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ミッションインポッシブル

賢治は会長をリードしたいようです。




 会長は……なんかアレだ。


「どれだよ」


 賢治の表現に丁寧なツッコミを入れてくれるのは、今日も元気なFクラスの愉快な仲間たち。複数形を使ったけれど現在は一人だ。しかし問題はない。呼べば応える腐れ縁とはFクラスのことなのだから。


「アレだよ……少女漫画に出てくる金持ちで美形で頭良くてスポーツもできてなのに家庭的な部分もあったりして完全無欠のヒーローいるじゃん」

「驚いたことに完全に会長と当て嵌まっちゃってるんだなあ、これが」

「それ。会長がスパダリ過ぎてやばい」


 良いように搾り取られて泥のように眠った翌日、ツヤッツヤした会長が「無理させたな」とか言いながら朝食用意してたときの俺の気持ち分かる? と言いながら、賢治は抱えた膝に顔を埋める。

 人間社会における雄として、賢治は会長に完敗なのだ。にも関わらず、会長は賢治へこれでもかと好意を寄せて、絶滅危惧種として特別な保護が必要なヤマトゥナデシコゥ=リョーサイケンボゥも吃驚の細やかさで賢治に寄り添ってくれる。完全無欠だ。


「喧嘩だったらお前の圧勝だって。顎に一撃入れて脳が揺れたところからマウントとりゃ楽勝だって」

「とんだDV野郎じゃねえか。いや、暴力っつうかそれもう殺意が隠せてねえよ」


 やろうと思えばできるが、まずやろうと思わない。

 賢治が会長のご尊顔を拝してできるのは両手を合わせることくらいだ。いつも美味しいご飯をありがとうございます。

 なにか、なにか一つくらい……


「要は会長に『キャーケンジカッコイー!』って言われたいんだろ?」

「でかい的用意して当てるだけでいいならそれもまた外れてはいない」


 だが、的中ど真ん中というわけでもない。


「えーとえーと、上手いことリードする?」

「それ」


 今度はしっくり来た。


「無理だろ」


 賢治は友人の肩を殴る。殴り返される。

 何度か肩パンの応酬をして、賢治はもう一発友人を殴ってから殴り返されぬうちにさっと距離をとった。


「チッ……会長ってボンボンじゃん」

「そうな」

「庶民的な遊びでも教えてやれば」

「たとえば」

「ドカ◯ン」

「お前、実は俺と会長を別れさせようとしてる?」


 ド◯ポンが俗になんと言われているゲームか、賢治が知らないと思っているのだろうか。実際にやってみたときのことは思い出したくない。


「リアルファイト勃発すればお前の勝ちだ」

「お前はリードという言葉をもう少し現代の文明に基づいた解釈するべき」


 呼べば応える腐れ縁、ただし頼りになるとは限らない。

 賢治は原始時代の遺伝子を継承して生まれたらしい友人に深い溜息を吐いた。




 会長をリードするとか不可能。

 潔く諦めた賢治であるが、機会が思いがけずやってくる。

 いつものように夕食をご馳走になった後、会長が珍しくも眉間に皺を寄せながら熱中していたのは、ご当地クロスワード。


「さっぱり分からん」


 本を投げ出し、べったりとソファへ身を投げだした会長に苦笑し、賢治は床へ落ちた本を拾って表紙を見る。

 賢治の地元であった。


「んー?」


 ぱらぱらと頁を捲って中を確認すると、地元民でなければ分からないし、むしろこれに答えられるか否かで地元民かよそ者かを見分けるような局地的な問題ばかりが飛び交っている。

 出身の違う会長には難度の高すぎるクロスワードだ。

 出版社はなにを考えてこの本を発行したのだろうか。


「会長、会長」

「んあー……」

「駄目だ、全てのやる気を奪われてる……」


 ソファへ顔を埋めたまま唸る会長の肩を、賢治はそっと揺らした。

 かろうじてのっそりと顔を見せてくれた会長であるが、常のご尊顔はマレーグマに似た虚ろさが滲んでいる。まずい。このままでは会長がマレーグマになってしまう。


「会長、このクロスワード、俺なら分かるんだが」

「……なんだって?」

「俺、此処、地元」

「そりゃ知ってるよ。だから買ってきたんだよ。だが、得てして地元ネタが濃すぎるものは地元民でも知らないもんでしょうがよぬか喜びさせんじゃないわよアタシはいま初めて出題されたものの尽くに答えられないっていう状況に直面して人生挫折モードなのよ」

「なんでオネエ。いや、この問題すごくよくできてる。地元民にクリティカルヒットしてる」


 会長が仰向けにひっくり返って両手を伸ばしてくるので、賢治は本を一旦脇に置いてから会長を起こしてやった。そのまま抱きつかれたので「どっこいしょ」とじじくさい掛け声をひとつ上げながら会長を膝の間に抱きしめながらソファへ座る。

 遠慮無く寄りかかってきた会長の肩に顎を乗せ、賢治は会長にも見えるように本を開いた。


「どれが分からなかった?」

「ここからここまで」

「全部な。これは――」


 一つひとつ丁寧に教えていく賢治に、会長は「そういうのがあるんだな」「それは知らなかった」「マジかよ、正気か」と頷く。


「いつか行ってみたい」

「俺の地元? 今度の休みにでも行くか? 確か祭とかあったし」

「行く」


 即答する会長に賢治は笑う。

 地元であれば幾らでも案内してやることができる。

 会長の好きそうなものを頭に思い浮かべながら、賢治はそのときがとても楽しみになった。

 だが、賢治は知らない。

 会長に準備万端整えさせたら、賢治にリードする隙など欠片も存在し得ぬことを――


「賢治、楽しんでもらえたか?」

「地元なのに他所の観光地並に満喫した……」

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