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ガッツポーズがやめられない  作者: 最後の掃除機
5/8

家族じゃなくても問題ない

これを読んで君も宇宙人を探そう

近ごろ、朝田勇太は様子がおかしい。


家のリビングでくつろいでいるときも、一緒に家を出てそれぞれ別の道に分かれたときも、勇太は突然こちらを振り向いたりする。


昨日なんかは鏡越しに見つめられていた。


そういった行動がここ数日続いているが、私が気づいていないだけでもっと見られているのだろう。


自分の弟がどうしてそんなことをするのかわからず、今日の昼休み、友人のミキに相談した。


ミキはよく行動を共にするグループの一人で、その明るい性格からグループ内ではムードメーカー的な立ち位置になっている。


そしてミキの家はミキを真ん中に、兄と弟がいる三人兄弟だ。そのため男兄弟がいる生活に理解があり、たまに兄弟に対する不満や愚痴を言い合っては互いに共感している。


この日もミキは快く相談に乗ってくれて、「うんうん」と相槌を打っていた。


「多分、それアレだよ。家族とか、周りの人間のことを宇宙人だと思ってんじゃない?」


「えっ?どういうこと?」


「愛子はなかった?小さいころに周りの大人が実は宇宙人なんじゃないか、って思ったこと。実は自分の家族は宇宙人で、普段は人間の姿に化けてるけど、自分の見てないところでだけ本当の姿になっているんじゃないかって」


「そんなこと思ったことなかったけど・・・。ミキはあった?」


「あったあった。ていうか今でもたまにそう思うことあるし。だからね、きっと弟くんも愛子が宇宙人かどうか疑ってて、宇宙人の姿になったところを見ようとしてるんじゃないかな」


