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優しい騎士と小さな魔法使い  作者: 満月すずめ
第一部・逃げる二人
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第五十話 「四つ巴・9」

――シャレンが起きたとき、マギサはまだ羊毛入りのシーツを被って眠っていた。


 包まっていたブランケットを剥ぎ、椅子の背もたれに掛ける。

 小さく深呼吸して窓に視線を向ければ、陽光が入ってくるところだった。

 足音を消して窓に近づき、カーテンを閉める。ポットにはティーコゼーをしていたが、流石にもう冷えてしまっていることだろう。

 寝ているマギサを一瞥して、椅子に戻る。


 昨夜は何であんなことを言ってしまったのか。

 実に下らない質問をしてしまった。生きている理由なんて、死ぬ理由がないだけだ。


 マギサにあるかないかは知らないが、例えばあの青年剣士を人質にでも取れば死ぬ理由になるだろう。それだけの話。

 遺跡以降、何となく標的二人に毒されている気がする。


 取引はあくまで必要だから行っただけで、それ以上でも以下でもない。互いの利害が一致した上での、対等なもの。

 あそこで殺したとしても、報告も何も出来ず、依頼達成とは見做されない。だからまず状況を打破するために取引を持ちかけた。それだけのことのはずだ。

 騎士団だって、一人で六人も相手に出来ないからこその決断だった。何の問題もない、最適な道を選択し続けた結果だ。


 ――だったら、騎士団がきた時点で標的を殺せば良かったんじゃない?


 それでは完了報告ができない。殺しても意味がない。


 ――印璽があるじゃないか。騎士団に殺されようが関係ない。標的の死体は見つかるだろうし、荷物を検められて印璽が出れば話は依頼主に行くだろう。万々歳だ。


 依頼主は面倒を望まない。大体、今後の組織の活動にも影響が出る。


 ――依頼主や組織が一体どうした。依頼内容は少女の抹殺だ。それ以外など知ったことか、仕事を果たすのが全て。違うか?


 養父から教えられた仕事の心構えに反している。


 ――嘘を吐け。仕事を果たすのが全て、それが教えだ。確かに雑な方法だが、それが今のお前の実力だから止むを得ない。第一、別に生き残る理由もないだろう?


