サバイバル
派手な冠を持ち、色彩鮮やかな体毛が全身を覆っている体長30cmほどの1羽の鳥が木の上に立っている。
その鳥は自身の羽毛の手入れに夢中になっていた。そこからおよそ15m離れた場所にてそれを狙う一人の狩人こそこの物語の主人公、蓮だ。
彼はかれこれ30分ほど矢を放つ機会を待っていた。
彼がこの世界に来てから1週間が経つが未だ戦果は木ノ実や薬草、たまに目の前を駆けていくウサギなどで狩人らしく弓矢を使っての狩りを成功させていない。
せっかく転移する時に性能抜群、オンリーワンの弓矢を手に入れたと言うのに全く使いこなすことのできない彼は今日こそ!っと意気込んでいつも通り狩りをするために弓を構えているのだがなかなか放つことができずにいる。
なかなか放てない理由が「過去の経験」と長年狩猟を生業として来た狩人のような言い分で片付けている彼だが、単純に矢が全然飛ばない事が放てない原因になっている。彼はいくら練習しても5mと矢が飛ばない。多分筋力が足りないんだろうと余っていたポイントを少し使って筋力値を上げたりしたが全く関係なかった時は1日何もする気が起きらないくらい落ち込んだ。
一体何が悪いんだかわからない事がこれほど彼を悩ませている現状である。
そして今、彼は獲物までの距離15mで待機しているわけだ。
もっと近づかないと当たる気配がない、しかしあんまり近づきすぎると気づかれて結局逃げられる。でも近づいても当たるかわからない。
そんな状態で彼はいつも通り獲物を自身の能力「遠見」で見つけ15mの距離で矢を放つ用意をしているわけだ。否、結局矢を放つことはないのだからただのバードウオッチングになっている。
そんな彼だが、今日はいつもと迫力が違う。
なんせ彼もそろそろこの状況をどうにかしないといけないと思い始めていたからだ。
ウサギを始めて獲った日、彼は木ノ実に飽きていた。彼が採取した木ノ実は全く美味しくないものばかりで現代日本から異世界転移するまでは野鳥とかきのみとか美味そうと夢を持って来たけど実際は悲しい現実が待っていただけだった。
そして彼はウサギをとる日ギラギラした目で矢が減らないことをいいことに獲物を「遠見」で見つけては届かないのに打ちまくるという愚行に走っていた。だが獲れない。当たらない。掠りもしない。だんだん体力も元気もなくなってくる。ちょこちょこ木ノ実をつまみながら獲物を探す、矢を射る、当たらない、逃す。無限ループにはまっていた時たまたま目の前を走り抜けようとするウサギを発見して矢を射ろうとするも「当たらないんだろうなぁ」と思い咄嗟にウサギにタックルをかましなんとか捕まえたことでその日は久しぶりに肉を食べる事が出来た。
彼は一心不乱に貪っていたがここで気づく。
「味がしない」
ウサギは鶏肉に似ていると言われているがとある地方では美食の部類に入るらしい。
しかしここは異世界、しかも彼がウサギを食べるのはそれこそ非日常。さらに胡椒も塩も何も振っていないただの肉を食べて美味いと言うやつはいないだろう。案の定彼も久しぶりの肉はありがたかったが味のしない鶏肉みたいな肉を食べ尽くした。
その次の日彼はまたきのみを食べるために採取に向かった。そこで天然の岩塩を見つけた。嬉しさのあまり、昨日少しだけ残しておいた味がしない肉に飽きて残しておいたウサギ肉に振りかけて食べてみた。めちゃウマかった。感動した。
その日はどこにいくでもなくウサギ肉を堪能した。そして今、彼はまた肉を食べたい欲求に駆られここにいる。
転移当初からの獲物の色彩鮮やかな鳥。
奴を仕留める。しかし矢は使い物にならない先ほどからのジレンマを抱えてここにいる。
解決しない悩みを持って彼は今日の夕食を狙って機を待つ。
♢
「結局また今日もこれかぁ」
もう本当に嫌になって来た。
そろそろ町に向かおうと何度思ったか…
1週間前の俺を何度殴りたいと思ったわからない。
あのポイント振り分けを行なっている時に転移場所も選べた。あの時の俺はテンションマックスで上がってたから、とりあえず「狩りをしたいから森の中に転移だろ」と今考えればアホだろこいつと思いたくなるようなバカな選択をしてしまった。結果が今の俺だ。
転移して3日目にウサギ肉を食えたのはまだマシだった。あそこで食えなかったら今頃発狂してたとおもう。
