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優しい騎士と小さな魔法使い  作者: 満月すずめ
第一部・逃げる二人
24/85

第二十二話「遺跡・その2」

――里に居た頃は、ずっとお婆ちゃんにべったりだった。


 父も母も嫌いだったわけではないし、仲が悪かったわけでもない。ただ、『魔法』をひたすら忌避していて、私が伝承やお伽噺を知る事についても嫌がっていた。

 それこそ父や母はかつての『魔法使い』を悪としていたし、その血が流れていることを恥じている節があった。だから、その『魔法使い』に関する伝承やお伽噺なんかは、全部子供に聞かせるものでなく、自分達を(いまし)めるものであるとしていた。


 別に、父や母が特別だったわけではない。里の大人は、皆似たり寄ったりだったと思う。

 変なのは祖母の方だった、と言うべきだろう。


 祖母は、それこそ色んな話をしてくれた。『魔法』の起こす様々な奇跡についての話。誰かを助けた話も、沢山の人を苦しめた話も、それこそ分け隔てなく。

 楽しい話も苦しい話も、面白い話も怖い話も、喜びに満ちた話も悲しみに溢れた話も、祖母から教わった話はどれも心に残る衝撃的なものばかりだった。

 大人達が皆忘れるべきだと声高に叫ぶ話を、お婆ちゃんは優しい声で語ってくれた。


 『魔法』に興味を持つ私を、大人は懸念と心配の目で見ていたし、語って聞かせる祖母は問題視されていた。

 子供は、本当は『魔法』なんかに触れない方がいい。里の総意としてはそういう形だったし、祖母はそれに真っ向から逆らうような真似をしていた事には違いない。

 勿論、幼い私にそんなことは関係ない。

 毎日毎日家を抜け出しては、お婆ちゃんの家に遊びに行っていた。暖かな縁側と、膝の柔らかさを今でも覚えている。図々しくも縁側に上がり、人間のことなどお構いなしと日陰で(くつろ)いでいた野良猫の事でさえも。


 祖母や自分が、里でも少し浮いているのは自覚していた。

 だが、私にとってそんなことはどうでもよかった。

 何せ、同い年の子供もいない。里の人数そのものが少なくて、一緒に遊べるような友達もろくにいなかった。

 そんな状況で、祖母の話は数少ない娯楽だったのだ。周りが何を言おうと、知ったことではない。例え禁止されたって、両親の目を盗んで祖母の所へ行っただろう。

 私はそれでよかったが、もしかしたら祖母はそれなりに辛かったかもしれない。

 子供と大人では、やっぱり周囲の反応も違っていたと思う。それに祖母は、里でも識者として通っていた。私が知らないだけで、色々あったのかもしれない。


 かつて一度だけ、祖母に聞いてみたことがある。

 どうしてそんなに他の大人が教えたがらない事を話してくれるのか、と。

 そうすると、祖母は微笑んでこう言った。


 ――何を言ったって、今や昔が変わるわけじゃないわ。


 そうして小さな私の頭を撫でながら、こう続けた。


 ――だから、お話を材料に、これからどうするかを考えて欲しいの。


 幼い私にその言葉は少し難しく、ただ祖母を悲しませない為に頷いた。

 もしかしたら、祖母には全部お見通しだったのかもしれない。

 何も言わず、(しわ)だらけの手で髪をそっと()いてくれた。


 今となっては、良くわかる。お婆ちゃんの言葉の意味も、他の大人達の恐れも。

 『魔法』をただ使えるだけなのは、怖くて仕方がない。だから祖母はより理解しようとしたし、里は最低限に留めようとしたのだろう。

 では、これから自分はどうするか。

 祖母の言葉通りに考えてみようとしても、一向に答えは出ない。

 なんだか、まだ材料が足りないような気がして仕方がないのだ。



 だから、今回の『遺跡』探索は命の恩人であるということを抜きにしても、実はマギサはそんなに悪い気はしていないのだった――



  ※           ※            ※



 『遺跡』の中身は、有り体に言えば外れだった。


 入り口からやや下向きの通路を通った先は、半円状の広間になっていた。

 住居としてはおかしな作りに、すわ何かの施設かとモガもアドも胸躍らせていたが、探索を続けていく内にその元気は段々失われていった。

 何せ、それらしきものが見つからない。魔道具どころか、埃の一つも落ちていない。『遺跡』自体が魔道具という類もあり、そういう視点で見るならまだ少し違ったかもしれないが、そんな知識がモガやアドにあるわけもない。

