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優しい騎士と小さな魔法使い  作者: 満月すずめ
第一部・逃げる二人
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第十二話 「アバリシア・エピローグ」

 リデルがアバリシアに着いた時、門は硬く閉ざされていた。

 街中で何か騒ぎが起きているのは、(かんぬき)がかけられた門を通してさえ聞こえる(とき)の声で分かっていた。

 街を取り囲む防壁のせいで何が起きているかまではわからない。門前の関所では、二人の兵士がリデルの姿を見て慌てふためいていた。

 困惑して顔を見合わせる兵士を馬上から見下ろして、リデルは言う。


「王国騎士、リデル・ユースティティアだ。開門を願う」

「き、ききっ、騎士様っ!?」


 頷いて王家の紋章を見せると、兵士は腰を抜かして隣の兵士に(すが)り付く。

 縋り付かれた方の兵士も、相方とリデルを交互に見て動揺を(あらわ)にしていた。


「し、しし、暫しお待ちを!」

「ならば、中の騒ぎの詳細を教えて欲しい」

「え!? いや、えー、その、」


 リデルの視線に焦り、兵士がどもる。

 おぼろげながら、リデルにも事の輪郭(りんかく)が見えてきた。


「教えられないなら、開門を」

「い、一部の民衆が暴徒化しています!」

「暴徒化? 何故?」

「あ、えっと、それは、」


 上手い言葉が見当たらず口に手を当てる兵士を見て、リデルは確信した。

 何かしら、外には――特に、騎士などの立場ある人間には知られたくないことが起きているのだ。

 それも、おそらくは統治側の不手際で。

 兵士の態度は、まさに悪戯(いたずら)がみつかった子供のような、不始末を隠そうとする時のものだ。それにしても不自然過ぎて、慣れていない様が窺える。

 おそらく、監査が行き届いていなかったのだろう。言い訳をしなければいけない事態に(おちい)ったことが少ないのだ。

 その上でこの騒ぎとは、随分(うみ)が溜まっていたに違いない。

 最早兵士と話すだけ無駄だと判断し、リデルは馬を進めた。


「押し通る。邪魔をすれば、任務の妨害と見做(みな)す」


 喉を引き攣らせ、兵士が慌てて道を開ける。

 騎士の任務を妨害すれば、その場で切り捨てられても文句は言えない。

 王国騎士団に喧嘩を売るほど、兵士達の肝は据わっていなかった。

 リデルは馬から下り、本来なら二人で動かすのであろう閂を外す。

 門を開けたリデルを迎えたのは、あちこちから響く怒号と足音、



 真っ赤な顔をして大通りを逃げる青年と、同じく真っ赤な顔をして追いかける山賊のような男だった。



「待ちやがれぇっ!」

「来るな、来るなぁ!!」


 台詞まで山賊そのものの男が、足のもつれた青年を捕まえて地面に組み伏せる。

 そのまま馬乗りになって、雨のように拳を降らせた。


「トルファぁ! てめぇよくも、今までよくも!! 二度と娘の前にでれねぇ面にしてやる!!」

「ひぃっ! た、助けて、助けてぇ!!」


 情け容赦なく、男の拳が青年の顔を歪めていく。

 そして何故か、男の顔も拳が当たる度に悲しげに歪んでいった。

 青年の鼻から血が出たところで、リデルは男の拳を掴んで止めた。

 反射的に振り向いた男と目が合う。

 山賊のような顔を真っ赤にして歪めながら、それでもその瞳は真っ直ぐな光が宿っていた。


「なんだぁ、てめぇ!」

「それ以上は彼が死んでしまいかねません」

「いいんだよ、こんなやつ!」

「いけません」


 真っ直ぐに見つめ返すリデルに、男の目が徐々に冷静さを取り戻していく。

 リデルは目をそらさず、言い切った。



「どんな理由であれ、貴方が人殺しになれば悲しむ人がいます」



 目を逸らしたのは、男の方だった。

 小さく吐き捨て、青年の上から体をどける。

 圧迫から解放された青年は、朦朧(もうろう)とした意識でリデルの腕を掴んだ。

 (かす)んだ視界では、見下ろすリデルの顔すら見えているか怪しい。


「な、なぁ、アンタ、助けてくれ……俺はホーント一家なんだ、領主に顔が利く……ほら、ちゃんとこれ……」


 震える手で懐から取り出したのは、アバリシア領主の紋章だった。

 おそらくこの青年には、リデルが兵士か何かにしか見えていない。剣は腰だし、兜は外している。鎧の紋章もこの状態ではよく見えないだろう。

 アバリシアで常時鎧を着ているのは兵士だけ。その先入観が、リデルに紋章を見せた。

 領主の紋章は、一介の住民が持っていていいものではないのに。


「……どこでこれを?」

「だ、だから言ってるだろ、ホーント一家なんだ……本当だ、信じてくれ……助けてくれたら礼をするから……」


 リデルは男の差し出した紋章をじっくりと確認する。

 間違いない。本物のアバリシア領主の紋章だ。この青年がこんな状態で嘘をつける(ほど)豪胆(ごうたん)だとも思えないし、疑う余地はないだろう。

 つまり、ホーント一家とやらは本当に領主と繋がりがあるのだ。

 領主の紋章は、身分を証明するもので国内どこでも通じる。義務の象徴であり、権利を行使する際に必要となるものだ。

 逆に言えば、この紋章があれば領主の権利を行使できる。

 軽々に人の手に渡していいものではないし、家族といえど所持が認められていない場合だってある。


 それを、このどう見ても一介の住民たる青年が持っている。

 ホーント一家、というなんらかの集団名を口にして。

 頭の中で情報が積み重なり、一つの形を成していく。

 街の暴動、閉ざされた街門、理由がありそうな喧嘩に、領主の紋章とホーント一家。

 つくづく、監査が行き届いていなかったらしい。

 悔恨(かいこん)憤怒(ふんぬ)が渦を巻き、胸の中で暴れまわる。不手際があったのはむしろ騎士団の方だ。予想が当たっていれば、これほどの膿を見落としていたことになる。

