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嫉妬の炎をもみ消せる

嫉妬する賢治。




 会長はモテる。

 そりゃもうモテる。

 これでモテなかったら人間という種族はどれだけ優れた遺伝子を求めているのかと、その高い志向は逆に種族衰退の道に続いているぞと忠告するべきである。

 まず、初見で優れた容姿に好感を持つものは多いし、頭が良いのは具体的な数字を見なくても会話のなかで覗けるし、運動神経とて尖って高くはなくとも平均以上はある。加えて家事能力も備えて性格はユーモアを持ち合わせていながらも、恋愛には一途。

 これでモテないほうがどうかしている。

 賢治としてはそんなことは百も承知であるし、校内でもきゃーきゃー言われている会長が外できゃーきゃー言われない道理はないことくらい分かっているのだが、それでも笑ったビーバーのような珍妙な顔で首を傾げたくなるときがある。

 その日は会長と話題の映画を観に行くことになっていた。


「賢治と待ち合わせデートしたいな!」


 軽く握った両手を真顔の左右で振りながら言ってきた会長に「おーけー分かった」と賢治も真顔ダブルピースで快く受けて、同じ寮に寝起きしていながら二人は態々時間をずらしてまで外で待ち合わせをしていた。

 会長が先に待ち合わせ場所である終末ロックを激しく演奏する天使たちの像の前にいるはずなのだが、賢治が待ち合わせ場所に到着したとき、会長の姿は見えなかった。

 会長の提案による待ち合わせデート自体は初めてではなく、何度かこの待ち合わせ場所は使ったことがあるのだが、いつも会長が立っているエレキギターをかき鳴らしながらシャウトしている天使の前に彼の姿は見えない。

 見えるのは人波。

 男女がまるで壁ドン状態で「ほら、俺が庇っててやるから隅のほういけよ」「彼氏くん……」というやり取りをしているのを押し潰さんと一致団結する混雑した電車の乗客が如く勢いで一箇所に密集して、会長の姿が見えないのだ。

 遠い目をする賢治は、姿が見えずともその人集りのなかに会長がいるのだと嫌でも理解している。

 何故ならば、聞こえてくるのは「お兄さん、俺とお茶でもどうっすか!」「馬鹿じゃないのっ? 彼はアタシと遊ぶのよ!」「ブスは引っ込んでろ!」「はあっ? 不細工超ムカつくんですけど!!」というやりとりが微妙に言葉を変えて何度も繰り返される合間あいまに「すみません、待ち合わせ中なので」とか「いや、もうすぐ連れが来るので」という会長の声が聞こえるからである。激しいやりとりのなかでも冷静な会長の声が何故賢治の耳に聞こえたのかと言えば、愛だよ愛という投げやりな答えが最も適切だろう。

 何度も待ち合わせに使ったのが悪かったのだろうか、とぼんやり賢治は考える。

 回を重ねるごとになんとなく会長へ向けられる視線が増えていたのは感じていたのだ。恐らくは、イケメンがよく来る場所とでも口コミなりで広まったのだろう。


(女のコミュニティなら分かるが、男まで来ることないじゃない……いや、男女どっちに来られても困るけど……そのひとまいしゅがーべいべってやつなんですけど……)


 賢治は笑ったビーバー顔からチベットスナギツネに種族を変えて、それから人間に戻ると人集りへ向けて一歩踏み出した。直後に「やんのかゴルァッッ!! コンクリ抱いて東京湾に沈められてえのか!!!」「やれるもんならやってみんかいワレェッッ!! その前にキサンのケツがたがた言わせたらぁッッ!!!」という怒号が上がり「ひえっ」と悲鳴を上げながら三歩後ずさった。その怒号にさえ、会長の冷静な声は「すみません、俺は中立を保つひとが好きなので」と返している。


(あーあーあー……そういう言い方したら中立アピールする輩が湧くじゃないですかー)


 賢治が心配している間にも、早速人集りが一斉に中立アピールを始めてなんの合唱だという事態に発展している。このままでは未承認の集会としてお巡りさんが来てしまいかねない。

