美しくない恋の話
恋愛は楽しいものだという常識をすこしばかりすててよんでいただけるとありがたいです。
この世の中、恋愛なんてそこらへんに転がっている。
まるで恋をしなきゃ生きていけないみたいに恋愛をする人間ははたで見ているとおかしい。きっと当事者達だって、冷めてみれば「どうして?」なんて疑問符を打ちつけるに決まっている。ほんと、馬鹿みたい。恋愛なんてなくたって生きていける世界なのにね。
「そういうおまえは恋愛したことあんのかよ」
キーボードを叩いていた指先をつままれて、続けるはずの言葉は重要なローマ字が抜けて日本語になれないまま画面に転がった。なんて不恰好。
「ないよ。いいから指離して」
「指離したら話しなくなるだろーが」
「女の脳みそ馬鹿にしてんの?話して打ってなんて朝飯前よ。離して、指がそろそろ痛い」
左の薬指をわざとらしく動かすと、つまんでいた指が離れた。男のくせに細い指。私より細いってどういうことだろう。それに青白くてなんだか気持ちが悪い、とは面と向かって誰も言わないけれど、指に比例して全身も色素の薄い彼を皆ひっそり『幽霊君』なんて呼んでいる。本名は雄太なのだけど、男らしさのない儚げな見た目だけにぱっと見の印象がヤサ男だった。
もっとも最初のように喋らせると意外と男前な喋り方をするものだから、ギャップが激しい。
そこがいいのだと騒ぐ女子もいるが、親しい友人の壁を越えた途端のなれなれしさは普段の数倍になるのだから、あまりオススメしたくはない。
「おい、話する気あんのかよ」
「あるあるチョーある」
「オマエが三回あるっていうのと、チョーつけるときは大抵信用できない」
ぐるん、と視界が回った。眩暈とかじゃなく、後ろで雄太が椅子を回したのだ。折角パソコン部から徴収した回転椅子だが、今はとてもうらめしい。視界に広がっていたBBSの代わりに、青白くて優男のクセに、眉間にしわ寄せている男の顔が映った。
「…ゴーインな」
「強引で悪かったな。お前が話しするきないからだろ」
「目、回った。吐きそう」
「吐くんなら俺にむけんなよ。掃除も自分でしろ」
「酷い」
吐き気がしたのは本当だった。なんでそんな責めるみたいに睨みつけてくるのか。私は自由な放課後を自由に恋愛討論するBBSで楽しく過ごしていただけなのに、割り込んできたこいつにどうしてこんなにも邪魔されて不快な気分にされないといけないんだろう。
口元を手で覆う。こみ上げてきたものはそれ以上上がっては来ないけれど、一緒に鼻も隠すようにしたら、塗ったリップクリームの香料が鼻を通っていって更に気持ち悪くなった。買ったときはあんなに良い匂いがしていたのに。
「ゆか」
なに真剣な声だしてるんだろ、こいつ。私は今吐きそうでそれどころじゃないのに、何を話したいんだろう。視線をおとしたまま、回転椅子の脇を握り締めた青白い指先が見えた。
私の右側、彼の左側。薬指にはシンプルな指輪がはまってる。なんでだろう。なんでだっけ。ああ、そうだった。私にも同じ指輪がある。さっきつままれた左の薬指手入れもろくにしてないから、彼のよりも鈍くなった銀色の塗装が、光っている。
「もう、隠さないでいいから」
何を?という前に、また吐き気がきた。今度はほんとうに胃がひくついてるのがわかって、あきたくなくて深く息を吐き出して片手でお腹を押さえた。胃の位置ってどこだっけ?探るようにしたらぽこんと膨れたああ、きっとココが胃だと思ってさすった。
「な、にいってんのか、わかんな、い」
本当に分からない。雄太は何をいってるんだろう。
顔を上げたら、今度は辛そうに眉を寄せてた。青白くてのっぺらした顔。どっかの芸能人みたいに彫りの深い男前じゃない。でも、白いからと言って薄幸の美少年なわけでもない。
背中をさすられてそのまま抱き込まれた。他人の腕の中なんて、あんまり好きじゃない。抱かれるっていうのが嫌いだ。顔が見えないし、本当に優しくされてるのかも分からない。もしかしたら心の中では哂ってるかもしれないし。
「ゆか、結婚しよう」
はっきり言葉にされた。ああ、そうだ思い出した。この人と私は付き合ってたんだっけ。恋愛してたんだっけ?申し訳ないけど世間様のような甘くて優しくて幸せな恋愛じゃなかった気がするなぁ。どっちかっていうと私は恋愛が嫌いだし。それでとくに好きじゃない人を捕まえて恋愛するとどうなるかって思ってみたたら変なところに転がってしまった。
こいつだって私のこと、好きだったわけでもないのになに必死になってるんだろう。
「あーあ、ほんと馬鹿みたい」
抱きしめられながら私は夕日にそまる校舎の天井を仰ぐ。
恋愛なんてどこにも転がっていてどれもほんとじゃない。ときめきや苦しみなんて当事者が楽しんで付け足してるスパイスに過ぎない。実際恋愛はどうなろうが、こんな冷めたものなのだ。
「そうね、もう卒業だしね」
子供を育てながらの今度は愛のない恋愛生活を楽しんでみるとしよう。
恋愛の視点を変えてみました。恋愛ってときめきと幸せと不安とが混ざり合ったもので、している事自体がとても楽しいものだとしたら、反発する意見があってもいいんじゃないかなと思い書いて見ました(主人公のようにまったくの無感動)
もちろん恋愛漫画でも必須なカッコイイカレは、二枚目ではなく見た目ギャップで色白の頼りなげ〜な男の子なわけです。
彼女はときめけない子だったのかもしれないですね。それはそれで楽しんでいただければ嬉しいと思います。感想意見などありましたらよろしくおねがいします。