第三十三話 「シャレン・その7」
――荒い息を吐きながら、脇腹を押さえて裏路地を歩く。
なんとかシャレンを撃退したはいいが、無傷ではすまなかった。
全身あちこちが痛みを訴え、深くはないが脇を切り裂かされた。
押さえた手が血で濡れる。休むことさえ出来ればそのうち止まるだろうが、どこから自警団が出てくるか分からない以上そういうわけにもいかない。背中の荷物が重い。
シャレンはもう既に意識を取り戻しているだろう。暫く動くのは辛いくらいの打撃は与えられたはずだが、彼女のことだ。すぐに動き出してもおかしくない。
出来れば自警団の連中も彼女の介抱に人手を割いてくれるといいのだが、余り期待しないほうがいいかもしれない。
適当な階段を見つけ、裏を見れば何に使ったものかも分からない木箱が平積みにされていた。有難く使わせてもらうことにして、木箱を二列一段積み上げてその後ろに隠れる。
早くマギサを見つけないと、いつまでも無事とは限らない。自警団の奴らが業を煮やして強引な手段を使わないとも限らないし、そうなればマギサだって『魔法』を使うかどうかの選択を迫られてしまう。
『魔法』を恐れてシャレンも手を出していないみたいだが、僕を捕まえる事が面倒だと判断すれば方針を変えることも有り得る。
『魔法』は危険だ。身を守れればいいが、それ以上の結果を引き起こしかねない。それに、弓なんかを使われて姿を見せずに狙われれば、反応する前に殺される可能性もある。
どう考えても一刻でも早く合流しなければならないのに、体が言うことを聞かない。
そこまで深手でもないのに、体力の消耗とあわせて動きを鈍らせてくる。今のこのこ表に出て行ってもそれこそ捕まって人質にされるだけだ。
思ったようにいかない悔しさに、奥歯を噛み締める。騎士になる夢を捨ててまで選んだものは、そんなに軽くないはずなのに。
それとも、そんなに軽かったのか。元々夢自体はとっくの昔に破れていたんだ。女々しい未練の塊と引き換えにしたものなんて、そんな程度だったか。
違う。
それだけは、はっきりと言える。
未練の塊だって、僕には大事なものだった。それがあるから、毎日毎日飽きもせずに剣を振るい、マギサを助けようと思ったのだ。
皆の平穏はマギサの命と引き換えでしかないなんて、納得できなかった。マギサを殺すのが騎士として正しい行いだというのなら、騎士になんかなれなくていいと思った。
逃げても変わらないというのなら、何かを変えてやろう。少しでも何かが変わって、最後には皆の平穏とマギサの命が天秤に乗らないようになればいい。
今剣を振っているのは、もう未練のせいじゃない。大事なものと、やりたいことが出来たからだ。
マギサの里に行こうと思ったのも、やりたいことの為に必要だと思ったからだ。
マギサに纏わる事を知れば、少しは何か、今より道が開ける気がした。
では、僕は、騎士の夢を捨ててまで何をしようとしているのか。
したいことはある。モガ達と遺跡を探索して、はっきりと自覚した。マギサを知って、自分を変えて、そこから世界も変えていく。でも、それは何の為か。
なんとなく浮かんではいるのだ。だって、未練の塊を捨てたというのに僕は今もマギサを助けたいと思っている。
それは多分きっかけに過ぎなくて、大事な思いがきっとそこにはある。
それが分かれば、選んだことも言葉に出来ると思うのだ。
木箱の陰に隠れながら、ナイトの意識はふつりと途切れた――
※ ※ ※
マギサが事態を理解した時には、体を拘束され口を塞がれ、逃げられない状況が出来上がっていた。
混乱しきった頭で、それでも何とか逃れようと身を捩る。力の差がありすぎて、非力なマギサではびくともしない。
それでも抵抗を続けようとすると、どこかで聞いた覚えのある声がした。
「おい、静かにしろ!」
小声で怒鳴られ、目線だけで相手を確認する。
皮肉気に歪められた顔が、嫌そうに片眉を下げてこちらを見下ろしていた。
引っかかった記憶を強引に引っ張り出す。そうだ、思い出した。この町に来た時に入り口にいた衛視の内の一人だ。
ナイトに話しかけていた方。人を小馬鹿にするような、厭らしい笑い方をしていた。
