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優しい騎士と小さな魔法使い  作者: 満月すずめ
第一部・逃げる二人
23/85

第二十一話 「遺跡・その1」

――憧れの始まりが何だったのか、今となってはもう思い出せない。


 初めて吟遊詩人の(うた)を聞いた時か。

 それとも、倉庫に眠っていたなまくらの剣を見つけた時か。

 幼い頃に森の中で猪に出くわして、腰を抜かした時かもしれない。


 それらしい思い出は幾つかあって、はっきりとどれが最初だと言い切る事ができない。

 でも、確かにその憧れは胸の中に強く宿っていた。


 強くなりたいと思った。

 優しくありたいとも思った。

 誰にも分け(へだ)てなく、誰からも好かれ、一命を()して事を成し、弱きを助け強きを(くじ)く。

 そんな風になりたいと思った。


 どんな苦難も乗り越え、どんな苦境でも諦めず、世の為人の為戦い続ける。

 唄の中で、その存在は『騎士』と呼ばれていた。

 だから、『騎士』になりたいと思った。


 年月を経る毎に、その憧れはどんどん膨らんでいった。

 我流で剣を振り回し、それらしく振舞えるようになる度に、いつかは憧れに手が届くような気がした。

 届かなくても、星や月に手を伸ばすことはできる。周囲の心配や忠告など耳に入らず、空に手を掲げることに意味や価値があるのだと思い込んだ。

 必死に手を伸ばした。

 庭に植えた木よりも低い背丈で、精一杯伸び上がった。


 どれだけ腕を突っ張らせても、木の天辺(てっぺん)にも触れなかった。


 自分の手では憧れに届かない。星や月を掴んだ振りをしてみても、掌の中には何もない。

 どうすることもできない事実を前に、それでもしがみついた。

 遠い憧れを追いかけて、来る(はず)のない『いつか』を夢見て、何もかもを捨て去ることだけは拒否し続けた。


 みっともない未練だ。妄執(もうしゅう)と言ってもいいかもしれない。かつて自分が憧れた、不撓不屈(ふとうふくつ)の精神とは似ても似つかない代物だ。

 憧れを捨てる度胸もなく、張り通す意地もない、まさに『弱さ』そのものだ。

 あの若い騎士の問いに、弱さを悪と答えられなかったのは、自分だって弱いからだ。

 それを『悪』と、言われたくなかったからなのだと思う。


 そして、結局の所、そうまでしてしがみついたものを自ら捨てた。

 騎士団選抜試験に落ちたあの時とは違う。人から烙印を押されたわけじゃない。

 自分で選んで、道を絶った。

 もう、何も言い訳は聞かない。

 誰にも分け隔てなく、弱きを助け強きを挫く、世の為人の為、

 幼い頃の憧れに、自分で決めて背中を向けた。


 皆の安らぎよりも、マギサの命を選んだ。


 僕は、もう、騎士にはなれない。


 夢破れて四年と少し。引き摺り続けた憧れが、とうとう終わりを迎えてしまった――



  ※          ※           ※



 気がついたら、剥き出しの土の天井を見ていた。


 ゆっくりと首を巡らせる。どこを見ても茶色い土だらけで、どこかの洞穴の中であることはすぐに分かった。

 右手を顔の前に持ってきて、軽く閉じてすぐに開く。

 思ったよりも体が上手く動きそうで、試しに上半身を起こしてみる。特に痛みもなく起き上がれた。


 朦朧(もうろう)としてよく覚えていないが、確か山道で足を踏み外したはずだ。痛みがまるでないなんてことは有り得る筈もない。それとも、落ちたこと自体が記憶違いなのだろうか。

