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小さなことにも全力で

ささやかな幸せの話……




 休日を前にご機嫌な会長から「俺の部屋に泊まっていけよ」と誘われ「あ、はい」と頷いた賢治は、手ぶらもなんだがしかし、今更改まった手土産もなあ、と考え購買へ寄ってから慣れた部屋のドアの前に立った。


「おかえりなさい、お風呂にする? ご飯にする? それともいち早く俺にする?」

「あれ? 会長は絶対に組み込まれているの?」

「は? 男の部屋に自らやってきておいて何を言っているんだ。自分から男の部屋に行ったらナニされたとしても法律は殆ど味方してくれないぞ」

「……そうですね。招いた場合でも同じですね。押し入られたのも証明するのが難しいんですよね……」


 恋人間でどうして祖国の性犯罪における判定、対応の遅れに嘆かなければならないのだろう。賢治はとっても不思議な気持ちである。もっとも、嘆いているのは賢治ひとりであって、会長は賢治がのこのこやってきたことに胸がわくわくどきどき気分上々ハレルヤでも歌いだしそうなのであるが。


「ほらほら、賢治。いまお茶でも淹れてやるからな!」

「お構いなく……あ、これお土産。アイスだから冷凍庫入れといて」

「アイス? なに? パピコ?」


 生憎とふたりで一つずつと分けるものではないが、分けて食べることができるものも入っている。

 あずきバーは分けられずとも、もう一つのアイスはピノなのだから。

 会長は賢治の選んだアイスがツボにでも入ったのか「んんん」と奇妙な唸り声を上げながら耳まで赤くしてばんばんと床を叩いて冷凍庫まで転がっていき、そのまま流れるようにアイスをしまった。

 すっくと立ち上がった背筋は凛と伸びて、惚れ惚れする美しさである。


「俺、会長の切り替え早いとこ好きだわ」

「おい、煽るな。ぶち犯すぞ」


 色気たっぷりの流し目を送られて、賢治は「ひえ」と悲鳴を上げながらクッションを盾にした。

 受けか攻めか、タチかネコかで言われれば賢治が攻めだしタチなのだが、上か下かで言われれば賢治は上になった気が全くしない。物理的な理由、体位と呼ばれるあれそれをさておいたとしても、だ。

 付き合ってから「こんなやつだと思わなかった」と言い出すのは恋人として最低な台詞の一つに数えていいだろうが、賢治は「会長ってこんなひとだったんだ……」と声に出しそうになってしまった回数が一回や二回じゃ済まない。客観的な意見を述べれば、この場合の賢治に非はないだろう。


「まったく、イケナイ子猫ちゃんだ」


 やれやれと肩を上下させる会長が手元の作業を再開させているのを見つめながら、恋人から子猫ちゃん呼ばわりされた賢治はクアッカワラビーのような笑みを浮かべる。Fクラスで中立の傭兵として引っ張りだことは思えないほど、いっそ無垢で稚い。

 会長は賢治がクアッカワラビーと化そうが、己のあからさまな言動を流そうとヨシゴイの擬態並にバレバレな誤魔化しをしようが「今日も俺の賢治は世界一格好いいな」と胸をきゅんきゅんきゅいきゅいときめかせている。愛されることにも辛苦が伴うことがよく分かる一例だ。


「賢治がアイス持ってきてくれたからな、カフェオレにしてみた」

「わあ、良い香りー。なあ、会長。俺、最近下手な店で紅茶も珈琲も飲めなくなってんだけど」

「ッシャ!!」

「なあ、隠そう? 胃袋引っ掴んで放す気がないっていう態度、もう少し隠そう?」


 目の前でガッツポーズをとる会長に賢治はいっそ切ない声で物申すのだが、対する会長はきょとんとした様子だ。


「なんだ、賢治は裏で全てを進める管理系ヤンデレがタイプだったのか?」

「あれ? そんな話してた? 全力で身の危険を感じるのでそれだけは否定しておきますね。俺はありのままの会長が大好きだぜ」

「もう! 賢治ってば!!」


 きゃあ、と真顔ではしゃいで満足したのか、会長はふたりで分け合って食べる気しかないのだろう、あずきバーを冷凍庫で眠らせたまま持ってきたピノをぺりぺりと開封する。


「あ」

「ん?」


 会長の上げた声に、カフェオレのまろやかな味わいにほっこりしていた賢治は視線を上げ、会長の見下ろすピノを覗き込んだ。


「おお」


 三つずつ二列に並んだピノの内の一つ、ちょこんと鎮座ましますのは星の形。

 賢治は「よかったな」と会長に声をかけようとして、やけに幼い顔をした会長に気づく。あらかじめ注意をしておくと、会長はクアッカワラビーのような顔をしていたわけではない。

 なにか素敵なものを目にしているのだけれど、それが何なのか知らず「これはなに?」と期待と好奇心、それから知らないものに対してほんの僅か呆けたような、そんな顔をしていたのだ。


「初めて見た」

「そうなのか」

「ピノも、誰かが食べているのは多分見たことがあるし、存在は知ってたんだが……いや、アソートの一つを口に放り込まれたこともあったかもしれない。でも、こうやって一箱を改めてというのは初めてなんだ」


 専用のピンで星ピノを突いた会長が口元をほころばせる。


「賢治、これって嬉しいな」


 賢治としてはなんとなく選んだアイスだった。

 けれど、会長がこうして喜んでいるのをみると、じわりと溶け出すアイスにも似た感覚が胸に広がり「よかったな」と短い言葉に心からの気持ちがこもる。

 ささやかな幸せに心温まったふたりであるが、その後「ハートのピノ」の存在を知った会長が出るまでエンドレス・ピノに走り、心温まるどころか体が冷え切り腹を壊すのが先かハートのピノが出るのが先かのデスマッチが始まるのであった……

……だったはずなんだ。

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