 街の人々が暴徒と化すまで気付けなかった事が、恥でなければなんだというのか。


 どれほど苦しんだのだろう。

 どれほど悲しんだのだろう。


 国と民を守る騎士団が、聞いて呆れる。

 (たか)ぶる気持ちを抑え込んで、リデルは顔を歪めて青年を見下ろす男に向き直る。

 リデルの視線を受けて、男は訝しげに見返した。


「申し遅れました。自分は王国騎士、リデル・ユースティティア。今起きている騒ぎについて、お話を伺わせて頂きたい」


 頭を下げるリデルに、男は驚いたように眉を上げる。


「騎士? ってことは、領主とは違うのか?」

「はい。自分は、事態を何一つ把握できていません」

「んだよ、しっかりしろよなぁ!」

「申し訳ありません」


 もう一度頭を下げるリデルに、男は居心地悪そうに頭を掻く。

 ため息をついて、男は横目でリデルを見やる。


「で、何が知りたいんだ?」


 リデルは顔を上げ、男の目を真っ直ぐ見つめて聞いた。


「ホーント一家について。知っていることをお聞かせ下さい」




 男の答えは、リデルの想定通り最悪なものだった。



  ※            ※            ※



 無闇に広く金のかかった部屋で、蛇のような目をした男が華美(かび)な装飾に身を包んだ男に詰め寄っていた。

 ホーント一家の頭と、アバリシア領主その人である。

 黒檀(こくたん)の机を叩き、顰め面で手を組む領主をホーント一家の頭が睨み付ける。


「いいからさっさと兵士動かせ! バールにも逃げられるわ、何やってんだお前ら!」

「それはこちらの台詞だ! お前達が男一人仕留め損なった挙句の始末だろうが!」

「クソが! 文句は後で聞く、いいから早く鎮めるぞ!」

「バールの件といい、手間ばかりかけおって!」


 口角(こうかく)泡を飛ばし、悪態(あくたい)を吐き合い、互いに視線を逸らす。

 ホーント一家の頭にしてみれば、想定外もいいところだ。

 ナイトとかいう用心棒を仕留め損なうのも想定外なら、その後地上と地下、両方の牢を襲撃されたのも想定外だ。

 挙句、そのナイトとマギサの二人は兵士達をなぎ倒して街から逃げだした。

 何から何まで思い通りに行かず、鬱憤(うっぷん)がひたすらに溜まっていく。

 おまけに、助け出されたバールが街の連中を引き連れてホーント一家に明確に反旗を(ひるがえ)した。今、街のあちこちで殴り合いの喧嘩が起きている。

 ナイトにやられて数が減り、その光景を見て士気もだだ下がりなホーント一家は、現状はっきりと押されていた。


 いっそ手を切ろうかと領主は思うが、そうなるとこれまで通りの稼ぎが期待できなくなる。

 新しい組織ができるかもわからないし、関係を構築しなおすのも面倒だ。

 諦めて手を貸し、元の状態に戻す方が賢明だろう。

 待機している兵を呼ぼうと手を上げた所で、ドアがノックされた。

 思わず視線をホーント一家の頭に向ける。頭は、小さく首を横に振った。

 訝しげに眉を顰め、ドアを見やる。


「誰だ?」

『失礼する』


 誰何(すいか)の声に応えず、ドアが開けられる。

 二人の男が眉根を寄せて注視する中、一人の騎士が入ってきた。

 兜と鎧に王家の紋章。紛う事なき、王国騎士団の証。

 その意味を知る二人は、背筋を凍らせた。

 嫌な予感、どころではない。屋内では、兜は脱ぐのが礼儀だ。まして、誰何の声に応えないなど有り得ない。

 その騎士は、完全武装していた。

 まるで、任務をこなすかのように。


「ホーント一家が首魁エスクロ・ホーントに、アバリシア領主アヴィド・ストゥーピドとお見受けするが、相違ないか?」


 言葉を失う領主と、後ろ手に短剣を握り締めるホーント一家の頭。

 沈黙と肯定と受け取り、その騎士は重圧さえ感じる視線を二人に向けた。


「話を聞かせてもらう。虚偽(きょぎ)及び詐称(さしょう)、拒否は認められない。それらを行った場合、任務妨害と見做す」


 半ば以上死刑宣告に近いそれを、大人しく受け入れるはずもない。

 幸い相手は一人、どうにかできない数じゃない。

 ホーント一家の頭はそう判断し、短剣を握り締め、一呼吸置いて一気に床を蹴った。

 不意を突けば時間を稼げる。時間を稼げば、領主の兵が集まってくる。上手くいけば数で圧殺できるし、無理でも逃げる時間くらい稼げるはずだ。



 彼を前に、余りにも甘い目論見だった。



 短剣を振り下ろすより先に、こちらを見もせずに放った騎士の拳が顔面に突き刺さる。

 前が見えなくなり、息が詰まる。崩れた体勢を戻すより早く、足元に(かかと)が蹴り込まれた。