 ナイトが思い出そうと頭を抱えていると、乾いた木の枝が落ちる音が聞こえた。


 音に釣られて顔を上げると、目を見開いたマギサがいた。

 足元には散らばった枯れ枝。いつもの黒いローブ姿だから良く分からないが、怪我をしていそうな様子もない。

 色々と尋ねようと思ってナイトは口を開き、


 マギサが早足で近づいて、勢い良く顔を寄せてきた。


 思わずナイトは口を(つぐ)み、逃げるように体を反らす。

 マギサは更に距離を詰め、ナイトの目を覗き込んだ。


「体は、痛くないですか」

「え、あ、うん」


 有無を言わさぬ様子のマギサに、ナイトはほぼ反射的に頷く。

 何かを尋ねられるような雰囲気ではなく、とりあえずマギサの気が治まるまで好きにさせるしかなかった。

 マギサはナイトの体を確認するように見回して、


「調子のおかしなところや、違和感のあるところは?」

「いや、うん、ないよ」

「頭がぼんやりしたり、見えるものが(にじ)んだりは?」

「大丈夫」

「嘘をついたら怒ります」

「本当だよ、どこも平気で僕も吃驚(びっくり)してる」


 苦笑いのナイトの弁明に、マギサは真偽を確かめるようにじっと目を覗き込む。

 普段と違うマギサの反応に驚きはしたものの、心配してもらえて悪い気はしない。

 照れたように微笑んで、


「ありがとう」


 と言った。

 それでようやく気が済んだのか、マギサが目を伏せて細く長いため息を吐く。

 なんとなく気恥ずかしくなって、ナイトもマギサから目を逸らして頬を掻く。

 次に何を言うべきか言葉を探していると、マギサが先に尋ねてきた。


「私が倒れた後、何があったんですか」


 その言葉に、耳の奥で聞こえないはずの雨音が鳴り響く。

 あの夜の山で若い騎士と戦ったことを、気絶していたマギサは知らない。

 そこで何を話して、何が起こったのか、知っているはずもない。

 自分がもう、騎士になれなくなったことも。


 事情を説明した方がいいと思っても、口が動かない。

 別に余計なことは喋らなくてもいい。実際何が起こったか、事実だけを話せばいいのだ。

 そう思って頭の中で言葉を()っても、どうしてか声に出せない。

 黙って見つめてくるマギサの目がまるでこちらを責めているようで、胸の中にじわりと痛みが広がっていく。

 下手に躊躇(ちゅうちょ)するから、妙な事ばかり考えるのだ。早く話してしまおうと思い切って息を吸い込み、


「――ねーちゃーん! にーちゃん起きたー!?」


 元気の良い少年と思しき声に、ナイトは口を半開きにして視線を向ける。

 そこには想像通り、やんちゃ盛りの少年が洞穴の入り口から顔を覗かせていた。

 少年はナイトを見るとただでさえ大きな目を更に見開かせ、


「あ! にーちゃん起きてんじゃん!! じーちゃん呼んでくる!!」


 誰の返事も聞かず、さっと身を(ひるがえ)してあっという間に出て行った。

 目を瞬かせるナイトに、マギサは少年と比べてあまりにも小さな声で、


「今の子は、私達を助けてくれた人の一人です」

「……んん?」


 事情が分からず首を傾げるナイトに、マギサは機会を逸したとばかりに背中を向けて落とした枯れ枝を拾い始めた。


 二つの足音が近づいてきたのは、それからすぐのことだった。



  ※           ※            ※



 山道で足を踏み外したのは、記憶違いでもなんでもなかった。

 その事を、ナイトは少年が連れてきた老齢の男性から話を聞いて理解した。

 先程の少年の名前はアド。老人はその祖父で、名前はモガ。

 冒険家と名乗った二人は、崖下で気絶していた自分達を見つけて、近くの洞穴に運び込んで手当てをしてくれていたらしい。

 ナイトが頭を下げて感謝すると、モガはたっぷりとした髭を蓄えた顔を左右に振って微笑んだ。


「礼を言われるような事はしとらんよ。お前さんを治したのも、連れの嬢ちゃんだしの」


 言われてマギサの方を振り向く。

 真っ黒な魔法使いは、途切れなく喋るアドと一緒に真顔で枯れ枝を組んでいた。

 また魔法を使ったのだろうが、なんともなさそうでよかった。心配ではあるが、助けられておいて何か言える筋合いもない。