自分に似たような経験がなかったからか、ミキの答えはピンとこなかった。


しかし、兄がいるせいか少々ミキは男の子っぽいところがある。小学生男子と似た思考ができるのなら、ミキの考察も的を射ているのかもしれない。


窓ガラスに映った自分の顔を見る。


「宇宙人かあ・・・」


勇太は六年生だ。その時期になると段々子どもっぽさが抜けてくるものだと思うが、そういった好奇心や想像力を持ち続けるのは良いことだと思う。


だがまさか自分が疑われているとは。複雑な気持ちだ。


「別にそんなに気にすることじゃないって。何度見たって宇宙人になんかならないんだから、そのうち気が済んでいつも通りになるよ」


ミキはそう言って私を励ましてくれたが私の心にはもやもやが残ったままだった。



つま先で地面を小突き、靴を履く。


グランドでは多くの生徒が部活動に励んでおり、グランドの隅に目をやると陸上部が練習をしていた。


円盤投げの練習をしている生徒がいたので視線を送るとそれはやはりミキだった。ミキもこちらの視線に気づいて手を振ってくれた。


ミキと私の身長はさほど差はないが、体格に関しては運動部に入っているだけあってミキの方がしっかりしているというか、健康的な体つきをしている。


一方、私はなんの部活にも入っていない。人付き合いが苦手なわけではないが、あまり多くの人と接触したいとは思わない。


それに自分で何かするよりは、誰かが何かするのを見ている方がよっぽど性に合っている。


カバンを自転車のかごに入れると鍵を外し、サドルにまたがる。


ついこの間まで自転車にまたがると、太陽の熱を吸収したサドルにお尻が焼かれていたというのに、今ではすっかり冷たくなってしまっている。


向かい風もすっかり涼しさを通り越して寒さを運ぶようになった。日本は四季の国なんていうけれど、ここ最近、秋の存在感が薄すぎやしないかと思う。


日が落ちるのも早くなっていて、家へ帰る間に空には星が輝き始めていた。


「ただいまー」


「お帰り、姉ちゃん」


返ってきたのは勇太の声だけだった。


リビングに行くと勇太は寝転がって漫画雑誌を読んでいた。


母の姿が見当たらない。いつもこの時間には会社から帰ってきているはずなのだが。


代わりに机の上にはラップがかけられたお皿が並んでいた。


「お母さんは?」と私が聞こうとした瞬間、まるでそれを察知したかのように


「今日は母さん帰り遅くなるから夕飯は二人で食べろってさ。母さんはおかずだけ作ってまた出ていったよ」


勇太は漫画のページをめくりながら言う。


「そうなんだ、ご飯は?」


「あと二十分ぐらいで炊けると思うよ」


「そう」


漫画に夢中になっている弟を一瞥すると私は自分の部屋へと向かい、制服から部屋着に着替えた。


制服のポケットからスマホを取り出し、スマホに充電がなかったので充電器も持ってリビングに戻る。


ご飯が炊きあがるまでの時間、スマホでもいじって待つことにした。


好きなミュージシャンのブログを閲覧していると不意に勇太が話しかけてきた。


「姉ちゃんさ、宇宙人って信じる?」


急だな、と思った。


「急だね」


「宇宙人っていると思う?」


微妙に文言を変えて再度質問してきた。


「多分いるんじゃない?そこまで信じてないけど」


「いるよ、きっと」


勇太は本を閉じてこちらに体を向けた。


「だって僕たちだって地球人なんだからさ、もし火星人がいたとして、その人たちから見れば僕たちも立派な宇宙人だよ」


「火星人はいないよ」


「例えばの話だよ、それに火星にもかつて生物がいたかもしれないという痕跡が多く見つかっているんだよ」


勇太の語りに熱が入り始めた。両手を慌ただしく動かしていて落ち着きがない。


どうやらミキの読み通り、いま勇太は宇宙人に興味が向いているようだ。


「すごいね、そういうの、理科の授業で教わったの?」


「ううん、ネットニュースで見た」


なんとなくすごいと思う気持ちが薄れてしまった。


だが昔よりネットが身近になったために、子どもながらに様々な話題に触れられるようになったというのは良いことなのだろう。


母に教えてあげると喜びそうな気がする。


「姉ちゃん知ってる?多元宇宙論っていうのがあって、これは」


勇太が小難しそうなことを言い出したとき、それを遮るかのように炊飯器が炊きあがりを報せた。


「あっ、炊けたみたい。ご飯食べよう」


「宇宙はひとつだけじゃなくてたくさんあるっていう考え方で」


私の関心がご飯に向いたにもかかわらず勇太は話を続けていた。


誰かに話したくて仕方がないのだろうが、しかしいまいち興味のある話題ではないので相手をするのが面倒くさい。


「その話は後にして今はご飯食べて。その方がまとめて洗い物できるんだから」


勇太ははあとため息をついて立ち上がり、おかずをレンジで温めた。


お皿が並ぶと二人で「いただきます」をした。


食べ始めてからも勇太の宇宙人トークは止まらない。


UFOの目撃例だの、宇宙から発せられる電波だの、聞いたことがあるようなないような話を嬉々として語り続ける。


ふと、おかずの中にある物を見つけた。


「ねえ勇太、ちょっと悪いんだけど・・・」


勇太は私のお皿の上を見て、何を言われるか察したようだった。


「姉ちゃんももういい年なんだからブロッコリーぐらい食べなよ」


苦言を呈しつつも勇太は差し出されたお皿からブロッコリーのみを取り分けて、自分の皿へと移した。


「仕方ないでしょ、苦手なんだから」


そんなんじゃ宇宙人に笑われちゃうぜ、と勇太が言ったが、ブロッコリーが苦手なことを笑ってくる宇宙人ってなんだよと思った。


「実は母さんや姉ちゃんが宇宙人なんじゃないかって思ってたんだ」


突然、勇太がそんなことを言うので思わず吹き出しそうになったが、いま吹き出すと大惨事になってしまうのでなんとかこらえた。


完全にミキの読み通り。彼女は本当に小学生と同じ思考回路をもっていたのだ。


「それで?どう?」


「多分人間」


「そう」


そりゃそうだ。だって小学生如きに正体を見破られるような私じゃないのだから。


といっても本当に注意が必要なのがこの大人になるまでの多感な時期、つまり勇太のような少年時代だ。


地球では不思議なことに「周りの人間は宇宙人かもしれない」という大人がもたない疑念を、どういうわけか子どもがもっている。


なので見破られる可能性があるとしたらそれは子どもによるものだ。人類観察マニュアルにもそういう風に記されている。


「お父さんは宇宙人だったのかな」


勇太がぽつりとつぶやいた。


父は勇太が生まれる一日前に交通事故で亡くなった。主人の訃報を知らされた翌日、母はそのまま出産に臨み、難産だった勇太の出産は後遺症が残ることなくなんとか無事に終わった。