 軽い浮遊感の後に、胸を踏まれ床に叩き付けられる。

 衝撃を逃がすことすらできず、肺が潰れたような痛みを感じる。

 呼吸が出来ない。えづくように喉は動くのに、空気が入ってこない。

 本気で死ぬんじゃないかと涙目で床を転がり、背中を踏みつけられてようやく息が出来た。


 時間を稼ぐどころではなかった。

 咳き込みながら見上げた騎士の目は、一欠けらの情もない冷たさをしていた。

 ただただ法と規律に(のっと)り、処理をしている。無言がその証明のようで、声にならないほどの恐怖を感じた。

 このまま刺し殺されてもおかしくない。そう思えば、体が我知らず震えた。


「聞きたい事がある。従えば相応しい場所で(さば)く」


 頷く以外の選択肢はなかった。

 生まれてこの方、人に従ったことなんてなかった。

 生まれてこの方、従わなければ殺されると思ったことはなかった。

 恐怖で泣いたり、身動き一つ取れなくなるのは、弱者だけだと思っていた。

 自分が弱者だなどと、思ったことは一度もなかった。


 怯えるホーント一家の頭を置いて、騎士は領主に迫る。

 椅子から立ち上がって逃げようにも、すぐ後ろが壁だ。騎士の視線に射竦められ、領主は震え上がった。

 それでも、大人しくしていれば待っているのは破滅だ。気合を総動員し、力一杯手を叩いて叫ぶ。


「入って来い! 曲者だ、片付けろ!!」


 何も起こらなかった。

 騎士が一歩、また一歩と近づいてくる。

 半狂乱になって、領主は必死に手を叩いた。


「どうした!! 来い!! 早く!!」

「呼んでいるのは、貴様の兵か?」


 領主が青ざめた顔で騎士を見る。

 領主の館には数十人の兵士が詰めていて、誰一人反応しないなんて有り得ない。

 何が起こっているのか、領主には理解できなかった。

 理解したくなかった、といったほうが正しいかもしれない。


「邪魔をした者は全員倒した。もうこの館に、貴様の味方はいない」


 館を歩けば、今ならそこかしこに倒れた兵士の姿を見ることができるだろう。

 余りの実力差に、足を止めることさえできなかった者達だ。

 領主の館は、彼一人に制圧されていた。

 領主の理性は、もう持たなかった。


「ふざけるな! キサマ、騎士如きが私に歯向かうな! 私は領主だぞ! アバリシア領主だ! 一体何の権限があって――」



「――黙れ」



 腹の底に重く圧し掛かるような一言に、領主の口が止まる。

 騎士に一睨みされただけで、体が石にでもなったように動かない。

 領主は思う。目の前にいるのは、人間じゃない。死神か何かだ。死の化身だ。

 人間が逆らってはいけない相手だ。

 余りの恐怖に涙が滲み、力が抜けてへたり込む。

 目の前の存在には、どんな抵抗も無意味だ。何をしても、助かることはない。

 目を付けられたらお終いなのだと、今更ながらに理解した。

 彼は領主の目の前に立ち、剣を振り上げる。

 逃れようのない死に震えて泣く領主を前に、思い切り振り下ろし、



 床に突き立て、剣の柄の紋章が嫌でも眼に映るようにした。



「王国騎士リデル・ユースティティア。隊長格の権限でもって王権を代行し、アバリシア領主アヴィド・ストゥーピドを拘束する。次の領主が決まるまで、領地は騎士団が預かる」


 剣の紋章は、騎士の中でも隊長格以上にのみ許されたもの。

 それは即ち、王権の代行が許可された証である。

 剣にかけて放った言葉は王の言葉であり、行った決定は王の決定となる。

 領主とは比べ物にならない権限でもって、アバリシアは騎士団が預かることとなった。


 全ての望みが絶たれて項垂(うなだ)れる領主を一瞥し、リデルは剣を収める。

 ホーント一家も領主も、最早立ち上がることはない。

 この後訪れる騎士団によって、完膚なきまでに叩き潰されることだろう。

 今更ながら、とリデルは思う。

 もっと早く来ていれば、どれほど涙する人が減っていたことだろう。

 倒れ伏すホーント一家の頭と、抜け殻となった領主を見て、リデルは拳を握り締める。

 誰もが笑っていられる為の力が欲しいと、心底思った。




 アバリシアに根を張る悪徳は、こうして潰え去ったのだった。



  ※             ※             ※



 埃塗れの廃墟の地下には、看板も何もない酒場がある。

 素っ気無いカウンターに、使い古したテーブルが幾つか。壁と天井に吊り下げられた蝋燭(ろうそく)が明かりで、椅子は木箱。染み付いた酒の臭いが鼻をつき、カウンターの奥にある厨房からは食べ物のいい匂いが漂ってくる。