 魔法だってマギサの力に違いはない。なるべく頼らないようにすればいいだけだ。

 力の抜けた笑みを漏らし、モガに向き直る。

 真っ白な髭をした老齢の冒険家は、その肩書きに違わぬ輝きを持った瞳でナイトを見つめ返した。


「ところで、お前さん達はどこであんな魔道具を? 全身の打撲や高熱を一瞬で治すなんて、とんでもない代物じゃて!」

「え? あー……」


 笑みを引きつらせるナイトに、モガは少年のような瞳で迫る。

 話によると、ナイトは全身痣だらけで、骨まで折れているのではないかという怪我をしていた上にかなりの高熱を出していたらしい。

 モガ達の手持ちではどうすることもできずにいたところ、怪我らしい怪我をしていなかったマギサが目を覚まし、杖を一振りして治してしまった。

 モガは冒険家としての好奇心が刺激されてマギサにあれこれ尋ねるも、何も答えてもらえなかったとのことだ。


 その光景が簡単に想像できて、ナイトは思わず苦笑する。

 恩人に対して申し訳ないが、流石に本当のことを教えるわけにもいかない。騎士団に通報されるのも嫌だし、怯えられるのも辛い。興味を持たれても巻き込んでしまう。

 何より、あの里の人達と若い騎士の事が頭にちらついて、話すのが怖くなっていた。

 マギサの存在とその力は、平和に暮らす人々を脅かすことになる。

 口を噤んでしまうのが、誰にとっても一番いいことのように思えた。


「モガさんは、魔道具に興味があるんですか?」

「勿論だとも!」


 返事を誤魔化す為の質問に、モガは嬉しそうに胸を張って答える。

 ほんの少し胸を刺す棘に、ナイトは気づかない振りをした。


「絶滅してしまった『魔法使い』の遺産! 現代では複製するどころか、使用法さえ不明なものまである! 冒険家として、これほど心踊るものもそうはないわい!」


 拳を握り締めて力説するモガに、ナイトは乾いた笑いで応える。

 モガの話す様は、まるで大人の言うことを聞かず森の奥を探検する子供のようだった。

 どうしたらいいものか、反応に困る。

 かつては自分もそんな子供ではあったが、だからといって今すぐに童心に帰れるわけでもない。話の内容が内容だけに、尚更だ。

 ナイトの戸惑いなどものともせず、モガの熱の篭った語りは続く。


「何を隠そう、わしは魔道具に惹かれて冒険家になったんじゃ! お伽噺の『魔法使い』が実在したという動かぬ証拠! 彼らが何を考え、思い、消えて行ったのか、それを知る唯一の手がかり! 見つかり次第国が蔵に隠すそれを知るには、自分で見つける他ない! だからわしは冒険家となり、各地を旅して回っておるのよ!」

「おぉ……」


 モガの溢れんばかりの情熱の波に、ナイトはすっかり飲まれていた。

 リデルが聞いたら説教を始めそうな遵法精神の欠片もない話だが、勢いに気圧されたナイトの頭はそれを理解できるほど回っていない。

 尤も、マギサを連れて逃げ回っているナイトにモガをどうこう言えるはずもないが。

 モガは振り上げた拳を解いてしっかとナイトの肩を掴み、恐怖すら感じる距離でその輝く瞳にナイトの顔を映した。


「君は気にならんか!? 我々の常識など及びもつかない程の力を持っていながら、何故『魔法使い』は絶滅したのか!? 彼らは一体どこへ消えて行ったのか!? お伽噺の悪役が、本当はどんな人達じゃったのか!? 考えたことくらいあるじゃろ!?」

「え? えぇ、まぁ……はい……」


 確かに、考えことがないわけではない。曲がりなりにもお伽噺に夢を見た身としては、覚えがないとは言えない。

 それでも、半ば以上は頷かなくてはいけないという強迫観念のようなものに動かされ、ナイトは首を縦に振った。

 ナイトが頷いたのを見て、モガは満足そうにそうじゃろそうじゃろ、とナイトから手を離して深く何度も頷いた。


 モガには悪いが、苦笑いしか出てこない。

 何せ、魔道具どころか当の『魔法使い』がここにいるのだから。

 何も言わなくて良かった、と心底思う。


 もし話していたらそれはもう騒ぎになっただろうし、モガはマギサからそれこそ根掘り葉掘り聞こうとするだろう。マギサが過去の『魔法使い』についてどれ程知っているかはわからないが、知識があってもなくても問題だ。