ということは、自警団の一人でもある。
思い出す前よりも強く体を動かして、男の手を振り解こうとする。自警団の目的は分からないが、捕まっていいことは一つもないはずだ。杖を手に持ってはいるが、今の状態で『魔法』を満足に操れるかは分からなかった。
益々暴れだしたマギサに、自警団の男は面倒臭そうに舌打ちする。
「助けてやるからじっとしてろ!」
囁くように吐き捨てられた言葉に、マギサが驚いて動きを止める。
真偽を確かめるように男の顔を見れば、苦々しげに口元を歪めていた。
「今回はお前達の味方だ。事情は後で話してやる」
口調から、好き好んで言っているわけではないのは分かる。
男の意図を見抜こうとするように、マギサはじっと見つめた。
そんなマギサを見下ろしながら鼻で笑い、路地の角から向こうに視線を投げる。
「信じなきゃ、お前もあの兄ちゃんも捕まって殺されるだけだ」
マギサの体がびくりと反応し、考え込むように目線を下げた。
男はマギサを一瞥し、脅しが効いた事を確認して表通りに目を向ける。何かを探し回るような忙しない足音が段々と近づいてきていた。
間違いなく、男の仲間がマギサを探している音だ。
「狙われているのは、二人だけなんですね」
「あ? ……あぁ、あの女のことか」
一瞬質問の意図を取りかね、すぐに察して男は口の端を歪めた。
まさかそう来るとは思わなかった。このガキ、思ったよりも頭が回りやがる。
男は足音に注意を払いながら、表には決して聞こえない声量で話す。
「その事も後で話してやるよ。お前の考えてる通り、俺達が追っているのはお前ら二人だけだ」
男が皮肉を込めた笑みを浮かべ、マギサは抵抗を止めて黙り込む。
心情を慮るつもりもなく、男はマギサが静かになったことに満足して耳を澄ませる。
どういう関係だろうが何を思おうが、事実は変わらない。下手に思い悩むだけ馬鹿らしい、というのが男の信条だ。
どうせ死ぬ時はいつだって理不尽だ。寿命が理不尽でないとでも言うつもりか。それこそ、クソのような諦めの正当化に過ぎない。
だったら、死ぬその時まで好きに生きる。それが、男が決めた生き方だった。
そのお陰で仲間を裏切るような真似をしてしまっているが、そもそもこの作戦は余所者の女から強制されたことだ。男の中では裏切っていることにはならない。
それが他人に通用するかといわれると、その限りではないのだが。
いよいよ足音が大きくなり、話し声まで聞こえるようになった。
マギサを拘束する手に力が篭る。万が一にでも騒がれて見つかれば、男が何を言おうと裏切り者の誹りは免れられないだろう。
マギサが騒ぐとは男も思わなかったが、他人は全て自分に都合が悪く動くと考えるのが事を上手く運ぶ秘訣だと知っていた。
足音が路地に近づき、顔が見えて誰か判別できるようになる。友人の顔を確認して、しめたと心の中で喝采を上げた。
「おい、この路地は調べたか?」
「いや、そっちはまだだ」
仲間の一人が路地に踏み込もうとしたところで、
「誰かそこにいんのか?」
わざと大きな声を出すと、口を塞いだ手からガキが息を潜めたのが伝わってきた。
踏み込もうとした仲間の足が止まり、狙い通りにいったことを確認する。
「誰だ?」
「あー、その声、ベックか?」
仲間の誰何に、男は友人の名前を返す。
向こうもこちらを理解したようで、若干砕けた口調になった。
「トゥレ? 何してんだお前」
「何って……お前らと同じだろ。まぁ、ちょっと休憩しながらではあるが」
「休憩ってお前……ちゃんと仕事しろよ」
「ガキ捕まえに走るのが仕事なもんかよ。あぁそう、こっちにゃいなかったぞ」
「しょうがねぇ奴だな。あんまり過ぎるとまた団長にチクられっかんな」
「お前が黙っててくれりゃわかんねぇさ、ベック」
「どうだか。第一、隠れて何やってんだ?」
「ちょいと人前に出られねぇことをな。何ならこの辺りもう少し調べとくからよ」
「あーあー、分かった分かった。じゃ、宜しく頼むぞ」
おぅよ、と短く返すと、仲間達は声をかけあって遠ざかっていった。
やはり、普段の行いはいざという時にものを言う。特に自分の所業を良く知る相手だと効果抜群だ。