周囲の人間は父が勇太を護ったと言い、勇太も幼いころからその話を聞かされていた。


「お父さんは人間だったよ」


本当のことだ。


「お母さんも人間で、だから私もあんたも人間だよ」


これは嘘だ。私は人間ではない。もともとこの家の子どもは勇太しかいない。


勇太が生まれる四年前、私はこの家の子どもになった。


そしてその四年後、私は姉になった。


このことを知っているのは家族で私しかいないが、もし死後の世界があるなら、ひょっとすると父は知っているのかもしれない。


勇太は微笑み、残しておいたおかずをほおばった。



一週間後、私の正体が勇太にバレた。


発端はお風呂に入っていたときのことだ。シャンプーを洗い流そうと思い、シャワーに手を伸ばしたところ、シャワーヘッドにスズメバチがとまっていた。


ああ・・終わった・・・!


なぜこんなところにスズメバチがいるのか。一体どこから入ってきたのか。なんでよりによってシャワーにとまっているんだ。


目の前に現れた絶望に、そんな当然の疑問を考える余裕すらなかった。


「勇太ー、お母さーん」


なるべく刺激しないように、声を抑えて助けを呼んだ。


「愛ちゃん、どうしたの」


台所から母が反応してくれた。


「蜂、蜂。殺虫剤」


自らの置かれている危機的状況を断片的に説明する。


「あら大変」


単語しか伝えていないがそれだけで母は察してくれた。


少しだけほっとしたそのとき、右足に鋭い痛みが走った。


「いたーーーーー!!」


見るといつの間にか蜂は私の右足に移動しており、その針を突き刺していた。


苦痛に悶えていると母ではなく勇太が殺虫剤を持ってきた。


「姉ちゃん、蜂ど」


こー、と勇太の声はデクレシェンドのように小さくなって、そして勇太は立ち止まったまま動かなくなってしまった。


何やってるんだ私がピンチだというのに。


勇太から殺虫剤を受け取ろうとして足を伸ばしたところで気がついた。


私、足伸ばしちゃってる。


鏡を見るとやはり擬態が解けていた。火星人のイメージとしてよく使われる、クラゲのような姿に私は戻ってしまっていた。


スズメバチの毒のせいか、それとも限られた状況で起こる偶然か、理由はわからないが、しかし勇太に姿を見られたという事実は覆しようがなかった。


「・・・姉ちゃん?」


静寂に飲みこまれてしまいそうな、かすむ声で勇太が尋ねてくるが、「うん、そうだよ」という訳にはいかない。


人類観察マニュアルでは、もし正体を知られたときは対象を消去しなければならないと記されている。


なのでこの場合の私がとるべき行動は一つだけなのだ。


足の痛みをこらえながら立ち上がる。


勇太は一歩、後ずさりをした。


「姉ちゃんなの?」


目の前にいる宇宙人が自分の姉ではないかと疑っている。


当然だ。一週間前までそう思っていたのだから。


仕方ない、殺すしかないか。


勇太が遠ざかった一歩分近づく。すると勇太はまた一歩遠ざかった。


そこで私は複数ある足のうち両端の足を掲げ、つぶやいた。


「ハ、」


「は?」


「ハッピー、ハロウィーン・・・」


私は自分が何を言っているのか理解できなかった。マニュアルには書かれていない行動をとっている。


殺すべき対象もぽかんとしていた。


十秒にも満たない静寂がまるで数時間のように感じられた。


するとぷっ、と勇太が失笑した。


「ははははは!すごい、姉ちゃん。いつの間にこんなの用意していたの?」


勇太は安堵と歓喜が混ざった、満面の笑みを見せた。


「そっか、今日はハロウィンか」


安心しきっている勇太だが、私は未だに動揺している。三つある心臓が全てバクバクしていた。


「いきなり宇宙人がいるからさ、本当にびっくりしたよ」


「うん、大成功ー、なんちゃって」


仮装した本人が黙りこんでいるのはおかしいのでなんとか調子を合わせる。


「そうか、ハロウィンか。でも、殺さなくてよかったの?」


「え?」


息が止まった。


「だって姉ちゃんのところの人類観察マニュアルではこの場合殺すように指示されているじゃない」