 それだけではない。多少なりと魔道具の知識があれば、『魔法』がどれほど恐ろしいものかは察しがついていると思う。その力を前にして、彼が態度を変えないとも限らない。

 それに、モガの言うこともあながち間違いでもない。今となってはもう『魔法使い』はマギサ一人。絶滅しているようなものだ。


 ふと、疑問に思った。

 マギサの里の人は、騎士団に襲われた時に抵抗しなかったのだろうか。

 まさかそんなことはあるまいが、結局助かったのはマギサ一人だ。

 彼らは皆、『魔法』が使えたはずなのに。

 よく考えてみれば、いやよく考えなくとも、自分は何も知らない。『魔法』の事も、『魔法使い』の事も。それどころか、マギサの里の事や、マギサ自身の事だって。

 モガのことを笑えない。気づいてしまえば、妙に知りたくなってくる。

 自分は、何も知らないのだ。


「……モガさんは、魔道具を見つけたことってありますか?」

「ん? なんじゃ、気になるか!?」

「えぇ、まぁ、はい」


 思わず聞いてしまい、がっつり食いつくモガに頷き返す。

 モガは嬉しそうに顔を綻ばせ、満足そうに首を縦に振って、


「いやぁ、やっぱり若いもんはそうでないといかん! 何事も冒険心が大事じゃて! いいのぅ、わしの若い頃を思い出すわい!」


 背を反り返らせてご満悦そうに笑い、しかしすぐさま残念そうに溜息を吐いた。


「ここでとっておきの話ができたらよかったんじゃがな。残念ながら、方々探し回っても未だに一度も魔道具を見つけた事はないんじゃ」

「そうなんですか……」


 モガはうむ、と頷いて、幾つか巡った所の話をナイトに聞かせた。

 行った先々で遺跡の噂を集め、情報を総合して場所を割り出して向かう、というのがモガの冒険の基本姿勢のようだった。

 噂はほとんどがでたらめで、ようやく場所にあたりをつけて向かえば既に国が管理していたりとろくな成果を得られなかったらしい。


 他にもただの廃村だったり、遺跡とは名ばかりの廃墟であったり、今までの冒険であたりと呼べるものは片手の指で数えられる程度。

 それにしたって、魔道具らしきものは一つもなく、国に情報を提供して次の冒険の為の資金にしていたとのことだ。


「ま、人生上手くいかんもんじゃて。じゃがまぁ、死ぬまでに一度は魔道具を見てみたいという願いは叶ったし、人助けはするもんじゃのう!」


 モガはマギサの持つ杖を横目でちらりと見て、ナイトに笑いかける。

 なんとも言えない気分で笑い返し、ナイトは組んだ枯れ枝に火をつけようとしているマギサとアドに視線を逃がした。

 火打石の扱いに難儀しているらしく、アドがマギサに大声であれこれと指示を出している。どうやら『魔法』に頼っていたツケは大きいようだ。

 その様子を微笑ましく見ていると、モガの声が耳に飛び込んできた。


「興味があるなら、一緒に行くかの?」

「……はい?」


 耳から入ってきた言葉の意味をとりかねて、ナイトは思わずモガの方を向く。

 好々爺(こうこうや)然とした笑みを浮かべ、モガはナイトを一瞥してアドの方に視線を向けた。


「どうやら、この近くに遺跡があるらしいんじゃよ。その遺跡を探していたらお前さん達を見つけたわけじゃが。一人旅というわけでもなし、今更一人二人増えた所で大して変わらんわい。どうじゃ? 来るかの?」


 モガの提案に、ナイトは黙り込む。

 興味があるかないか、と言われれば、ある。

 しかし、マギサの杖を含めた魔道具に興味津々なこの老人の近くにいれば、何かの拍子に自分達の事がバレてしまうかもしれない。

 いやでも、モガ達が行く先の遺跡にもしこの前の下法陣のような仕掛けがあったりすれば命が危ない。自分達がいれば何とかなるかもしれないのに、命の恩人を見捨てるような真似をしていいものか。