 数々の中立アピールが重なり合うなか、会長の厳かな声がそれを割った。


「このなかで、きのこもたけのこも等しく尊重できるものだけが、中立を名乗れ」


 ぴたり、と止むアピール。

 息を呑む気配。

 周囲を窺いだす人々。

 なにかを言おうとしては悔しそうに口を閉ざし、あるいは「こんなときにまで邪魔をするのか……っ」と吐き捨てるものさえいる始末。

 静まり返った人集りへ向けて、賢治は今度こそ歩を進める。

 誰もが黙り込み、人集りの中央へ少しでも進もうとした足をその場で留めていたからこそ、躊躇なく進む気配は、足音は人々の耳へ届く。

 まさか、という驚愕の表情が人々から賢治へ向けられる。


「嘘……中立だって、いうの……?」

「きのこもたけのこも分け隔てなくなんて……」


 恐怖ではなく、畏怖を以って人集りが割れていく。

 会長の前まで続いた道を、中立のものにだけ許された道を、賢治はなんの気負いもなく進んだ。


「ダーリン、遅いっちゃ」

「待たせて悪いっちゃ」


 賢治が差し出した手を越えて腕にしがみついてきた会長を慣れたように支えながら、賢治は己を凝視してくる人々へ向かってハシビロコウのような眼差しで言う。


「うちのひとがどうもお世話になりました」


 会長と並んでふたり人集りを抜け出してしばらく、ぷひぃ、と賢治はため息を吐きながら会長のご機嫌な顔を見下ろす。


「なんだ?」

「……いや、モテるなー、と」

「世間が放っておかない俺は賢治にぞっこんラブだから自慢していいぞ」

「あ、はい」


 ハシビロコウな目つきになる程度にはあの人集りへ思うところのあった賢治であるが、会長はだからこそご機嫌なようでぐりぐりと賢治の肩へ頭を擦り付けた。先程とは違う意味で道行く人から視線を向けられている。


「お世話になりました、か。賢治の世話は俺だけがするから安心しておけ」

「これ以上、会長に世話されると換えのシャンプーの場所も分からなくなりそうなんだけど」

「シャワー浴びてから気づいたら大変だな。これからは一緒に入浴しよう」

「あれ? いまそういう話してたっけ?」


 首を傾げる賢治は、嫉妬も含め、恐らくこういう話に持って行きたくて会長は待ち合わせデートを提案したのではないかと思い至る。

 まったく、尻に敷かれるどころではないのだが、率先して尽くされている場合はなんと表現したらいいのだろうか。


「賢治、愛してるぞ!」


 ばちこーん、とウインクを決める会長。

 賢治は己の疑問に答えを見つけ、こっくりと頷く。


「俺も愛してるよー」

「もっと情熱的に」

「俺に毎日味噌汁を作ってくれないか」

「むしろ、俺が作った以外の味噌汁を飲むのは許せない」

「心が狭い」

「賢治への愛でいっぱいなんで空きがないんだ」

「なら仕方ない」


 会長は得意そうに「だろう?」と笑った。

 その顔があまりにも魅力的だったので、咄嗟に周囲へ見せたくなかった賢治は会長を正面から抱きしめて、一秒後に何事もなかったように歩きだす。

 腕に抱きついたままの会長が微妙に足を突っ張らせ、映画館へ向かう道を阻み始むのに賢治は怪訝な顔をするが、会長はとんでもない真顔になっていた。


「……会長?」

「どう考えてもホテルに行く流れだろう」

「ちょっとした嫉妬を抱いてしまったことには深く謝罪するので、落ち着いてほしい」

「嫉妬は歓迎するのでこれからも隠さず行動に移してくれ。ときにはその嫉妬を俺の肉体へぶつけてくるのも吝かではない」

「会長、天下の往来でやめよう?」

「そうだな、早くホテル行くか」

「待って、そういうことじゃない」


 ふたりの関係がどのようにして決着したかを思えば、賢治の制止が功を奏したかどうかは察せるだろう。

 賢治は映画のチケットを当日購入にしておいてよかった、と心底思った。

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