 煩い。それを言うなら、死に急ぐ理由だって別にない。

 雑な方法で仕事を果たしたなんて、養父が知ったらどんな顔をするか。もう子供ではない。暗殺者として名も知られている。

 それなのに、そんなみっともないやり方をしたら、養父の名に傷がつく。


 ――言い訳ばっかり並べ立てて、


 黙れ。


 “爪”の声もなしに現れた鉤爪で、手首を引っ掻いた。

 痛みで意識が現実に戻り、垂れ落ちる血が絨毯の色と混ざる。


 カーテンなんか閉めるからだ。暗闇が変な考えを助長して、無駄な傷を作ってしまった。

 足音を立てずに立ち上がり、ベッド側の荷物を開けて薬箱を取り出す。

 薬草を磨り潰した塗り薬で傷を塞ぎ、適当な布を巻きつける。対処としては雑だが、こうしておけばすぐに治ることをシャレンは経験上良く知っていた。


 養父から教えられたことの一つ。血をすぐに止める手段。傷を負って帰った時、跡をつけて歩くなんてあるまじきことだと殴られた。

 養父の教えに従うのは、今更他にやることもないからだ。だから、取引は守る。それ以外の事は全て余計な考えとして片付けた。


 早いところこの屋敷から脱出したいが、マギサを連れてとなるとちゃんとした準備と協力者が必要になる。

 一先ずあの童顔執事が来るまで、椅子に座って目を瞑ることにした。


 毒されてなどいない。都市から出たら殺す。それで何もかも終わりだ。

 考えることを止め、気づけば入っていた力を抜いて頭と体を休める。


 カーテンから漏れる光が強くなってきたところで、廊下からほんの微かに足音が聞こえた。

 ノックされる前に、シャレンが静かに扉を開ける。

 驚いた顔をした童顔執事が片手を上げた姿勢で固まり、衛兵二人が何気ない風を装って盗み見ていた。


「あ、お、おはようございま――」


 口元に人差し指を当て静かにするよう示すと、扉の隙間から身を滑らせ廊下に出た。

 音を極力抑えて扉を閉じながら、口元を覆う童顔執事を見やる。


「おはよう」

「おはようございます。あの、もうお一人は?」


 小鳥が囀るような声で挨拶を交わし、シャレンが首を横に振る。

 何かを察したように軽く眉を上げ、童顔執事は黙って身を翻した。


 先導する執事に従って大人しく歩く。マギサには寝ていてもらった方が今の彼女にとっては都合がよかった。

 一緒に食事を摂る気分じゃないからとか、そんな感傷的な理由ではない。

 角を曲がって衛兵の視界から消えたのを確認すると、シャレンは自分よりやや背の低い執事に声をかけた。


「少しいい?」

「何でしょう?」

「ヴォラール、という人を知っている?」


 先導する足を止め、一瞬その童顔に似合わぬ鋭さを目に宿らせる。

 振り向く時には既にその気配を消していたが、組織で生きた年季の差は如何ともしがたい。純粋培養の暗殺者の目は誤魔化せなかった。

 童顔によく似合う人好きのする笑顔を浮かべて、執事は小首を傾げる。


「その方がどうされました?」

「貴方の師の養女が協力を求めている。そう伝えて」

「はぁ、えっと、僕に言われましても……」

「そう」


 言いたいことだけ言うと、興味を失ったように視線を外す。

 困ったように笑いながら、童顔執事は内心舌打ちしたい気持ちを抑えて再び先導する。


 腹の探りあいはシャレンの得意とするところではない。が、それは別に相手を見抜けないということを意味しない。

 見抜いたところで、使うつもりも当てもないだけだ。相手が何を考えていようがどうでもいい。必要なことを必要なだけ出来れば、それ以外は余計である。

 童顔執事が磨いてきたであろう技術は、シャレン相手には特に意味を成さなかった。状況が違えば話も変わっただろうが、ここでもナルから齎された情報が大きく影響していた。


 顔に見合わぬ修羅場をくぐって来た彼も、わからないではないのだ。

 何せ、後ろを歩いているはずなのに足音も気配もしない。

 これは脅しだ。力の差を見せ付けて、その気になれば好きなようにできると言外に教えてきている。

 彼の知る限り、同じ芸当が出来るのは上司である無骨で無愛想な男だけであった。


 おそらく、自分が何をしようがどうすることもできない相手だ。下手に動かれたくないのなら、言われた通りにするしかない。

 変に騒がれて組織とヘクドの関係が悪化して困るのは、彼女ではなく自分達だ。


「後で三階をご案内致します。遊戯室など、お暇を潰すのに最適ですよ」

「そう」


 一瞥すらしないシャレンに、童顔執事は笑顔を崩さない。

 互いに仕事に忠実な、組織の構成員としてお手本のような姿だった。



  ※            ※             ※


 息が詰まりそうだった。


 ベッドに横になってからも、マギサは眠りにつくことができなかった。

 頭の中を巡るのは、シャレンが放った一言。



 ――どうして死なないの?