最悪の場合は二、三人相手にしなければならないと予測していただけに、男は深く息を吐いてマギサを押さえる手を緩めた。
解放されたマギサは男を見上げ、抑揚のない声で言う。
「離して下さい。貴方の言うことを信じます」
片眉を上げて値踏みするようにマギサを見やる。
その視線を正面から受け止め、マギサはいつもの無表情を貫いた。
軽く舌打ちをして、男は手を離す。どのみち、このまま抱えて移動するわけにもいかない。いざという時動けない間抜けな状態で何かをする気にはならなかった。
やっと自由になった体で、マギサは杖を握りなおす。足が悪いわけでもなかろうに、何故杖を持っているのか気にはなかったが、男はその疑問を放り捨てた。
聞いた所で何にもならない。他人の事情に首を突っ込むつもりもないし、別にこのガキやあの兄ちゃんが好きで助けるわけじゃない。
『組織』の人間だというあの女の獲物なら、只事じゃない理由があるのだろう。そんなものに関わるつもりは微塵もなかった。
ただ、人の町で好き勝手やっているあの女に一泡吹かせ、さっさと全員出て行ってくれればそれでいい。ついでに、この件を機にクソ小賢しい団長を追い落とす。
その為に利用するだけのことだ。その後どうなろうが、男の知ったことではなかった。
少なくとも、捕まるわけにはいかないという点でマギサと男の利害は一致していた。
男はマギサに視線を残しながら、裏路地の更に横道の奥へと進む。
「ついてこい。暫く隠れられる場所を教えてやる」
背中を向ける男に、マギサは杖を握り締めて後を追う。
他にどうする選択肢もない。足も体力も限界だし、そのお陰で気力も削られている。杖があるのに『魔法』を躊躇するような状態では、満足に逃げることもできないだろう。
男も嘘は言っていないようだ。現にさっき、自警団を追い払ってくれた。
シャレンという前例がある以上、それだけで信頼することはできないが。
しかし、事情を話すというなら行くしかない。そこには、シャレンのことだって含まれている。
男の歩調に合わせ小走りになりながら、傾き始めた日の光が薄っすら差し込む路地の奥へと足を踏み入れた。
※ ※ ※
入り組んだ路地を抜け、横に二人も並べない細道を通り、曲がりくねった裏道を過ぎて更に歩いた先に、男の言った場所はあった。
崩れかけたボロい小屋。それが、マギサの率直な第一印象だ。
斜めに傾いだ屋根は所々欠け、壁には斑点模様のように穴が開いている。繁殖する蔦と苔が、古さと日の当たらなさを教えてくれる。
隆起して小高くなった土地の間に挟まれた区画の片隅に、その小屋はあった。
僅かに差し込む光もその小屋は照らしてくれず、風雨に晒されたせいで湿気っている。
役目を果たしているのかわからない玄関と思しき扉を開け、男が小屋に入る。
「ここだ。入って来い」
大人しくついて入れば、中は実に閑散としていた。
殺風景という言葉がこれほど似合う場所も珍しく、あるのは酒か何かの空き瓶と食べ零しとベッド代わりに積み上げられた藁の山といった具合だ。
入ったはいいもののどうしていいか分からず、マギサは扉の前で立ち竦む。
適当に座った男がマギサを見やり、嘆息して顔を歪めた。
「適当に座れ。話がしにくいだろ」
言われてようやく動き、男の正面に当たる位置に距離を置いて座り込む。
男は皮肉気に顔を歪め、深くため息をついて事情を説明し始めた。
昨夜の酒場の一件の後、揉め事を起こした一団がシャレンに襲われた事。
シャレンが一団を脅し、自警団団長と引き合わせた事。
シャレンは『組織』と呼ばれる裏社会の人間であり、マギサとナイトの拿捕を依頼してきた事。
その際、マギサはなるべく傷つけず、ナイトは最悪死んでもいいという条件がつけられた事。
その依頼を団長が受け、自警団が総動員された事。
詳しい事情を知っているのは自分と団長、引き合わせた一団の内の一人だけである事。
捕まって殺される、と言ったのは男の予測だったようだ。
「つっても、ほぼ間違いねぇぞ。何のつもりか知らねぇが、あの女に殺し以外の面倒な真似が出来るとは思えねぇし」