 その知識があるといえばマギサくらいなものだが、当然教えるわけもない。

 かくして、モガとアドは微かな希望に(すが)って隅から隅まで調べ尽くしていた。


 実の所、モガもアドも既に魔道具を見つけている。半円状の広場から伸びる三本の通路、内二本の先にある部屋には『陣』があったのだ。

 一つは機能を失っているものの、もう一つは稼動できる状態にあった。だが、意味の分からないものにとって、それはただの図形や記号の羅列でしかない。

 何事かと熱心にモガもアドも調べていたが、壁に刻まれた野狐の紋章と一緒に、ただの落書きのようなものとして片付けられてしまった。


 マギサは勿論、ナイトもそれが『陣』であることは分かっていたが、何も言わなかった。

 騒がれるのもそうだが、何故分かったのかと聞かれても困るからだ。

 ついこの前似たものを見たから、なんて口が裂けても言えない。色んな意味で、あの里の事は誰にも言いたくなかった。

 一応念の為、こっそりとマギサにどんな『陣』かは聞いておく。マギサ曰く、どこか別の場所に移動する為のものらしく、危険はなさそうなので放って置くことにした。


 壁に刻まれた野狐の紋章だけが浮いていたが、『陣』とは関係ないだろう。それこそ、ただの落書きか何かで、もしかしたら先にここを見つけた人達が残したものかもしれない。

 だとしたらモガやアドの期待は残念ながら外れてしまうだろうなと思いながら、ナイトは二人の後をついて歩いた。

 果たしてナイトの予想通り何もなく、三本目の通路は緩やかな下向きの通路と小部屋が幾つかあっただけで、ものの見事に行き止まりとなった。

 ここから先には絶対に通さないという意志溢れる壁を前に、モガとアドは力なくその場に座り込んだ。


「じーちゃーん……」

「孫よ、覚えておけ……これが冒険者の宿命じゃい……!」


 まさに歴戦の風格を漂わせ、モガが諦観と達観をない交ぜにして呟く。

 こんな空振りを、何度も経験してきたのだろう。アドにしてみれば初めての衝撃らしく、普段の元気っぷりなどどこかに吹き飛んでしまっていた。


 気の毒だという思いがないわけではないが、ナイトは何もなくて安心していた。

 良し悪しは別にして、魔道具が見つかれば何事もなくすむわけがない。使えないならまだしも、うっかり使えてしまった日にはどんな事が起こるか考えたくもなかった。

 それが、この前見た『下法陣』のようなものなら、尚更だ。

 『陣』が見つかった時はどうしようかと思ったが、あれならそういうものだと知らない限り魔道具には見えない。このまま黙っていれば、残念だったでお終いだ。

 なるべく顔に出さないようにして胸を撫で下ろし、約束を思い出して心臓が跳ねた。


 うっかり忘れていた。

 この遺跡を出るまでに、この後どうするかを決めるんだった。


 自分の鳥頭に文句をつけるよりも先に、どうすべきかという疑問で頭が埋め尽くされる。

 どう考えても、『冒険』はこれでお終いだ。二人が気力を取り戻し立ち上がって、最後の悪あがきで少しくらい探索するかもしれないが、そこまで。

 寄り道せずに入り口に戻るなら、そこまで時間はかからない。なんとしてもそれまでの間に考えて答えを出さなくては。


 この後。

 この後ってなんだ。どこにいってどうすればいい。


 モガやアドと一緒に旅して回るか?

 いや、それはない。どんな危険があるかもわからないのに、二人を巻き込めない。それに、正体がバレたら多分凄く面倒なことになる。何にしても、ここまでだ。


 じゃあ、どうする?