 どうしてだろう。そんなこと、こっちが教えてほしい。


 逃げなさい、とお婆ちゃんが言ったから。

 ペロをいつか必ずエウリュと再会させたいと思ったから。

 浮かぶ理由は、どれも空回りしているようだった。

 胸の内で言葉にしてみても、空々しく聞こえる。


 もう十分に逃げた。逃げて逃げて、その結果が今だ。

 今更あの時の言葉を引き合いに出されたって、じゃあ後どのくらい逃げればいいのか。


 ペロを再会させようにも、現状では不可能だ。

 先入観を取り払って、ペロは普通と違うんだと理解してもらわなくちゃいけない。一体誰がそんなことを信じるのか。


 その為に必要なのは魔物についての詳しい知識で、そんなもの自分だってろくにもっていなくて、現実問題魔物による被害が出ているのを目の当たりにしている。

 そんな状況で、魔法使いである自分が何を言ったって聞いてもらえるものか。出来やしないと、他の誰でもない自分が真っ先に却下してしまう。


 死ねない理由が、どこにもない。


 生きていて辛い事なら山ほどあった。人間じゃないと思い知る事も沢山あった。ついこの前なんか、はっきりとそう言われて、自分でも頷いてしまった。

 魔法使いは、人間じゃない。


 今になって、里の大人達の気持ちが痛いほど分かる。生まれつきはどうしようもなくて、それでも何とか人間らしく生きようとしていたのだ。

 魔法使いは人間じゃない。


 祖母の膝の上でお伽噺を聞いていた頃の自分なら、絶対に否定しただろう。確かにかつて悪いことをしたかもしれないけど、自分達はそうじゃないって。

 数々の傷跡を見た今となっては、その言葉にも力が篭らなかった。

 人間のしていい所業じゃないと思ったこともある。同じ力が自分にもあって、似たような真似をつい先日したばかりだ。


 魔法を使うのが怖くて仕方がない。

 治療や守る為に使うのならばと、少しは割り切れていたのに。

 最初に魔法の力を行使した日のように、どうしようもなく恐ろしい。


 魔法を使う度に、人間じゃなくなっていく気がする。

 魔法に慣れてしまったら、きっとかつての魔法使いのようになってしまう。

 命を玩具のように弄び、人を人と思わず、心ごと従えようとするような。


 それが出来るだけの力が、魔法にはある。自分が力に溺れない保証は、どこにもない。

 動機になるような恨みつらみだってある。報復をしようとしてしまえば、歯止めが利かなくなるかもしれない。


 怖い。

 自分で大事なものを台無しにしてしまうようで足が震える。


 そのくらいならいっそ、死んでしまった方がいいと思ったことだってある。

 今まで色んな所を旅してきて、死を望まれたこともあった。あの若い騎士は、魔法使いが生きていると秩序が乱れて動乱が起こると言った。


 ここまでされて、どうして生きているのだろう。

 生を望まれたことなんて、ただの一度も、



 ナイト。



 居た。たった一人、こんな生を望んでくれている人。


 でも、それならやっぱり余計に死ぬべきだ。

 自分が生き続けている限り、彼を巻き込むことになる。

 自分が死にさえすれば、彼の命が危険に晒されることもない。


 分かっている。

 そんなこと、ずっと前から分かっている。

 分かっていて、どうしてかずっとその選択肢を選べずにいた。


 だから、シャレンに問われたのはその罰なのだ。

 結局は我侭を押し通す、『魔法使い』らしい精神をした自分への。


 そんなことを考えている内に窓の向こうが白み始め、いっそ起きていようと思った所でマギサの意識は途切れた。

 目が覚めてから自分が眠っていたことに気づき、首だけ動かして周りを見る。

 思ったよりも暗く、まさか夜まで眠り込んだのかと思ってシーツを押し退けて体を起こした。


 改めて周囲を見れば、窓にカーテンがかかっている。隙間から漏れる光は紛れもなく陽光で、おそらくは昼前くらいだろうと察しがついた。

 思ったより寝ていたわけではないことに気づいて、落ち着きを取り戻す。別に夜まで寝ていようが問題ないのだが、追われる旅を長く続けたクセみたいなものだ。一日寝過ごせば、追いつかれる危険が高くなるから。

