黄昏の決闘
「ちょうど5日ほど前だったか、ダンジョンが村の近くに出現したのじゃ。この時期にダンジョンが出現するのは珍しいことではないということは知っていたのであまり気にしていなかったのじゃが、普通ならあまりダンジョンから出てこない魔物がどんどん出てきたのじゃ。私たちはすぐに村の精鋭たちを集めてダンジョンに挑んだが、ボスを討伐することができず戻って来られたのもわずかだった。私の息子のタッチも戻ってくることができなかったのじゃ・・・・」
マッチ村長は瞳を潤ませながらそう話した。
隣で立っている屈強そうな獣人たちもうつむいている。
「それはお気の毒です。しかし、5日前ならばまだダンジョンの中で生きてる可能性もあるのではないですか?」
「残念ながらダンジョンに挑んだ20名の戦士達は私とこのタッタ以外はみな命を落としてしまいました。私たちはみな20レベルを超えており、私とこのタッタと、タッチ隊長は30を超えていました。タッチ隊長に至っては39レベルでした。しかし、ダンジョン内の魔物たちも手ごわく、徐々に数を減らしていきました。最終的にボス部屋まではたどり着いたのですが、ボスもとても強く倒すことはかないませんでした。タッチ隊長が時間を稼いでくれている間に私たちだけが逃げることができたのです。」
僕は一縷の望みをかけて尋ねたが、それをマッチ村長の隣にいる屈強な獣人が否定する。
「そうですか・・・・」
「俺が残っていれば、隊長は生き残れたのに・・・・。俺なんかが生き残って隊長が死んでしまうなんて・・・・」
さきほど説明してくれた獣人のマッチ村長をはさんで反対側に立つ若い獣人が悔しそうに唇をかむ。唇からは血が流れ始めている。おそらくこの人が先ほど話にでたタッタさんなのだろう。
「そんなことを言うんじゃない。お前はあの中で一番若かった。そして力もあった。あの中ではお前が一番生き残る資格があったんだ。だからそんなに落ち込むんじゃない」
「く・・・・それでも・・・・」
気まずい沈黙が流れる。
総勢18名もの優秀な獣人の戦士達が命を落としてしまうダンジョンとはいったいどれほど危険なのだろうか。39レベルの人がいても、それでもクリアできないなんて。僕たちで本当になんとかできるのか?
「私たちとしては是非とも手をかしていただきたい。ですが、とても危険なダンジョンです。獣人族と人間族のいざこざを思えば、ここでやめていただいてもかまいません」
この世界では獣人族と人間族はちょくちょく争っている。まさに犬猿の仲といってもいいだろう。大陸の西半分を森が覆っており、獣人達は主にこの森に散らばり、ここのように部族ごとで集まって生活している。人間達は資源や土地を求めてこの森に何度も攻めてきて、そのたびに獣人達と戦争が起きている。これは林君情報だが、自分が読んだおとぎ話の本にも獣人達との争いの話はたくさんあった。
いくら異世界人であるとはいえ、僕たち人間に助けてほしいと頼むのはきっととても屈辱的なことだろう。現に、歓声を上げていた獣人達の中にもどこか苦い表情を作っているものは何人かいた。それでも僕たちに頼まなくてはいけないほど状況は切羽詰まっているのだろう。ペロンギさんを救うという目的はあるが、しかし、それを抜きにしてもこの状況は放っておけない。
僕はみんなの方をみた。みんなも決意を固めた表情をしている。
「是非手伝わせてください。先ほども言った通り、なんとしてでもダンジョンをクリアして森に平和を取り戻して見せます」
僕の言葉でマッチ村長たちは目を輝かせて僕の手をとりながら何度も「ありがとう」とつぶやいた。
日も落ちかけていたため、僕たちは翌日の朝からダンジョンに挑戦することになった。僕たちはそれぞれ一部屋づつ用意され、明日の準備をしている。謎の少女は僕の部屋で止まりたがったが、僕がよからぬことをしないようにと三上さんの部屋で一緒に泊まることになった。
「僕は別にロリコンじゃないんだから変なことなんてしないのにな」
とはいえ、少女とはいえ女の子と一緒に一晩過ごすのは緊張するので結果的には何も文句はなかった。
僕が明日のために剣や防具の手入れをしていると、トントンとドアをノックする音が聞こえてきた。
「はーい。今でます」
僕が扉をあけると、そこにはダンジョンから生還した戦士のひとりであるタッタさんがいた。
「ちょっと表まできてくれないか」
タッタさんはとても険しい表情をしていて、親指をくいっと外に向ける。
「は、はい」
僕はタッタさんについて外に出る。
一体全体どうしたのだろうか。ちょっとただことじゃない雰囲気だ。
今も一切こちらを振り向かないで進んでいる。
村から外に出て、ちょっとした原っぱに出るとようやくタッタさんは足を止めてこちらに振り向いた。表情はいまだ険しい。いや、むしろさっきよりも険しい。
これは・・・・もしや・・・・
「俺はお前たち人間が大嫌いだ。それにもともとダンジョンには一人でも戻るつもりだった。弱いやつを連れて行っても足手まといだからな。ちょっと力試しをさせてもらうぞ!」
やっぱりそうか!決闘ですか!