男の説明を聞きながら、マギサは推論が確証に変わっていくのを感じていた。
最初からあからさまに怪しい入り方だったのは、男の言うとおり手の込んだ事が苦手だからだろう。それでもあんな真似をしたのは、それなりの理由があるはずだ。
おそらく、『魔法』を警戒してのことだ。拿捕の条件にもそれが窺える。それこそ剣を振り回して力尽くでこられたら、それなりの『魔法』を使わざるを得ない。
ナイトに関しては邪魔だから排除しようという考えだろうか。流石に殺人となれば自警団だって躊躇するだろうが、捕まえる為なら腕や足の一本くらい切り飛ばしそうだ。
それとも、敢えて生かして交渉するつもりかもしれない。例えば人質にして解放してほしければ自殺しろ、とか。『魔法』の所為で手を出してこなかったとすれば、やりそうだ。
その時はもう、止むを得ないだろう。相手が約束を守るとも思えないが、下手な真似をすればその瞬間にナイトが殺されかねない。天寿がきたと思うしかない。
もしくは、仲間になれ、というつもりかもしれない。『組織』とやらが裏社会の存在だとして、どこかで『魔法使い』の事を知って『魔法』の力を欲しがっているのかも。
でもそれなら、もう少し交渉や仕込みの上手い人材を送り込みそうなものだ。シャレンはどう見ても向かない。
その向かない人物をまんまと信頼し、今の状況になっているわけではあるが。
二度も助けてくれたのは、間違いなく信頼させ油断を誘う為だ。警戒していたというのに、うっかり気を許してしまった。
だが、どうにも腑に落ちない。シャレンの行動全てが、自分達を騙す為のものだったとはどうしても思えない。
旅をしている間ずっとその意図があったにせよ、腹芸は得意に見えない。なんとなく、普通に接してくれていた部分もあったように思う。
小さく首を振って、頭から追い払う。それで今が変わるわけでもない。思ったよりも落ち込んでいる自分を自分で励ます為の詭弁かもしれないのだ。
一先ずその考えは置いて、シャレンの目的に論点を戻す。
自分達を殺すつもりだとして、一体何故なのか。『魔法使い』は裏社会にとっても邪魔だからか、それとも誰かの依頼か。
恨みを買う当てならいくらでもあるが、自分の正体を知っている存在の当ては殆どない。まさか騎士団が依頼するはずもないし、国関係ということはあり得ないだろう。
他の人も、裏社会に依頼するような人ではないし、そんなお金もないはずだ。だとすれば、一体どうして命を狙われているのか。
考えても良く分からない。圧倒的に情報が少なすぎて、推測すら不可能だ。
そうして考え込んでいると、男から声をかけられた。
「おい、聞いてんのかコラ」
「……何ですか?」
顔を上げると、男が不愉快そうに眉を上げて立ち上がっていた。
ナイトほどの背の高さはなけれど、マギサよりも高いことには違いない。上目遣いに見上げれば、男はこれみよがしに嘆息した。
「恩人の話はちゃんと聞けよ、ったく。これから兄ちゃん探しに行って来る。お前はこの小屋にいろ、勝手に出たりすんな。いいな?」
「分かりました」
頷いたマギサに、男は視線を逸らして小さく舌打ちする。
何がどうしてそんなに不機嫌なのかマギサには分からなかったが、男は特別不機嫌というわけでもない。殆ど癖だ。
端から見れば微塵も動じたように見えないマギサの態度が鼻につくかと言われれば、それは勿論気に食わないのだが。
「兄ちゃんと合流したら、さっさと町を出て行け。そしたら俺が団長に報告して、この件はお終いだ。あの姉ちゃんが追いかけてくるだろうが、それはそっちでどうにかしろ」
「はい」
顔色一つ変えないマギサに、男が嫌なものでも見たように顔を歪める。
こういう、分かりやすく自分の好きに生きていない奴らは苦手だ。とぐろを巻くクソを見ているような気分になる。
自分の力でもないものでふんぞり返る奴と同じくらい、理解できない人種だ。
「じゃあな。大人しくしていろよ」
返事も聞かずに、男は乱暴に玄関を開けて歩き去ってしまった。
残されたマギサは所在無げに座り込んだまま、次第にうとうととし始める。