 目下、その追っ手の一人であるところのシャレンと同室であるわけだが。


 件のルームメイトは、椅子に座って黙って目を閉じていた。

 テーブルの上にはティーコゼーを被せられたポットと二つのカップ。昨日のものとは柄が違う。

 そして、小さめのバスケットに入った軽食。


 昨日はあんなものはなかった。ティーセットの柄も違うし、誰かが持ってきたとしか思えない。

 そういえば、昨日確か執事の人が食事が出来たら迎えにくるとか言っていた気がする。

 ということは、人がきたのに自分はぐうぐう眠っていたのか。長い旅生活で多少の警戒心ぐらいついていると思っていたが、予想以上に隙だらけだったようだ。

 起こされなかったのは、それだけ寝入っていたということだろう。


 我ながら恥ずかしい。もう少し緊張感をもてないのか。

 寝る前に考えたことがぶり返す。そんなことだから、魔法に振り回されるのだ。

 起きたマギサに気づいたのか、シャレンが目を開けた。


「お腹空いてる?」

「あ……少し」


 唐突な質問に、なんとなくで答える。

 正直寝起きで腹が空いているかも分からなかったが、否定することもできなかった。

 マギサを一瞥し、小さくバスケットを指し示す。


「どうぞ。顔を洗ってからの方がいいと思うけれど」

「……はい」


 頷いて、言われたとおりサイドテーブルにある水桶で顔を洗う。

 隣に置かれた清潔な布で顔を拭けば、眠気は一気に吹き飛んだ。


 それにしても、実に贅沢なものだ。旅暮らしからは考えられない代物の数々に、マギサはあの鷲鼻がどれだけの権勢を持つ貴族かを知る。

 悪者ほど世にのさばるのは、現代でもそう変わらないらしい。

 テーブルにつけば、シャレンが紅茶を注いだカップを置いてくれた。


「ありがとうございます」


 マギサに小さく頷き返し、自分の分を注いでポットを置く。

 口の中だけで祈りを捧げ、マギサはバスケットに手を伸ばす。里を出てからずっとやっていなかった、食事の前の習慣だ。


 無事作物が取れたことや、獲物となった動物への感謝を意味する祈り。生と死に関する言葉。敢えて避けてきたそれをしたことに、昨夜の事が影響していないとは言い難い。

 食べようとしてふと思い出し、シャレンに視線を向けた。


「おはようございます」

「……おはよう」


 素っ気無い返事を聞いてから、マギサは食事を再開する。

 シャレンの顔を見ると、胸の奥が疼くのを感じる。

 当然だ。昨日の質問の答えを、未だに出せていないのだから。


 いや、本当はもう出せるはずだ。分からない、という答えが。

 そのくらいなら死んだ方がいい、という提案には頷くしかない。自分でも本当にそう思う。


 生きていてもどうすることもできないのに。

 軽食の中の肉は、どこかで生きていた、死にたくなかった獣のものだ。


 動物の死骸を食べてまで、どうして生きているのだろう?