「ちょ・・・・ちょっと待ってください」
僕の言葉に耳を貸さず、ちょっと力試しどころではない殺す気満々の気迫を漂わせてタッタさんは戦闘態勢をとった。
額が地面に着くんじゃないかというほど前かがみになり、手と足にとんでもないほど力を込めているのが見ている僕にも伝わってきた。
ザッっと地面をける音がして、一瞬で間合いを詰めてくる。
そしてその勢いのまま僕に向かって肩からぶつかろうとする。
僕はなんとか体をわずかにそらすことができ、正面衝突を回避することができた。しかし、肩に少しかすった衝撃で僕の体は大きく揺らいだ。
「ぐ・・・・」
強敵との戦闘をわずかながらとはいえ経験してきた僕にとって、この痛みは最上級というわけでない。しかしそれでもかすっただけでこの威力というのは僕に尋常じゃない恐怖心を与えた。
完全に殺す気だった・・・・
「まだだ!」
タッタさんは着地と同時にすぐに強引に体制を立て直し、鋭い突きを放つ。
僕は体制を立て直す暇もなくその突きをくらう。
「ごふっ!!」
魔物とは違う力だけではない一撃が僕を襲う。
僕の体がくの字に大きく曲がった。
タッタさんが蹴りを繰り出しそうとしているのが見え、僕はとっさに腕をクロスにくみ後ろに向かって飛んだ。
ハイオークの時と同じか、それ以上の衝撃が僕を襲った。
僕は細い木々をなぎ倒しながら吹き飛ばされる。
ごろごろと転がり、大木にぶつかってようやく止まる。
とっさに後ろに飛んでもこの威力か。
僕は倒れながらもキッとタッタさんをにらむ。
タッタさんは優雅に足をおろしながら、僕を見下ろす。
「これじゃあ、足手まといにしかならない。村長に言ってこいつらを追い出してもらうか。お前みたいな弱いやつは尻尾まいてさっさとおうちに帰りな」
「くそったれ~!」
僕は血反吐を吐きながら立ち上がった。
僕だって家でのんびりしていたいさ。こんなただただ痛いだけの喧嘩なんかしたくない。
だけど、それじゃあダメなんだ。
「へ~、まだ起き上がるのか。耐久力だけはあるんだな」
「僕を馬鹿にするな!僕にはやらなければいけないことがあるんだ!」
僕はタッタさんに向かって走りだした。
アドレナリン全開で痛みなんて気にならない。絶対にこいつを倒す。
「遅いんだよ」
タッタさんが僕を迎え撃とうと蹴りを放つ。
僕はさらにスピードを上げてタッタさんの懐に潜り込む。
そして蹴りが当たる前に僕はタッタさんのあごに掌底をぶちこむ。
ぐらりとタッタさんが大勢を崩す。
今頃脳みそがぐわんぐわんと揺れているだろう。
僕はさらに追い打ちをかける。
渾身の右ストレートがタッタさんのほほをぶち抜く。
バコーンという音と主に、次はタッタさんが吹き飛ばされる。
「はぁ、はぁ、はぁ。どうだ、これでも僕は足手まといか」
吹き飛ばされ倒れているタッタさんに向かって叫ぶ。
タッタさんはにやりと笑って立ち上がる。
「ふふ。面白い。だがその程度じゃボスには勝てんぞ」
タッタさんが走りだす。
僕もそれに合わせるように走り出す。
お互いこれで決める気だ。
全力の一撃を相手に叩きつける。
「うお~!!」
「おら~!!」
お互いのこぶしがお互いの顔に当たる。
そしてそれぞれが来た場所へ吹き飛ばされた。
僕は、しかし、なんとか倒れずにこらえる。
タッタさんをみると、同じように倒れていない。
目が合う。
そして、お互いが笑いだした。
「ははは。お前すごい顔になってるぞ」
「タッタさんこそ真っ赤になってタコみたいですよ」
僕とタッタさんは近づいてがしっと握手をした。