さっきも狙ってた鳥にあとちょっとと言うところまで追い詰めた(∞矢の能力をフルに使って打ちまくった)けど獲り損なった。今日もきのみ生活だ。
「なんで俺は矢が下手なんだよ…」
この1週間毎日解決できない悩みをいつもきのみを食べながらひとりごちる。
ポイントを筋力に振ってもダメ、姿勢が悪いんだろうと思い正してもダメ、発想を変えて走りながら打ってみても当然ダメと来たら打つ手がない。
俺は何回獲物を取り逃がしたかわからない。
俺の能力「∞矢」は矢筒の中の矢が減らない特殊な能力を持っている。それを活かして獲物に気づかれてもなんのその矢を射る、射る、射る、しかし射程が5mだから当然射程内に入る頃には逃げられてるし、万が一獲物が逃げ遅れて追い詰めても腕が悪いのか掠りもしない。
ほんとに嫌になる。
「もうどうしたらいいんだよ……」
現実と空想は違う。
俺はここに来る前にハマっていたゲームを思い出す。
ゲームの世界では自称矢の名手で先手ボーナスは必ず取ってたし、一撃必殺もした事がある。ヘッドショットはお手の物だったしハートショットなんかあくびしながらでもできた。
しかし現実では、自宅警備員。親には愛されていたはず。でも就活に敗れネットの世界に飛び込んだが最後の生活を送っていた。矢なんかリアルで打ったことはないし、体力もない。運動神経もそれなりに悪かった。
そして今俺がいるこの世界はまぎれもない現実であり、夢にまでみた異世界転移は空想ではなく現実なのである。
現実で生き抜く「根性」がそもそも転移前になかったのに空想が現実になったこの世界でそう簡単に芽生えるはずがない。
まだ1週間だ。
俺はできるんだ。
やればできる男。
レベルが上がれば…
俺にはポイントがある…
でも
ポイント振った
何も変わらない
1週間経った
何も変わらない
1週間俺なりに頑張った
何も変わらない
何もできてない
結局なんにも……
「やっぱり俺は……」
「ふむ、こんなところで何しているんだい?」
「!!!!だれだ!!」
俺は負の連鎖の現状に辟易していた。
そして自分の価値を決めるようなセリフをひとりごちそうになった時誰かが俺の後ろから声をかけて来た。
「あぁ、私はエドワード。ところで君は私の庭で何をしているのかな?」
庭?庭だと!?
この森がこの見た目白髪のオールバックでTHE執事みたいな服装の爺さんの家の敷地内だとでも言ってるのか?
「えっと、この森は爺さん「エドワードと呼んでくれ」エドワードさんの敷地内なんですか?」
「そうだよ。所で君は誰で、なんでここに?」
エドワード爺さんはほんとに不思議だと言わんばかりの顔で俺に問いかけて来た。
それに俺は答えても信じてもらえるか自信がなかった。とりあえず嘘をつくのも忍びないので曖昧に返答することにした。
「いやぁまあなんて言うか気づいたらここにいたって言う感じです、後名前は蓮と言います」
「蓮君ね。じゃあ蓮君はこのままあの下手な狩猟生活をまだここで送りたいのかな?」
エドワードさんもしかしてみてたのか?みてたんだろうなぁ。でも笑いながら聞いてる感じじゃないよなこの爺さん。やっぱり不思議そうに聞いて来てる感じがする。
「見てたんですか?実は分からないんです。僕には能力があるはずなのに狩りが全く上手くいかない。そんな生活を送る事が苦痛になり始めて来た時にエドワードさんが現れました。」
なんで俺は会って間もない爺さんにこんな話をしてるんだろう。
でもなんか不思議と話ちゃうような雰囲気を持ってるなぁこの爺さん。
「ふむ。そうか、では私の屋敷に来るといい。
君はどうやらそれの使い方やいろいろなことをあまり知らないらしいな。その見た感じ年齢からしても違和感がある。そうだねとりあえずこれからうちに来なさい。教えてあげるから。」
エドワード爺さんはそう言うと徐に右手を挙げて指パッチンをする。するとどこからか妙齢の女性、メイド風の美人がエドワード爺さんに甲斐甲斐しく接して来た。
「こちらの青年を屋敷まで連れて行ってあげてくれるかな?」
「かしこまりました。ではこちらへどうぞ」
そう言って女性が指し示した方にはいつの間にか一軒のどデカイ屋敷が建っていた。
いつの間にか建っているそれを見て腰を抜かしそうになったけどなんとか耐えた。
こうして俺の1週間のサバイバル生活は終わった。