 紅茶は温かくて甘くて、本当に美味しかった。


「ミルクと砂糖はいる?」

「あ……はい」


 小瓶に入ったミルクと砂糖を入れてもらうと、更に甘みが増した。

 シャレンを見れば、何も入れずにそのまま飲んでいる。やはり、甘いのは余り好きではないのだろうか。

 そもそも、味の好き嫌いなんてあるのだろうか。


 数日一緒にいるのに、相変わらずシャレンのことは分からない。

 昨日の質問も、何かの意図があったのか、それともただ聞いてみただけだ。

 どちらにしても、思い悩んでいることと直接関係があるわけじゃないけれど。


 静かな食事が終わる頃合を見計らって、彼女が口を開いた。


「昼食まで、暇でしょう」

「え? ……はい、そうですね」


 軽く人差し指で毛先を弄りながら、シャレンは微妙にマギサから視線を外す。

 目の前の黒衣の暗殺者が何を言わんとしているか分からず、まだ白い服と髪飾りのままの少女は様子を窺う。

 表情も何も変わらないのに、マギサにはどこかシャレンが普段と違うように見えた。


「遊戯室があるのだけれど。行ってみる?」


 思ってもいなかった発言に、天涯孤独の少女は天涯孤独の娘をまじまじと見つめた。



  ※           ※            ※


 マギサが起きる、少し前。


「ようやく着いた……」


 荒れた息を整え、ナイトは巨大な門を見上げる。

 蹄の跡を追って三日。途中見失いながらも、青年剣士は何とか行き先を突き止めた。


 北西部を取りまとめる大都市、『小さな王都』コンフザオ。

 正直近づく程に蹄の跡がやたらと多くなってどれがどれだか分からなかったが、遠目にも見えた街の威容を当てにここまでやってきた。


 騎士団が駐留する都市はそう多くない。一応騎士団試験を受けた身として、その程度の事は知っていた。

 足跡から考えても、コンフザオ以外にわざわざ行くとは考え難い。今日に入ってからはもう地面を見ずにひたすら都市に向かって走った。

 その甲斐あってまだ朝といえる時間の内に門前まで来て、田舎者よろしく阿呆面晒して見上げているのだ。


 どれだけ助走をつけて跳んだところで決して届かない高さに、熊が十匹は並べそうな幅。交通の要衝として、門は往来がしやすいよう設計されていた。

 塀も門より少し低い程度で、緩やかな曲線を描いて横に続く様は圧巻ですらあった。かつて訪れた王都をナイトは思い出す。『小さな王都』の名は伊達ではない。


 門の両脇には騎士が二人ずつ配置され、行き交う人々に視線を走らせている。交通量の関係から一々引き止めるようなことはしないが、怪しいと判断されたら呼び止められてしまうだろう。無視して過ぎればどうなるかは、言わずもがな。

 向かって右側が都市から出る人、左側が入る人の通行路らしい。怪しまれぬよう、何の変哲もない旅人の振りをしてナイトは人の流れに混ざっていく。


 言ってしまえばマギサを連れていないナイトは本当にただの一般人なのだが、今更そんなことに考えが及ぶはずもない。緊張した面持ちで検問されないよううっかり足を忍ばせ、後ろから人にぶつかられて慌てて頭を下げた。