 悩みは深まるばかりで、マギサの意見を聞こうと視線を上げてその真っ黒い背中を視界に入れた時、耳元で雨の音が聞こえた気がした。

 投げられた石の感触が、悲鳴のような怒号が、じわりとした痛みを伴って蘇る。

 自分達の安全だけを考えるなら、遺跡になんて行かない方がいいに決まっていた。


「行きます。マギサにも、後で聞いておきます」


 少しだけ硬くなった声音に、モガは気づいただろうか。

 アドに向けていた視線を一瞬だけナイトに移し、軽く目を閉じて、そうか、とだけ言った。

 ナイトの視線の先で、組まれた枯れ枝に火がついた。

 アドが大声ではしゃぎながらマギサを褒めるが、マギサは無表情のままだ。

 それでも、ナイトにはマギサが喜んでいるのがわかった。

 彼女の事を何も知らなくても、そのくらいの事は分かるのだ。


 だからきっと、彼女はモガの誘いを断らない。

 胸の奥に突き刺さる棘の痛みを、ナイトは歯を食いしばって無視した。



  ※             ※             ※



 果たしてナイトの予想通り、マギサはモガ達と一緒に遺跡に行くという提案を二つ返事で了承した。

 ちなみに理由を聞いてみたところ、


「命の恩人だから」


 という答えが返ってきた。

 どういう意味か取りかねるが、多分見過ごせないという意味でいいと思う。

 胸に刺さる棘が馬鹿にできない大きさになってきたが、気にしてはいけない。


 その日はナイトが起きたばかりということもあって念のため動かず洞穴で休み、翌日から遺跡探しを始めた。

 既にある程度目星はつけているので、その範囲内を手当たり次第に探索する。

 モガは勿論ながら、アドも手馴れた様子で(やぶ)を掻き分け草を踏み倒して、わざと跡が残るようにして探していた。


「あの、僕も同じようにしたほうがいいですかね?」

「あったりまえだろ! しっかりしろよ、にーちゃん!」

「ご、ごめん」


 及び腰で頭を下げるナイトに、アドは眉を顰めてため息を吐いた。

 しょーがねーな、などと呟きながらナイトの前に陣取り、わざと分かり易く草の根元を踏みつけて見せる。


「いーか、にーちゃん? こーして跡をつけて、どこを歩いたか分かるよーにするんだ。そーすりゃ、同じトコを探さなくてすむだろ?」

「あぁ、成る程。ありがとう」


 馬鹿みたいに頷いて礼を言うと、アドは嬉しそうに笑って軽く鼻を擦る。

 胸を反らせて満足気にする様は、成る程確かにモガと血の繋がりを感じた。


「いいってことよ! ねーちゃんもにーちゃんもモノを知らねーから、何か分からないことがあったらオレに聞けよ!」

「……うん、そうするよ」


 はにかむように笑うアドに、ナイトも小さく笑い返す。

 アドの言う通りだ。自分は物を知らない。

 もっと沢山知っていれば、あんなことにならずリーナを助ける方法も、マギサと皆の両方を選ぶ道だって見つけられたかもしれないのに。

 自分は、十近く年の離れた少年に教わることがあるくらい、何も知らないのだ。

 アドの眩しい笑顔を見つめていると、横合いからモガの笑い声が聞こえてきた。


「ワハハハ! 教えてから一年も経つとベテラン顔もできるもんじゃな、アド!」

「あ、ばか、じーちゃん! しーっ、しーっ!!」


 慌てた様子でモガの下へ駆け寄って、人差し指を口に当てながらアドに比べれば大きな体を小突く。

 二人とも本当に楽しそうで、思わずこちらまで笑みが零れてしまった。


 モガはアドの相手をしながら、アドよりよっぽど器用に手際良く跡をつけていく。その様だけで、どれだけ同じ事を繰り返して来たかが良く分かった。

 流石にナイトが生まれる前から冒険をしているだけはある。年季が違う。そんなモガを見上げるアドの目は、ナイトの良く知る色をしていた。

 憧れと尊敬。期待と希望。幼い頃、今よりもっと物を知らなかった頃、ただひたすら手を伸ばせば掴めると思っていた頃の自分と同じ色。


 アドはやっぱり、冒険家になるのだろうか。

 多分、なるのだろう。

 祖父への焦がれを胸に、同じく魔道具を求めて旅して回るのだろう。

 かつての自分が、お伽噺に夢見たように。


 見ているのが辛くなって、視線を背けた。

 その先に、マギサが居た。

 じゃれ合う祖父と孫を、顔色一つ変えずにじっと見つめていた。

 何を考えているのか、物を知らないナイトにはさっぱり分からない。

 でも多分、きっと、里に居た頃の祖母と自分の姿を映し見ているのではないかと思う。

 まだ平和だった頃。お伽噺や伝承を聞いていたという頃を、思い出しているのだろう。

 騎士団によって、何もかもが焼かれてしまう前の事を。


