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気づかなくていいこと、ほしいこと




 自分で言うのもなんだが……というか、自分よりも他者から言われる回数のほうがよっぽど多いのだが、俺はいい男だ。モテる。とても、モテる。

 努力してもどうにもならない顔面の基本造形も両親が素晴らしい遺伝子を繋いでくれたおかげで第一印象はばっちりであるし、勉学における成績、それらを鼻にかけない性格、親しくなった際に懐へ忍び込むにはぴったりな家事スキル。我ながら恐ろしくなるほど対象を狙撃しにかかっている。

 もっとも、狙撃対象は賢治ただ一人であり、既に狙撃済みなのだが。

 俺は釣った魚に餌をやるタイプというか、むしろ俺が釣られかけたから賢治を引きずり込んだというか。

 なにはともあれ、賢治と俺は順風満帆な日々を送っているのだ。

 しかしながら、その順風満帆な日々というのは俺と賢治だけで完結している間だけのこと。ふたりの空間に異物が入り込むといらぬ波風にぎっこんばっこん舟は揺れる。ぎっこんばっこんするのはベッドの上だけでいいじゃないか。いや、ベッドの上だけでなくともいいが。賢治が望むのであれば青姦だろうがばっちこいだ。賢治は照れ屋さんなので自分では言い出せないだろうから、今度俺がお膳立てしてやらなくてはならない。ほーら、俺ってばなんてできた恋人なんだろう。

 さて、前置きが長くなったが、賢治と俺はデート中である。

 ただの買い物というなかれ。

 恋人ふたりが仲良く並んで外を歩けばそれが学校のゴミ拾いボランティアだろうがデートだ。ふたりで一つの火バサミ持って潰れた空き缶を拾ってやる。


「ケーキ入刀の練習は日常的にできるな」

「いきなりなんの話ですか」

「結婚式の話だ」

「ちょっと理解できないですね」


 隣を歩く賢治のマレーグマと対面したかのような顔に笑いかけ、視界に入った賢治のキレカジファッションに吹き出す。

 だめだ、どうしてもだめだ。

 似合っているのに、どうしても賢治とキレカジという言葉が結びつかない。

 ちぐはぐとした響きにヒーヒー笑い声を上げる俺に、賢治は生温い視線を向けるだけで怒らない。不良だの中立の傭兵だの言われているが、賢治はとても優しく温厚だ。

 俺にだけその優しさと温厚さを向けてくれてもいいんだがな。

 他人には目があっただけで殴るくらいが丁度いい。


「なあ、欲しいものってなんなん?」

「牛テール」

「ぎゅうてーる」

「牛の尻尾」

「肉か」

「肉です」

「メニューは?」

「ビーフシチュー。ウェルチで代用するが、卒業したらちゃんと赤ワイン使うから安心して同棲しような」


 物言いたげな賢治に「うん?」と首を傾げれば、賢治はなんとなく言い難そうに思い口を開いた。


「別に、飯目当てで同棲したいわけじゃねえけど」


 うん?


「ストレートにもうひと声」

「きみがいればそこが都さ」

「牛テール増量してやる」


 単純だと思うが、嬉しいものは嬉しい。

 自分よりも太くて固い賢治の腕をとって引っ張り、先ほどよりも浮かれ調子な足取りで歩き出す。


「あれだな、人参は花型にしてやろう」

「いや、そこまで凝らんでも」

「生クリームで絵も描いてやる」

「落ち着いて?」

「落ち着いてるんだな、これが!」


 ぱちん、とウインクを決める俺はどう見ても考えても素面ではない。幸福物質が脳みそひったひたにしていていて何も考えられないよふえぇ……といったところだ。

 賢治は流石にそこまで俺の脳みそがイカレポンチだとは気づいていないだろうが、沸いていることは察したようで「買い物前になにか飲んでいこう。スタバの新作飲もう」と逆に俺の腕を引っ張りだす。

 賢治から触れてくれるのはとても嬉しい。もしもこの触れ合いがスタバ新作を飲む口実にされたのだとしても、全く気にならないし構わないだろう。

 賢治と並んでスタバへ入る。そこそこ混みあう店内で席取りを任せられ、俺は賢治に自分の分を頼む。俺は新作のホットで、賢治はフラペチーノを注文するつもりらしい。

 ちらりと見かける口コミによると今回の新作は当たりらしい。

 並ぶ賢治を見つめていると、そっと近寄ってきた女が数字の羅列とアルファベットの羅列が綴られたカードをテーブルへ置いて、微笑みながら立ち去っていった。

 モテる俺にこういうことを公衆の面前でやるのはやめてほしい。

 見渡さなくてもやりとりによって奮起した女どもが寄ってくる気配が分かり、俺は効果的な手段に出ることとする。

 その前に確認するのは賢治の様子。

 まだ、こちらを振り返る様子はない。

 丁度いい。どこまでも、良いタイミングだ。

 俺はテーブルから紙くずを拾い上げて、寄ってこようとする女どもの前で容赦なく引き裂いた。

 ゴミを増やすのは本意ではないので床へ投げ捨てはしないが、二つに裂かれたカードをぐしゃりと手のなかで握り潰すのも忘れはしない。

 俺の様子を見て殆どの女たちは自信をなくしたように座り込んだり、立ち去ったりする。


「お待たせー。待った?」

「その言い方おかしくないか? 待ってない。おかえり」


 やはり、賢治はタイミングがいい。


「けーんーじ」

「んー?」


 太いストローでずごっとフラペチーノを啜る賢治へ声をかければ、視線が向けられる。俺は迷わず片手をひらひらと振った。


「……ひと口な」

「分かってるさ」


 見せつけるように舌を伸ばし、賢治が咥えてていたストローへ絡めるのにも似た仕草で唇へ咥える。

 ひと口と言われたのでひと口。

 ちゅ、と音を立てながら上目遣いに賢治を見やれば、賢治はどこか呆れた顔をしていた。


「……よそでやっちゃだめだぞ」

「やらんよ」


 まったく、恋人心の分からないやつだ!

会長の手にかかればデート中に起きそうになるハプニングなど、こう、よ……

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