 まさにお上りさんといった風情に怪しさを感じるのは、如何に騎士といえど難しい。

 ナイトは呼び止められることなく、当たり前に都市の中に入ることができた。


 目の前に広がる王都を彷彿とさせる景色に、開いた口が塞がらなかった。

 きちんと区画整理された街並みに、石畳で整備された道。門から通じる大きな路は街の中央広場に繋がっており、四方に向かって伸びている。

 街の大動脈、目抜き通り。東西南北の門から繋がる道が交わる広場では、一部認められた区画のみ露店を開くことができる。


 トライゾンの雑然とした感じとは違う。どちらかといえばアバリシアに近いが、一歩外れれば無法地帯なんてことはない。

 街中は隅々まで整備されており、郊外にまで足を運ばなければ安全が保障されている。

 行き交う人々の顔は活気に満ちており、荷馬車が忙しなく通り過ぎていく。


 北西部の中心地、流通の要、『小さな王都』コンフザオ。

 四年半前、王都を初めて目の当たりにした時と変わらぬ衝撃をナイトは感じていた。


 はっと我に返って首を振り、何をしに来たのかを思い出す。

 マギサとシャレンを助けにきたのだ。観光に来たのではない。

 早速道行く人を捕まえて話を聞く。情報収集の定石や鉄板などナイトが知るはずもない。とにかく手当たり次第に尋ねるだけだ。


「あの! 人を探してるんですけど、」

「あ、そういうのいいです」


 何と勘違いされたのか、押し止めるように掌を向けて足早に立ち去られた。

 勿論、その程度でめげるナイトではない。


「すみません、お聞きしたいことがあるんですけど」

「騎士団宿舎はあっちだから、じゃ」


 次。


「女の子を見かけませんでしたか?」

「今忙しいんで」


 更に次。


「お尋ねしたいんですが、こう髪をまとめた、」

「邪魔だよ、どいたどいた!」


 話している途中で馬車に割り込まれ、蹄の音で耳が塞がれている内にどこかへ行かれてしまった。

 このままじゃ日が落ちても二人を探せそうにない。いっそ騎士団宿舎にでも行って話を聞くかと思ったが、立場上あまり騎士と話したくはなかった。

 嘘を吐いたり腹芸が不得意なのは、ナイト自身もよく分かっている。


 深呼吸して一旦落ち着く。今のやり方じゃ駄目だ。多分、質問が良くない。

 もっとこう、一発でズバッと聞ければ何とかなる気がする。根拠は全くないが。

 勢い以外に武器も何もなく、一発で分かりそうな言葉を探しながら次の人に突貫した。


「あの、騎士団に連れられた女の子二人組を知りませんか!?」

「え……あぁ、知ってるよ。三日くらい前だったかな、見たのは」


 ようやく当たりを引き、ナイトは思わず拳を握り締めた。

 逸る気持ちを抑えようもなく、身を乗り出してその先を訪ねる。


「ど、どこに居ますか!?」

「どこって……そりゃ獄舎だろうよ。何をしたか知らんが、若いのに勿体ないねぇ」

「獄舎ってどこですか!?」

「知らないのかい? もしかして、旅人さん?」


 頷くと、男は親切に獄舎までの道を丁寧に教えてくれた。

 整備されている街だけあって道順は分かりやすく、ナイトは男に礼を言って走り出す。


 分かってはいたが、騎士団が常駐する街で囚われの身であるというのはかなり心理的にきついものがあった。

 獄舎というからには犯罪者が沢山いて、見張りの騎士もいるだろう。そこからどうやって助け出すか、考えただけで知恵熱が出そうになる。


 だが、それは後の話だ。今はとにかく、二人の無事を確認したい。

 特にマギサは大丈夫だろうか。シャレンはどうとでもなるだろうが、マギサは犯罪者だらけの場所で怯えていないだろうか。

 騎士団のことだから滅多なことはしないと思うが、厳しい尋問なんかされたりしていたらどうしよう。本格的に騎士団と斬り合うしかないと覚悟を決めて、言われた道順を辿る。


 中心部から離れるような路地を抜けた先に、物々しい建物があった。

 鉄製の柵で覆われた敷地に、建物の奥に見える高い塀。鳴り響く石か何かを削る音に、異様な雰囲気が全体から伝わってくる。


 間違いない、ここが獄舎だ。

 そう確信し、ナイトは足を止めた。


 流石に考えなしに突っ込むのは躊躇われる。しかし、どうにかして中を確認したい。

 何とかできないものか、と考えるが、ナイト一人にできることなど高が知れていた。

 獄舎の門前には見張りの騎士が二人。忍び入ることなど出来るはずもなく、さりとて何か有効な手立てが思いつくわけでもない。


 覚悟を決めて、ナイトは堂々と入ることにした。

 いくら獄舎だって、面会くらい許してくれるはずだ。というか、そうでないともう手詰まりだ。とにかく少しでもいいから二人の姿が見たい。

 やや冷静とは言い切れない状態のまま、ナイトは獄舎の門に近づいた。


「止まれ! 何の用だ?」

「えっ、あっ、その、友達に会いに来ました!」


 見張りの騎士に押し止められ、用意しておいた言い訳を口にする。

 別に嘘ではない。いや、友達かどうかは怪しいから、嘘と言えば嘘なのだが。

 騎士達は視線を交わし、制止してきた騎士の方が話しかけてきた。