 禁酒法が制定されていたアバリシアで、唯一ホーント一家と関係のない店。迷路みたいな街の行き止まりで、明日を欲して作られた場所。

 その酒場は、名を『クナイペ』と言った。


 まだ日は高く、『クナイペ』が開くまで時間がある。にも関わらず、店内では二人の男が酒を呑んでいた。

 正確には呑んでいるのは一人だけで、もう一人は水だ。

 酒場の主バールと、王国騎士リデル。

 ナイトとマギサの事も含めた、事の経緯の全てをリデルが聞きに来たのだ。

 素面では話せないと、バールが酒を呑んでいたのである。

 バールはリデルにも勧めたものの、この後仕事があると断られた。

 領主を罷免(ひめん)したので、近場の騎士隊が到着するまでの間、リデルが領主代行を務めなければいけないのである。

 まさかその状態で酒を呑むわけにもいかない。リデルは酒にはかなり強いが、それとこれとは話が別だ。

 王権代行をした以上、一分の隙も許されない。


 バールも何度も誘うような真似はせず、一人で呑みながら話し始めた。

 禁酒法の事。

 領主とホーント一家がつるんでいた事。

 クナイペの事。

 ナイトとマギサに出会った事。

 用心棒を頼んだ事。

 自分が捕まった事。

 ナイトとマギサに助けられた事。

 我慢がならなくなって、ホーント一家に喧嘩を売った事。

 一通り話し終えて、バールは一気にコップを呷った。


「ったく、あいつら、すーぐ出て行きやがって。最近の若い連中はよぉ、ほんと自分勝手で困るぜ」


 多分、酒場にいた誰よりも自分勝手なバールがそう言って、酒を注ぐ。

 リデルはそれには応えず水を飲み、深く頭を下げた。


「お話、有り難う御座いました」

「おぅ」


 小さく手を上げるバールに、リデルはそれ以上何も言えなかった。

 自分達が早く来ていれば、もっと早く気付いていれば。その言葉を百回繰り返しても、過去は変わらない。誰の傷も癒えたりしない。

 騎士団が役に立たない中で、彼らは彼らなりに戦い、その結果として今がある。その全ては彼らのもので、余人が触れて良いものではない。

 謝罪も反省も、戦いに参加できなかったものが言うべきではない。それはまるで、自分が戦っていれば勝てたというようなもので、彼らへの侮辱(ぶじょく)に他ならない。

 彼らに望まれた時だけ、口にすべき言葉だ。

 決して、自分の為に言ってはいけない。

 こんな事態を、二度と引き起こしてはいけない。

 気持ちも台詞も飲み込んで、リデルはゆっくりと頭を上げた。


「それでは、自分はこれで失礼します」


 もう一度軽く頭を下げ、歩き出そうとしたところで、


「おぅ、ちょっと待て」


 立ち止まり、振り向く。

 酒の入ったコップを片手に、バールが背中を向けていた。


「あいつら、何か罪に問われるのか」

「今回の件では、ありません」


 バールの質問に、リデルは真っ正直に答える。

 そもそも、今回の件は領主とホーント一家に責任がある。ナイトとマギサはあくまで彼らに抵抗しただけであり、その結果としての被害は止むを得ないとしていた。

 むしろこの場合、罪に問われるのは領主とホーント一家の方である。

 バールの質問は、そこで終わらなかった。


「じゃあ、別件で何かあるのか」


 リデルは口を噤む。

 『魔法使い』の事に関しては、話が広がるだけで問題だ。

 必ず世情不安をもたらし、ホーント一家のような犯罪集団がこぞって探し始める。