 決まってる。兎にも角にも逃げ続けるしかない。水と食料を確保しながら、騎士団に見つからないようにこっそりと旅を続ける。それ以外何もない。


 若い騎士の声が、耳の奥で木霊(こだま)する。

 煩い。黙れ。分かってるんだ、そんなこと。逃げたってどうしようもないことくらい。

 でも、この世のどこにも、マギサが安心して暮らせる場所なんて、


 ふと、妙な引っ掛かりを覚えた。


 確かに、今はどこにもマギサが安心して暮らせる場所なんてないかもしれない。

 でも、かつてはあったはずだ。

 マギサがナイトと出会うまで、安心して暮らしてきた場所が。

 ぽっかりと浮かんだ思いつきが形になる前に、幻聴ではないモガの声に(さえぎ)られた。


「嬢ちゃん、どうかしたかの?」


 顔を上げると、マギサが突き当たりの壁を調べるように手をついていた。

 ナイトと同じようにアドも顔を上げ、マギサの行動に訝しげに眉を顰め、


「ねーちゃん、ソコ行き止まりだから何もないって――」


 マギサの手がある部分に触れた途端、壁が光を放った。


 アドは続けようとした言葉を飲み込み、モガもナイトも驚きに固まる。

 光は扉の形を縁取り、壁がパズルのように動いていく。

 あんぐりと口を開ける三人の前で、壁に大人が一人通れるくらいの入り口が開いた。

 理解が追いつかず呆然とする男三人を前に、マギサはいつもの無表情で振り返る。


「――どうしますか?」


 その言葉に我に返ったモガが、再び目に力を宿して飛び上がった。

 まだ呆気にとられたままのアドの背中を叩いて、拳を握り締める。


「行くぞ!! まだ『冒険』は終わっとらん!!」

「う、うん!」


 モガの熱気に当てられるようにアドも立ち上がり、目を合わせて頷きあう。

 立ち直りの遅れたナイトは、気炎を吐いて入り口を潜っていく二人の後ろ姿を見ながらマギサに駆け寄った。


「あ、あの、マギサ。これって……」

「『魔力』に反応しました。『魔法使い』以外には起動できない類の仕掛けだと思います」


 なんでそんな仕掛けを、と聞きそうになって口に出す前に飲み込んだ。

 考えれば、すぐに出る答えだ。

 『魔法使い』が作った『遺跡』で、『魔法使い』にしか姿を見せない入り口があった。

 そこに何らかの意図を感じるのは、不自然なことではないと思う。

 同類にしか見せたくない何かが、この先にはあるのだ。

 かつて世界を支配した存在が遺した、『何か』が。


 モガ達が通っていった入り口を一瞥し、マギサの顔を見る。

 二人が入っていった以上、ナイト達に選択の余地はない。それでも、それ以上にこの先に進む理由が生まれた事を、ナイトは感じていた。

 マギサは相変わらずで、何一つ顔に出してはいない。

 それでも、じっと壁の入り口を見つめる目が、彼女の心を代弁している気がした。


「にーちゃーん! ねーちゃーん! おいてくぞーー!!」


 壁越しに聞こえるアドの催促に、少しだけ肩の力が抜ける。

 マギサはナイトを一瞥し、表情を変えずに踏み出した。


「行きましょう」

「うん、そうだね」


 モガとアドの後を追う形で、二人は行き止まりだったはずの壁を潜っていく。

 遠い祖先かもしれない誰かに、招かれるように。



  ※            ※              ※



 壁の向こうは、うっかりすると隣の人を見失いかねないほどの薄暗さだった。

 目が慣れない内は歩くのに躊躇し、ナイトはまだ明るい壁の向こうを振り返りながらおっかなびっくり進むのが精一杯だった。


