序章
これは、『騎士』と『魔法使い』の物語
――生まれ故郷に戻ったその日は、雨が降っていた。
大口を叩いて田舎を出て、王都に夢を叶えに行った。
努力はした。旅費も貯めた。自信もあった。何もかも上手くいくはずだった。
現実はそんなに甘くなかった。
雨除けの道具なんて何も持ってない。
降られるのに任せて、見知った故郷への道を歩いた。
水溜りに靴が沈み、撥ねた泥で足元は汚れ、濡れた髪は顔に張り付く。
酷い有様だった。
情けなくて涙が出た。
一歩歩くたびに、半年も離れていない懐かしき故郷が近づいてくる。
足の進みが遅いのは、雨のせいだ。
ぬかるんだ地面が歩き難くて、濡れた服が重くて、思ったように前に進めない。
言い訳を百も繰り返して、帰りたくないのを誤魔化そうとしていた。
他に何処にも、行ける場所なんてない癖に。
水溜りに突っ込んだ足が、石か何かに引っ掛かった。
受け身も取れずにすっ転んで、顔から泥の中に突っ込んだ。
逃れようもなく、全身が茶色に染まる。
背中を打つ雨粒が、まるで水の中に沈んでいくような気にさせた。
惨めだった。
情けなかった。
どうしようもなかった。
握り締めた拳が震えたのは、寒さのせいではないと思う。
漏れた嗚咽は、立ち上がる力を奪っていった。
雨は降り止まず、暗雲が晴れることはなかった。
騎士に憧れた青年の夢は、無残にも砕け散っていった。
※ ※ ※
生まれ育った里が、焼け落ちていくのをただ見ていた。
まるで生き物のように炎がうねり、見知った景色を飲み込んでいく。
何が起こったのか、一つだってわからなかった。
思い出も、日常も、赤く紅く染め上げられる。
つい昨日まで、笑顔と挨拶を交わし、世間話に花を咲かせ、肉や魚のいい匂いが腹をくすぐっていたはずなのに。
轟く悲鳴と断末魔。恐怖に歪んだ顔と鬼の形相。飛び散る血と肉の焼ける臭い。
地鳴りのような足音が、高く響く馬の嘶きが、死の象徴のように耳にこびり付く。
それから逃げるように、森の中をひたすら走った。
生きていたかった。
死にたくなかった。
例えそれが、万人から許されないのだとしても。
お婆ちゃんの言いつけは、守らなくちゃいけないから。
その日、全てを失った少女は、世界でたった一人の『魔法使い』となった。
4/12~14に連続3話投稿予定です。