 バールには申し訳ないが、その事を話すわけにはいかなかった。

 ナイトもマギサも、おそらくはそのあたりを(おもんばか)って話さなかったのだろう。

 二人の配慮(はいりょ)を無駄にするわけにもいかない。

 黙りこむリデルに、それをバールは肯定と受け取った。


「やっぱり、何かあるんだな」


 無言を貫き通すリデルに、バールは肩で笑って酒を呑む。

 あからさまに堅物な騎士のリデルが口を滑らせるとは、バールも思っていなかった。

 細かい事が分からなくてもいい。

 ただ、何かしら、思ってやる事が出来ればよかった。

 あの時ひとりでに鍵が外れ、戸が開いたのは、多分二人にとって最大限自分達について教えた形なのだろう。

 それがどんなものか知らないし、首を突っ込むつもりもない。

 自分には守るべきものがある。

 それを危険に晒してまで、何かをする事は出来ない。

 だから、出来る範囲で二人の為になれればいい。


「お前さん、何で一人でここに来た?」

「任務です」


 リデルの答えに、突拍子もない発想が頭の中に浮かんだ。

 バールは鼻で笑って、その発想を口にする。


「そいつぁもしかして、あの二人を追ってるのか?」


 リデルは何も答えなかった。

 そうだろうな、と思う。

 この発想があっているにせよ間違っているにせよ、何も言うはずはない。

 騎士団が一般人に、やたらと任務内容を触れ回るはずがないのだ。

 それでも、この突拍子もない発想が外れていてほしいとバールは思った。


「あんたは騎士にしちゃいい奴だ。でもな、ナイトとマギサの方が百倍いい奴らだぜ」

「はい」


 淡白な返事に思わず笑って、バールはリデルの方を振り向いた。

 どうしようもなくクソ真面目な顔をして、バールを真っ直ぐに見つめていた。

 あぁ、と思う。

 きっと、こんな奴が早く来てくれていれば、違う結末が訪れていただろう。

 十年前に来てくれれば、妻は死なずに済んだかもしれない。

 でも、それなら多分ナイト達には会えなかったはずで、どうしたものかと思う。

 失ったものにも得たものにも大事なものが多すぎて、どうしたらいいか分からない。

 手に持った酒を飲み干して、もう一度注ぐために背中を向けた。


「仕事、頑張ってくれよ」

「有り難う御座います」


 後ろで頭を下げる気配がして、足音が遠ざかっていく。

 階段を上る足音が聞こえなくなって、バールは酒を一気に呷って天井を見た。

 吊り下げられる蝋燭は素っ気無く、もう少しいい蜀台を買おうと妻が言い張っていたのを思い出す。

 連鎖するように、マギサから聞いたメッセージを思い出した。

 失いたくないものを失って、得難いものを手にした。

 愛した人も信じた友も失って、命がけで助けてくれる人や一緒に戦ってくれる友を手に入れた。

 何が正解だったかなんて分からないし、間違っていたとしても取り返しがつかない。

 これから街は変わっていくし、自分達も変わっていくだろう。

 いつの日にか、今日の事さえ忘れてしまう時がくるのかもしれない。

 それでも、

 多分、

 やっぱり、



 俺はここで、『明日』を守り続けていくと思う。





 騎士隊が到着し、街が落ち着きを見せたのは、それから数日後の事だった。

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