勇太の言葉を聞いて、察した。


「あんたも?」


問われて勇太は黙って頷いた。


「僕の場合は姉ちゃんみたいな擬態じゃなくて、寄生に近いけどね。といっても微生物や寄生虫のような物体ではなくて、概念として寄生するんだ」


その手段を聞いて自分達とは別の星の別の種族だということがわかった。


しかしどうしてわざわざ概念になるのだろう、概念よりも実体の方が侵略にも観察にも適しているというのに。


「概念でいる理由はちゃんとあるよ。実体を守るためさ、僕たちにとって太陽光というものはとても有害なんだ」


姉ちゃんたちにとってのブロッコリーがそうであるようにね、と勇太は続けた。


「それに僕らの目的は侵略じゃなくて観察だから、それだけなら概念だけでもなんとかなるもんだよ」


「なんで」


「え?」


「なんで、いま正体をバラしたの?あのまま黙っていれば「勇太」として観察が続けられたのに」


「そう、そこなんだよ」


「どういう意味?」


「貴重なケースなんだ、これは」


勇太の言葉がいまいち理解できないでいた。そんな私を見て勇太はさらに詳しく説明してくれた。


「僕たちが観察しているのは人類じゃない。人類を観察する姉ちゃんたちを観察している」


愕然とした。


まさか、そんなことが。


「だから今日は驚いたよ。正体がバレたときにどうやって殺すのか、その行動パターンを見ようと思ったのに、まさか殺さずに生かしておくだなんて。だから、もし、その状況で自分以外の宇宙人の存在を知ったらどうなるのか、それを知りたくて僕も正体を明かしたんだ」


これまでは全部計画通りで、今はイレギュラーのその先を調査しているということか。


「じゃあスズメバチも?」


「うん、僕がしかけた」


「家族が宇宙人じゃないか疑っていたのも?」


「うん、その場合の行動パターンが知りたかった」


「じゃあ」


私が聞こうとしたことは、しかし先回りされた。


「それは違う。勇太が無事に生まれたのは彼自身の力、彼とお母さんの努力によるものだよ」


それを聞いてどこかほっとしている自分に驚いた。


殺さなかったこともそうだが、どうやら私はこの観察対象にかなり情が移ってしまっているようだ。


「安心して、勇太の中から僕はそのうちいなくなる。地球の子どもはある時期を過ぎると自我が強くなってしまってね。僕らは概念として寄生し続けられなくなるんだ」


ある時期というのは、きっと。


「そう、大人だ。大人になると僕らは寄生できない。だから子どものときだけ寄生して、そして人類に紛れている君たちを観察するのさ」


そうか、そうなのだ。


この宇宙に人類という生命体がいて、私たちはその生命を、文明を観察してきた。ならば、逆に私たちを観察する生命体がいても何も不思議はない、どころかごく自然ことなのだ。


「はあ、それじゃあそのときまで、気長に待とうか」


「あれ、自分からバラしといてなんだけど、今すぐにでも殺されると思ってたよ」


勇太は驚いた表情を見せる。


こちらの反応一つ一つを観察されていると考えるとあまり良い気分がしない。


「殺せないよ。弟なんだから」


それに私たちを観察しているということはすでに彼らの種族は私たちより上位の存在にあるのだろう。現にさっきからどうにもこちらの考えを読まれているような気がする。


弟ではなく外敵として対峙してもこちらが彼らに敵うことはなかっただろう。


結局は今まで通りにやるしかないのだ。知らないままでも支障はなかったのだから、知ったところで何か変える必要もない。


「うん、僕もその方がいいと思うよ。その方が互いにとって損がない」


勇太も賛同した。


「それじゃあお姉ちゃん、そろそろお風呂から出たら?そのままだと風邪をひいちゃうよ」


心配そうにする勇太、だが


「ひかないよ、私たちは。・・・知ってるくせに」


へへ、と笑うと勇太はリビングへ戻っていった。




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