ようやく落ち着いて休める場所に来て、気が緩んだのだろう。はっと顔を上げて、小さく首を振る。まだ逃げ切れたわけでもないのに、眠るなんてとんでもない。
とはいえ、疲労からくる睡魔は強力で、せめてもの抵抗として藁の山の裏に回って寄りかかる。
こうしておけば、少し覗いただけでは自分がここにいるとは分からないはずだ。座ったまま眠れるし、床に倒れて横になるよりマシだろう。
安堵した心の隙をついて、猛烈な眠気が意識を刈り取っていく。
藁の山に背中を預けて、マギサは深く眠り込んだ。
※ ※ ※
自警団の宿舎、その団長室にて大柄な男が机に肘をついて頭を抱えていた。
シャレンとかいう女の頼みを受けたはいいが、想像した以上に厄介で未だに小娘も男も捕まっていない。
すぐに終わると高を括っていたのが、日が落ちた今もまだ捕まえるどころか見失ったままだ。
深くため息を吐きながら、椅子に背を預ける。こんなことなら、断っておけばよかったかもしれない。受けた被害は予想を遥かに上回っていた。
男の方を捕まえに行った連中は全員撒かれるか返り討ちに遭い、追いかけるのを嫌がる奴も出る始末だ。大した傷もない癖に、これほど部下に臆病者が多いとは思わなかった。
更にはあの女まで返り討ちにされたらしく、二人の戦いを見ていた奴等から手を引こうとまで進言された。到底自分達の出る幕じゃないと。
どいつもこいつも腰抜けで腹が立つことしきりだが、あの女が伸びていたというのは実に傑作で、それだけで溜飲を下げられた。
男の方はまだいい。もっと酷いのは小娘の方だ。
表通りを逃げ回られたせいで、追いかける部下達が多く目撃され、事情の説明を求められた。中には町人を突き飛ばして追いかけた馬鹿もいたらしく、雨霰と抗議が降り注いだ。
見た目的にも大の大人が小娘を追い掛け回す様は外聞の良いものではない。まして、何故か小娘を擁護する声もあって、こちらがまた悪さをしているのではと疑われてしまった。
事情を説明しろと言われても、こっちも詳しい事情を知っているわけではないし、知っているだけの事情も話すわけにはいかない。
詳しい事は後日話すとして今は切り抜けているが、後でどう説明するか。
頭の痛い問題がそこかしこに山積して、考えるだけで嫌になる。
夕方前にも町長に呼び出され問い詰められ、騒ぎを大きくするとして町中での捜索に制限を加えられた。おかげで、見つけ出すのが更に遅れるのは間違いない。
念の為出入り口の見張りを強化したが、それにしたってそのうち文句が出るだろう。手足を縛られた状態で人を捕まえろと言われても、『魔法使い』でもない限り不可能だ。
尤も、『魔法使い』なんてお伽噺の中にしか存在しない、馬鹿馬鹿しいものだが。
今後、自警団や自分に対する突き上げが厳しくなるのは避けられない。こうなればなんとしても捕まえて、受けた被害以上のものを得なければ割に合わない。
扉がノックされ、部下の声が聞こえた。
「団長、町長がお呼びです」
「……分かった、すぐ行く」
今度は何の話か。まさか説教でもするつもりではあるまいな。
苦々しげに顔を歪めながら、自警団団長は椅子から億劫そうに立ち上がる。
町中を探す自警団の数は半分以下になり、周囲の目を気にしなければならなくなっていた。
※ ※ ※
日も落ち、夜が更け始めた頃。
町の入り口にて、マギサを助けた男――トゥレは仲間三人と一緒に篝火の番をしていた。これは建前で、その内実は町に入る人間の監視である。
今は、そこに更に業務が追加され、町から逃げるかもしれないマギサとナイトの見張りという役目も負っていた。
ナイトを探しに出たはずのトゥレがこんなところにいるのは、理由がある。ろくに探してもいない内に同僚に見つかり、サボっていた分の仕事として押し付けられたのだ。
幸いにしてマギサを匿っていることはバレていないみたいだが、この状況で怪しい行動をとるわけにもいかない。
大人しく仕事を請け、こうして門番じみた事をする羽目になっていた。
あそこだっていつ見つかるか分からない。本来だったら一刻も早くナイトを探しに行きたい所だが、ぐっと我慢してなんでもない風を装った。