 暫くして目が慣れ始めると歩くのに不便はなくなり、隣を歩くマギサの顔も判別できるようになってきたところで、はっきりした明かりが目に飛び込んできた。

 入って来た側と同じか、それ以上の明るさ。元々『遺跡』の明かりなんて何が光源なのか知れたものじゃなかったが、流石に出鱈目過ぎて驚くよりも呆れてしまう。

 そこには、下向きの階段があった。

 すぐ傍にモガとアドもいる。どうやら、ナイト達が来るのを待っていたらしい。

 二人の姿を認めると手を振り、興奮冷めやらぬ様子で話しかけてきた。


「にーちゃん! ねーちゃん! かいだん!!」

「凄いぞ! 階段が光っとる! こりゃ絶対何かあるわい!!」


 おそらくは、ナイト達が来るまで光源を調べでもしていたのだろう。

 目を瞬かせて、冒険家の祖父と孫はそれはそれは嬉しそうに階段を指差した。

 なんだか、あれこれと深刻に考えてしまう自分が間抜けに見えてくる。

 ナイトは苦味の深い笑みを浮かべて、あー、と声を零しながら、


「何があるかわかりませんから、慎重に行きましょうね」

「おぉ、そうじゃな!」

「あったりめーよ!」


 五倍以上年の差の離れた二人が、まるで同じ動作で頷いた。

 そんなものを見せられては、ナイトに何も言えることはない。隣を見れば、マギサはそもそも何も言う気もなさそうだった。


「よし、じゃあわしが先頭を行くからの! 皆、落ち着いてついて来るんじゃぞ!」

「何言ってんだよじーちゃん! オレが先頭だろ!」

「バカモン! 何があるかわからんのじゃぞ!」

「だから、何かあっても身軽に動けるオレのほうがいいってば!」


 言った傍から予想通り、二人は先頭を取り合って言い争いを始めた。

 こうなるだろうと、思ってはいたのだ。

 この場合一番いいのは、当たり前だがナイトが先頭を行くことである。

 危険への対処も、何かあった時の対応も、モガやアドより何とかできる可能性は高いだろう。

 いや、実を言えばこの場で一番『遺跡』で起こる何事かに対処可能なのはマギサではあるのだが、そこはそれ、色々あるのだ。

 それに、こういった探索時に最も警戒すべきなのは背後である。よって、実は一番何とかできるマギサを殿(しんがり)にするのがいいだろう。


 ナイトとマギサでモガとアドを挟む形にするのが、一番安全な隊列である。

 であるが、それで誰しもが納得するなら世の中苦労はしないのだ。


 言えば、二人は聞いてくれるかもしれない。しれないが、それは野暮を通り越した何かではないかとナイトには思えた。

 そうしてナイトが悩んでいる間にも、祖父と孫の仁義なき戦いは続いている。

 モガとアドは争い、ナイトは悩み、マギサは何もしない。どうしようもない構図が、ここに出来上がってしまっていた。


 喧々諤々の話し合いの末、先頭をモガ、次にアド、マギサ、殿にナイトと決まった。

 約二名程意見を述べていなかったが、そんなことを気にする冒険家達ではない。文句がでなかったので同意したものとして、意気揚々と階段を下りていく。

 何も言わずアドの後ろに続くマギサに、ナイトも頭を切り替えて一段足を下ろした。


 先頭をモガに任せるのは心配だが、仮にも今まで様々な冒険をしてきたのだ、迂闊な真似はするまい。

 実際、『魔法』絡みの危険だった場合、ナイトにだってどうすることもできない。

 結局マギサに頼らねばならないなら、隊列がどうだろうと同じことだ。

 せめてそれ以外では楽をしてもらえるよう、間に挟むのはいい考えだろう。

 しこりを息と一緒に吐き出して、何事もないように祈りながら階段を降りる。


 当然、そんなことは有り得ない。


 マギサが五段目を踏んだ時だった。