「面会希望ということか?」

「はっ、はい、そうです!」

「相手は誰だ? 名前は?」

「え、と。シャレンとマギサ、って言うんですけど……」


 名前を出した途端、騎士の顔が険しくなる。

 拙かったか、と(ほぞ)を噛む。名前を出さずに済ませたほうが良かったかもしれない。見た目だけでも特徴的だから、そっちにすればよかった。


 冷や汗が背筋を流れ落ち、動悸が耳鳴りに変わる。

 顔を強張らせて固まるナイトに、騎士が確認するように尋ねた。


「それは、黒い服を着た妙齢の女と、白い服を着た少女の二人か?」

「えっ、はい、そうです」

「二人とも髪を一本に編みこんでいる。間違いないか?」

「……間違いないです」

「……少し待っていろ」


 騎士達は顔を見合わせ、ナイトから距離をとって何事か話し合う。

 もしかしたらとんでもない失敗をしたのかもしれない、と今更ながら焦る。大体白い服ってなんだ。遠目で良く分からなかったが、マギサは服まで変えていたのか。


 念の入ったやり口は、多分シャレンの手によるものだろう。少しだけ安心する。そこまでしたのだから、きっと今もシャレンがついているはずだ。

 希望的観測ではあったが、あの黒衣の暗殺者は無駄なことはしない。そもそも自分だけ逃げるつもりなら、マギサを囮にでもしていただろう。


 二人の間にどういうやり取りがあったかは知らないが、マギサを守ってくれているようだ。会ったら、お礼を言わなくちゃ。

 そこまで考えたところで、話し終えた騎士に声をかけられた。


「君、彼女達の友人だと言ったな?」

「え、えぇ、そうです」

「少し話を聞かせて欲しいんだが。構わないか?」

「えっ!? あ、あの、その……」

「なに、知っていることを話してもらえればすぐだ。さ、こっちに」


 騎士に二の腕を掴まれ、半強制的に連行される。

 抵抗するわけにもいかず、ナイトは大人しく見張りの騎士に付き従った。


 自分から怪しいものだと言うような真似はまさかできない。それに、どうして騎士団がここまで二人のことを気にするのか知りたかった。

 何か悪いことに巻き込まれてないといいのだけれど。

 少々不安になりながら、青年剣士は獄舎の門を潜った。


 その予想が的中しているとは、この時は知る由もなかった。



  ※            ※             ※


 昼前、街中で情報を集めていたライは気になる噂話を聞いた。

 何でも、先日騎士団に連れられていた美女と少女の友人と名乗る男が街に現れたというのだ。

 二人の行方を街中で聞きまわった後、獄舎の騎士に連れて行かれたらしい。


 噂というのは、その大半が眉唾だ。だが、中には真実が含まれているものも存在する。

 その判別をするのがライの役割であり、ヴォラールに見込まれる程の得意技でもあった。

 噂の広まり方、話し手の喋り方に発端の具体性。諸々を考慮し、それなりに信憑性が高いと踏んだ。


 目下、あの二人のことはライが所属するグループの重要問題である。

 まとめ役であるヴォラールの事情だけではなく、遺跡を管理する仕事を請け負っているのだから当然だ。


 ライにしても、仕事というだけでなく事情を知りたい。師匠の師匠、つまり大師匠の娘が関わっているのだ。

 早く確定にして動けるようにしたい。ゴミ溜りみたいな貧民窟から拾ってくれた師への、彼なりの恩返しであった。

 性格にも問題があってどこにいってもはぐれ者だったのを、師は拾ってくれた。教え方は厳しいが、見捨てられることがないだけでライには十分だった。


 兎にも角にも、あの二人の問題を片付けないことには他の仕事にも身が入らない。

 昨夜師匠は屋敷に呼ばれたらしいが、多分何もしていないだろう。念の為、潜り込んでいる童顔野郎に接触させて様子を見る手筈だ。何かあれば昼には連絡が来るはず。

 その間にこちらも、やれることをやっておく必要がある。


 掏り取った果物を齧り、芯を適当に放り投げた。

 人が多いと、誰かに注意を払うことなんて滅多にない。大勢の内の一人として、見えてはいても脳が適当に処理をする。その意識の隙間に潜み、誰も聞いていやしないと油断して話すのを聞き取るのが、ライの情報収集のやり方だった。


 例の友人と名乗る男は、それなりに人気なようで何度か耳に挟んだ。獄舎に行ったのも、騎士団に連れて行かれたのも間違いなさそうだ。

 騎士団とて二人の情報は少しでも欲しいのが実情だろう。そりゃ、そんな奴が現れたら話も聞きたくなる。

 どれだけの情報を持っているかは知らないが、他を探すよりよっぽどマシだと判断し、ライは獄舎へと足を向けた。


 どうなるにせよ、必ず動きがあるはずだ。最も素早い情報収集は、現地に行って自分の目と耳を使うことだ。

 時間がかかることを覚悟して、ライは獄舎近くの路地に身を潜めた。



 惚けた顔をした青年剣士が門から放り出されるのを見たのは、待機を始めてそう間もない内であった。

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