 顔ごと背けて、ナイトは足元の草を教わった通りに根元から踏みつける。

 騎士になれなくなった事を、後悔していないと言えば嘘になる。

 けれど、マギサを切り捨てなければいけないというのなら、そんなのは御免だった。

 それが例え、どれほど正しいとしても。

 そう思ってはいても、憧れ続けた年月が後ろ髪を引っ張って、見えない棘に姿を変えて心臓を突き刺してくる。

 これこそがまさに今自分とマギサを責め苛んでいる『人の弱さ』だというのに、どうすることもできない。


 せめて溜め息だけは吐かないよう、ナイトは黙々と跡をつけながら探索を続けた。



 その後姿を、マギサが見つめている事にも気づかずに。



  ※          ※           ※



「ふわー……」


 アドが口と目をあんぐりと開けて、年代物の建造物の前で棒立ちになっていた。

 年代物とはいっても、錆びた所も苔むした所も見当たらない。石とも鉄ともつかない材質で作られたそれは、(つた)の張った土に埋もれ、洞穴のように入り口だけが露出していた。

 それは、紛れもなく『遺跡』だった。

 今回のモガの情報は、どうやら大当たりだったようである。

 『遺跡』を探し始めて数時間。日が中天を過ぎた頃に見つかったそれを前に、我に返ったアドが振り返る間も惜しんで叫ぶ。


「じーちゃんじーちゃん! 当たり!? これ当たりだよね!?」

「勿論じゃ!! 当たりも当たり、大当たりじゃい!!」

「す、す、すげぇ!! じーちゃん、オレ遺跡って初めて見た!!」

「わしも久々じゃわい! 何年ぶりかのぅ、国が管理しとらん遺跡なぞ!」


 孫に負けじと叫び返すモガの瞳は、下手をするとアドよりも輝いていた。

 モガの言う通り、周囲を見渡してみても国が所有・管理していることを示すようなものは見当たらない。

 国が管理する『遺跡』には、一般人が迷い込んだり盗掘者が入ったりしないよう、何かしらそうと分かるものが設置してある。規模や見つかったもの次第では、騎士が常駐で警備しているものもあるくらいだ。

 つまり、この『遺跡』は少なくとも国には知られていないものということになる。

 モガとアドの期待は否が応でも高まり、二人して顔を見合わせて笑いあう。


「じーちゃん! 行こーぜ!!」

「待て待て、落ち着かんか! 中にどんな危険があるとも分からん、ゆっくりと慎重にだな――」


 したり顔で腰に手を当て講釈(こうしゃく)を垂れようとしたモガの脇を、アドがすり抜けていく。

 悪ガキが年寄りの長話から逃げ出そうとするのは、どこでも同じなようだ。


「オレがいっちばーん!」

「あ、こら、待たんか! 一番乗りはわしじゃ!!」


 逃げるアドを追いかけて、というよりも競争するような形で二人は遺跡に入っていく。

 ナイトは止めるべきか迷った挙句、マギサが何も言わないのを見て口を噤んだ。

 『遺跡』の危険性については、自分よりもマギサの方がよっぽど知っているだろう。それなのに止めないということは、多分問題がないということだと思う。

 そう判断して、マギサと一緒に歩いて二人の後を追う。

 横目でちらちら彼女の顔を伺うのが、実によく自信の無さを表していた。


「ナイトさん」

「はいっ」


 マギサの呼びかけに、思わず背筋を正して反応してしまう。

 内心を見透かされているようで、もうマギサの方を向く事が出来ない。

 そんなナイトの様子にも構わず、マギサはいつもの調子で聞いてきた。


「あの人達に付き合うのは、この遺跡までですか?」


 思わぬ質問に、一瞬呆然となる。

 マギサの意図が掴めず、とりあえず思った事をそのまま口にした。


「あー……いや、何も考えてなかった」

「そうですか」


 いつもと変わらない答えに、心臓を刺す棘が鋭くなる。

 その棘を刺しているのは、自分自身だと分かっていた。


「この遺跡を出るまでには、考えておくよ」


 その言葉は、自分でも半ば以上言い訳だと気づいてはいた。

 マギサが少しだけナイトの方を向き、ナイトは前を向いたままマギサの方を見ない。

 ナイトの表情から、果たしてマギサは何を感じ取ったのだろうか。

 前に向き直り、遺跡に入る一歩目を踏み出しながら、


「そうですか」


 とだけ言った。

 前方では、モガとアドが振り向いて手を振りながら、早く早くと急かしている。

 ナイトは苦笑して、マギサは無表情のまま、少しだけ足を速めた。



 この『遺跡』に何が眠っているのか、まだ四人には知る由もないことだった。

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