一応、ここにいればなんだかんだと情報は集まるので悪い事ばかりでもない。交代に来る連中が情報を持って、立ちんぼしている間の暇に耐えかねてあれこれと喋くるからだ。
良い話として、まだナイトは捕まっていないようだ。あの女と一戦やらかしたらしいが、返り討ちにしたらしい。思ったより強くて驚いたが、無傷というわけでもなさそうだ。早いところ見つけないと、あっさり捕まりかねない。
それと、良い話と悪い話の半々として、団長が町長に呼び出されて町中での捜索に制限をくらったとのことだ。お陰で見張りに回される人間が増えて情報は集まりやすくなったし、見つかる可能性もぐっと減ったはずだ。
仲間達の仕事に対する意欲もごっそり減る羽目にもなり、運が悪くない限り簡単に捕まったりはしないだろう。だが、それはつまりサボる奴が増えたということでもあり、そういう連中は他人に見つからない場所を探すようになる。
マギサを匿った小屋は、トゥレだけが知っている場所というわけではない。あそこはガキの頃の秘密基地で、自警団員の中にもガキの時分に共有していた奴がいる。
人に見つからずサボるには、絶好の場所だ。馬鹿が小屋に入って、あのクソガキが見つかるなんて事態は十分に考えられる。
事を上手く運ぶコツは、他人は全員都合の悪いように動くと考える事だ。
あの兄ちゃんを見つけたら、小屋に直接行く前にあの辺りにいる仲間に話を聞いた方がいいかもしれない。
更に悪い話として、あの女がもう意識を取り戻して捜索に加わっているということだ。
自警団の仲間ならいざという場面でもやりようはあるが、あの女は駄目だ。どうすることもできないし、冗談が通じる相手でもない。
最低でもあの女より早く兄ちゃんを見つけ出し、馬鹿が小屋に立ち入っているという前提で動く。それが、トゥレが現状から算出した思惑を果たす為の条件だった。
逸る気持ちを落ち着け、いつも通りの面で仕事を全うする。
ようやく来た交代と挨拶をかわし、早足にならないよう注意して町中に戻っていく。
早いとこ探し出そうと人気のない方に足を踏み出した所で、一番会いたくない奴と目が合った。
シャレン。今回の騒動を持ち込んだクソ女。
一本に編み上げた真っ黒な髪を揺らし、夜に溶け込むような真っ黒いドレスじみた服から素肌を見せながら、こちらをじっと見つめてくる。
相も変わらずぞっとする目だ。切れ長の瞳はただでさえ目つきが悪く映るのに、あんな目をしていちゃどんな美人だって御免被る。
無表情さでは匿っているガキといい勝負だが、目がまるで違う。こっちは、好きも嫌いも何もない。理解できないを通り越して、背筋が冷たくなる。
「どーも。体はもういいんで?」
「彼らは見つかった?」
トゥレの言葉だけの気遣いを無視し、シャレンは聞きたいことだけを聞いた。
トゥレは眉を潜め、それでも皮肉を込めて笑って肩を竦める。
「これが全く。どこにいるんでしょうね?」
「見つけたら教えて」
それだけ言うと背中を向け、歩き去ろうとする。
はっきりと苛つく。人を無視しやがって。何様のつもりだ、クソアマ。
「教えても、またやられるんじゃないですかい?」
鼻で笑って煽る。
痛い所を突いたはずだ。こういう奴は、自分の失敗を許せない類だろうから、この言葉が他の何より効くはずだ。
予想通りシャレンの動きがぴたりと止まり、
次に気づいた時には懐に入られ、頬に手が添えられていた。
いつの間にか近づいたのか、全く分からなかった。
トゥレが動けずにいる間に、シャレンは顔を寄せて輪郭をなぞるように頬を撫でる。
「仕事には忠実に」
身を震わせる囁きに、ただ頷くことしかできなかった。
右腕の篭手が月明かりを微かに反射する。相手が今すぐにでも自分を殺せるのだと、本能が理解をして全身を硬直させる。
体を離し、歩き去るシャレンの後姿を見ながら、腰を抜かして尻餅をついた。
「クソッタレ……!」
足を殴りつけ、力を込めて起き上がる。
いくら自分より強かろうが、好き勝手されてたまるものか。絶対に先に見つけて、あの二人ごとこの町から追い払ってやる。
奥歯を噛み締めて、人が隠れていそうな場所を探して走り出した。
ナイトは意識を失ったまま、木箱の裏で死んだように倒れ伏していた――




