力の使い方①
「さぁ座りなさい」
エドワードさんに促されるまま俺はソファに座った。フカフカで腰が沈む、触ればわかる良い素材を使われた最高級品だろうと。
俺がソファの感触を楽しんでいるとエドワードさんが笑いながら俺を見てることに気づいた。
「そ、それでエドワードさんは俺に何を教えてくれるって言うですか?狩りならもう諦めましたから大丈夫です。自分には才能が無いので!」
一気にまくしたてといてなんだけど言っていて悲しくなるなぁ
「ふむ、まずそこからか。
蓮君はこれを持っているかな?」
そう言ってエドワードさんが俺に見せて来たのは一枚の真っ黒のカードだった。
それを手に取ってみると少し体積に対して重いなぁとは思うがなんの変哲も無いただの黒いカードだった。
まさかこっちの世界に限度額無制限のブラックカードがあってそれを俺に見せびらかしたいだけなんじゃ無いかと一瞬だけ思ったが、そんなバカなと言う思いも込めて、知らないと首を横に振った。
「そうか。これは民証と言うもので7歳以上の者なら絶対に持っている個人証明証なんだよ。それがたとえ奴隷であったとしてもね…
それを持ってない、知らないとなると君は一体…」
マズイな。
俺がこの世界の人間じゃ無いと気づかれたかもしれない。いや、そんなことに気づく人がそもそもいるのかどうかも怪しいものだけど、どっちかと言うとその話題には触れて欲しく無い。
しばしの沈黙をお互いしている。
エドワードさんの方は顎に手をやりこちらを見ている。俺はと言うとその視線に気づかないそぶりをして誤魔化そうとしていた。
「ふむ、まだこの話題は早いようだね。では話を進めようか。この民証には自分の個人情報が記載されてるんだけどこれがとても重要なんだ。
君はこの情報の本質を知らない。本質を知らないから弓を幾ら打っても上達しないんだと思うんだけどどうだろう?」
確かに俺は民証を持ってないけど個人情報については把握してるはずだ。だって転移する前に自分でポイントを振り分けたから。現に「∞矢」や「遠見」を使えたことからもそこは確かなはずだ。
でも今エドワードさんの言ったことに反論するということは、俺が持ってない民証の内容をなぜか知ってるということになる。これは矛盾だ。絶対にエドワードさんにそこを聞かれるだろう。
どうしようか…
俺は考えた末に「どれも不思議な現象だった」「俺自身なんでそうなるのかわからない」と聞かれたら答えることにした。
「確かに俺は民証を持ってません。だから矢が全く飛ばないのですかね。」
「多分そうだと思うよ。だから民証は7歳になると必ず誰でも取ることになるんだから。奴隷にするにしても民証を持たない無能なんか誰も買おうとしないからね。」
「えっ?じゃあ俺って今無能なんですか?」
「君の場合は少しおかしいんだよねぇ。民証を持たないから無能なはずなんだけど、どうやらすでにいろいろ持ってるみたいだし…全くもって不思議だよね」
エドワードさんはとても興味がありますよと言いたげに視線を俺に向けて来た。
その視線と言動に対してめんどくさくなった俺は「そうですねぇ不思議ですねぇ」とだけ返した。
「じゃあ民証を作ろうか!」
「えっ?!いいんですか?ていうかそんなノリで作れるんですか?」
「もちろんさ!そのかわりと言っちゃあなんだけど私にいろいろ教えさせてもらってもいいかな?」
げっ!もしかしてエドワードさんってそっちの人だったのかよ?
怪訝な視線を俺はエドワードさんに向けた。
「俺に男色の気は無いので勘弁してもらいたいです」
「そりゃあ僕にだってあるわけないじゃ無いか!
違うよ、君の先生になりたいだけだって!僕は先生というものに憧れていてねぇ。でもなれなかったから君に出会えてよかったと思ってるんだ。どうかな?」
ん〜。
この条件に悪いところはない。
むしろ好条件だろこれ。
俺は民証を作ってもらえて、狩りの事やいろいろを教えてもらえる。エドワードさんは先生になれる。お互いwin-winの関係だったら拒む理由もなさそうだな。
「わかりました!ではそれでお願いしますエドワードさん。」
「よろしくお願いしますね。蓮君。」
そう言うとエドワードさんがまた指パッチンをするとどこからかまた現れた先ほどのメイドが長方形の箱と紙とペンを持って現れた。
どっから出て来てんだよ!謎だ。
「じゃあここに名前と年齢と種族書いてね」
そう言われて手渡された紙に言われたことを書いていく。
書き上げたものをエドワードさんに渡すと、その髪を折りたたみ箱の中に入れた。
「じゃあちょっと待っててね」
それだけ言うとエドワードさんがどこからか出した30cmほどの皺くちゃのばあちゃんの指見たいな柄の杖先を箱にトントントントン当てる。
すると箱が淡く光り始めた。
「何分くらいかかるかわかんないから茶でもなんで待ってよう」
そうエドワードさんに促されるまま俺たちは女性が持って来たお茶を楽しむ。
一言だけ言わせてほしい
「うっまーこのお茶」
♢
「エドワードさん?民証作るのって結構時間がかかるもんなんですね」
俺はエドワードさんの「お茶でも飲んで待ってよう」と言う発言から5分くらいでできるもんだと思ってた。
でもそろそろ1時間経とうとしている。
俺がせっかちなのかエドワードさんがのんびりさんなのか分からないが俺はソワソワが止まらない。エドワードさんは箱を一瞥すると「多分まだなんだろうね」とだけ言ってこの話を終わらせた。俺もそう言うもんだと、エドワードさんに正確な時間を聞かなかったからだなあとエドワードさんの言葉を信じて待つことにした。
ちなみにその間エドワードさんは一言も言葉を発しないため俺は眠くなるまなこをこする時間が過ぎていくのに我慢ならなかった。
♢
「んー、これは流石におかしいねぇ。幾ら何でも時間がかかり過ぎかも知れないなぁ。」
現在腹時計で3時間は経っている。
エドワードさんにも若干焦りの色っぽいものが浮かんでるように見える。額の汗を拭ってることからもそれがうかがえる。
窓から見える空も夕焼けの赤が鮮明見えている。
俺がこの屋敷に来たのが昼くらいだったから結構な時間が過ぎていることがわかる。
「ねぇ、シズ。これ、壊れてるってことはないのかい?」
「エドワード様、それはございません。確実にギルドから拝借してまいりましたから。」
「うーんじゃあどういう事なんだろうねぇ。」
とエドワードさんとその後ろに立つシズさんと言う女性が俺の方に視線を向けてくるが、そんなこと俺がわかるはずもない。
俺は首をコテリと傾けてわからないことの意思を表現する。
「まぁとりあえず様子見で明日の朝もう一回見てみよう。それでいいかい?レンくん」
「はい、大丈夫です。」
「ごめんねほんとは1分くらいでできるはずなんだけどね」
「いえいえ」
意外にもエドワードさんは律儀だったみたいで俺に謝り倒し、今日は部屋を与えてくれて俺にそこで休むように言ってくれた。
俺はそれに甘えて今日は休ませてもらうことになった。