Side A(2)
1995年7月6日(木)21:20
2階へ降りる階段の途中、階下から聞こえる声に立ち止まった。タキの猫なで声と困惑するサヤの声。階段下にある休憩用のソファーで、口説きの真っ最中のようだ。お邪魔かなぁとためらう内、ふと、二人の声が途切れる。
バチン!
「……あ」
走り去る足音、バタンとドアが閉まる音が続く。まったく、何をやっているんだか。気づかなかったフリをして、階段を降りる。
「まだ上に来ないの?」
先に声をかけた。驚いたタキは、頬をなでていた手を慌てて引っ込める。
「な、何?」
「何って、ジュース買いに来ただけ」
ソファーの横にある自販機を示す。ああ、と呟いて、タキがソファーから腰を上げた。
「俺のもコーラ買っといて」
「はあ? 何処行くの?」
「便所」
ひらひら手を振りながら、彼の背中は廊下の奥に消えた。
1995年7月6日(木)21:25
ゴトン。
3本目の飲み物を買った時だった。ドアが閉まる音に気づいて振り返ると、廊下の奥を横切るヤマの猫背が見えた。
純粋なパソコン好きの彼は、トイレに立つ時くらいしかパソコンルームから出てこない。さして気にもせず缶の取り出しにかかる。
「うわわっ!?」
背後から悲鳴のような物が聞こえた。ドタドタとへっぴり腰で走るヤマが目の前で止まる。
「と、トイレで……タキが……血ぃ……!」
よく分からないが緊急事態らしい。
「屋上のセイ達呼んできて!」
抱えた缶ジュースをソファーに投げ出し、男子トイレに向かう。
トイレの前でサヤがオロオロしている。構わず男子トイレに飛び込む。
「タキ!」
床に座り込んだタキ。ユウが彼の後頭部にハンカチを当てている。洗面台の角に、血痕がほんの少し。
「ひっ!?」
後ろからついてきたサヤの声。顔を上げたユウと目が合うと、何故か一目散に逃げ出した。
「サヤ!」
ユウは僕にハンカチを預け、彼女の後を追う。ハンカチにも血はほとんどついていない。タキのケガは、大したことはなさそうだ。
「ヤマが青い顔で飛んでくるからビックリしたよ。えーっと、ちょっとたんこぶになってる」
「イテテ……アイツ洗面台の血を見て逃げてったんだ。どんだけ血に弱いんだか」
そう言ってタキが立ち上がった頃。
「タキ、大丈夫か!?」
血相を変えたセイとトモが、トイレに飛び込んできたのだった。