 突然段差が引っ込み、明かりが消え、摩擦係数の低い斜面が現れた。

 どういう仕組みか、考える暇もなかった。

 足元が消えてバランスを崩した四人は、ものの見事に滑り落ちていく。


「なんじゃぁぁぁぁこりゃぁぁぁぁ!?」

「うぉわーーーーーーーーーーーー!?」

「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」


 一人を除き悲鳴じみた叫びを上げて、暗闇に飲み込まれていく。

 最早、誰も自分がどこにいるかなどさっぱり分からないし、どこに向かっているかもわからない。

 斜面の傾きのせいか右や左に転がされた気もするし、螺旋(らせん)状に回った気もする。周囲も真っ暗で、何も確認できない。

 恐怖が最高潮に達しそうになった頃、ふわりと体が浮いた気がした。

 滑り落ちていた斜面の感覚がない。まるで空中に放り出されたようだ。


 いや、違う。まるでじゃない。

 空中に、放り出されている。


 体が自由落下する感覚。余りの恐怖に声も出せず、意識が飛びそうになる。

 一瞬、体が何か膜のようなものに触れた感触がした。

 そこで意識を保てた者は、一人も居なかった。



  ※          ※            ※



 硬い何かにぶつかる痛みで、ナイトは気がついた。


()ー……」


 背中と尻に、床の感触。

 慌てて確認しようとすると、眩しさに一瞬目が眩んだ。

 手探りで確かめながら、ゆっくりと目を開く。

 ナイトが倒れていたのは、どこかの通路のようだった。


 眩しく感じたのは暗い所に目が慣れていたせいで、改めて見てみるとむしろ光量としてはやや乏しいくらいだ。

 壁や床は入ってきた『遺跡』と同じ材質のようで、多分同じ『遺跡』の中だとは思う。

 近くには同じようにマギサが倒れていて、少し離れた所にモガとアドも居た。もぞもぞと動いているから、命に別状はないようだ。


「マギサ、大丈夫?」

「……はい」


 声をかけると、マギサがゆっくりと起き上がる。

 なんともないようで安心していると、モガとアドも体を起こしていた。


「はぁ~……酷い目にあったわい……」

「にーちゃん、ねーちゃん、生きてるかー……?」


 アドに適当に返事をして、ナイトは立ち上がって周囲を見渡す。

 大人が五人は横に並べるくらいの通路で、一方はすぐに行き止まりになっている。

 もう一方は突き当たりになっていて、左右に道が伸びていた。


 正直、事態を上手く飲み込めているわけではないが、この通路に招待されたと考えていいだろう。

 何の為にあんな仕掛けを作ったのかはわからないが、もしかするとよっぽど自分の居場所を知られたくないのかもしれない。

 そんなことしなくても誰もわからないと思うが、この『遺跡』を作った『魔法使い』はとても用心深い性格なのだろう。

 つくづく、かつての『魔法使い』にはロクな性格がいないのかと思う。この前の『下法陣』といい、お伽噺になるのにも理由があるのだと思い知らされる。

 そんなだから、マギサがこんな事になってしまうのだ。


 遥か昔の人間に文句をつけても仕方がない。ナイトは頭を掻いて、突き当りの方に目を向ける。

 ふと、視界の端にアドの姿を捉えた。

 またもや祖父を出し抜かんと、痛みと衝撃で調子の戻らないモガを横目にこっそりと先に進もうとしていた。

 無視してもよかったが、なんとなく目で追う。どうしてかは分からないが、何か引っかかるものがあった。


 ――これほど用心深い『魔法使い』が、このまますんなり通してくれるだろうか?


