているであろう獲物を見据えるように木々の向こうへ目を向けた。



  ※           ※            ※



 飛ぶように木々を渡って、リエスは家へと戻ってきた。

 縛った獲物を肩に担いで、玄関を開けようとして固まる。


 中に人の気配がしない。


 野盗共に襲撃されたかと思ったが、それにしては荒らされた様子もないし、争った形跡もない。

 まさか勝手に出て行ったんじゃあるまいな、と胸中で呟いて、中に入って適当に獲物を台所に(ほう)る。

 貸した寝室を覗いてみたが、やはりいない。妙な胸騒ぎがした。

 挨拶もせずにいなくなるような奴等じゃない。村まで送っていくと約束もした。違和感の元を探すように、居間に出てぐるりと見回した。


 ナイトの剣がない。


 確信に近いものをもって、早足で外に出て足跡を探す。予想通り二つ、大きいのと小さいのが並んで森の奥へと向かっている。


 ――あいつら、野盗退治に行きやがった!


 一体何のつもりなのか。昨日連中に追い詰められていたことをもう忘れたのか。

 大体、行くなら行くで一言くらい言って欲しかった。自分だって手伝うのに。

 家の中に取って返し、矢筒に補充して玄関を蹴り開ける。

 腰の短剣を触って確認し、全速力で足跡を追跡する。

 頼むからアタシが行くまで見つかってくれるなよ、と祈りながら、リエスは森を駆け抜けた。




 人が祈る時というのは大抵、悪い予想が当たりそうな時なのである。

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