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電話は風紀委員長に受難を運ぶ

本編の裏で会長がしていた小細工。




 鈴谷は風紀委員長としていちゃもんつけられない程度には真面目な生徒である。

 遅刻などなるべくしないようにしているが、着替えてしばらくの間はぼうっとしてしまいがちだ。

 食堂で赴く道中にはすっかり目が覚めると分かっているが、そこへ到るまでの行動が辛い。

 妖精さんがいまにも鼻先へ眠りの粉を振りかけ「妖精界では合法です」とサムズアップしようと、人間界で使用すれば出席日数やら授業内容の把握やらに直結するので鈴谷は自身にしか見えない秘密のお友達をモスキートよろしく叩き潰す。

 毎朝まいあさ妖精狩りをする鈴谷はいい加減妖精界で賞金首に挙げられていてもおかしくない。眠りの粉の威力が永眠級になっているとも分からないため、今日も鈴谷は妖精を血染めの拳で狩るのだ。

 くあ、と堪えきれぬ欠伸を妖精殺しの手で隠したところで、鈴谷の携帯電話が鳴った。

 早朝の電話に一体何事かと訝しく思いながら手を伸ばせば、画面に表示されるのは意外とも意外でないとも言い切れない名前。


「……もしもし?」

「お前が置いていった使用済みパンツを回収しに来い」

「はッ?」

「今すぐだ」


 言いたいことだけ言って切れた通話に呆然とするのは一瞬、内容の深刻さに鈴谷は携帯電話を握ったまま自身の部屋を飛び出した。

 向かう先は自身と同じ特別室なのですぐに辿り着くはずだが、予想外の人物と出くわして立ち止まってしまう。

 冠城賢治。

 Fクラスで騒ぎがあると大抵中立、あるいは雇われ傭兵のような立場をとる生徒だ。

 間違っても特別室に出入りするような、できるような生徒ではないはずだが、という鈴谷の疑問に返った答えは予想外過ぎて、鈴谷をして硬直させる。

 訊き返す鈴谷を無視して歩き去る賢治に怒ることもできないほどの戸惑いを覚えるなか、携帯電話が鳴った。


「すまんすまん、さっきのはかけ間違いだった」

「紛らわしいにもほどがあるだろう!」

「あいつじゃあるまいし、お前が俺の部屋にパンツなんぞ置いていくわけないのにな。そんなことがあったらお前の顔面をスライサーにかけているところだ。はっはっは」


 再び一方的に切れる通話。

 朝っぱらからなんということだと肩を怒らせながら部屋へ戻る鈴谷は、ふと通話相手の言った「あいつ」とは誰かと思い、先ほど出くわした賢治を思い出す。


「……まさかな」


 鈴谷は首を振って今朝のことを忘れることにしたが、ある日の暮夜に鈴谷は嫌でも思い出すことになる。

 今日の夕食はなににしようかと考えているところに鳴り出す携帯電話、画面に表示される名前に鈴谷は首を傾げる。校内で会話を要することは立場上多いが、休日にまでというのはあまりあることではない。

 なにがあったと思いながら応答すると、間髪を入れずに相手が早口で言った。


「いますぐ部屋の外に出ろ!」

「いきなりなんだ!」

「いますぐだと言っているだろうがこのグズ野郎!!」


 何故いきなり罵られたのかも分からないまま、とりあえず部屋の外に出ようとするも理由くらいは訊きたいと電話相手に問いかけようとした鈴谷がドアを開けたとき、目の前を賢治が会釈しながら通りすぎていった。

 言葉を途中で切った鈴谷に訝しげな様子もなく、相手は「よし」となにやら納得したひと言を漏らすと「もういいぞ、用は済んだ」と言って通話を切る。鈴谷の文句も疑問も聞く気がまるでない。


「一体何なんだ……」


 鈴谷のもやもやとした気持ちは増すばかりだ。

 しかし、無情にも電話は再びかかってくることになる。

 最近はどうにも思い煩うことが多いので、今日は気分転換にバスボムでも使おうかと思った日の夜、鈴谷の携帯電話が鳴る。

 表示されるのは例によって例の如くの名前。

 鈴谷は口をひん曲げながら応答した。


「はい、こちらベルヴァレー放送局、今夜のラッキーなあなたのリクエストは?」

「ばか、えっち! 明日学校中に言いふらしてやるからな! 嫌なら……早く来いよ」


 やけに反響する相手の声が意味が分からないなりにえらく不穏な台詞を吐き出し、やはり一方的に通話を切る。

 鈴谷にはさっぱりなんのことかは分からないが、いますぐ駆け付けなければ自身の名誉になんらかの傷がつく恐れがあった。

 慌てた拍子に落としたバスボムが床で砕けるのも構わず、鈴谷は相手の部屋に直行した。

 ドアに向かってのノックはDV夫が逃げた妻の居場所を見つけて急襲した勢いに勝るとも劣らない。

 中々反応のなかったドアがようやく開いたとき、しかし現れたのは目的の人物ではなかった。


「……ばんは」


 ぶっきらぼうな挨拶をするのは冠城賢治。

 間違っても、間違ってもこの部屋の住人、鈴谷に電話をかけ、鈴谷が訪ねた相手ではない。

 何故、どうして、そんな気持ちで混乱した頭は相手の所在を賢治に問いかける。

 応えは「風呂」という簡潔なひと言。

 風呂である。

 時間帯で考えても別におかしかなことではない。鈴谷も先ほどまで入浴するつもりだった。

 しかし、入浴中の相手の部屋に何故賢治がいるのか。

 尽きぬ疑問に携帯電話と賢治の顔に何度も視線を行き来させていると、携帯電話がメールを受信した。

 相手は入浴中であるこの部屋の住人。

 本文はなく、件名にひと言「すまん、さっきの電話はかけ間違いだった」と書かれていた。

 思わず「またか」と声を上げるのも仕方がない。

 自分はバスボムを犠牲にしてまで駆けてきたというのに、という不満を抱きながら部屋へ戻り、鈴谷ははたと気づく。

 かけ間違いだというのなら、あの電話は誰に向けたものだったのか。

 あんな、よほど親密でなければあり得ないような内容の電話は。

 そんな疑問、ここ暫く鈴谷が抱いていたもやもやとした感情は翌日に晴れることになる。

 賢治と件の相手が仲良く手を繋ぎながら登校してきたのだ。

 仲睦まじい姿に「や、やっぱり」と思わず呟いたせいで、鈴谷は事情を聞こうと殺到してきた生徒を千切っては投げる日々を数日送る羽目になった。

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