 勘にしか過ぎなかったが、気にして損はない。

 足音を忍ばせたアドが、床の一部を踏み抜いた。

 アドがつんのめるようにバランスを崩し、何かが巻き取られるような音がした。


 きりきりきり。


 背筋を悪寒が駆け抜けた瞬間、ナイトは走り出していた。

 モガの横を駆け抜け、バランスを取ろうと後ろに体重をかけていたアドの後ろ(えり)を掴んでそのまま引き倒す。


 間一髪、アドとナイトの目の前を矢襖(やぶすま)が通り過ぎていった。


 アドは尻餅をついたような状態のまま呆然と前を見つめ、ナイトはアドが踏み抜いた床石を確認する。

 よく見てみれば、微かに色が違う。ほんの少し出っ張っているような感じもした。

 突き当りまでの床を調べてみれば、アドが踏み抜いたものと同じ色の箇所が幾つかあった。用心しなければ、うっかり踏み抜いてしまうだろう。

 招待しておいて、この歓迎の仕方はないものである。いや、そもそもその考え自体が間違っているのだろうか。


 兎にも角にも、まずは運が良かったと言うべきだ。

 一番手前のを踏んだおかげで、回避することもできたし注意すべきものもわかった。

 腰を抜かしているアドの頭に手を置いて、ナイトはにっこりと微笑む。


「怪我はない?」


 こくこくと首を縦にふるアドの頭を軽く叩いて、


「ん、良かった。アドのおかげで、仕掛けが分かったよ。でも、危ないから慎重にね」


 もう一度しっかりと頷くアドに、よし、と笑いかけ、ナイトはマギサとモガに仕掛けについて話す。

 ここから先、様々な仕掛けがあるだろうことは口にするまでもなかった。


「すまんな、ナイト」

「え?」


 一通り話し終えると、モガから唐突な謝罪をされた。

 疑問に思って聞き返すと、モガは悔やむような表情をしていた。


「アドの不注意は、わしのせいもある。わしの浮かれが、アドにも移ってしまっとった。戒めなきゃいかんのに、それをせなんだ」

「あぁ、や、その、……しょうがない、ですよ」


 ナイトの精一杯のフォローに、モガが首を振る。


「本当は、わしが責任もってアドを助けねばならんかった。じゃが、動けなんだ。口ばかりなのはアドだけではなかった。孫を助けてくれて、本当に有難う」

「あ、や、その、いえ、別に……」


 丁寧に頭を下げるモガを前に、ナイトは口ごもる。

 そこまでされることをした覚えはないし、多少の危険は織り込み済みだし、何より戒めなかったのは自分もだ。

 危険から守ろうと思ってついてきて、危険に晒したのでは世話がない。

 何だか収まりが悪くて、何とか言おうとして言葉を探して、

 ふと、思いつくものがあった。


「僕らも助けてもらってるので、お相子ですよ」


 そう言って、ナイトはいつもの力の抜けた笑みを浮かべた。

 元はといえば、崖から落ちた自分達をモガ達が助けてくれたのが始まりなのだ。

 命の恩人を助けて、何もおかしなことはない。むしろあれこれ世話を焼いてくれた分、まだまだ足りないくらいだ。

 ナイトの言葉に、モガはきょとんとした後、ゆっくりと顔を綻ばせた。


「そうか。お相子か」

「はい。お相子です」


 ナイトとモガは顔を合わせて笑いあう。

 助けられたので、助け返す。不思議なことは何もないはずだ。

 モガは、ありがとう、と呟いて、未だに尻餅をついたままのアドに近寄った。


「どうじゃ、立てるか?」

「う、うん……だいじょーぶ」


 モガの手を借りてアドが立ち上がる。

 まだ少し足元が覚束(おぼつか)ないが、体の問題というよりは気持ちの問題の方が大きいだろう。

 目の前を通り過ぎた死の恐怖というのは、そう簡単に乗り越えられるものではない。

 モガもそれを分かっているのか、いつもと違う調子でアドに語りかける。


「アドよ、ナイトの言う通りじゃ。軽率に動いてはならん」

「うん」


 素直に頷く孫に白髪の生えた祖父は目を細め、優しく頭を撫でた。


「爺ちゃん、助けられなくてすまなかったの」

「オレが悪いから。じーちゃんは悪くない」


 首を横に振る孫に、白髪交じりの祖父は一つ息を吐いて、背筋を伸ばした。

 孫を見下ろしながら、ゆっくりと喋る。


「のぅ、アド。冒険家なんぞやっとると、危険なことだらけじゃ。今回みたいなことは特別としても、わしとて命の危機を味わった事は何度もある」


 見上げるアドの目に映るのは、優しい祖父だろうか。それとも、熟練の冒険家だろうか。

 老齢になってまで憧れを追い求めた男は、その背中を追う少年に問うた。


「命を落としてまで、冒険なんぞしたいか? よぅく考えるんじゃ。この遺跡を出てから次の冒険までの間に、答えを聞かせておくれ」


 皺だらけの手で頭を撫でられ、アドは小さく頷いた。

 奇しくも自分と似たような状況になって、ナイトはこっそり頭を掻く。

 これで自分だけ答えを出せなければみっともないじゃすまない。妙なプレッシャーを感じてしまう自分に嘆息する。


 なんとなく、見えてきてはいるのだ。

 未だ形にはならない何かが、薄っすらと。


 半分癖でマギサを見ると、モガとアドをじっと見つめていた。

 やっぱり、マギサはモガとアドに思うところがあるのだ。というより、祖父母と孫、という関係性だろう。

 マギサの里での話は、あの夜に一度聞いただけだ。それ以外の事は、何も知らない。

 祖母とどんな関係だったのかも、詳しくは知らない。

 でも、きっと、もしかしたら、モガとアドのような関係性だったのかもしれない。

 考えれば考えるほど、気になる気持ちは膨らんでいく。

 直接聞けるような度胸がナイトにあれば、きっともう少し何かが違ったのだろう。


 ないものねだりをしても、しょうがないのだ。


「それじゃ、そろそろ先に行こうかの」


 確認を取るようにこちらを見るモガに頷き返して、足元に注意しながら進む。

 ナイトとマギサ、モガとアドの四人は、更に奥へと向かうのだった。



 どんな仕掛けがこの先に待つのか、戦々恐々としながら。

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